中編6
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待つ者

すっかり帰りが遅くなった。仕事で残業だった私は、最終電車に乗り遅れないよう急いで駅へと走る。

駅に着いた。なんとか最終に間に合った事に、ほっとした。

田舎の駅だけあって、こんな時間にもなると、電車を待つ人はほとんどいない。今日は私一人だけがホームで電車を待っている。

電車がやって来る。私はホームの点字ブロックぎりぎりのところに立ってそれを待つ。

その時。

私は左隣に違和感を感じた。

振り向くと赤い服を着た、髪の長い女が立っている。

あれ?いつの間に…

少し不気味だったが、無視する事にした。

電車がもうすぐ私の前を通るという時だった。

ねぇ…助けて…

私の左耳に声が聞こえた。あの女の声だと思い、すぐに振り向いた。

女がいない。

私は目を疑った。

さっきの女が線路の上に立っている…

私はとっさに体を動かし、女に手を伸ばした。

遅かった。

グジャァァ!!!

…え

嫌な音が耳に響く。

私は見た。電車にはねられた衝撃で、女の体が潰れるのを。

電車が停車すると、すぐに私は電車の運転手に、人がはねられたと伝えた。

運転手は驚き、すぐにもう一人の乗務員と共に電車から降りて、電車とその周辺の確認を始めた。

私自身も確認した。

あれ?

何も異常はない。

どういう事?

「何も異常はないよ」乗務員が言った。

「でもさっき確かに…」

「見間違えだろう。線路の上に人なんていなかったし、人が飛び込んで来たのも見てないよ。あんた疲れているんだろう。早く休んだ方がいいよ」運転手に言われた。

私は確かにこの目で、女がはねられるのを見た。しかし電車とその周辺には何も異常はない。

自分の目でもちゃんと確認した。

何もない以上、運転手と乗務員に何を言っても仕方がない。認めるしかない。

「あ…ああ、すみません!私の見間違えみたいでした。すみませんでした」

でも心の中では、自分は見間違えなどしていないと思っていた。

そのあと運転手は駅側に、次の駅への到着が遅れるという事を連絡していた。

私は電車に乗り、次の駅で降り自宅に向かった。

自宅に着いて、変な気分のままベッドに横になる。色々考えたけど、やっぱりわけがわからない。

どう考えても女は線路の上にいた−そして間違いなくはねられた。

でも運転手は人なんて見てないって言うし、その発言を裏付けるかのように死体も見つからない。

……まさか。

私の頭に一つの嫌な可能性が浮かんだ。

…霊?

まさかね…ははは。

でも考えられるとしたらそれくらいしか−それとも本当に私の見間違え?。

ううん、見間違えなわけがない。

ならやっぱり霊?

女の死体がはねられた衝撃で飛ばされてしまったのなら、私が気付くはず。それにあの時のは、女が潰れて電車に張り付いたような感じだった。

死体がどこかに飛ばされたなんてありえない。

霊かな…?

