中編5
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千本鳥居 後(完結)

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白ドーベルは洋の方に歩いて行くと、胸に立っている棒のにおいを嗅ぎだした。

そして口で棒を引き抜くと、ごとり、とそれを脇に捨て、洋の胸のあたりをなめだした。

俺は、その間何も出来ずに、ただそれを眺めていた。

白ドーベルは、ひとしきり洋の腕と胸をなめると、洋の背中と床の間にに鼻先を突っ込んで、器用に背中の上に乗せた。

そして、俺に向かって歩いてきた。

俺と白ドーベルの距離が詰まる。

だが、先ほどのような恐怖は感じなかった。

恐怖とか、よかったとか、そういう感情が、すべて麻痺していたんじゃないかと思う。

白ドーベルは俺の1メートルぐらい前で止まった。

俺の顔をじっと見つめている。

俺も白ドーベルの顔を見返した。

返り血なのだろうか?片耳が赤く染まっている。

静かな、澄んだ眼をしていた。

俺は、その目をどこかで見たことがあるような気がした。

俺「………………………………マコ」

自分でも思ってもいなかった名前を口に出した。

なぜ自分がその名前を口に出したのか、今でも全くわからない。

白ドーベルは、なにか反応するでなく、俺の目をじっと見つめていた。

と、唐突に、白ドーベルの目が光り出した。

自分の視界が真っ白な光に包まれ、俺は目を開けていられなくなった。

俺は硬く目をつぶって、時間としては、5秒ぐらいそうしていた、と思う。

ドッドッドッドッドッドッド…

機械的な音に俺は我に返った。

眩しい光が俺の視界をふさいでいる。だが、その光は先ほどの白ドーベルのものではなかった。

目の前に、車がヘッドライトをつけて止まっていたのだ。

バタンッ

洋母「洋一!洋一!」

博「昌!昌無事か!?」

洋のおばさんとおじさん、そしてなぜか博が車から出てきた。

周りには八角堂も、白ドーベルも、もちろん和尚の姿も見当たらない。

我に帰った俺と洋がいたのは、千本鳥居の神社の駐車場だった。

俺「う、うう、わああああああ、ああああああ……」

俺は博の顔を認めて、そこで号泣した。

深夜の駐車場に、それはいつまでも鳴り響いていた。

それからー

洋のおじさん達は俺と動かない洋をのせ、夜間病院に向かった。

車の中では、ほとんど無言だった。

そして診察の結果は、洋は「右腕の複雑骨折。ただし痛みによるショックにより気を失っている」というものだった。

俺は耳を疑ったが、実際に洋の胸には傷一つ付いていなかった。

あまりといえばあまりの事なので、俺は、あの時、突き立てられた刀は、なにかの見間違いだったと思っている。

なぜ、洋の両親はあそこに来たのか…。

あとで聞いたのだが、その正体は博だった。

洋の置手紙を見た洋の両親は、クラスメイトに片っ端から電話をかけた。

当然その中に博もおり、博も一度はしらばっくれたのだが、両親のせっぱつまった状況から思い直し、深夜にもかかわらずすべてを洋の両親に打ち明けたらしい。

そしてそのまま放っても置けず、道案内という名目で同行を頼みこんだんだそうだ。

その後、このことは警察に通報された。

寺で和尚の死体が見つかったが、状況から獣に襲われたと判断され、当時は子供の証言はあまり重要視されなかったせいか、あまり取り調べを受けることもなく(ていうかまるっきり証言が信じてもらえなかったと思われる)、俺たちは解放された。

洋の骨折は、驚くほど早く回復した。

最終的には、俺が親父にチャランボをくらって肋骨に入ったヒビのほうが治りが遅かったぐらいだ。

俺は…その後高校に入るまで門限19:00という生活を送るはめになった。

あの事件は一体何だったのだろうか?

あれから、洋とあの時の話をしようとしても、「あの話はやめよう」と流され、二人で事件について話し合うはできなかった。

やがて、洋は俺たちのグループより、やややんちゃなグループに属することになり、俺達との仲は疎遠になって行った。

翌年、俺は親父の仕事の都合で引っ越すことになり、洋との距離は物理的にも離れた。

おかげで、最後まで、俺が洋を見捨てて逃げようとしたことを謝ることはできなかった。

自分なりに、あの事件について何度も考えてみた。

おそらく、あの人魂の正体は、和尚だ。

つりざおか何かに燐か何か、燃える化学物質などをぶら下げて、人魂を演出していた。

なぜそんなことをしたのだろうか?

恐らく、和尚は同じ山で、神社のほうに信者を取られたか何かし、神社に逆恨みをしたのではないだろうか?

そして人魂のうわさを流し、実際に人を襲い、失敗しても成功しても神社のせい、そういう風にしたのではないだろうか。

俺たちに言った「喋ってはいけない」「人魂が知っている人に化ける」云々は、途中で誰かが助けに来たりしても、逃げられないためのはったりだろう。

おそらく、行方不明になったという子供も、和尚の犠牲になったのではないだろうか…。

そして、あの白ドーベル。

俺はあれからその正体を知ろうと、新たに設けられた立ち入り禁止の柵を越え、何度か社に行ってみた(もちろん昼)。

しかし、その後、マコに会うことは、ついに一度もなかった。

俺は、白ドーベルは、この社の狐の化身だったと思うことにした。

この昔話は、以上の考察をもとに描かれている。

だが、ひょっとしたら、真実は全く違うものであるのかもしれない。

和尚は俺たちを必死に助けようとし、人魂との対決のすえ、ついに肉体を乗っ取られ、それでも最後の最後、人魂の化身である白ドーベルから身を捨てて俺達を守った。

そういう可能性だってなくはない。

その場合、この話は全く違うニュアンスで語られていただろう。

そしてもしそれが真実だったら、俺は自分のために身を捨てて戦った人の名誉を汚したのかもしれない。

なんにせよ、もう20年ぐらい前の話だ。

自分にはもはや真実を明らかにする術はない。

だが、一度自分の解釈でこの話を誰かにしておきたかったのだ。

一応、けじめをつけておきたかったのである。それには、若干の理由がある。

あれから約20年。俺は新しい家族を連れて、親父が残していた家に、千本鳥居の町に帰ってきた。

これからは自分が親父としての立場で、あの千本鳥居と付き合っていく必要がある。

その前に、自分の中で決着をつけておきたかったのだ。

これからの生活、とりあえず、子供たちだけで神社で遊ぶことは厳禁しようと思っている。

だが、いつか子供たちがあの時の俺たちと同じ年頃になり、「今日、神社で知らないお姉ちゃんにあった」

という日が来ることを、俺は心のどこかで思わないでもない。

そしてもし、もしもその時が来たら、俺は子供たちに

「そのお姉ちゃんは、首を傾けて『こおーら』って怒らなかったか?」

と聞いてみようと思っている。

千本鳥居 了

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怖い話投稿:ホラーテラー 修行者さん  

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