長編45
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Cheese PIZZA 

この話には一部に女性への犯罪に関する描写がある。

また、かなりとんでもない長文でもある。

それらを読んで不快に思われる方は、読むことを御遠慮頂くことをお勧めする。

尚、作者にはいかなる犯罪をも肯定する意思がないこともあらかじめ付記しておく。

大学時代の話をしようと思う。

当時の俺は、演劇サークルで脚本を手がけるという第一種絶滅危惧種な生活を送っていた。

大学のたいして実力も人気もないそのサークルに、俺と同級で一風変わった役者の学生がいた。

実家が寺をやっていて、将来はそこを次ぐ予定だという勇平(仮名)という男だ。

何が一風変わっているかというと、実家の寺をやっているのは勇平の祖父であり、寺を継ぐためには祖父に養子入りする必要があるという。

つまり、彼にとっては祖父が父であり、母は義理の姉であり、父は義理の兄なのだ。

そして兄弟は甥であり、兄弟の子供は……もうよくわからん。

俺は自分が田舎ものであることを自覚していたが、そこの地域の保守っぷりは自分の常識を超えていたようだった。

勇平は役者と僧侶と学生の3足のわらじをはいていたが、学生のわらじが脱げかけていることは俺の目にも明らかだった。

そんな彼は、舞台稽古の傍ら僧侶になるべく修行を積んでいたが、ある日修行の一環として、悪霊退散の儀式をすることになった。

勇平の住んでいるアパートからほど近い住宅街に一軒の空き家がある。5年ほど前だと思ったが、この家で、母と娘、二人が惨殺されるという事件があった。

犯人は捕まっておらず、事件後当然住む人はいなくなり、借り手もつかず今は荒れるままになっている。

            「幽霊屋敷」  

古風な呼び方でその家が呼ばれていることを、俺もなんとなく知ってはいた。

夜な夜な現れ、周辺住民を恐怖に陥れている女性の霊を徐霊し、地域の安定、平穏、衆生の救済に役立てる。

徐霊に当たっては一般の人にも見学してもらい、広く自分たちの活動を知ってもらう。

それが今の勇平に課せられている修行内容だった。

そして今回一般の人として特別に立会いを許可されたのが……

勇「お前ってわけだ」

俺「断る」

俺は勇平のアパートで酒を飲んでいた。

ちなみに、寺を継がない勇平の両親は造り酒屋を経営しており、勇平は学生の分際でただ酒が手に入るという夢のような生活を送っていた。

 

勇「なんで?なかなかないぞ。こういう機会は。

それにお前この間もう死んじまいたいって言ってただろう?

こういう経験を積んでみることで、死ぬっていうことがどういうことか分かるかもしれんし、ひょっとしたら考えが改まるかもしれん。

見てみる価値はあると思うんだがなあ」

俺「それは……」

俺が勇平に「もう死んじまいたい」と言ったのは事実だった。

当時の俺はどうしようもなく行き詰っていた。

なんとなく建築家になりたくて大学に入ったものの、夢はあっという間に挫折し、最低限の講義に出席して昼寝をして、サークルに顔を出してから帰る。

そんな毎日。

そんな鬱々とした気分を原稿用紙にコリコリ書き込み脚本として書き上げてみるものの、そんな読むだけで陰鬱になるダメ学生の心情を吐露した脚本など誰も演じたくなるわけもなく…

俺はボツ原稿をもって勇平の家に入り浸っては酒に逃げ道を見出そうとする日々が続いていた。

目標を失い、努力することをやめた人間が行き詰る…。当然の結果である。

だが俺は大学生にもなってまだそのことを受け止めきれずにいたのだ。

そして先日、またも脚本がボツになった俺は、勇平のアパートで浴びるように酒を飲み「もうなにもかも嫌になった。いっそ死んでやりたい」とわめき散らしたのだった。

勇平としては俺に気を使ったところもあるのだろうか?

気持はありがたいが、そんな俺への勇平が出した提案が、こともあろうに徐霊の立会…。

俺「でもそれは徐霊とは関係ないだろう」

俺が興味をひかないのも当然だった。

勇「お前には関係ないけど俺にはあるんだって。

お前みたいにネクラなのがいると取り憑かれやすいんだ。そこを徐霊すれば一発だって。

な、俺を助けると思って取り憑かれてくれよ」

俺「なんだよ、それ。さっきと言ってることが違うじゃないか」

なんのかんのいって俺を連れて行きたい真の理由はそれか。

心の中で感謝しかけた自分が馬鹿みたいだ。

勇「じゃ、こうしよう。バイト代出すからさ。徐霊アシスタントやってくれ」

バイト代……。そういうことなら話が変わる。

取り憑かれやすいというのは気になるが、手伝いで金がもらえるなら金額次第で考えなくもない。

長い金額交渉の末、俺は結局6000円で修行僧がどのような活動をするのか一般市民として知ることに同意した。

その週の金曜日の夜、俺と勇平は件の屋敷にやってきた。

俺の車には、勇平の徐霊セットが入っている。

木製の折りたたみ式の祭壇に、縄、ロウソク、鏡、酒、野菜、昆布、ちいさな木の枝…

俺はそれらを俺の車に積み込む勇平を見たとき、

(それは神道では?)

と思ったが、とりあえず素人なので黙っていた。

車から降りて屋敷を見上げる。

さすがに幽霊屋敷といわれるだけの事はあって、闇に浮かび上がる外観は迫力がある。

両隣が空き地になっているせいか、敷地にまで届く光も少ない。

白い外壁はところどころはがれ、下地のモルタルが露出している。

大きな朝顔のような葛が外壁や雨どいに巻きついて、家に近づきにくくしていた。

木製の軒裏もはがれ、べろりと垂れ下っているのが、風に吹かれて少しだけ揺れている。

生活の気配のない家は、何もない空間よりもかえって不気味さを増している。

(この家に入るのか…ちょっとやだな)

そう思いながら、見るからにやる気のない不動産屋の「売家」と書いたプレートが貼ってある門塀を開け、庭に入る。

キイイイイ ンギイイイイイイイイイイイイイ

しっかりさびている音を立てて扉が開いた。

確かに住宅街では大きめな家だが、屋敷というのは少しオーバーか?

大体50坪前後といったところか。

バッタか小さい蛙が、突然の来訪者に飛び回る気配がする。

勇「さて」

勇平がゆっくりと屋敷に近づきながら言った。

勇「どこから入ろっかな?」

 (…何?)

俺「ちょっと待て。お前許可取ってないのか?」

勇「許可なんて、取れるわけないじゃん」

平然と言ってのける勇平に俺は唖然とした。衆生の救済以前に、これは犯罪ではないか。

俺の気持ちはまるっきり無視して、勇平は手近な窓を調べ始めた。

窓は雨戸が締められている。鍵がかかっており、そう簡単には…

カシャン

雨戸に座り込んで、勇平がなにやらドライバーのようなもので下からつつくと、意外なほどあっさりと雨戸の鍵が開いた。

 (…おい)

キュル キュルキュルキュルキュルキュル……

長らく開け閉めされなかったであろうその雨戸が不快な音を響かせながら開く。

その先に、真黒な窓ガラスが姿を現した。

もちろんガラスが黒いのではない。ガラスは家の中の闇を透かしているのだ。

勇「ふんっ」

勇平が両手で窓ガラスを持ち上げる。

ガタッ

鍵がかかっているのだろう、当然窓ガラスは外れない。

まさか窓ガラスを割って入るわけにもいくまいし、今度こそ手も足も出……

ガタッ ガタッ ガタッ ガタッ ガタッ ガタッ

勇平が窓ガラスをゆすり出した。よく見ると勇平がゆするたびに、窓の鍵が少しずつ動いている。

やがてカタンっという小さな音が聞こえた。

勇「よし」

勇平はそういうと、窓を横に引いた。

ガラガラガラガラ

窓ガラスの鍵は完全に開いていた。

勇「オッケー。行こう」

勇平はその場で靴を脱ぐと、窓の中から屋敷の中に入って行った。

(なんの修行をしているの?ねえ、あんたは何の修行をしているのさ?)

