短編2
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塩間の稲荷

 伊勢の国、二見浦の近くの塩間という浦に、塩や海草を商って常に京都へ行き来している男がいた。

 あるとき、京都の稲荷の前で休憩していると、年取った狐が一匹現れて、大鳥居をあっちからこっち、こっちからあっちと飛び越えてみせる。

 おもしろく思って熱心に見ていると、

「あんたも越えてみろよ」

と狐が言った。

「いや、わしにはとてもできない」

と応えると、

「それでは教えてやろう」

と、男の着ている羽織を脱がせ、縄を長くつけて鳥居のうえに投げかけて、あっちへこっちへと引っぱる。すると男は、自分が飛び越えているようで、すっかりいい気持ちになった。

 さて、伊勢に帰り、

「今帰ったよ」

とわが家の戸を叩いたところ、顔を見るなり妻子は戸をかたく閉ざした。

「さても恐ろしい古狐じゃ。けっして中に入れるな」

と、おびえ騒いでいるので、

「違う違う、わしは亭主だ。親だ」

と言うのだが、聞き入れてくれる様子はなかった。

 そのときふと思い出したのは、京都の稲荷の前でのこと。男はさめざめと泣いて、

「ああ、わしは生きながら畜生道に堕ちたのか」

 しかたなくわが家の前を立ち去り、海辺で藻草や小魚などを拾い食って命をつないだ。

 その後、人に憑いてその口を借り、

「わしは子も大勢いる身なのに、この姿になって棲み処もなく、つらい思いをしている。相応のすまいを定めてくれよ」

と頼んだ。

 土地の者たちは、長年なじみの男のことだから、ひとしお憐れに思って、小さい祠をたて、塩間の稲荷として祭った。

怖い話投稿:ホラーテラー 翁さん  

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