中編3
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忠臣猫

安永から天明にかけてのころの話である。

大阪の農人橋に河内屋惣兵衛という町人の家があった。美人の一人娘がいて、両親はこれを溺愛していた。

惣兵衛のところでは永年一匹のぶち猫を飼ってきたが、その猫が娘に付きまとって片時も離れないようになった。まさに常住坐臥、便所に行くのにも付きまとったから、やがて『あの娘は猫に魅入られている』との噂が立ち、縁談も断られる始末だった。

憂慮した両親は、ぶち猫を随分な遠方に連れて行って捨てたが、猫は間もなく立ち帰ってきた。

「猫は怖いもんやな。親の代からおる猫とはいえ、こうなったら打ち殺すしかないで」

こんな相談をしていたところ、いち早く感づいたのか、猫は行方知れずになった。

そこで『やっぱりただの猫ではなかった』と、家じゅうで祈祷を受け、魔除け札などを貰って貼ると、油断おこたりのないようにして暮らした。

ある夜、惣兵衛は夢を見た。

かのぶち猫が枕元に来て蹲っているので、

「おまえ、逃げたんやなかったんか。なんでまた来たんや」

と尋ねると、猫はこんなことを言った。

「わいが嬢さんに魅入っとるとかで、殺そうとするから、とりあえず隠れたんやがな。そやけど考えてもみ、わいはこの家に先代から飼われて四十年、その大恩があって、なんで主人に仇せなならんのや。嬢さんのそばを離れんかったのは、ほかでもない。この家には年経た妖鼠がおる。そいつが嬢さんに魅入ろうとするんで、近づかんように守っとったんや。

まあ勿論、鼠をやっつけるのは猫の当たり前の仕事なんやが、あの鼠はわけがちがう。そこらの猫が束になってかかってもかなう相手やない。わいにしても、一匹の力では勝てそうにないんや。で、どうしたもんかと考えるに、島の内の河内屋市兵衛方に一匹の虎猫がおる。強い猫や。あいつと組んだら何とかなると思う」

言い終わると、猫の姿はかき消えた。

翌朝妻と話すと、妻も同じ夢を見たという。不思議なことだとは思いながら、『夢なんかを真に受けるべきではない』として、その日は暮れた。

しかし、その夜また猫が来て、

「信用してんか。あの猫さえ借りてきてくれたら、きっとあの鼠を退治したるよって」

と言う夢を見た。

そこでついに島の内まで出かけて、料理屋風の市兵衛の店に立ち寄ってみると、なるほど庭に沿った縁側に見事な虎猫が寝そべっていた。

主人に会って委細を語ると、市兵衛は、

「あの猫は長いこと飼っていますが、おっしゃるような逸物かどうか、……」

と首を傾げたが、そこを頼み込んで貸してもらうことにした。

翌日受け取りにいくと、すでに猫仲間を通じてぶち猫から頼まれていたらしく、虎猫は素直についてきた。

惣兵衛方で虎猫にご馳走していると、ぶち猫もどこからか帰ってきて、身を寄せて何やら相談する様子は、人間の友達同士が話しているかのようだった。

さて、その夜また主人夫婦は夢を見た。

「あさっての晩、決着つけたる。日が暮れたら、わいらを二階に上げてんか」

とぶち猫は言った。

翌々日、二匹の猫に十分ご馳走した後、夜になって二階に上げておいた。

夜十時ごろであろうか、二階で凄まじい物音が起こった。しばらくは家ごと震動する騒ぎが続いたが、十二時ごろにやっとおさまった。

「おまえ行け」「いや、あんたこそ」と言い合ったあげく、主人を先頭に二階へ上がってみると、猫よりでかい大鼠の喉ぶえにぶち猫が食いつき、しかし鼠に頭蓋を噛み砕かれて、ともに死んでいた。

島の内の虎猫は鼠の背に取りついたまま、精根尽き果て瀕死の状態だったが、いろいろ療治して助かった。そこで、厚く礼を述べて市兵衛方に返した。

ぶち猫は、主人一家がその忠義の心に感じて一基の墓を築き、手厚く葬ったという。

怖い話投稿:ホラーテラー 翁さん  

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