こんな特殊技能者が増えたら、日本は空き巣天国になるのではないだろうか。

そりゃ、金払ってでも俺を連れて行こうとするわけだ。良識ある一般市民が広くこんな活動を知ってしまったら、こいつはあっという間に堀の中だ。

っていうかそうだよな。許可もらった徐霊なら、わざわざ夜にこそこそ入っていく必要なんてない。

(金に目がくらんだ…)そんなことを思いながらも、とりあえず俺も靴を脱いで後に続いた。

外からばれないように雨戸を閉めると、家の中は完全な闇である。

俺たちは持ってきていた懐中電灯をつけた。

がらん、とした家の中がオレンジの光に照らされる。

ここは、どうやら応接室のようなところらしい。

10畳以上あるの大きめの部屋に、俺たちの入ってきた掃き出しサッシ。隣の部屋へと続く扉…。

いわゆる一般的な心霊スポットのような、割れた窓ガラスが飛び散っているわけでも、スプレーの落書きがあるわけでも、ごみに混じった日本人形があるわけでもない。

ただ、そこにあるはずの人の営み、生活というものがない。

かつてカーペットが引いてあったであろうフローリングの色の違い、埃の積もった照明器具、レールだけになったカーテン……。

生活感の、かすかな残骸が懐中電灯に照らされて浮かび上がるたび、俺はなんともいえない嫌な気持になった。

小学生の頃、家を引っ越ししたとき、すべての家財道具を運び出し、家の掃除まで終わった時に一人で部屋に戻ったことがある。

あの時のような、不安な感覚。言いようのない寂しさ。それに似た感情だ。

今はそれに、さらに暗闇が恐怖感をブレンドしていた。

勇「よっし、行くぞ」

勇平が急に手をポン、と叩いて大きな声で言ったので、俺は声をあげそうになった。

勇「いいか、明るくいくんだ。怖いと思い込んだら、その気持ちがこの世のものでないものを呼び寄せるってことになるんだからな。

そもそも漫才って言うのは、笑いによって邪気をはらう神事が始まりなんだ。

陽の気には奴らは近づかない。

さ、元気に向こうの部屋に行くぞ」

本当か嘘かわからないうんちくをたれながら、勇平が扉を開く。俺も後に続いた。

廊下を介して、正面に引き戸、その横に階段がある。

右手は玄関ホールなのだろう。若干広くなっている。

左手は廊下が続き、暗くて分かりにくいが、多分和室だろうか?襖のようなものが見える。

勇平は、懐から大きめの方位磁石を取り出すと、何やら調べ出した。

無言で正面の引き戸に手をかける。

キュルキュルキュルキュル……

高い音を上げながら引き戸が開く。

中はダイニングキッチンのようだった。10畳程度だろうか。

壁にキッチンがついていて、横に冷蔵庫があったであろう空間がある。

勇「この部屋がベストだ。ここで儀式をやろう」

勇平は方位磁石をのぞき込みながら言った。

俺ものぞきこんでみると、その方位磁石は本体が木製で、周りに子、牛、寅とか、なんかよくわからない坤とか蠱とか、難しい漢字が彫り込まれていた。

俺は(それは風水では?)と思ったが、まあ素人なので黙っていた。

とりあえず車に戻り、徐霊セットを持ってこよう。

二人で応接室に戻りかけたとき、

 …ズン…ズン…ズン…

なにか、音が響いていることに気づいた。

(ん?)

二人で顔を見合わせたので、俺一人の錯覚ではない。

 ♪Di  La Li Tu Li La  Ta ー…

無人のはずの幽霊屋敷に、ものすごい場違いなポップな歌声が聞こえてくる。

(この声は…ジュディアンドマリー?)

 ♪とろける Cheeseみたい 恋を知らない2人  

  街を 歩けば そうよ 知らずに 笑っている

俺は懐中電灯を持ったまま固まった。

ジュディマリの歌声を聞いて恐怖を感じたのは初めてだった。

傍らでは勇平がガタガタと震えている。

(……って、え?)

勇「ヤバイ、出た。ほんとに出た」

俺「おい、何いってんの?早く祓ってよ。これ」

勇「だって、マジで出るなんて思わねえもん。ちょ、どうしよ?俺」

勇平が俺の腕にしがみついてくる。

おい、ちょっとまてえ!!

 ♪2人でいよう はなれてしまわぬように

  

  ぬけるような青空で チーズピザ たべよう ー

ジュディマリの歌が、心なしか大きくなったような気がする。

外からではない。それは、階段の上から聞こえてくる。

電気がつかない、閉め切られたはずの廃屋で、それはあるはずのないことだった。

自分の呼吸が荒くなり、脇の下を冷たい汗が通るのを感じる。

(確実にヤバい。とりあえず逃げよう)

俺は勇平を引っ張ると、応接室に向かおうとした。

ところが、勇平が足を引っ張られてでもいるようにちっとも動かない。

俺がイラっとして勇平の顔を照らすと、勇平は眼を見開いて、口をあわあわさせながら俺の後ろを指差そうとしている。

 ♪Uh Di……… Tu… Da…

  Yeah Yeah Yeah… Yeah…

  Mm… Mm… Yeah Woo… Yeah Di…

俺はゆっくりと後ろを振り返った。

和室へと続く廊下を、勇平の懐中電灯の光が照らしている。

光の筋を追っていると、奥の襖が開いているのが見えた。

その先に、髪の長い少女が顔を覗かせていた。

 ♪2人でいよう…

  2人でいよう Oh Oh Oh!

  ぬけるような青空で チーズピザ たべよう!

俺の腕を握りしめていた力がふっと抜けた。

 ドウッ

鈍い音が響く。

勇平が気を失い、廊下に倒れ込んだ音だった。

少女「じゃ、やっぱりこの家ユーレイ屋敷って呼ばれてるんだ。あー、ムカツク」

俺「しょうがないじゃん。夜な夜な現れてるんだろ?無理ないって」

俺は幽霊屋敷の2階の少女の部屋にいた。

少女はユキ、と名乗った。

ジュディマリのボーカルと同じ名前だ。本当なのか騙りなのか、今ではよくわからない。

この部屋だけに明かりがついており、スチールラックにあるコンポからジュディマリがエンドレスで流れている。

なんだかよく知らないジャニーズ系の男のポスターがわざと斜めに貼ってあった。

典型的な当時の「女の子」の部屋、なんだろうか?こういうのが。

ユキは「ムカツク」と言いながらベッドの上に倒れ込んでいたが、俺の声にガバっと身を起こした。

ユ「だってさあ、5年も家の中にいるんだよ?ちょっと外に出てみたいとか思うでしょ?普通」

俺「それはまあ、そうだろうけど」

ユ「ね?それでユーレイ呼ばわりされたら、こっちも泣きたくなるよ。

あーあ、変な男にぶっ殺されるし、家の中からなかなか出られないし、姿を見られたらユーレイ扱いだわ、おまけに家はユーレイ屋敷よばわり?こんなことって絶対にあり得ないよね?」

あり得ないって言うか、順当に事が進んだ結果のような気もするが、それは口に出さないことにする。

俺「じゃあ、そろそろ成仏してやったらいいんじゃない?」

ユ「成仏?あー、ないない」

ユキは右手をパタパタと振った。

ユ「私さあ、好きな男とデートの一つもしたことないんだよ?こんなまんまじゃ成仏って無理でしょ?女として。

知ってる?この世にミレンがあったら成仏なんて無理なんだって。ねえ、それって結構キツくない?」

たしかにきつい。この世に何の未練もなく死ねる人間が一体何人いるんだ。

しかし、と俺は思い直した。

しかし、ユキの未練はデート一回…

俺「遊園地ぐらいだったら連れてってやるよ」

ユ「ホント?」

何気なく言った一言にユキは食いついた。目を輝かせて、両手を顔の前で組む。

ユ「あ、でもダメだわ」

次の瞬間、両手を腿の横に置くと、上を向いて嘆息した。

人って、こうも感情がころころ変わるものなのか?

