中編5
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ペラペラ

Aという部下がいる。  

先日、通勤途中で怖い体験をしたそうで 

出社そうそうに早退していった。  

他にも恐ろしい体験や不思議な体験があると言っていたが 

ようやく話を聞くことができた。  

これはそんなAの体験の中で、怖いというより気持ち悪かった話。  

大学のサークルで、二泊三日のテニス合宿に行った時のことだという。 

人気の避暑地は予約でふさがっており、小さな温泉地の旅館に行くことに

なった。  

遊びサークルのため、テニス合宿と夜の飲み会が目的であり 

その上温泉があると聞いて皆喜んでいたそうだ。  

しかも町営のテニスコートで使用料も安かったらしい。  

参加したのは男女半々の20名弱。  

レンタカー2台とメンバーの車3台に分乗して朝早く出発し、

昼過ぎには目的地に到着。  

そのまま夕方までテニスをした後、めいめい温泉に浸かり 

夕食から飲み会へとなだれ込んだ。  

貸切状態で他の宿泊客もおらず、かなり騒がしく飲んでいたが 

そのうち一人また一人と酔いつぶれ、それぞれ部屋に戻っていった。  

  

Aは寝る前にもう一度温泉に浸かろうと、ひとりで浴場へ向かった。 

朝の掃除のとき以外は、自由に温泉に入れるのも嬉しかった。  

旅館の浴場とはいえ、かなり広い浴槽があって 

酔っていたAはバタ足をしたり、かなり長い時間浸かっていたらしい。  

すっかりのぼせたAは、風呂椅子に腰掛けて冷水のシャワーを浴びた。 

しばらく前かがみになったまま、目をつぶって水を浴びていたのだが 

ふと目を開けた時、自分の足の間に男の顔がある。  

座っていた風呂椅子は古い旅館とかにある、木でできた“ π ”の形の椅子だったのだが 

その椅子から顔を突き出す形で、仰向けの顔がAを見ている。  

最初はメンバーの誰かがふざけていると思ったが 

見たことも無い中年の男の顔だった。  

のぼせていたし酔いも残っていたため、ボ~っと見ていたそうだ。  

しばらくして気づいた。  

自分たち以外に宿泊客はいない。  

座っている風呂椅子の高さは20センチもないし、顔を出すには低すぎる。  

後ろから顔を突っ込んだにしては首が異常に長い。  

シャワーの水が男の顔にかかっていない。 

なにより、その男の顔はペラペラの薄さだった。

人間じゃない。  

そう思った途端、動けなくなった。  

金縛りとかではなく、自分が動いたり目を逸らしたりしたら 

コイツも動きそうだった。  

シャワーを止めることもできなかったため、顔をつたう水滴が目に入っても拭えず 

我慢して見つめ合った。  

ソイツは睨むわけでもなく、無表情にAを見ていたそうだ。  

かなり長い時間見つめあった後、その顔はゆっくりと風呂椅子の下に引っ込んでいった。 

その顔が椅子の下に隠れた瞬間、飛び上がるように立ち上がって振り返った。  

が、何もいなかった。  

風呂椅子を蹴飛ばしてみたが何もいない。   

浴場から飛び出した。 

背中に張り付いてるかもしれなかったが、脱衣所の鏡で確かめるのも怖かった。  

なにより一人でいることが怖かった。  

走って部屋に戻り、まだ飲んでいたメンバーに今起こったことを話した。  

背中も見てもらったが何もないし、風呂も見に行ってもらったが何もなかった。  

「酔っ払っていたんだろう。夢でも見たんじゃないか」と笑われた。  

気持ち悪くて早く帰りたかったが、合宿はまだ残っていたし 

帰る足もなかったので仕方なく合宿に残ることにした。  

次の日の夜、お決まりの肝試しがあったが断固として拒否した。  

風呂もトイレも必ず誰かと一緒に行ったが、その後一度もあの顔を見ることはなかった。  

その後は特に何もなく、合宿も無事終わり帰路に着いたのだが 

せっかくだからと途中で寄り道しながらだったため、少し遅くなった。  

時間は夜8時ころ、舗装された山道を走っているときだった。  

5台の車で連なって走っていたのだが、他に車はなかった。 

先頭を走っている車が何かに乗り上げたようにバウンドして、路肩に寄って行った。  

Aは2台目の助手席にいたのだが、同じく何かに乗り上げ 

先頭車に続いて路肩に止まった。  

後続車も後ろに停車して、皆が車から降りてきた。  

「どうした?」 「動物か何か轢いたかもしれん」 

それぞれの車のライトを点けたままにして 

その明かりで車がヘコんでないか、何か挟まってないか確認した。 

先頭車の下を覗いたが異常なし。  

Aが2台目の下を覗くと、車体にしがみつくように何かがいた。  

顔もあって、目が合った。  

が、ありえないくらい薄い体だった。  

次の瞬間、それはシュッ シュッ シュッと後続車の下に潜り込んだ。  

3台目の車の下を覗くと、4台目の車の下へシュッ シュッ。 

そして道の脇の草むらへ、シュッと消えていった。 

Aを含む数人が、ソレを見たそうだ。  

見えなかった十数人が「狸か何かを轢いたんだろう」と言い張ったが  

動物を轢いたのなら何か痕跡が残るはずだ。 

2台の車に轢かれ、乗り上げられて生きているはずがない。 

親子の狸だったら、一匹の死体が残っているはずである。

だが死体はなかったし、何かを轢いた痕跡はまったくなかった。 

先頭2台はともにレンタカーで、返す前に確認したが 

やはり何かを轢いた痕跡はまったくなかった。 

それに、ソイツの姿を見た全員が口を揃えて言うことには  

その姿は薄っぺらい影のようなものだったらしい。 

映画『ゴースト ニューヨークの幻』で悪役が死んだときに出てくる 

あの影のような奴。  

まさにあれソックリだったそうだ。 

 

(A)「その後着いて来たとかないし、他の皆も憑かれてないんですよ。 

    何がしたかったんですかね。風呂の奴と同じ奴だと思うんですけど」 

(俺)「それ、本当に同じ奴なん?乗り上げたってことは厚みがあるんやろ? 

    動物の影か何かじゃないん?」 

(A)「いや、絶対に動物とかじゃないです。僕以外の奴も見てますもん。 

    それにあのペラペラ具合が一緒なんですよ。」 

(俺)「あ、そう。それでそれっきり何もないん? まったく?」 

(A)「はい、なんにもないです。それっきり出てきてないですし」 

(俺)「そういえば世話になった『見える人』がいるんやろ? その人はなんて?」 

(A)「いや、その頃はその人のこと知らなかったんですよ。 

    その人を知ったのはもっと後なんで」

(俺)「ふ~ん、じゃあ何かわからんのか。何なんやろな。 

    でも怖いっていうより 何か、何かこう、気持ち悪いな」 

(A)「何がですか?」 

(俺)「だって風呂やろ? 裸やん? ソイツの目の前にお前のアレがあったんやろ? 

    何しに出てきたんか知らんけど、なんか気持ち悪いやん」 

結局なんだったのか解らずスッキリしないが、

やっぱり何か、気持ち悪い。    

怖い話投稿:ホラーテラー 灰色の狐さん  

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