長編8
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比丘尼

私は霊などいまだかつて見たことがない。

大学でも物理学を専攻し、霊現象は信じる立場ではない。

ただ、今までに不思議な現象が一度だけあり、その事を記したいと思う。

この現象によって、私の上記の立場に変心をもたらしたわけではないが。

場所を特定されるのは不本意であるので記さないが、先年、といっても数年前なのだが、北九州のある街へ出張した時のことだ。

ひと昔前に燃料資源の積出し港としてかなり栄え、今は街のあちこちにその残滓の漂う、よくいえばレトロな街だ。

一人で夕食を済ませ、昔は遊郭だっというが今は見る影もないうらぶれた辻を歩いてホテルへ戻ろうとしていたら、街灯のほとんどない闇の中で老婆から声がかかった。

「おにいさん、かわいい子いるよ」

少し酔っていたこともあり、普通ならそんな話についていかないのだが、婆さんの歳もかなりいっているようで警戒がとけてついて行った。

ほどなく戦前にできたような壁も崩れかけの安普請の日本家屋につれていかれた。

固く突き固めた土間を通り突き当たりのガラス障子をガラリとあけると30歳~40歳だろうか、歳はいっているが見栄えはそんなに悪くない女が横の炬燵に座っていた。

傍らには布団が敷かれていた。

壁には火事除けだろうか、かなり古びた熊野牛王符が貼ってあった。

烏の絵なので子供の頃から見なれている。

予想以上にちょっとヤバげなところだ。

衛生面は大丈夫だろうか。

躊躇する私に婆さんは私に栄養ドリンクを差し出し、女もニッコリと「大丈夫だから」と部屋に入ることを勧めた。

その部屋で起きたことは話の主旨から外れるので詳しくは書かないが、事が終わって最後に女は「また来てくれるか」と聞いた。

私は社交辞令もあり「また来るよ」といったら女は近頃、おかみさん(婆さんのこと)が病気がちで辻にたたないことも多いので、次に来るときは予め連絡を頂戴と言って携帯電話の番号を書いてくれた。

翌日、仕事も終わり、今度は船着場の方へ夕食をとりに行こうと街を歩いていたら、最盛期は鉄道も走っていたのだろうか、だだっ広いわりに自動車のほとんど通らない辻へ出る小道でばったりと昨日の女と顔を合わせてしまった。

今日は休みで、これから自分のところへよらないかという。

新手の美人局なのかとちょっといぶかしんだのだが、「ともかく安心してくれ」という。

旅先で触れ合った女を目にしてどうかしてたんだろうか。

それから幅1メートルちょっとの暗い路地を何回か曲がり、どこをどう通ったかわからないが、五分後には灯りの消えた木造の工場の二階の事務所のようなひと部屋に二人で入っていた。

明かりもうす暗く随分昔に使っていたような机やソファーがあり、窓の外を見てもこのあたりの道は真っ暗。ここにも熊野牛王符が貼ってあった。

熊野比丘尼みたいだな、心の中で苦笑した。熊野比丘尼はかつて諸国に熊野誓紙を売り歩いていた。

歌を歌って曼荼羅を説明して回ったが、ときに春をひさいだという。

この事務所でこの後に起きた二人の行為は、今までにもおそらく今後も経験することがないような世界だった。

お互いに生命を吸いつくし、ここで私は女の名前を初めて知った。

女は四国の地方都市、県庁所在地から電車で2時間前後かかる城下町の出身だった。

その街の名前は小学校三年生の時に聞いて知っていた。

私は大阪府内で育ったのだがちょうど近くを走る国道が手狭になって新国道の建設が始まっていた。

旧国道に沿って紀州街道や小栗判官が熊野へ行くときに通った小栗街道(熊野街道)という旧街道が平行して走っている。

そういう意味では四番目の街道だ。

第二阪和国道と言っていたのだが我々はいまも「二国(にこく)」と呼んでいる。

その道路建設労働者の子供で同じクラスに転向してきた女の子が四国のその街の出身だった。

工事が終わるとその娘もどこかへ転向していって私の小学校の淡い初恋も終わったのだが。

これは本当に偶然だと思うのだが、その娘の名を訓読みすればその女(A子としておく)の名前だった。

A子は身の上を話してくれた。

一人娘で両親は街の中で××という料亭を営んでいたこと。

中学生の時、父親が亡くなり、父親の弟(叔父)が母親のもとへ入ってきて同居することになったこと。

叔父が博打好きで借金を作り、料亭は実際廃業状態で、複数の債権者(なのか取立屋なのか)がやってきて料亭の部屋で筆舌に尽くしがたい行為をさせられ、それはそれはひどい毎日だったこと。

いろいろな事があり、今、この工場裏の潰れかけた社宅跡の一室に住ませておかみさんの世話になっているとのこと。

こうやって書くと味気ないが、ぽつぽつと赤裸々な身の上話をするのは客を興奮させるための技術かも知れない。

実際、場所がうす暗い廃事務所という異常な空間であることもあり、かなり想像をたくましくさせたことも事実。

だが、結局A子はその夜、私が差し出した金を取らず、明るいところまで送ってくれ、「ありがとう。それから、昨日言った電話番号だけど事情で使えなくなりました」とはにかんだような笑みとともに言われて別れた。