ユ「お母さんがね、事件の時に腕を無くしちゃって、ずっと怒ってるんだ。

ちょっと、ほっとけない状態なんだよね」

ドキッとした。

目の前のあっけらかんとしたユキの言動に、つい事件のことを忘れていたが、やはりここで惨殺事件はあったのだ。

ユ「ねえ、お願いなんだけどさ、もしよかったら、腕、取り戻してくれない?」

俺「腕って…俺、どこにあるか知らないし」

ユ「あたしが知ってる!」

ユキがビシっと手を挙げた。どうも若い子の感情の起伏にはついていけない。

ユ「ね、今日車で来てる?」

ユキは今度は腿の間に手を入れて身を乗り出す恰好をすると、俺を見て上目使いに言った。

そして―

ユ「おっじゃまっしまーす!」

俺はユキを助手席に乗せ、夜の道に車を出発させていた。

幽霊屋敷から車で30分ほど海に向かったところに、なんたら原人の骨やら石器やらが発掘されたという洞窟がある。

茶の畑に囲まれたそこには、不必要に巨大な看板が掲げられ、駐車場も大きい。

その駐車場に、俺とユキは到着した。

ユキによると、この先にある原人が発掘された洞窟に、彼女の母親の腕があるという。

深夜の駐車場に明かりはなかった。もちろんその先の洞窟にもないだろう。

懐中電灯に浮かび上がる看板はすっかり色あせ、何が書いてあるのかさっぱりわからない。

俺は車から小さいスコップとスーパーのビニール袋を手に取ると、田んぼのあぜ道のような道を通り、洞窟に向かった(大学のゼミの関係で、簡単な測量具とスコップぐらいは常備していた)。

リー、リー、リー、リー

バッタが鳴いている。懐中電灯の光に向かって、羽虫が押し寄せてくる。

ジャッ、ジャッ、と自分の歩く音がやたらと大きく響く。

懐中電灯を前に向けると、石碑があちこちに建っているのが浮かぶように見える。

(幽霊屋敷もアレだったが、ここはここで結構ヤな感じだ)

俺は少しげんなりした。

ユキ「よし、こっち」

ユキは懐中電灯もなしでサクサク進んでいく。やっぱり夜目が効くらしい。

洞窟に向けて進んでいくと、あちらこちらに看板が建っている。

「マムシが出ます」「猿が出ます」「熊が出ました。注意」「猪が出ます」「ハチが出ます」

…どんだけ出るんだ、ここは。

おまけに熊に注意って、一体何をしたらいいんだ?

(ちくしょう、無駄にでかい看板建てやがって、いらん石碑建てやがって、こんなことに金を使っているからバブルが崩壊して日本経済が…org)

俺はとにかく気を紛らわせるために全然関係ないことに悪態をつきながら進んだ。

目指す洞窟は、5分ぐらいで着いた。

巨大な岩盤のような崖がそそり立っており、地面の部分にいくつか人が入れるぐらいの穴があいている。

その中のひとつが洞窟になっているのだ。

洞窟の入口に近づいてみると、そこには鉄の扉が取り付けられ、中に入れなくなっている。

脇にはまた看板が立っており、「史跡保存のため、また崩落の恐れがあるため、中に入ってはいけません」と書いてある。

(おのれは観光客を呼び込みたいのか追い払いたいのかどっちやあ!)

このときは、俺も素直に心の中で突っ込みを入れた。

俺「だめだここ、入れないや」

ユ「鍵、かかってないよ。この扉」

俺「嘘?」

俺は半信半疑で扉を押してみた。

ギイイイイイイイイイイイイイ

と、あっけなく扉が開いた。

(管理もやる気なし)

俺はそれ以上突っ込む気も失せ、中に入った。

洞窟の中は結構ぬめぬめして滑りやすい。そして外と比べてやけにひんやりとする。

俺「おわっ」

一度滑って転びそうになり、思わず声をあげたら

おわっ おわっ おわっ おわっ ……

ずっと自分の声が響いていた。

なんだかその中に自分の声以外のものが混じっている気がして、背中がぞくりとした。

洞窟の中は案外広かった。懐中電灯の光があっと言う間に闇に吸い込まれて、先が見えない。

光が思う通りの効力を発揮しない。これは予想以上に心理的に負担がかかる。

特に背後。さっきからなにかが忍び寄ってくるような気がして仕方がない。

多分、これは生存本能に関わる、根源的な恐怖の感情なのだろう。

(今の俺、結構びびってるかも…)

目の前をユキが歩いて行っているおかげで幾分か気持ちが和らいだ。

一人だったら俺は怖すぎてリタイヤしていたかもしれない。

目の前に幽霊がいるおかげで気持ちが和らいでいるのも本末転倒な気がするが、とにかくこの時はユキの存在に救われた。

ユ「ついた。ここ、この辺」

唐突にユキが歩くのをやめて、地面を指差した。ちょっとした広場のようだが、懐中電灯に照らし出された地面は、ほかの場所と違いがわからない。

ユ「この辺、掘れる?」

俺「ん。ここ?この辺?」

ユ「そう。その辺。いい感じ」

俺はシャベルで地面を掘りだした。

ザック、ザザ ザック、ザザ ザック、ザザ……

洞窟にシャベルで土を掘り返す音が響く。その音はあちこちでこだまし、妙な不協和音が永続的に響き渡った。

やがて―

シャベルの先が何か固いものに当たった。

ユ「でた。ストップ!」

ユキの声に掘り返すのをやめる。不思議とユキの声は反響しなかった。

俺はスコップを置き、手で土を払いのける。

そして、やがてそれが出てきた。

ほとんど土と同じ色になった、細長い棒のようなもの。

それが、ユキの母親の腕の骨であるらしかった。

さらに細かい、指の骨や、掌の骨などを集める。

土にまみれているせいで、ほとんど小石と区別がつかない。

ユ「そう、そこ、それも拾って。

  ごめん、もう少し掘ってくれる?」

ユキが指示を出す。その目は真剣だった。俺は言われるままに骨を拾いだしていった。

ポケットからスーパーの袋を取り出し、骨を残らず中に入れる。

人骨を見たのは、ましてや素手で触ったのはこの時が初めてだった。

土だらけだが、なにか本来とても神聖なもののような気がする。

決してスーパーの袋に入れて持ち運ぶのが適切だとは思えなかった。

(しまったな)俺は思ったが、それでもいまさら仕方がない。がさがさ言わせながら骨を袋に詰める。

(一体何だってこんなところに腕を埋める必要があったんだ)

サイコ野郎の考えなど理解できるはずもないのだが、俺はこのとき、初めて5年前にあった殺人事件の犯人に憎しみの感情を抱いた。

帰りの車の中、ユキはスーパーの袋をずっと膝の上にのせて、抱え込んでいた。

俺はユキが物を触れるのか触れないのか、そもそも幽霊屋敷を離れても大丈夫なのか、よくわからなくなったが、あまり理屈で考えないほうがよさそうだった。

ユ「ありがとね」

俺「ああ、いいさ。これぐらい」

ユ「これでお母さんのミレンが無くなるといいなあ」

そういってユキは笑った。よく考えたらこの娘が笑ったのをみたのは初めてな気がする。

(結構かわいいところあるじゃないか)

俺はそう思った。

帰りの車では、信号待ちの時に隣に止まった女性ドライバーがこちらを2度見した挙句、信号無視して猛スピードで走り去ったぐらいで、無事に幽霊屋敷に戻ることができた。

ユ「やば、ちょっとお母さん。怒ってる」

幽霊屋敷に着き、車を降りたとき、ユキは肩をすくめて片目をつぶりながら言った。

時間がさらに深夜になったからだろうか。幽霊屋敷を包み込む闇が少し濃くなっている気がする。

俺「大丈夫だろう。行こう」

5年探し続けた自分の腕を娘が取り戻してきたというのに、怒られる筋合いもないだろう。

俺は例のガラスを開けて家の中に入った。ユキが後から続く。

ユキのお母さんは和室の続き間にいるらしい。

応接室を通り、廊下にでる。

左に曲って和室へ…と、行こうとしたとき、なんともいえない悪寒が俺の体を走った。

廊下の左側正面、和室の襖からすごい重たい、暗い空気が流れてくるような気がする。

俺「ふうっ、ふうっ」

呼吸が重い。思いっきり吸わないと呼吸にならない。心臓が何かにつかまれているようだ。

ガサ ガサ ガサ ガサ 

 カチ カチ カチ カチ

俺が持っている腕の骨が、袋の中で音をたてる。

俺の体が震えているからだろうが、まるで自分の意志を持つかのように、踊るかのように小刻みに動いている。

両足を引きずるように、なんとか襖までたどり着いた。

小指を襖にひっかけ、意を決して襖を開く。

そこは、8畳程度の和室だった。

正面に床の間が照らし出される。右側に続き間へと続く襖があった。

光が届かないからできたというような闇ではない。

光そのものを飲み込むような、黒い霧のような、塊のようなものが、その襖から湧き出ているような感じだ。

俺は立ちすくんでいた。

この部屋に入りたくない。奥の襖を開けたくない。

俺の本能が叫んでいる。

ユ「お母さん、ねえ、ちょっといい?」

そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ユキが続き間に声をかけた。

もう、行くしかない。

(3つ数えよう。3つ数えたら、襖を開けよう)

俺は空気を思い切り吸い込むと、和室の中に入り、続き間の襖の前に立った。

目をつぶって、呼吸とともに数を数える。

(ひとつ… ふたつ…  みっつ……  よし)

思い切って目をあけると、襖を照らしていた懐中電灯の明かりが、闇に吸い込まれていた。

そして目の前にあるはずの襖が無くなっていた。

俺が目を閉じている間に、襖が開いていたようだった。

続き間に、一人の女性が照らし出されていた。

40歳前後ぐらいだろうか?

