バチーン!
「良いから酒代よこせってんだよ!」
…はぁ、なんでこんなになったんだろう。最近ずっとそうだ。夫は毎日外で遊んで、たまに帰ったと思うと家のお金盗んではまた外に遊びにいく。
…昔はこんなんじゃなかった。夫は優しくて格好よくて、結婚前はお金も貸してくれたっけ。でも今は…
夫「さっさと金よこせや!」
(…はぁ)「無いって言ってるでしょ。」
夫「無いわけないだろ!早くよこせ!」
「私達が暮らせなくなるの!」
夫「おめーは余計な心配せずに、俺の酒代だけ稼げば良いんだよ。…お?こんなとこに隠してたか」
「!だ、駄目!それは勇樹が!」
…そういえば、この人がこんなになったの勇樹が生まれてからだよね…。私が勇樹ばっか構ってこの人をみないから…私のせい…だよね?
夫「勇樹がどうした?」
「…なんでもない」
結局盗られてしまった。情けない。
翌日
勇樹「お母さん行ってきます。」
そういうと勇樹はに家を飛び出した。
「そんなに無理しなくても良いのよ。辛かったらやすんでもいいのよ」
勇樹「大丈夫。この仕事好きだから。」
勇樹は毎朝学校に行く前に新聞配達のアルバイトをやってる。やめなって言っても
「大丈夫。好きだから」
って言ってやめない。痩せ我慢してるのはわかる。ろくなご飯も食べさせてやれなくて、帰ってきてもげっそりしてる。
無理にでもやめさせられない自分が情けない。
あの子はそう。いつも我慢ばかりしてる。ものを欲しがった事はない。顔の傷を見ればイジメを受けているのはわかるのに、決して弱音を吐く事はしない。
(あの人が真面目でいれば、いやあの人さえいなければこんな事には…)
いつのまにか私の心はこういう怒りの気持ちで満たされていた。
暫くは平穏な日が続いたのだが、嫌やものは必ず訪れるものだ。
夫「うーい。優しいお父さんが帰ってきたぞ〜なんだ?出迎えなしか?」
…夫がかなり酔った状態で帰って来てしまった。
夫「お?そんなに睨むなよ。皆大好きお父さんだよ〜」
心なしか私は夫を睨んでいたようだ。まあ無理もない。今まであんな仕打ちを受けてきたのだから…
私は勇樹の方をみた。勇樹もまた同じ気持ちなんだろう。ものすごい剣幕で夫を睨んでいる。
夫「何黙ってんだ?わかるだろ?金だよ金!あんだろ?さっさとよこせや!」
(…はじまった)
私達の迷惑そうに浴びせる強烈な視線を無視し、夫は金を乱暴に探していく。
夫「ここにあったか」
(駄目!あれは…)
私が口に出すよりも早く声を発したのは勇樹だった。
勇樹「お父さん。やめて、お願い。このお金は僕がこの家の為に新聞配達で稼いだお金だよ?」
夫は少し驚いた顔でいたが、すぐに
夫「ほう。勇樹がこの家のお父さんの為に稼いでくれたのか。悪いね〜こんな駄目親父の為に、あ・り・が・と・ね」
ぷつん。勇樹の何かが吹っ切れたようだ。勇樹は夫がもつお金のふくろを取り返すべく夫に飛びついた。
しかし子供が大人に敵うはずもなく、夫に振り飛ばされてしまった。
ごつん
鈍い音がした。勇樹のほうを見ると赤い水がみえた。血だった。恐らく棚にぶつかって切れたのだろう。
それでも勇樹は涙一粒流さず立ち上がろうとしている。
それをみた夫は流石に気まずくなったのか、金のふくろを持って、走って逃げて行った。私の怒りは溜まっていく一方だ。
翌日そんな私を嘲笑うかのように悪夢のような出来事が私を襲った。
もう7時を過ぎているのに、勇樹が夕刊配達から帰ってこない。
がらがらがら
やっと帰ってきたかと思うと、そこには警察官が立っていた。
「なんですか?」
「お宅の息子さんが、…川で溺れて亡くなりました…」
最初はなんの事だかわからなかった。でもわかってしまった。
ショックだった。本当にショックだった。勇樹の顔には引っ掻かれたあとがあった。恐らくイジメを受けたんだろう。…でも涙の跡は無かった。最期まで強がったのだろう。馬鹿な子だよ。本当に馬鹿な子だよ。
(…なんで、なんでこんなことに、…あの人だ。やっぱりあの人がいなければこんなことには!)
数ヶ月くらいたっても悲しみとショックは抜けなかった。そんな中
夫「おい!帰ったぞ!」
帰って来てしまった。元凶が…
夫「おいこら!金だ!金を出せ!あるんだろ!」
「あなた…よくこんな時に…」
夫「こんな時にっておめー、食いぶちが減ってよく金が貯まるはずだろーがよ。」
キレた。本当にキレた。今まで女で一つで育ててきた息子を夫に、勇樹にとっての父にあんな事をいわれて。
「ふざけんなーーー!」
いつのまにか私は刃物を持っていた。そして夫に飛び掛かった。
…でも返り討ちだった。私は夫に飛ばされた。そして私に殴りかかってきた。
(殺される!)
と思った時、
「ガシャン!」
夫「うわぁぁぁ!」
花瓶が落ちてきた。
とりあえず助かった。でもなんで花瓶が?
「…お母さん」
「ゆ、勇樹?なんで?」
勇樹「お母さんが心配で、お父さんにいじめられてるんじゃないかって…」
「勇樹…」
勇樹「ごめんなさい。どんな時でも人を殺しちゃいけないって言われてたのに…ごめんなさい。お母さん残して死んじゃって。でも僕もう我慢できなくて。お母さんだけでもお腹いっぱいで、幸せになってほしくて。」
見ると勇樹の目からは涙が流れていた。
「本当馬鹿な子。でも助かったわ。ありがとう。」
その後私は捕まった。当然だ。私が殺したようなものだから。
でもあの子の、あの子の涙のおかげで生きる勇気が沸いて来た。
服役が終わったらまっとうに、そして一生懸命生きようと思う。
怖い話投稿:ホラーテラー 初コメハンターさん
作者怖話