中編4
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動物園(自己)

私は何よりも存在しなくなることが怖い

故に、私は眠ることを恐れる

何時からそう考えるようになったのかはもう覚えてないが

気づいたらそう思うようになっていた

そもそも、人はなぜ死ぬことを恐れるか?

それは実に合理的な論理とその逆説によって説明できる

もし仮に、人…というより生物が

死ぬことを恐れなくなった場合

それは存在するための行為の放棄に繋がり

ゆくゆくは淘汰によっていずれは存在しなくなる

逆説的に考えるなら

生物に限らず

現存する全ての物質や概念は

存在するための意思または仕組みが存在するということであり

人に関して言えば死を恐れるのはごく自然な事といえる

では、人はどういう事象に対して自分の存在を失うと思っているのか?

また、何を根拠に自分が存在していると認識しているのか?

それは時間軸に対しての自己同一性だと私は考える

不思議な言い方になるが

直前の自分を自分と認識できる間は

自分は存在していると認識でき

またそれができなくなることを人は

死ぬことだと考えている

人が自らが存在していると認識するその根拠は

意識が連続しているということではないだろうか

そう考えるようになってから

私は眠ると言う行為を恐れるようになった

眠りから覚めた時に自分が眠る前の自分と同一であるという

認識を持てるのは意識の連続ではなく

記憶の連続性に過ぎない

一体誰が、眠る前の自分と起きた時の自分が

同一の人物であると証明できるのだろうか?

いや、それは起きている時でも不可能であるのかもしれないが

少なくとも起きている間は自分自身がそうであると確信ができる

しかし、眠りから覚めたときはどうだろうか?

確かに眠る前の自分の記憶は持っているし

その前後での整合性は取れているが

それはそういう記憶を持った自分が

その時に作られたからだとは考えられないだろうか

私にとっては自己同一性の薄れる瞬間だ

つまり、私は目が覚めた時にいつも疑問を抱くのだ

今、起きた私は眠る前の私と同じ私だろうか?

もし違う私だと言うのなら、私の最後は次に眠る時なのではないだろうか?

以上のことを考えたのが

今の自分と同一の自分であると言う認識は持てないが

過去、自分だった者がそう考えた時の記憶により

現在の私は、眠ることに恐怖し

これから先の私ではない自分もまた恐怖していくのだろう

いつしか、私はほとんど眠らないようになった

ふと何かの拍子に眠ってしまうと

起きたときにどうしようもない不安と寂寞感に襲われるようになり

それまで以上に眠る事への恐怖を感じるようになった

しかし、私がいくらそのような努力をしても

体の方はついてきてくれなかった

疲労感がぬけず

集中力、決断力が削がれ

情緒不安定になる

私の唯一のよりどころである

自己同一性を裏付ける意識の連続も

その意識自体が朦朧とし始め

今、自分が何をしているのか、何をされているのか、何処にいて何時からいるのか…

そういったものが曖昧になり…

気づくと私は、動物園らしき所にいた…

妙に頭がすっきりしている…

目の前に檻らしきものがあり

そこには『馬』とだけ書かれたプレートが掛けられている

私は檻の中の様子に驚いた…

中にいるのは馬などではない人間だ…

彼らは、肘と膝の関節がギプスのようなもので固定されており

曲げることが出来ないようになっている

また、右手と右足、左手と左足が鎖でつながれていて

その鎖の長さは立って歩くことが出来ないような長さに調整してあるのか

中にいる者達は一様に四つん這い出しか歩けないようになっている

「ここは…?」

「地獄ですよ」

思わず漏らした声に

間髪いれず返事があり私はまた驚いた

いつの間にか私の隣に男が立っていた

「地獄…ですか?」

「ええ、そうです」

半信半疑の私に男は笑み浮かべながら答えさらに続けた

「あなたは死んで…地獄に堕ちたのです」

「そうですか…」

私はなぜか妙に納得した…

しかし、疑問も幾つかある

「私は、何か罪を犯したのでしょうか?

 私もあのような罰を受けるのでしょうか?」

「ええ、貴方は現世で罪を犯しました

 そして、ここであのような罰を受けることになります」

「しかし、私は何もそれらしい事をした記憶がありません」

「それはそうでしょう、貴方は罪を犯しそしてそのことを記憶の奥底に封じ込めたのです」

「何ですって!?

 それでは、やはり私の自己同一性は失われていたんですね!!」

「自己同一性とは何でしょう?」

「人は、意識または記憶の断絶があると自己同一性は保てないんです!!

 私は、やはり私であり続けて居たのではなかったのだ!!

 なんてことだ!!

 その知らない自分のせいで、私は謂れのない罪を負ってしまったのだ」

「いいえ、それは違います。

 貴方はあくまで貴方でしかありえない

 貴方は、ただ自分の犯した罪から逃げ出しただけです

 貴方が自分の自己同一性に疑惑を持たれたのは

 自分の過去を都合よく思いださせまいとする

 卑劣で傲慢な貴方自身の無意識による影響です」

「そんな…納得できません!!」

「大丈夫ですよ、ここにいればそのうちに思い出します

 ここはそういう場所ですから……

それから幾日か経った

改めて考えると私はなんと愚かだったのだろう

あれほど欲していた自己同一性というものに

私は今、懐疑的なっている

そもそも全ての人は

生きていく中で変化し続けている

それが改善であろうと悪化であろうとだ

昨日の自分と今日の自分が違うからといって

得てしてそれは当たり前のことなのかもしれない

私は今苦しめられている

この動物園での罰と自ら犯し大罪に

あれほど熱望した自己同一性を忌みながら…

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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