服を着ていない。

両方の腕は肩から先がなく、乳房も抉られるように切除されていた。

喉が一文字に切り裂かれている。

腹からは消化器官のようなものが垂れさがり、床まで届こうかとしていた。

両目もナイフでえぐり取られたように空洞になっている。

そしてそれらすべての欠損部分から、とめどない赤い血液が流れ続けていた。

俺はその場に崩れ落ちた。

吐き気がこみ上げてくる。

その見た目の衝撃からだけではない。

その女性から発せられる圧倒的な嘆き、悲しみ、怒り……

周辺の空間をも変えてしまうような感情の激流に飲み込まれ、俺は口に手を当ててえづいた。

この家で何が行われたのか……。否が応にもそれを思い知らされ、俺は立つことすら出来なかった。

先ほどまでの意思が萎えていく。

(だめだ)

俺の中に絶望感が浮かんできた。

(この部屋は開けてはいけなかった。こんな感情を前にして、俺に何ができるって言うんだ)

俯いている俺の視界に、血だまりを作りながらゆっくりと女性の足が歩いてくるのが見える。

俺は震えながらもなんとか骨の入った袋を差し出した。

俺「あの、これ持ってきました。これで…」

これでなんだ?怒りを静めてくれとでもいうのか?

どうしようもない。これ以上、俺に出来ることなんてない。

ゴポ・・・ゴポゴポ・・・

喉と口から血をあふれさせながら、女性が顔をビニール袋に近づけてくる。

やがて空洞になった目から血の涙が勢いを増してあふれ出した。

もうこれ以上、俺に出来ることなんてない。

だが……俺は息を一つ深くついた。

だが一つ、俺にはやらなければならないことがあった。

俺は床に手をつくと、頭を下げて言った。

俺「あの、お嬢さんを一日貸していただけませんか?」

女性の虚空となった目が、かっと見開いた気がした。

(だめだ、殺されるな、これは)

俺がそう思ったとき、

ユ「お母さん。私からもお願い」

ユキの声が響いた。女性の注意が俺からそれるのを感じる。

圧倒的な感情のほとばしりが、ほんの少し和らいだ気がした。

翌日の土曜日の朝、俺は再び幽霊屋敷にやってきた。

徐霊のためではない。いや、最終的にはそうかもしれないが、その手前のほうが大事なのだ。

ユ「おす」

ユキは屋敷の前で待っていた。腕のあたりにひらひらの付いた白いシャツに、ジーンズの短パンをはいている。

白いスニーカーを履いて、長い髪を後ろに束ねていた。(すまん。ファッションに関するボキャがないのでこの程度しか表現できない)

改めて感じたが、日の光に包まれるユキは、ぜんっぜん幽霊っぽくなかった。

俺「よお、早かったじゃん」

車を降り、助手席のドアを開ける。

ユ「ん、ヒマだったから」

俺が開けた助手席のドアからユキが乗り込んだ。

俺「何?元気ないじゃん」

車を走らせながら話しかける。

ユ「えー?そんなことないよお」

俺「やっぱ、昨日怒られた?あれから」

ユ「ううん。お母さんすごく喜んでた。『よろしくお伝えください』って」

(本当だな?本っ当に『よろしくお伝えください』と言ったんだな?)

俺は思ったが、昨日のことを思い出してしまうので突っ込むのは止めた。

俺「じゃ、なんで?やっぱり太陽の光が苦手とか?」

ユ「違うって。

もう、男の人と遊びに出かけるなんて初めてなんだからキンチョーぐらいさせてよ」

(緊張してたんかい)

誰がどう考えても昨日の夜の洞窟の方が緊張するべきじゃないか。

そう思って俺は思わず笑ってしまった。

ユ「ひっどーい。人のことバカにしてる」

俺「してないしてない」

ユ「笑ってるじゃん」

俺「いや、そんなことで緊張しなくてもって思ってさ」

ユ「だからそれがバカにしてんの!」

なんだか知らないが、ユキの調子が出てきたみたいだ。

ユ「ね、これかけて」

ユキがポケットからカセットテープを取り出す。

カセットには「JUDY AND MARY マイ ベスト」と女の子っぽい字で書かれている。

カーステレオにかけてみると、流れてきたのはもちろんジュディマリ。

俺「好きなんだ。ジュディマリ」

ユ「超好き」

間髪ない。よっぽど好きなんだろう。

 

 ♪オレンジをかじって 旅に出ましょ 長い休み取って…

うん、やっぱりジュディマリはこういうシチュエーションで聞くべきだ。

間違っても心霊スポットの幽霊屋敷の闇の中で聞くものではないのだ。

ユ「今日のためにマイベスト作ったんだ」

家のCDからカセットに落としたらしい。俺もチャゲアスでやったことがある。

なかなか気合が入っているじゃないか。

 ♪いじわる天使につかまる前に

  ゆこう! 声あげて 走れ!

  Hello! Orange Sunshine 魔法をかけて

  細い体を タフにしあげて

  Hello! Orange Sunshine 瞳の奥は

  まだ光るはずだわ……

(なんにせよこうしていられるのも今日の日没までだ。それまではなるべく楽しんでいこう!)

ユキは気に入ったフレーズを時々口ずさんでいた。俺も続こうとしたが、あまりにもキーが高すぎて冗談みたいな歌にしかならなかった。

ユキは怒るでもなく、「えー、そんなんじゃないよお」とか言いながら笑った。

そんなこんなで、目指す遊園地には10時頃にはついた。

本当はネズミの着ぐるみがメインキャラを務める遊園地にしたかったが、予算と時間の都合で変更したそこは、結構な山の奥にある地方遊園地だ。

とはいえ土曜日なので、開園直後にもかかわらずたくさんの人でごった返している。

俺はチケット売り場に並びながら、根本的な質問をした。

俺「なあ、ユキ。お前、一応中学生以上だよな?」

ユ「もちろん。5年前から今までずっと高1。

でもなんで?もしかしてチケット買おうとしてる?」

俺「ん?駄目?」

ユ「だめ、ってか、あたし普通に他の人に見えてないから。チケットいらないし」

そうなんだ。あまりにも周囲に溶け込んでいるからなんかそんな感じしなかった。

でも昨日車に乗っててかなりビビってた女の人いなかったか?

俺がそのことを聞くと、

ユ「たまに普通じゃない人もいるよね」

さらっと答えるユキ。

(うーん。見えてしまう俺はそっち系なのだろうか?)

そう思いながらもチケットを買う。

大人一枚4800円。なかなかの金額だ。

遊園地に来たのなんか中学生以来だ。しかもその時の金は親の援助。

当時の金銭感覚の上をいっていたので覚えていなかったが、結構な散財だ。

俺には縁のない話なのでよく知らないが、噂によるとデートの金は普通男が持つという。

おまけに恐ろしいことに昼食、夕食代。果てはうまく行った時のホテル代まで男が負担するという話すら聞いたことがある。

高速代、ガス代、入園料、メシ代、ホテル代……

世のモテる男たちは、一体いくら金が必要だというのか。俺には想像がつかない世界だ。

(女に縁がなくてよかった。そしてユキが幽霊でよかった)

俺は変なところでほっとした。

駅の改札のようなゲートをくぐって中に入る。

ユキもさらっとゲートを通り抜けた。

やっぱりこうやって見ると幽霊かなあ。

園の中に入ると、いきなり坂のところに

「時速12kmの恐怖!GEISHA 

世界初 人力コースター 2051年 いよいよ登場!」

と書いてある巨大看板が建っており、なかなかのB級感が人をナメていて良い。

さて、最初にどこに行くべきなんだろうか?

