中編6
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千本鳥居 死

■シリーズ1 2 3 4 5

(助かった)

とは思えなかった。その理由は、和尚の恰好が異様だったからだ。

特徴的なのは、眼鏡のようなものを掛けていたことだ。

しかし、普通の眼鏡とは違う。それはまるでカニのように、機械のようなものが外に飛び出していた。

JOJOのシュトロハイムのような…、タオパイパイのような…

見ようによってはそれは笑いの対象にもなりえるものだ。

だが、この状況ではそれは不気味さをひときわ際立たせていた。

ちなみに後年、俺はその正体を、映画「羊たちの沈黙」を見た時に知ることになる。

それは、おそらく暗視ゴーグルだった。

もちろん、この時の俺はそんなものの存在を知らない。ただただ不気味だった。

そして、手に持つのは、ロープ。

ぐるぐるに巻いたものを、肩にかけるようにしている。

そして腰には、刀のようなもの…。たぶん、これは猟師用の大型狩猟刀か、もしくは鉈、だったのだと思う。

(なんかやばいぞ)

固まっている俺を、洋が引っ張った。

頭が混乱している。

混乱している子供のやることはわけがわからない。

俺たちは、座布団に横になると、「寝た振り」をしたのだ。

ガチャ ガチャガチャ

鍵をあける音がする。そういえばあんなに大きな音を立てていた壁の音がいつの間にかなくなっていた。

スウッ    タン

扉が閉まる音がした。

和尚が部屋に入ってきた。

俺は目をぐっとつぶって、動かなかった。

スッ スッ スッ

かすかに足音がする。その足音が、俺の頭のすぐ近くで止まった。

和尚「ん?」

和尚の顔が、ぐぐーっと近づいて、俺をのぞきこんでいる気配がする。

息が詰まる。数秒の沈黙が、何時間にも感じられた。

和尚「なーんだ、寝てないんじゃん」

そのあまりの場にそぐわない軽い感じの言葉に、俺は思わず目を開けた。

目の前にはカニのような眼鏡をかけて、口がニイッと歪んでいる和尚のどアップがあった。

俺は恐怖に駆られて逃げ出した。

和尚が後ろから覆いかぶさってきて、俺の体に縄を巻き始めた。

俺「うわ、うわうわああああああ!」

俺は思わず叫んで、めちゃくちゃに暴れた。

和尚「駄目じゃないかよお。しゃべんなって、言っ たっ だっ

   ろおっ!」

和尚は縄で俺の腕の回りをぐるぐる巻きにすると、縄の端をひっぱりながら俺の背中に強烈な蹴りを入れた。

俺「ぐ、え」

俺は受け身も取れず、顔面から前に倒れた。

洋「やめろコラあああ!」   

洋がよくわからない叫び声を上げながら和尚に飛びかかった。

後ろから和尚の首に腕を巻きつけ、締め上げているようだった。

和尚「むむう、んぎっ!」

和尚が腕を外そうとする。それがやりにくいと見るや、洋の腕に噛みついた。

洋「ああああ!やめろお!」

俺は洋の叫び声を聞きながら、半身を何とか起こしていた。

この時、立ち上がって体当たりでも何でも、とにかく加勢していたら何か事態は変わっていたろうか。

俺はいまでもたまにそう思うことがある。

そして、この時の行動を恥じている。

俺は洋たちを見ながら、後ずさりで後ろの壁に向かった。

あろうことか、俺は、逃げたのだ。

洋と和尚はしばらくもつれ合うようになっていたが、大人と子供である。

やがて和尚が洋を突き飛ばした。

そしてなおも殴りかかろうとする洋を蹴りの一撃でなぎ倒すと、洋の腹に片足を思いっきり乗せた。

洋「ぶっ!うげ、うう」

八角堂に洋の苦悶の呻きが響く。

和尚「おお、痛い痛い。いってーなー。いったかったなー。

どの腕だ?ん?大人の首を絞めたのは?この腕か?え?