でも怖くなった私は、そんな考えを振り払った。

別の可能性を考えよう。

そして疲れていた私はいつの間に眠ってしまっていた。

翌朝。

今日は日曜日で仕事は休み。

そうだ出掛けよう。

着ていく服を決めて、ささっと身につけると、玄関へと足を進める。

玄関まで来て、靴を出そうと棚を開いた時だ。

玄関の向こうに誰かいる。

私の家の玄関扉は横にスライドさせて開けるタイプの扉で、ガラス張りになっている。

そのガラスにぼんやりと人の姿が映っていた。

私はなぜかものすごい怖さを感じた。今までこんな恐怖感は味わった事がない。

なぜこんなに怖いのだろうか。

ここである事に気が付いた。

はっきりとは見えないが、昨日の女と服装が似ているのだ。

頭を見ると髪の毛が長い事がわかる。

私は昨日の女のような気がした。

ガラスを挟んでいるのでぼんやりとしか見えないが、よく似ている。

その時。

コツコツ…

昨日の女らしき人影が、小さく扉をノックしてきた。

本当に小さく…コツコツ…と

何度かノックした後で人影は、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で喋り始めた。

なんで…助けなかったの…なんで…助けなかったの…なんで助けなかったの…

この言葉を何度も繰り返している。

私の恐怖はさらに増した。

しばらくして人影は黙った。

私は少しだけ恐怖から解放された。

だが次の瞬間。

なんと人影はゆっくりとガラスに顔を押し付けて、中を見ようとしてきたのだ。

ぼんやりとしか見えていなかった顔がより鮮明に見えてきた。

その顔は真っ白で、目は真ん丸く大きかった。口を開いていて、すごく気持ちの悪い顔だった。人間ではない事は明らかだ。

私は悲鳴を押し殺して、必死で恐怖に耐えた。

しばらく中を探るように目をぐりぐりと動かした後、人影は去っていった。

私はやっと地獄から解放された。

同時に私は確信した。

あれは昨日の女に間違いない。

顔はかなり怖くなっていたけれど、間違いなくあの女。

生きていないのは明らかだ−きっと霊だ。

私は怖くて動けなくなった。

何をしに来たのだろうか。

考えたくなかった。

私は恐る恐る玄関を開けて外を確認したが、誰もいなかった。

その日、私は出掛けるのを中止して、友人を家に呼んだ。

その友人は昔からよく、自分で霊感があると言っていた人だ。

友人が家に着くと私は早速、昨日あった事と、今日あった事を話した。

すると友人は言った。

「それ、5年前にあの駅でホームから突き落とされて、電車にはねられて死んだ女の霊だよ」

「それ本当に…?」

「うん」

私は背筋が凍った。

「…昨日なんで私に助けを求めてきたの?」

「あのね。その女は助けを求めていたわけじゃないわ」

「え?どういう事?」

「…道連れ。意味はわかるわね」

「…」

私は恐ろしくなった。

「助けてと言われてあなたは手を伸ばしたけど、間に合わなかった。それでよかったのよ。間に合って手を掴んでいたら、あなたはその女に線路に引きずり込まれていたわ。そしてあなたもきっと…」

私は何も喋れなかった。

「大丈夫?」

「あ!…うん大丈夫。なんで私を道連れにしようとしたの?」

「その女は、殺された事で強い恨みを持っているの。だから生きてる人間に害を与えるの」

「怖い…じゃ、じゃあ今日はなんで私の家に?」

「まだあなたを殺そうとしてるから…」

「…」

私はゾッとした。

「でもいなくなったんならもう大丈夫かもしれない」

「あ…うん、そ、そうならいいんだけど」

その時だった。

プルルルル プルルルル

私の携帯が鳴った。

別の友人からだ。

「もしもし」

「あ、もしもし今あんたの家の前にいるんだけど開けてくれる?すぐに帰るけど」

「わかった」

電話を切った。

「ちょっと友人が来たから開けてくるね」

そう友人に伝えて、玄関に向かう。

私は玄関を開けた。

「久しぶり」

「久しぶりだね」

「どうしたの?顔色悪いよ?」友人が私を心配して聞く。

「元気だから大丈夫」

「そう。よかった。そうだ今日、ちょっと遠出したからお土産買ってきたんだ。あげるよ!」

「ありがとう!嬉しい」

私はお土産を大事に受け取った。

「あ!そうそう、さっきあんたの家の前の道で、赤い服を着た女が、隠れてあんたの家の玄関を見てたよ。隠れてても私は気付いたけどね。しばらくして駅の方に歩いていったけど、気持ち悪かったよ」

「…え」

私は受け取ったお土産を手から落としてしまった。

「あ!お土産…顔色悪いけど大丈夫?」

「あ!ああ…ごめん」

「な〜んか変なの。はは」友人は笑った。

私は震えながら思った。

あの女は、まだ私が家から出て来る事を待っていたのだと…

怖い話投稿:ホラーテラー 黒猫さん  

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