俺「何か乗りたいものってある?」

ユ「絶叫系いい?

あのね、ドドンパ!」

園の入口からほど近いところにある、チャオズや天津飯や鶴仙人を彷彿とさせるそのコースターは、この遊園地の目玉ともいえるアトラクションらしい。

なんでも、こういうところはどれだけ待たされるかわからないから、乗りたいものから順番に乗って行くのが鉄則だそうだ。

詳しくないので本当かどうかは知らない。

ゲートでもらった地図を眺めながらそっちに向かうと、上空にあるジェットコースターのレールを赤かピンクの塊がとんでもないスピードで走り去った。

多分人が乗っていたろうが、絶叫系につきものの「ギャー」とか「キャー」とかの声が聞こえない。

早すぎて声が出せないのだろうか?それとも機械の音にかき消されている?

俺がぽかんとしていると、ユキが

ユ「今のがドドンパ!ね、行こっ!」

そういって搭乗口に向けて走って行く。

俺は、手の中の地図の「世界最速!時速172km」の文字に釘付けになっていた。

(あれに、乗るの?怖くないっすか?)

俺は今更ながら、何で遊園地に来ることにしてしまったか後悔した。

そして、俺は絶叫マシーンに乗りたくて乗るわけじゃないことに気づいた。

足取り重く搭乗口に向かっていると、

「ど、どんぱ  ど、どんぱ  …」

と人の集団の声が聞こえる。

(ん?)

「ど、どんぱ」はしばらく続いていたが、やがて「え~」というブーイングの声に変わった。

ぞろぞろと搭乗口から人が出てくる。

ユ「もう、信じらんない」

ユキがぷりぷりしながら戻ってきた。

俺「何、どうした?」

ユ「風で中止だって。そんなに強く吹いてないよ、ねえ?」

俺「う~ん、ま、中止ならしょうがない。次行こう、次」

俺はごまかしながらなんとなく目についたアトラクションを指でさした。

俺が指した指の先に、巨大なジェットコースターのレールがそびえたっていた。

そのジェットコースターは FUJIYAMA といった。

地図の中の解説には「king of coasters」の文字が不吉に踊っていた。

カチ カチ カチ カチ ……

 ゴ  ゴ  ゴ  ゴ  ……

コースターがゆっくりと上昇していく…

このなんともいえない恐怖感は一体どこから来るのだろうか?

下を見ると自分たちが歩いてきた道がやけに小さく見える。

(見ろ。人がまるでゴミのようだ)

誰かの有名なセリフが頭に浮かぶ。

ふと前を見ると、いつまでも続くかと思われたレールがコースターで見えなくなっている。

頂上を迎えたのだ。

ユ「こっわーい。ドキドキするね」

ユキの声が俺の耳にうつろに響く。

向こうに富士山が見える。雲ひとつなく、はっきりとした姿だ。

(ああ、この山を美しいと思える。日本人でよかったなあ)

そんな考えで気を紛らわせようとしたとき、前方に乗っている人たちの叫び声が聞こえてきた。

(来る、来る!)

急激に視界が変化した。

猛烈な唸り声をあげてコースターが下に向けて走る。

全身を浮遊感が包み、頭から上に引っ張られているような感覚になる。

(落ちてる。俺は今落ちている!)

周りが絶叫と風を切る音に包まれたとき、また視界が変わる。コースターが上昇しようとしているのだ。

ちらっと横を見ると、ユキが笑顔で叫びながらバンザイをしている。

(危ない!鉄骨にあたるぞ。鉄骨に!)

レールを支える鉄骨が目の前に迫る。落下のままのスピードでコースターが上昇に転じる。

(っかはあああ…)

俺は深く息をついた。コースターの速度がゆっくりになっている。

視界が広がる。一面の青空。下の方は遊園地の全景。遠くに雄大な山々…

と、再びコースターはほぼ垂直に落下しだした。

再び巻き起こる風の音と絶叫。

そして全身を包む浮遊感。

さらに下降から上昇に転じたコースターが今度はひねりを加えて横向きになる。

(横はあかん。投げ出される!っていうか近い、鉄骨、近いって。

当たる、当たる、鉄骨当たる。ユキ、バンザイやめ。鉄骨、鉄骨、てっこつううう!)

唸り声をあげて走るコースターの中、俺は最後には「うひょおおおおおお」と声を出した。

アトラクションが終わった後、ふらつく足でショップを抜けて外に出る。

ショップの入口には写真が並べてあった。

今のコースターに乗っている最中の写真を機械で撮ったものだ。

何気なしに見てみると、サル顔で歯をむき出しにしている俺の横に、笑いながらバンザイをするユキがばっちり写っていた。

「写真いかあっすかー」

店員がやる気なく呼びかけてくる。

誰も気づいている人はいない。こんなにはっきりした心霊写真はなかなかないのではないだろうか?

ユキも似たようなことを思っていたのだろう。クスクス笑いながら、俺の肩を軽くたたいた。

次に行ったのは、「武田信玄の秘宝」とかいうアトラクションだ。

巨大迷路のようになっていて、その中のあちこちに立っている柱のスリットにカードを入れていく。

その中に、幾つかの当たりの柱があり、当たりの柱すべてにカードを入れると、めでたく武田信玄の秘宝が手に入るというわけだ。

アトラクションが始まると、前にあるモニターに鎧武者のシルエットが浮かびあがる。

どうやら一応武田信玄らしい。

何やら織田に滅ぼされたうらみつらみをのたまっているが、本家が横にいるし、昨日の体験が体験なのでちゃんちゃらおかしい。

それに、織田に滅ぼされたのは武田勝頼だろっ!という突っ込みもあった。

信玄の亡霊の寝言が終わると、アトラクションが始まった。

巨大迷路とは言っても、こちらは一応建築を志した身だ。この程度の迷路ならば、一度通ってしまえば迷うようなことも……

俺「ん、あれ?ここ、来たんだっけ?」

ユ「さっきも来たよお。そこの柱にもカード入れた。まだ行ってないのはあっち」

完璧に迷った。俺は「こっち、来て。カード入れて、早く!」とはしゃぐユキの言われるままにカードを差し込んでいった。

時間いっぱい、俺は(というかユキは)5枚すべてのあたりを見つけ、武田信玄の秘宝を手にすることができた。

だが、手に入れた秘宝が金色の包み紙で包まれた羊羹だとわかった時は、二人して脱力系の笑いに包まれた。

次に、恐怖の戦慄迷宮とやらの前を通った。

ひときわ長い行列ができている。

これもこの遊園地の目玉アトラクションらしい。

学校のようにも見えるが、病院型のホラーハウス。早い話がお化け屋敷だ。

(ユキと一緒にここに入ったらどうなるんだ?)

俺はちょっとわくわくしたが、ユキは「う~ん」としばらく考えて、

ユ「ここは止めとこっか」

と言ってスルーした。まあ、ユキが嫌なら無理に行く必要はない。

それからボートを漕いだりしているうちに、もう昼になった。

遊園地のほぼ中央にあるレストランでメシにする。

店員「いらっしゃいませ―」

俺たちが席に着くと、店員が水を二つ持ってきた。

俺「メシは食えんよな?どうする?」

ユ「あのね、一度やってみたかったことあるんだ」

店員「ご注文お決まりですか?」

ユ「チーズピザください!」

俺「あの、ピザと、コーラで」

店員「はい、ピザと、コーラ、一つずつ、で、すね?」

店員は、注文を繰り返しながら、自分がなぜ水を二つ持ってきたのかと、不思議そうな顔をして去って行った。

俺「やってみたかったことって?」

ユ「今の。注文がチーズピザって、一回言ってみたかったんだ」

そういえば、ユキと初めてあった時もそんな曲が流れていたっけ。

でもそれがやってみたかったこととは…。女心はよく、いや、全くわからん。

店員「お待たせしましたー。ピザとコーラになりま~す」

やがてピザが運ばれてきた。

俺「じゃ、頂きます」

ユ「ね、食べさせて」

俺「食えるの?」

ユ「ちょっとくらいならたぶん大丈夫」

食えるんだ、幽霊。俺はピザを一つ、ユキに食べさせてやった。

はむっ、と向かいの席で身を乗り出してピザをユキがかじった。まではよかったが、チーズがうにょお~んと伸びる。

(ををいっ。さすがにこれは周りから見てヤバいだろ)