こっのっうっでっ 」

和尚は洋の腹の上に乗せた足を右腕に乗せ換え、両手で洋の右手をつかむと、

和尚「かあ!」

思いっきり右腕を引き上げた。

ばきり

鈍い音がしたかとおもうと、洋の腕が関節が増えたように不自然な場所から曲った。

和尚が洋の腕をへし折ったのだ。

一瞬の静寂ののち、

洋「ぎゃあああああああああああ!」

洋の絶叫がこだました。

俺はその時、壁に背中を押しつけながら、なんとか立ち上がっていた。

目の前の出来事に足ががくがくしている。

俺(逃げなきゃ)

俺は後ろの壁に体当たりをした。そんなことで何とかなる壁ではないのだが、その時俺は完全にパニクっており、理性的に行動できる状態ではなかった。

ぶつかって駄目なら、隣の壁…。

俺は照明にぶつかる蛾のように、無意味な逃走を図っていた。

和尚「だめだぞお。そんなことしたら大事なお堂が壊れちゃうぞお」

和尚がおどけたように言いながら、こちらにゆっくりと歩いてくる。

俺は和尚から逃げながら、手当たり次第に壁に体当たりを繰り返した。

和尚「だめだっていってるで…おおっ?」

どおん

不意に和尚が転んだ。

俺を追いかける和尚に、洋が足をひっかけて転ばせたのだった。

洋「逃げろ…」

洋が口から声を絞り出すように言った。

和尚「てめえ、この餓鬼が、いい加減に…」

和尚は腰から刀をズラッと引き抜くと、それを高々と掲げ、

和尚「しろお!」

洋に向って叩きつけた。

がんっ、という音が、やけに無機質に俺の耳に届いた。

俺は目の前で起こっていることが信じられなかった。

いや、信じたくなかったというべきだろうか。

洋「ひゅっ」

洋は空気の塊を吐くように喉を鳴らし、ひときわ大きく足をのけぞらせたかと思うと、その後、力が抜けたようになり、全く動かなくなった。

胸のあたりから、棒が不自然に立っているのが見えた。

すべてが、スローモーションのようだった。

あまりに現実感がなかった。

俺は洋を見ながら、茫然と立ち尽くしていた。

和尚「あーあーあーあー、やっちゃったよ。

中でやっちゃったら、後始末が大変なんだ。

まあ、子供にはわかんないか……」

和尚がゆっくりと体を起こし、こちらを向いた。

和尚「ねえ?」

口がにたあっと歪んだ。

俺「あ…」

和尚がこちらに歩いてくる。

俺は動けなかった。

(逃げろ…逃げろ…)

洋の声が頭の中で回っている。でも、でも、どうやって逃げろって言うんだ?

と、和尚の後ろに光が見えていることに気がついた。

渡り廊下との間の扉。若干光が漏れている。

鍵がかかってないのだ。恐らく…

(開けられる!)

俺「うわあああああああ!」

迷っている余裕はなかった。俺は光に向って突撃した。

和尚はそれを俺の最後の抵抗と見たのだろう。

和尚「うひょう。怖い怖い」

かなんか言いながら、俺の突撃をよけた。

動かない洋を横切り、扉までたどり着くと、隙間に足の指を突っこんで、思いっきり引いた。

ごろ、がらがら

扉がきしみながらも開く。扉の先には渡り廊下と…

巨大な白い塊がうずくまっていた。

          白ドーベル

俺は一連の出来事に、その存在をすっかり忘れていたのだ。

 ケエーーーン

白ドーベルは一声吠えると、俺に向って飛びかかって来た。

俺は床に押し倒された。

(食われる!)

俺がそう思う間もなく、白ドーベルは倒れた俺を踏み台にすると、八角堂の奥深く、和尚に向けて一本の矢のように飛びかかった。

和尚「なんだ、おま…」

和尚が何事か言うよりも早く、白ドーベルは和尚の首にかみつくと、そのままの勢いで体をひねらせた。

べき ぐちい

一瞬だった。

ものすごい不快な音とともに、和尚の首が不自然に曲がる。

和尚はあっけにとられたような口のまま、手で首を抑えた。

そしてそのままの体勢でゆっくりと後ろに倒れ、激しく痙攣しだした。

-やがて、痙攣は徐々に間隔が長くなっていき、和尚の体は動かなくなっていった。

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怖い話投稿:ホラーテラー 修行者さん  

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