中編4
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赤チン

最近の若い子らは、

『赤チン』

なんて知らないかな…?

マーキュロクロム液、

『赤ヨードチンキ』の略称。

小さなビニールの瓶に入った消毒液だ。

俺がまだ4歳位の事だ。

赤チンはワンパクで擦り傷が絶えなかった俺には、まさに万能薬だった。

公園で遊んで転んで、膝や肘に血が滲んでも…

お袋が赤チンを塗ってくれればそれで直ぐ治る、そう思うとビービー泣いたりしなかった。

その頃、家族で寺の裏に在る貸家で暮らしていた。ちょうど親父が小さな家を建てた時期で、完成するまでの間の仮住まいだった。

その借家はハッキリ言ってしまえば寺の敷地内に在り、平屋の純和風だが築年数もかなり経った代物だったのを覚えている。

寺の住職さん一家が昔使っていたらしい。

ある日…自分の記憶では、夏の昼下がりの事。

俺は一人で家の中で遊んでたんだな、おもちゃで。

床の間が有って、それに背を向ける形で座りながら。

ふと、何気に後ろを振り返ると…

全然知らない男が立っていた。

男は頭のてっぺんから鼻の先まで縦に切れて(割れて)いた。知らない人・しかもデカイ怪我…俺は一瞬驚いたけど、泥棒なら夜に来るだろうし何より家に居るって事は…お客様かも知れない。

怖いと云う感情より、何とかしなくちゃな感情が湧いた。

俺はとっさに隣りの部屋にすっ飛んで行き、テーブルの上の赤チンをひっ掴んで男の前に戻った。

これを使えば傷が直ぐ治る…

正直、褒めてもらえるかも知れないのを期待したんだ。

俺「( ・∀・)っはいっ!!」

男はしばらく黙ったまま。

俺は男が赤チンを使うのをワクテカしながら待った。

偉いでしょ?

よく知ってるでしょ?

感心でしょ…!?

褒めてもらえる下心ムンムンの俺に、男はこう言ったんだ。

「ありがとう…お利口さんだね、坊や。」

それから俺の頭を強く、でも優しく撫でてから

「この家に、お坊さんは居ないの?」

と訊いたんだ。

俺はその時点で住職が居るであろう本堂を指差した。

「( ・∀・)っあっち!!」

すると男は…俺が指差した方向、ちょうど床の間の正面にクルリと向きを変えて歩き出した。そして…

床の間の壁にぶつかる瞬間、スウっ…と透明になって消えて行った。

俺「∑(^ω^)ひょえぇぇっ!!」

俺は男が消えた事より、この家に突き抜けられる壁が存在した事に驚いた。

きっと床の間の壁は突き抜けて、外にピョンと飛び出せるのだろうと思い真似して後を追っかけた。

しかし壁の前まで来た時、激突を恐れて手で触れてみる。

壁は固く、どう頑張っても外に出るのは無理っぽかった。何か方法があるのかと思い、床の間の壁を撫でたり叩いたりしていると背後に気配を感じた。

振り返ると…お袋が青ざめた顔で廊下(縁側)から俺を見ていた。

お袋「…何やってんの…?」

俺「(^ω^)んっとね、ここから外に出られるの」

お袋「…誰か居たの?」

俺「(^ω^)うん、おじさん!! 怪我してたから赤チン貸したげた!!」

お袋にも褒めてもらえるのを更に期待した俺だったが、お袋は俺の手を掴むと部屋から急ぎ足で出た。

「知らない人には近づいちゃ駄目、ね!?」

お袋はそう言いながら俺の手を引き続けた。

なぜか知らないがそのまま近所の映画館まで連れて行かれ、親父が帰る時間までドリフのコメディ映画を一緒に観た。

お袋は、ずっと俺の手を握ったままだった。

その日を含め、その後は何も無く過ごした。

引っ越し・小学校入学・中学卒業と本当に何も無く過ごした。

純粋だったあの頃の俺は、現在はもうヒネクレたオジサンになり果てている。

若く、美しかったお袋はバアさんになり果てている。

もう何十年も前の話だ。すっかり忘れているかと思いつつ、お袋にその日の事を訊いてみた。

お袋はしっかりと覚えていた。

お袋の話を要約すると、買い物から帰宅し家に一歩入った瞬間、誰か・何か居る気配を感じたそうだ。

俺が心配で、しかし得も言われぬ怖ろしさから声も出さず、音を立てずにソロソロと家中を捜しまくったとか…

障子戸が開けっ放しだったので、縁側から例の部屋を覗くと…ちょうど男が壁に向かって突き抜けた瞬間だった。

その一拍置いた後、俺が床の間に駆け寄り壁を撫で回したので腰砕けしたらしい。

お袋が言うには、親父が帰って来るまで家に居たくなかった、とにかく人が沢山居て賑やかで楽しい場所に居たくて映画に連れて行ったとか…

当時はカッツカツで、映画を観に行く金すら贅沢だったが…そんな事言ってる場合じゃなかったそうだ。

「あの頃は、まだ車もデタラメに走ってたし道路も悪かったしで、しょっちゅう事故で人が死んでたからねぇ…。」

年齢を重ねる毎に肝っ玉が座ってきたか、お袋はケロリケロリと言ってのける。

最近は赤チンなんて見かけなくなった。

当時とは原料を変えて今でも販売してるらしいが、あの魔法の傷薬を使う事は…これから先も無いと思う。

今度ドラッグストアに行ったら、ちょっと探してみようかな?

懐かしいし、ひょっとしたら魔除け代わりになるかも知れないしね。(笑)

怖い話投稿:ホラーテラー ポさん  

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