長編8
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千本鳥居 弐

■シリーズ1 2 3 4 5

洋「逃げよう」

先に自分を取り戻したのは洋だった。

くるりと背中を返すと、闇の千本鳥居を社に向って走る。

懐中電灯の光が乱れ、照らすべき道が照らせない。

俺はどちらかというと、洋の懐中電灯の光を頼りに走った。

転ばずに広場まで行けたのは、今考えると奇跡のようなものかもしれない。

二人して、社の中に転がり込んだ。

俺「どう、どうする?」

俺は阿保みたいに興奮していた。やたらと声でかく喚いた。

洋「しっ!見つかる」

洋は人差し指を口に何度もあて、「静かにしろ!」のジェスチャーを送る。

でもさすがにまともではいられないのだろう。肩が震えている。

俺「ライト、ライト消せ」

必死に冷静を取り繕う洋を見て、俺も何かしなくちゃという意識をもった、と思う。

俺はライトを消し、格子戸から外を見た。

広場は星明かりで青白く浮かんでいる。

俺が見張っている間に、洋はタッパーやらコミック本やらをかばんに詰め込んだ。

俺「少し、様子を見よう。何もなければ、駐車場まで走ろうか?」

洋「ああ、うん。よし、20時まで待とう。もし20時を過ぎたら、行こう」

腕時計を見ると(畜光がついているので、夜でも時間がわかる)今、19:40過ぎだ。あと20分…。

俺は格子戸に張り付き、外の様子をうかがった。

しかし、待機の時間は長くは続かなかった。

実は俺は、心のどこかでこの社にたどり着いたことで、逃げ切った、という意識があったのだと思う。

このまま時が過ぎ、走って逃げればすべてが終わる。

そう根拠のない思い込みが、多分どこかにあったのだ。

だから、それを見た時の衝撃は、かえって初めて人魂を見た時より大きかったんだと思う。

自分の心臓の動機で胸が痛く、俺はその場にうずくまりそうになった。

広場の向こう、千本鳥居の終わり。

人魂がちらちらと、こちらに向かってきているのを、俺ははっきりと見てしまった。

俺「洋、来た。あれ、来た、こっち」

声が震え、うまく話せない。

洋「え、嘘?」

洋もどこかでここまでは来ない、と高をくくっていたのではないか。

虚を衝かれたように、一瞬固まる。

次の瞬間、格子窓に捕まり、驚愕の表情で千本鳥居のほうを見つめた。

俺「逃げよう」

今度は俺が洋と同じことを言った。でも、どこに?どうやって?

・人魂を引きつけて、広場を迂回しながら千本鳥居まで走る。

・二手に分かれて走る。

冷静だったらそんなことを考えたかもしれない。

でも、その時の俺たちは動転して考えることなんてできなかった。

俺たちは、社のさらに奥、池に向かって走り出した。

うまく抜ければ寺のほうまで行ける。

そこまで行けたら、広い通りまですぐだ。家に帰ることができる。

そう思って、人魂に背を向けて寺の方、黒い穴のようなけもの道に向かって走った。

しかし、正直言って、闇のけもの道は半端ではなかった。

草はがさがさと体にこすれ、何かの根が、石が俺達を転ばせようと足元を狙う。

整った階段の千本鳥居とはわけが違う。

何度もつっ転び、懐中電灯を取り落とす。

走ったほうがかえって遅い。

そんな中を俺たちは早歩きで下っていく。

池が見えた。

予想してた通り、いや、それよりはるかに暗く、池は黒い闇の水をたたえている。

一歩でも踏み入れたら、命はない。

そんな不吉な予感がする。

だが、俺たちにそんなことを考えている余裕はない。

言葉通り、命がかかっているのだ。

『人魂を見たものは、行方不明になった子供に地獄に連れて行かれる』

そんな言葉。現実感のない噂話。

クラスに奴らを、ほんのちょっと怖がらせるためだけにあったはずの言葉が、いま、俺たちの後ろから、命を狙って追いかけてきているのだ。

先を進んでいた俺が、何度目か足を取られた。

「わあっ」とか言いながら派手に前に転んで、万歳みたいな恰好で少しジャンプする。

いつもなら指をさして笑われるところだろう。

しかし、この状況では洋もクスリとも笑わない。

実際自分もそれどころではない。

転がった懐中電灯を拾おうとする。

その光の先にあるものの姿を認めて、俺の動きが止まった。

それは、人の足だった。  

靴をはいた足が二本、オレンジ色の光の先に浮かび上がっていた。

俺「うわあああああ!!」

俺は後ろにひっくり返った。

ついに我慢の限界を超えたのだろう。俺はこのとき、初めて絶叫した。

と、足の方から急に光を顔に当てられた。

白い光に目を射抜かれて、俺はまぶしくて目を開けれなくなった。

和尚「おい!お前たち、大丈夫か!?」

眩しい光の先から、野太い大人の声が響く。

洋「…和尚さん?」

洋が、驚きの声を上げるのが聞こえる。

和尚「けがはないか?立てるか?」

がっしりした腕に引き起こされる。

野太い声の主は、寺の和尚だった。

あまりといえばあまりのことに、俺と洋は動けないでいた。

和尚「今日は森のざわつきが尋常じゃないから様子を見に来たんだ。

お前たち、どうしてこんなところにいる?親御さんはいっしょか?」

洋「ひ、人魂が…」

和尚「なに?」

洋「人魂が出ました」

和尚の顔が驚きの顔に変わる。

和尚「何?幾つだ?」

洋「二つ、です」

和尚「ついてきたか?」

和尚の声は緊迫して、とげとげしかった。

洋「はい、追いかけてきました」

和尚はそれを聞くと下を向いて、「憑かれたか…」とつぶやいた。

和尚「で、人魂の中に顔はあったか?」

意外な質問だった。

洋が無言で俺の方を見た。

表情は暗くてよくわからないが、多分困った顔をしていたと思う。

俺も無言のまま、首を振った。

洋「ない、と、思います」

洋がたどたどしく答える。

和尚「無いか?見て無いんだな?