そう思った俺があわてて垂れたチーズを回収しにかかったのが面白かったのだろう。ユキがチーズを口から垂らしたまま

「プッ」と吹き出す。

俺もなんだか馬鹿らしくなって、釣られて笑ってしまった。

おかげで、やっぱり周りからは変な目で見られたようだった。

ピザを食べた後は、ゲームセンターへ行った。

コルク弾が出る銃で人形を倒すゲームをやったのだが、まあこれが倒れない倒れない。

早々にあきらめて、次はカエルのゲームだ。

水の上をくるくる回る蓮の葉に向かって、ハンマーでボタンを叩くと飛び出す仕組みになっているカエルを着地させる。

無事蓮の葉の上に着地したカエルの数によってもらえる商品が変わるというルールである。

これが意外と俺に相性が良かった。

ユ「せ えのっ」

俺「ほいっ」

ユキの掛け声に合わせてハンマーをふるうと面白いぐらいカエルが蓮の葉に着地する。

結局3匹外しただけであとはすべて蓮の葉に乗せることができた。

店員「おめでとうございま~す。3等で~す」

店員がベルを鳴らしながら商品をもってきた。

俺はつい調子に乗って大きくガッツポーズしてしまった。

ユ「やった!すごーい!」

ユキも喜んでいる。だが店員が持ってきた商品が、「金色の紙に包まれた羊羹の箱詰め」だとわかった時は、

「どれだけ羊羹?」

 

と二人して腹を抱えて笑った。

ユ「ね、次あれ行こ!」

次にユキが選んだのはスペースショットとかいうアトラクションだ。

大きなベンチのようなものに乗り、空高く打ち上げられるスリルを楽しむというものらしい。

ユ「知ってる?あれで一番高い所に行った時に願い事を言ったら、その願いがかなうんだって」

知らない。

なんでも遊園地には一緒に乗ると別れるボートとか、一緒に鳴らすとカップルが成立する鐘とか、飲むと異常にまずいコーヒーとか、様々ないわくがあるものがあるらしい。

そういうのをマスターするのも通の楽しみなんだとか…。

う~ん。どうでもいい。

でもまあ、ユキがやりたいんならいいか。そんなに怖くなさそうだし…。

ベンチに座り、ベルトを締め、さらに安全装置を肩の周りにかける。

店員さん達が安全装置を点検し終わったあと、なんか英語でレイディースアンドジェントルメンとかなんとかアナウンスが流れ、、

スリー ツー ワン  ヒアウィ~  ゴー!

の掛け声と同時にベンチが高く舞い上がった。

上から結構なGがかかる。

あっという間に頂点に行こうとしている。

周りは雄大な山々、そしてどこまでも広がる抜けるような青空…。

隣を見ると、ユキが笑顔で何やら口を動かしている。風の音で何を言っているのかわからない。

願い事か。考えてなかったな。

まあ、いいや。今の思いを思いっきり言ってやるか。

どうせ誰にも聞こえないんだ。いいさ。言ってやれ、言ってやれ。

俺は息を吸い込むと、

俺「俺はユキが好きだ!」

と叫んだ。

俺の声は、風と一緒に青空に吸い込まれて消えた。

スペースショットが終わると、ユキが何か飲みたいというので売店に行った。

順番が回ってきて、俺が注文をしようとしたときに、ふいに後ろからどん、とグーで叩かれた感触があった。

振り返ると、ユキが右手を突き出し、あさってのほうを向きながら、

ユ「ユーレイには風の音は関係ないのだ」

と言うと、どこかに走って行った。

(嘘?さっきの聞かれた?まずい。ハズい。これは超ハズい)

俺がとまどっていると、

店員「ご注文お決まりっすか~」

店員がいらいらした感じで聞いてきた。

レモネードが入った紙コップをもってうろうろしていると、ユキがぴょんっと木陰から姿を現した。

俺「買って来たぞ」

 

俺はユキにレモネードのストローを差し出した。

(う~。さっきの事は怖くて聞けん…)

ユ「うん、どーもどーも。ご苦労ご苦労」

ユキは妙ににこにこしながらストローからレモネードを飲む。

これも周りから見たらかなりおかしな光景なのだろうが、俺は気にも止めれなかった。

ユ「あーっ!」

不意にユキが大声をあげて向こうの方を指差した。

その先には、今日一番に見たアトラクションが……

ユ「ドドンパやってる。行こっ!」

ユキがドドンパに向けて走りだす。どうやら遊園地をほぼ一周したようだ。

もうこうなったら破れかぶれだ。レモネードを一気飲みすると、俺も搭乗口に向けて走り出した。

搭乗口付近では、「ど どんぱ  ど どんぱ……」と、ずっとアナウンスが流れている。

どうやら、この声は中止の時に再開を求めるためのものではなく、常に流れ続けているものらしい。

コースターに乗り込むと、暗いトンネルのようなところでいったん待機。

やがて、また英語でのアナウンス。 オウケー、イッツアショウタイムかなんか。

スリー、ツー、ワン      ゴオオオオオオーーーーー!!

の掛け声とともに、俺の体はまるで大砲にでも打ち出されたかのように

     

     (中略)

俺は自発呼吸ができる喜びをかみしめながら、ドドンパを後にした。

それから、違う意味で怖いマッドマウスと、実は最強に怖かったトンデミーナに乗ると、周りがだんだんオレンジ色に染まってきていた。

手をつないで歩く俺達の影がやたらと長く延びている。涼しげな柔らかい風が心地よく髪とほほをなでる。

夕暮れだ。

もう間もなく日没を迎えるのだろう。

俺とユキは、最後のアトラクションに観覧車を選んだ。

丸い籠に乗り込むと、徐々に視界が登っていく。

やがて俺の正面に山を越えて沈みゆく夕陽が見えてきた。

ユ「ねえ、こっちからだと観覧車ばっかりで景色が見えない」

俺「ああ、じゃ、座る場所変わろうか?」

ユ「ううん。

  ね、そっちに座ってもいい?」

俺「ん?   

  あ、 ああ」

ユキが俺の隣に座った。

俺の手に自分の手を重ねる。俺は年甲斐もなくどぎまぎしてしまった。

ユ「今日は楽しかった。ありがとね」

俺「ああ。

  もし生まれ変わったらさ、今度は好きな男と来いよ。もっとずっと面白いから」

ユ「…そだね」

沈黙が漂った。それは不快ではない沈黙だった。

観覧車はほとんど頂上だ。周りが青黒く染まってゆく。

と、突然観覧車の照明が付き、周りがパッと明るくなった。

夕暮れとともに、遊園地がライトアップされたのだ。

観覧車の照明は、季節はずれのクリスマスのように、幻想的に周囲を浮かび上がらせる。

俺には、それが二人を祝福する打ち上げ花火のように思えた。

ユキが頭を俺の胸のあたりにもたれかけてきた。

ユ「ね、最後に一つだけ教えて」

俺「ああ、なに?」

ユ「…キスってどんな感じ?」

俺は慌てた。何を言い出すんだこの娘は?

俺「うん…。とっても良い感じのもんだ」

ユ「教えて」

やばい、どうしよう。

このシチュエーションは想定外だ。「そういうのは大人になってから、本当に好きな人と」という言葉が浮かんで、そしてそれを俺は飲み込んだ。

どちらも、それはもうユキには訪れないことなのだ。

でも、だからと言って、それはいかんだろ、人として。

そうだ。「好きな人とでなければ後悔するだけだ」これで説得しよう。よし、そうしよう。

俺はそう思ってユキのほうを見た。

ユキは目をつぶって、少し上を、俺の顔の方を向いていた。

やわらかそうな唇が、ほんの少しだけ開いていた。

いかん!これはまずいぞ。この状況で断るなんてできるのか?

