中編6
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千本鳥居 惨

■シリーズ1 2 3 4 5

和尚がいなくなると、俺たち二人だけが残された。

虫たちの声が俺たちを取り巻いているのが、また気になりだした。

時間を見ると、だいたい21時。普段なら22時過ぎには布団に入っている。

ぼちぼち眠くなってもいいころだが、もちろん眠気は感じない。

俺はとりあえず座布団に腰をおろした。

洋も座布団に体育ずわりのような恰好ですわった。

俺と目が合うと、鼻息で「フウー」とため息をついた。

「まいっちまったよ」という顔をしてみせる。

大人であったなら、

「参ったのはこっちだ。コラ」と蹴りの5,60発でも入れるところだが、俺は「ほんとだよな」という感じで軽く肩をすぼめた。

気持ちが共有できる相手がいるというだけで嬉しかったのだ。

もし、俺一人だったら、俺は恐怖で発狂していたのではないだろうか?

少し落ち着いてきて、俺は八角堂を見回してみた。

殺風景な板敷きで、出入り口以外に開口部はない。

扉と壁の間から、僅かに星明かりが直線状に床を照らしていた。

よく見ると、壁の隙間なのか、節穴なのか、ところどころ光が差し込んでいる。

その光を、ふっと何かが横切ったらどうしよう。

そんなことを考えてしまった。

洋はとみると、なにか考え事をしているらしい。

体育ずわりの腕に顎を乗せて、じっと動かなかった。

俺は座布団を3つ並べると、その上にごろりと横になった。

 

お祓いというから、和尚が目の前でお経を唱えたりするものを想像していたのだが、ずいぶんと違う。

和尚が儀式をするから、自分たちは寝てればいい。

お祓いって、そういうものなんだ。

そんなことを考えてた。

それから、今日一日のこと。

洋に夕飯を届けに来たこと。

洋と腹を割ったトークをしたこと。

帰りがけに人魂に追いかけられたこと。

逃げた先に和尚がいたこと。

「親御さんには連絡しておくからな」

和尚の言葉を思い出した。

(ああ、明日は親に怒られるんだろうな)

母親はまだいい。ヒステリックに叫んでいるのを聞き流していれば終わる。

問題はおやじだ。

滅多に怒らないが、一度怒るとキツイんだ。

兄貴が一度飛び膝蹴りをくらって床にゲロを撒き散らした事があった。

(人魂から無事逃げれたとしても、あれをくらうのかな。ヤダな…)

人魂…。また、あの光のことを思い出した。

あれが再び現れたら、地獄に連れて行かれるんだ。

そんなことを考えているうちに、どうやら俺は少し眠ったらしい。

ふと気がつくと、聞こえてくる虫の声が変わっている。

バッタ系のリーリーという声が辺りを包んでいた。

洋も横になっている。

外から差し込む光の角度が変わっていた。時計を見ると、ほぼ2時。

夜明けまで、まだ時間がある。

俺は何となく外の様子を見たくなって、壁の隙間から外をのぞいてみた。

星明かりは案外明るい。八角堂内が薄オレンジに染まっているのに対し、外は白く浮かび上がっているように見える。

(洋が寝てる間にトイレにでも行っとくか)

そんなことを考えていると、不意に

ガサッ

遠くの茂みが揺れる音がした。

ガササッ ガサ  ザク  サク サク サク …

近づいてきている。視界の端の茂みが、不自然に揺れる。

闇の奥から、青白いものがちらっちらっと見えた。

ごくり。

俺は無意識のうちにつばを飲み込んだ。

来た。奴がここにきている。

(あれを見ちゃいけない)

俺は思った。

慌てて座布団に隠れる、とかすべきなのだろう。多分。

しかし、実際その場にいると、はっきりいってそんなことは無理だ。

それを見てはいけない。そう思いながらも体が動かない。いや、動けないのだ。

俺は視線を青白いそれへと釘付けにしたまま、固まっていた。

ガサササ サク    ザザザアアアッ

ひときわ大きな音を立てて、青白い塊が茂みから飛び出した。

俺はそのときまで、八角堂には、例の人魂がやってくるものだとばかり思っていた。

しかし、意外にもそこに現れたのは、巨大な、「白い犬」だった。

いや、正確には犬ではないのかもしれない。

まず、とにかく大きい。

犬の背が俺の頭ぐらいの高さにまである。

それに、全体的に細い。

俺の知っている犬を少し横に引き伸ばしたようだ。

イメージで言うと、その時の俺には、白い巨大なドーベルマンを連想させた。

白ドーベルは、あたりのにおいを嗅ぎながら、本堂の方へ歩いて行った。。

(あれにばれたら食い殺される)