よし、それならまだ間に合う」

和尚の声が少し明るくなった。

和尚「いいか、これから私の寺まで来るんだ。

今からすぐ祓えば、人魂を追い払えるからな」

ただし、と和尚は続ける。

和尚「私が先に行くから、私の後ろからついてきて、ほかに目をやってはいかん。

私の足もとを照らして、顔を上げずに歩くんだ。

今度人魂を見たら間違いなく連れて行かれるからな。私の足もと以外は見るな。いいな?」

洋、俺「は、はい」

和尚「人魂はお前たちを自分の方に向かせようと、いろいろと気を引くかもしれん。

くどいようだが、私がいいというまで顔を上げないで、遅れずについてくるんだぞ」

洋「わかりました」

和尚「それから、声がやつを呼ぶということがある。

これから先、私がいいというまで口を開いてもいけない。

いいな。絶対だぞ」

俺は思わず「はい」と答えそうになり、あわてて口をつぐんだ。

二人して、コクコクとうなづく。

和尚「よし、では行くぞ。遅れずについてくるんだ」

和尚はそういうと、後ろを振り返って、すたすたと歩き始めた。

俺たちも慌てて和尚の後をついていく。

和尚はこちらを振り向きもせず、結構な速さで歩いて行く。

転ばずについていくのがやっとだ。

もし、ここではぐれたら…

そんな思いを打ち消しながら、必死に和尚の足元を照らして、早歩きでついていく。

ざっざっざっざ…

和尚の足音が規則正しく続く。

虫たちの声が、足音に覆いかぶさるように響き渡っている。

先ほどまで、この音は、自分たちが部外者であるということの象徴だった。

しかし今では、それは自分たちへの敵意を示しているように思えた。

森は、自分たちを拒否しているのだ。

立ち入るな。出て行けと。

がさ がささっ

小動物なのだろうか?すぐ近くで草を動かす音がする。

反射的に懐中電灯を向けそうになる。

でも、もし、その先に人の顔をした人魂が浮かび上がったら……。

俺はぎりぎりで懐中電灯を向けるのをやめた。

恨めしそうな、憤怒のような表情の中年男の顔が青白い炎に焼かれながら、こちらに向かって飛んで来る。

すぐそばまで来ると、その顔は突然大きな口をあけて……。

そんな映像が頭の中に浮かび、俺は自分の妄想に震えながら歩いた。

正直、洋のことまで注意を向けれなかったが、恐らく、奴も同じような心境だったんじゃないだろうか?

一度鳥がギャアギャア言いながら飛び立った時、俺のすぐ後ろから照らされている光が、大きく揺らめいていたのが見えたから。

時間にしてどうだろうか?

多分20分ぐらいのことだったと思う。しかし俺には夜通し歩いているような、そんな感じがした。

唐突に和尚の足が止まった。

けもの道の先に、星空を切り取るかのように真っ黒いシルエットで建つ寺の本堂が現れた。

和尚は俺たちにちょっと待て、という仕草をすると、素早く本堂に登り、渡り廊下を渡って、その先のお堂の扉をあけ、俺たちを手招きした。

そのお堂は、ちょうど法隆寺の夢殿を小さくしたような八角堂だった。

石段を登って中に入る。

中に入ると、もわっとする熱気と、なんともいえないすえたような臭いが鼻をついた。

和尚が天井に向かって何事か操作すると、「カチッ」と音がして、これ以上ないぐらい頼りない裸電球がつく。

15坪ぐらいの八角堂内部の板敷きが浮かび上がった。

和尚「よく頑張ってついて来れたな。よし、いいか?これからの話をするぞ」

和尚は声をひそめていった。

和尚「お前たちは今日はここで寝るんだ。

一日風呂に入れんが、まあ我慢だな。

私は向こうの寺で祓いの儀式をするから。

いいな、完全に祓いきるまで、この堂から出てはいけない。

喋ってもいけないぞ」

そういいながら、和尚は奥の方から座布団をいくつか出してきた。これに寝ろということらしい。

和尚「やつらはな、時に化けることがある。

もし誰か知っている者の声がしても、決して答えてはいけない。

私がそこの扉から入ってくるまで、この堂の中にいて黙っていれば安全だ。いいな?」

よくない。

無茶苦茶不安をあおるようなことを言う。

はっきりいってよくはないのだが、しかし言われたようにするしかなかった。

和尚「明日の昼前には帰れるだろう。親御さんには私から連絡しておく。

まあ、今日は黙って早いこと寝てしまえばそれで終わりなんだ。な」

和尚は俺たちが入ってきた扉を閉め、渡り廊下のほうに向って歩き出した。

和尚「それから、ここが便所だ」

渡り廊下のわきが引き戸になっていて、そこをあけるとボットン便所になっていた。

お堂に入った時の匂いの原因はこれだった。

和尚「では、明日の朝迎えに来る。くれぐれも外に出ず、声を立てないんだぞ」

和尚は再び繰り返すと、渡り廊下の扉を閉め、出て行った。

どうやら鍵も掛けたらしい。扉を閉めたあと、ガチャガチャと音がするのが聞こえた。

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怖い話投稿:ホラーテラー 修行者さん  

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