っていうか、やっぱりここはキスすべきか?ここで断ったりして、またユキの未練が残ったりしたらだめじゃん。

勇「臨、兵、闘 !」

まてまてまて、やっぱりあかんやろ。まだ一応高校生という娘に、ここぞとばかりにキスをするのは人の道を踏み外しとる。

うん。やっぱりそうだ。ここはきっちり断ろう。

俺「あの、さ。ユキ…」

俺はユキの肩に両手を置き、ユキの顔を見て……固まった。

ユキの目が信じられないものでも見たかのように見開かれている。その瞳は虚空を見つめ、俺のことなど映っていないかのようだ。

俺「………ユキ?」

俺がつかんでいるユキの肩が、不意にまるで砂糖菓子のように崩れ、ユキの両腕がばさりと膝の上に落ちた。

そしてそれはもともと砂の塊でもあったかのように粉々に崩れた。

勇「者、皆、陣 」

ユキの体が、腰のあたりから溶けるように崩れていく。

ばん、という音とともにユキの顔半分がはじけ、虚空に消えた。

勇「列、在、  前!!」

ユキはなにか伝えようとするかのように俺の方をみて口を動かした。

だが、俺はそれを読み取ることは永遠にできなかった。

ユキの下顎が崩れ落ち、残った体も風に溶けて流されていく。

ユキは、その存在そのものが幻であったかのように、俺の前から消えた。

同時に落ちかけた夕日も、ライトアップされた観覧車も、遊園地も、すべてが暗闇の中に沈み、俺の意識は闇と沈黙の世界に落ちていった。

やがて…

気がついたとき、俺は廃屋の台所で横たわっていた。

周りにはロウソクの炎が揺らめき、魔法陣のようなものが床に描かれている。

勇「よお。完っ璧に取り憑かれてたぞ、お前」

小さな祭壇のような物の前で、勇平が手で印を組みながら言った。

勇「まあ、おかげで徐霊の方は何とかなったわ。

この屋敷にいたのな、幽霊なんだけど、淫魔っていってな、まあ、人の欲望にかこつけて地獄に引きずり込む、言ったら妖怪みたいなもんだ。

へへ、お前も結構いい夢見てたんじゃないのか?

ヨーロッパにも似たようなのがいるんだ。インキュバスっていって……」

なおも何か続けようとする勇平を、俺は無言で殴り倒した。

それから約20分後、俺と勇平は、帰りの車の中にいた。

時間を見ると、金曜日の22:30頃。幽霊屋敷についてから、まだ1時間ほどしか経過していない。

ユキとの、あの一連の出来事は幻だったのだろうか?

俺「なあ」

パンダ目になって車を運転する勇平に話しかける。

勇「んん?」

俺「俺、いつごろから取り憑かれてたんだ?」

勇「ああ、そうだなあ」

勇平はしばし考え。

勇「最初に台所に入ったところあたりだな」

と言った。俺は(嘘だ!)と思ったが、言い返す気力もなかった。

やれやれ、と思いながら助手席に深く座り込んだとき、俺はあることに気づいた。

目の前のカーステレオに、カセットが入っている。

幽霊屋敷に来るときは入っていなかったはずだ。

俺はカーステからカセットを取り出した。

カセットには、ユキの字で「JUDY AND MARY マイ ベスト」と書いてあった。

それは遊園地に行った時のものだった。

勇「なにそれ?」

俺「…幽霊からのプレゼント」

勇平が運転しながらカセットを見て、ものすごい急ブレーキをかけた。

俺「おわっ!」

一瞬フロントガラスでも突き破るかと思った。後ろに車がいたら確実にカマを掘られていた。

俺「お前、なにするんだ!」

勇「これ…まじ?やっべえじゃん」

俺「なにが?」

勇「駄目だって。こんなもの持ってきちゃ」

俺「持ってくるも何も、勝手に入ってたんじゃないか」

勇「やっべえ、祓えてねえ。ちょっと、どうしよ、俺」

こいつは怪奇現象に遭遇するたびにこうなるが、こんなに応用効かなくて大丈夫なのか?

俺「なあ、頼みがあるんだけど」

勇「頼み?何?」

俺「このカセット、供養してくれねえか?」

勇「……供養ね。ああ、やる。やるけど、正直俺にはちょっと手に負えない感じ。

修行にならんけど、こんなん祓えるの、師匠しかいないわ。

今から師匠のとこ行くけど、いいな?」

俺「いいけど、お前の師匠って、確か四国にいるんじゃなかったっけ?」

勇「ああ、香川」

俺「いまから?マジで?」

勇「今は力が弱まっているけど、多分お前まだ取り憑かれてる。早いうちのほうがいい」

なんだか勇平は一人でテンパっているが、俺は、まあどうでもよかった。

どちらかというと、今さっきまでの現実を理解しきれていなかった。受け止めきれていなかったのだ。

月曜の講義には間に合わなさそうだが、そうたいした問題でもない。

俺「んじゃあ、四国までよろしく」

俺はシートに座り込むと、手を頭の上に組んだ。

その後、四国までのドライブは、特に何事もなかったのではしょる。

(ていうか、一気に疲れが襲ってきて、俺は運転を勇平にさせたままほとんど寝てしまっていて、よく覚えていない)

翌日、土曜日の昼ごろに、勇平の実家の寺に着いた。

山門の手前に2階建ての家と駐車場があり、山門から先が境内になっていて、結構な築年数の瓦葺の本堂が建っている。

俺が寝ている間に勇平が話を通していたのだろう。

山門のところに、勇平の師匠兼祖父兼義父兼住職が立っていた。

大体60代後半といったところだろうか。頭はきれいにそっており、白いひげが生えている。眉毛が長い。

勇「師匠、ただいま帰りました」

勇平の声もいつもより張っている。

住「ご苦労。食事は済ましてきたか?

君が昌(俺の仮名)君かね。

いや、災難だったな。まあ、こっちに来なさい」

表情は和やかだが、問答無用の威厳があった。

住職は、この地域全体の檀家を取りまとめているらしい。

その中にはヤ○ザも政治家も水商売人もいる。そんな人たちが相手でも説法をしたり葬儀を営んだりするのだから、やっぱり放つオーラが違う。

通されたのは本堂を越えた境内の奥の方、もうあまり使うこともなく、半分物置になっていたというお堂のような建物だった。

お堂は一応片付けられているが、かたずけきらない小さな壺とか、ラジカセとか、掃除機が部屋の隅に置かれていた。

正面は小さな祭壇のようになっており、鏡やら、お餅かお饅頭のようなものが供えられている。

住「今から、仏さんをお慰めするようにお経を読むから。昌君も一緒に手を合わせなさい。

仏さんにもらったものはあるかね?」

俺はユキのカセットを取り出し、住職に渡した。

住職はそれを両手で受取り、祭壇の前に置く。それから棒の先にふわふわがついているものを持って、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」

といって、よく法事などでやるような感じでお経を読んだ。

勇平も途中、お経のサビのようなところでハモっていた。

多分田舎のフルバージョンのお経だったんだろう。そのお経は3時間近くに及んだ。

お経が終わったあと、俺は住職に聞いてみた。

俺「あの、これで、ユキは…いや、幽霊は徐霊されたんでしょうか?」

住「人はね、亡くなったら皆御仏になる。徐霊されていなくなってしまうということはない。

ただ、阿弥陀様のところにいって功徳を受けるのに、ちょっと気が迷ってしまうということがある。

無事に阿弥陀様のもとにいけるようお祈りするのが今のお経だ。

だから昌君も無事に阿弥陀様のもとで往生できますように、としっかりお祈りしなさい」

微妙に質問の答えとずれているような気もしたが、それ以上の質問を受け付けない雰囲気だったので、俺はそれ以上聞けなかった。

住職はそれからしばらくしたら出て行き、勇平も食事の準備があるとかでどこかに行ってしまった。

勇「先に俺の家のほうに行って休んでいてくれよ」

と勇平は行ったが、俺は少し一人になりたくてここに残ることにした。

あまりにも短期間にいろんなことがありすぎた。

ユキは、何だったのだろう?そもそも存在しなかったのか?ユキのお母さんも?

