短編2
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彼女との思い出

 中学生の頃、私には名前もクラスも知らない友人がいました。今思えばおかしな話ですが、当時人見知りで友人の少なかった私は、明るくよく喋る彼女の話を聞くのが楽しかったのです。

 ある日、彼女は学校の七不思議について話してくれました。4時44分44秒に運動場が異界に繋がるとか、理科室の人体模型が動くとか。C棟3階のトイレには主がいる、とか。そのほとんどがありきたりな話だということに自分でも気付いたのか、彼女はけらけらと笑っていました。私も笑っていました。

 ですが突然、彼女はこの世の終わりというような絶望的な顔になったのです。私はすぐに「どうしたの?」と訊きました。彼女は寒気がしたのか身を震わせ、物凄く嫌そうな声で言いました。

「私、トイレの主見たことあった」

 トイレの主の正体は巨大なとある虫(彼女曰く大人の手のひら程の)でした。その虫は私もあまり得意とは言えません。

「ほら、3階のトイレって何時もすいてるでしょ? だからって行っちゃったのが間違いだったのよねー」

 C棟3階のトイレの周辺は生徒が頻繁に使う教室が無く、いつも静かでした。

「手、洗ってたら足元に今まで見たことない程大きなゴキがいたの。もう悲鳴すら出なかった。思わず飛び退いて、というか……恥ずかしいけど、とにかく逃げたくて洗面台に飛び乗っちゃった」

 彼女は、照れたように笑います。

「でも足滑らせて落ちちゃって。すっごく痛かった……何針か縫ったのよ?」

 ほら、ここ。と彼女が私に背を向け後頭部を指差します。ですが私は、その背の、ある一点から目が離せませんでした。

 気付いてしまったからです。

 彼女が言うトイレの主の話が、私が知る話と違うことには気付いていました。

 C棟3階のトイレが私が入学する前から閉鎖されていたのも知っています。

 一人だけ、病院に運ばれたものの、発見が遅かったため死んでしまった生徒がいたことも知っています。

 私が知るトイレの主の話。

 それは、半身を押し潰され、見るに耐えない姿となった巨大ゴキブリがトイレをかさかさと這いまわる話でした。噂によると、押し潰された時になくした片羽を捜しているのだそうです。

「もうゴキ怖くてトイレに行けない」

 彼女に言うべきか、言わざるべきか。

 卒業までそう悩んでいたのが、私の記憶に残る、一番の彼女との思い出です。

 .3

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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