やっと体が動くようになり、俺は壁の隙間から顔を離た。

(どうする?洋を起こすべきか?)そう思いながら部屋の中央に向かって振り向いた。

と、そこに洋のどアップの顔があった。

俺はひっくりかえって叫びそうになった。

洋があわてて「シー!」とジェスチャーする。

「お前のせいだ!」

抗議するジェスチャーを取る俺を押しとどめ、洋はなにか伝えようと自分の口に指をさし、大きく動かした。

だが、何を言いたいのかさっぱりわからない。

洋はもどかしそうに、口の動きを何度も繰り返す。

しかしこちらも読唇術者ではないし、母音ぐらいしかわからない。

それに伝えたいことがあるのは洋だけではないのだ。

 

俺も洋の袖を引くと、外に向かって指をさし、「見ろ!」とジェスチャーする。

洋は左手をブンブン振り、右手で自分の口を差して何事か言おうとする。

無言の押し問答がしばらく続き、洋はイライラした様子だったが、やがて何事か思いついたらしく、かばんのところに戻り、何やらごそごそさせたかと思うと、コミック本を取り出した。

それを開いて何かを探していたが、やがてこちらに吹き出しの中から一字を指差した。

「で」

俺が「で?」という口をすると、洋は「そう!」とうなづき、別の文字を探し出した。

「ん」

次の文字を探す

「わ」  「ば」「ん」「ご」「う」「お」「し」「え」「た」「?」

「でんわばんごうおしえた?」

「電話番号教えた?」

しばらくその意味を考え、ようやく洋の言わんとしていることがわかった。

確かに…和尚は家に連絡しておくと言ったが、俺たちは電話番号を教えていない。

和尚は俺たちの家の連絡先を知っていたのだろうか?

不自然な点はまだあった。

池で和尚と出会ったとき、俺たちが親と一緒じゃないって、和尚はすぐに承知したようだった気がする。

あんな時間に俺たちだけでここにいるなんて、普通はありえないことなのに、和尚にはあまり驚いた様子はなかった。

和尚は、俺たちが来ていることを、知っていた?いや、まさか、でも、何で…?

なにかが、変だ。なにかがおかしい。

俺がそんな考えに気を取られていると、 「ガリ」  八角堂の壁が鳴った。

白ドーベル!八角堂に来ていたのか? 

スン  スンスンスンスンスンスン スンスンスン  フーー

壁の向こうで、匂いを嗅いでいるような音がする。

白ドーベルの存在を知らなかった洋が、びびってあとずさりし,座布団に引っかかって転んだ。

ドムッ

鈍い音が響く。

ドンッ! 

   

  ガリガリッ! ガリガリガリッ ガリガリガリガリガリ!

壁が大きな音をたてた。

白ドーベルが壁を壊そうとしている。

(俺たちの存在に気づかれたんだ!)

中に入られたら…終わりだ。

本気で食い殺される。

(もう限界だ。和尚を呼びに行こう)

俺は洋を助け起こすと、なぜか二人で手をつないだまま、渡り廊下に向けて忍び足で歩いた。

そして渡り廊下への扉にたどり着いたとき、扉に鍵がかかっていることを思い出した。

(どうする?)

(扉をぶち壊すか?それとも和尚を大声で呼ぶか?)

ぎりぎりの状況だからだろうか?妙にジェスチャーが相手に届く。

扉を壊しても、渡り廊下で白ドーベルに襲われるかもしれない。

でも、ここで叫んだところで和尚に声が届くだろうか?

ドウン! ドガ!  ドガッ! ドガッ!   ドガアッ!

奴が壁に体当たりしている音がした。

もうやるしかない。

俺と洋は扉の鍵をぶち破ろうと、扉に手をかけ、枠に足をかけると、体重をかけてひっぱった。

扉は開かない。もう一度、力を入れて…

扉は開かなかったが、その時、少し隙間があいたようだ。

俺はそこに指をさしいれ、さらに力を込めようとした。

と、その体勢で、隙間から扉の向こうの様子が視界に入った。

扉の向こう、渡り廊下の先で、和尚がこちらに歩いてくるのがちらりと見えた。

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怖い話投稿:ホラーテラー 修行者さん  

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