わけがわからないことだらけで、考えれば考えるほど気が狂いそうになる。

(ユキに会いたい。話をしたい)

そう思っていると、目の前の祭壇にあるカセットテープに目がとまった。

(あの中身…)

ひょっとして、なかにユキの声でも入ってはしないだろうか…。

そんな淡い思いを抱いて、俺はカセットを部屋の隅に転がっているラジカセに入れて再生ボタンを押した。

バラード調のイントロが流れてくる

 

 ♪雨上がりサンデイ しましまの傘はいらないわ

  飛び起きてマンデイ……

…ジュディマリだ。やっぱりジュディマリが流れてくる。

だが……

俺は一つ息を大きくついた。

だが、俺には分かっていた。ユキが作ったこのテープが流れるとき、そのとき何が起きるのかが。

部屋の空気が変わっていく。ひどく冷たい冷気があぐらをかいて座っている俺の腰を冷やす。

祭壇の鏡に、二人の女性が入口付近に立っているのが映った。

ユキと、お母さんだ。

二人ともスカートとシャツを着ている。

だが、色を無くしたかのように、肌の色も、服の色もグレイっぽい色だった。それはまるで凍ってでもいるかのようだ。

表情は全くの無表情。何を考え、思っているのかうかがい知ることは出来ない。

 ♪あなたが教えてくれた うれしい たのしい やさしい気分

  遠い空で ああ 今 同じ気持ちでいるなら

  大きな文字で 手紙を書くよ 「ありがとう」…

ジュディマリは流れ続けている。やさしい歌声が胸に刺さった。

俺「ユキ、お前は一体誰なんだ?

今までのことは嘘だったのか?

初めてあったとき、部屋で喋ったのも、一緒にお母さんの腕を探したことも、遊園地での出来事も、みんな嘘っぱちだったのか?

全部俺を取り殺すための芝居だったっていうのか?

…俺はな、お前といたとき、本当に楽しかったんだ。

お前も、そう感じていると、思ってた」

ユキは答えない。

俺「なあ、教えてくれよ、スペースショットで何か願い事してたよな。

観覧車で何か俺に言おうとしただろ?何をいいたかったんだ?

まさかそれも俺を引きづり込もうって言おうとしたんじゃないんだよな?」

俺は前を見れなかった。下を向いて、もうわけがわからずがむしゃらに喋った。

どういう理屈なのだろう?

二人とも戸口のあたりに立っているのだが、俺の肩にポン、と手を置かれる感触があった。

俺の中に感情の渦がなだれ込んでくる。

そしてそれはやがて形となり、言葉となって俺の意識を駆け巡った。

 …ネエ、

 絶望、シタ?  

 絶望、シタ?

 ネエ、一緒ニ行コウヨ  

 モットイッパイ オ話シヨ?

俺「う、ううう、うううああああああ」

俺はむせび泣いていた。俺の体を駆け巡るユキの言葉のせいではない。

ユキの言葉を形作る感情。圧倒的なまでの嘆き、悲しみ、怒り……

俺が廃屋でユキのお母さんに会ったときとまったく同じものだった。

(俺のやったことなんか何一つユキの救いになどなっていなかった)

それをこれ以上ないぐらい思い知らされ、俺はそれが悔しくて、悲しくて泣いた。

(一緒に)

俺はこの時、取り乱していたと思う。

(一緒に行こう。今度こそ、今度こそ俺がお前を幸せにする。たとえ行き先が地獄であっても、構うもんか)

 フフ ネ、一緒ニ イコ

(行こう、俺がそばにいるから。さあ、俺を、お前の世界に連れて行けえ!)

住「喝!!」

不意にとてつもない、内臓に直接パンチを食らうような住職の声が鳴り響いて、俺は現実に引き戻された。

涙で視界がぐしゃぐしゃになって、前が見えない。

慌てて眼をこすろうとして、俺は自分の体の自由が利かないことに気づいた。

なんとか肩口で涙を拭き、腕に目をやってみる。

茶色い細い紐のようなものが体中に巻きついている。

ふりほどこうとすると、喉がしまって俺は「うげっ、げほっ」とせき込んだ。

俺はカセットからテープを引き出し、自分の体を縛りつけ、今まさに自分の首に巻きつけているところだった。

住「なあ、昌君。無念の思いを抱いて亡くなった方の魂なんて、私を含めて人間に受け止めきれるものではないんだ。

決して人を自分の力で救おうなどとしたらいかん。今の様に連れて行かれようとするだけだ。

阿弥陀様の慈悲におすがりするしかないんだ」

俺の体に巻きついたテープをほどきながら、住職が言う。

俺は何も言えなかった。

住「もちろん、昌君がしたことは悪いことではない。

その、迷ってしまったという娘も、昌君に未練があったんだからこそこんなところまで来たのだろうしなあ。

だが、その昌君の思いでもって、人を救い、導こうとしても、それはやはり無理なんだよ。

我々凡人ができることは、どうか安らかに阿弥陀様のもとで往生してください。そう祈ることだけなんだ。

人の力の限界を知り、もっと大きなものの力、必要性、偉大さを知る。

私ら坊主の多くの先輩たちが学んできたことだ。

本当はこういう経験をあのバカにさせてやりたかったのだが……」

和尚は、すっかり俺からテープをほどいて、

住「人生、これ、修行なり」

と呟くように言って、軽くせき込んでから出て行った。

言ってしまってから、少し照れたようだった。

ーそれからー

俺たちは改めてお経を唱え、カセットテープを住職に預けると、一泊して住職の元を辞した。

それ以来、ユキとも、ユキのお母さんとも会うことはない。

家に戻り、俺は何日かの間呆けたようになっていたが、ある日、たまたま寄ったCDショップでジュディマリのベストが出ていたので、それと花束を買って幽霊屋敷に行った。

日のあたる幽霊屋敷はまるで何事も無かったかのように建っている。

俺はCDを取り出すと、CDウォークマンで少しだけ聞いてみた。

初めてユキをあったとき流れていた曲、正式には Cheese PIZZA と言う曲だった。

 ♪…とろけるCheeseみたい 恋を知らない2人

  街を歩けば そうよ 知らずに 笑っている

  2人でいよう はなれてしまわぬように

  哀しいことがあっても のりこえてゆける

   ふさいだ耳に遠くひびく

  忘れないで 僕がいつもそばにいる

  2人でいよう はなれてしまわぬように

  ぬけるような青空で チーズピザたべよう

  2人でいよう…

  2人でいようoh oh oh

ぬけるような青空で チーズピザたべよう

俺は少しだけ泣いて、CDと花束を玄関先におき、(どうか安らかに)と祈ると幽霊屋敷を後にした。

その後、俺は基本的に女には縁のない生活を送る。

しかし、奇跡的な出会いがあり、今では家族をもち、仕事と育児に追われる生活を送っている。

その出会いの場となったのも演劇の世界なのだから人生は何が起こるかわからない。

勇平は、修行の成果もあって、今では副住職という寺でNO.2の座に座り、毎晩檀家さん達と飲み歩く生活を送っている。

これで日本の宗教界の未来は安泰である。

 ♪…誰よりも 大切な人 手をつなごう やわらかい風が吹く

  前よりも 優しくなって 見た事ない顔で 笑う

  雨の散歩道では 濡れたベンチを横目に

  晴れた散歩道では 2人の影が 長く伸びるの

  Yeah Yeah Yeah Yeah!

  誰よりも 大切な人 手をつなごう 誇らしく前を見て

  つくられた地図はいらない 私達の 道は続く

ジュディ&マリーは、俺達30代を中心として、今でも聞く人に力と勇気を与えてくれる。

 

 ♪何よりも 大切なこと 手をつなごう やわらかい風が吹く

  少しだけ 優しくなって

  夕暮れにも 早く気付く

だが、たまにラジオから流れてくる底抜けに明るく力強い歌声を聴くとき、俺は結局助けることも、成仏することに手を貸すことも、何一つできなかった少女のことを想い、時々涙ぐみそうになることがある。

Cheese PIZZA  END

引用歌

JUDY AND MARY Cheese PIZZA     作詞 YUKI 作曲 TAKUYA 

JUDY AND MARY Hello! Orange Sunshine 作詞 YUKI 作曲 恩田快人

JUDY AND MARY 手紙をかくよ      作詞 YUKI 作曲 TAKUYA

JUDY AND MARY 散歩道         作詞 YUKI 作曲 五十嵐公太

Special thanks for

JUDY AND MARY and your reading.

ユキ、並びにユキのお母様のご冥福を心より祈りながら……

Cheese PIZZA ALL ROUND FINISHED.

怖い話投稿:ホラーテラー 修行者さん  

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えぇ話や(´っω・`。)

昔、自分が他掲示板に投稿した作品です。コメントありがとうございます、、、でいいのでしょうか(笑)?
思い入れが強かった作品でしたが、割と酷評で凹みました。かなり時間が経っているにもかかわらず、ほめていたいてとてもうれしいです。有難うございました。

無駄じゃねぇと思えるところも、最後まで読むと無駄じゃ無いと思える。うまい構成でした。好きな話です!(^^)!