それから半年以上たった夏、私は四国のある県庁所在地の出張でたまたま半日以上空いたこともあり、四国のその城下町へ足を伸ばしてみた。

私は歴史散策が好きなのだが、少しこのことが気になっていたといえばその通りだ。

小高い丘の上に天守閣がある。初めてこの街に足を踏み入れた。

港の方に歴史資料館があるので、まず、そこを目指して入館した。

ざっと見学していったのだが、片隅にゲベール銃だったか、スナイドル銃だったか忘れたが銃の展示があり、それと有坂銃(三八銃)の展示が入れ替わっていることにたまたま気付いたで、係の人に指摘した。このあたりは本を読んでいてよく知っていた。

若い人だったので「はあそうですか」と言われてあまり相手をしてくれなかったのだが、資料館から出たところで、かなり歳を食った老人が追いかけてきた。

老人は丁寧に展示品のお詫びとお礼を述べてくれた。

・・・若い奴はいかんね。三十八年式歩兵銃を間違えるなんて恥だ、あの戦争ではこの街も灰燼になって・・・別に昔話が嫌いでもないので適当に合槌を打って私は老人の話を少し聞いていた。

この資料館のすぐ前のあたりは花街だったという話になった。

弁天社がある。

海を挟んだ向かいの半島(山)は戎山という。

戎、弁天ともに港にゆかりのある社だ。

話をきくついでに「この街に××ていう料亭ありましたか?」老人に聞いてみた。

すると、老人は少し間をおいて(今から思いだすと間をおいたように思えるのだが)、「そんな名の料亭は知らないが」昔、庭みたいな公園が城の追手門のところにあって、その近くに大きな醸造業の店があり、そのあたりに自分も昔住んでいてその名前の小さな食堂があった言った。

私は微かに話に違和感を感じた。

追手門。

「その醸造業の人がこの廓の目の前にある戎山を開発してね。」・・・それから廓のどこどの店は格があったとかなんとか、よく遊んでたのか廓には妙に詳しい人だった。

老人は続けて、登楼の一回目は初めての邂逅、これは遊女にとっても仕事だが、二回目は互いの情なのだ、などということを述べていた。

廓の話が一通り済むと、先ほどの食堂に年頃の女の子がいて、歳も近かったので覚えてるという話になった。

当時は言葉なんか交わさないが初恋みたいなものだ、向こうは私のことをほとんど知らないがね、と笑った。

・・・話の中で先ほどの違和感がはっきりとしてきた。

追手門なんてないぞ。碑だけじゃないか。

ところが、老人はまだ兵役前の若さだったので、この街と県庁所在地を結ぶ鉄道工事(この時は△△と□□の間)に陸軍鉄道部隊のもと、ほどなく駆り出されて、一部区間の開通の前後に何度かこの街も米軍の空襲にあってしまった。その時にその女の子も爆撃の火災で死んでしまったという。父親が早くからなくなってその後の家族関係は不幸だったらしい。

私は当初頭の中で、A子とその食堂の女の子を無意識に同一視していたのだが、城門の炎上とともに米軍の空襲が全てを呑んでしまっていたのだった。

もしA子がその娘だったら、年齢が40年ぐらい違うではないか。

「戦争が終ってから、だいぶたって、おかしなことがあってね。彼女を見たというんだ。あれは昭和30年よりちょっと前だと思うのだが、とある九州の街でね。」

そのあたりは、いわゆる悪所、つまりよからぬ遊び場で、友人は登楼して彼女に接客してもらった。

もともと彼女は友人の事をほとんど知らないが、友人も故郷の話題を作るのを避け、その地の祇園の祭りの話などをして終えたという。

昭和30年というのは推測するに売春禁止法のことだろう。

ひょっとするとその友人というのもこの老人かもしれない。

「しかし、情があったのだろう、友人は翌日も登楼したらしい。それっきりだが。」

老人ははるか昔を懐かしむような眼をして語った。

小一時間ほど話をしてその老人は資料館への方へ戻らず、かつての花街があった方へ姿を消していった。

事実としての話としてはこれだけなのだが、その後、A子にも老人にも会うことはない。

いや、老人は一度だけ夢に出てきた。

出張が続いており、列車での移動がとても疲れていて、車内でうとうとした時だと思う。

それとも駅の待合室だったっか?

夢なのか現実なのか、と言われると、確実に夢だろう。

明るい日差しの中、列車の駅の喫茶店に入っていると、老人が隣で誰かと話していた。

「・・・そういった淫欲の闇に落ちた比丘尼は二度の情交を繰り返すことで誓紙からの束縛から解放される。

ただ、その時情をもって交わった男は、代わりに闇を彷徨い続ける。死んだ後でね。」

夢の中でしばしば経験する、二度と這いあがれない無限の闇に突き落とされたような感覚がした。

本当はもっと夢のなが飛んでいて前後や理屈の分からないものだったのだが、、今から考えれば気になっていたものに対する思考の繰り返しの末、後付けでそのような理屈が付け足されたような気もする。

あの後の私の空想と経験が混濁していて夢を作り出したと思うのだが、心霊を信じない私もあまりいい気分ではなく、すぐに近くの神社にお参りした。

そうそう、あの電話番号だが、なかなか決心がつかなかったが、あるとき意を決してかけてみた。

予想どおり電話は通じず、使われていない番号だった。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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