中編5
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異常と正常の境目

統合失調症…。

今ではこう呼ぶそうですが、私の弟が診断された当時は、精神分別病という病名でした。

その主な症状は妄想による幻覚や幻聴で、攻撃的な性格の弟はそれによるストレスを周りにぶつけたりします。

内向的な方の場合、洗剤を飲んだりリストカットしたりと自分を傷つける傾向にあるようです。

前置きが長くなりましたが、私が高校を卒業し家計を助ける為に就職した時に弟の異変は始まりました。

最初こそ部屋に閉じこもっていただけでしたが、時が経つにつれ母親や私に急に怒鳴るようになり、話も通じなくなりました。

父親と離婚し、若い男性を連れてきていた母親は、自分が原因なのだと自責し、仕事をしながら必死に弟に向き合っていましたが、症状は悪化する一方でした。

弟が怒っている内容は過去の私と母親の言動で、お前らがいなければ俺は普通に過ごせたとよく言われたのを覚えています。

そして家の壁や家具などを壊すようになり、ついには暴力にまで発展しました。

殴る蹴るは当たり前、私は額を割られ浅いですが腹部も刺されたりして、このままではいつか殺されると思いました。

夜中に目が覚めたとき、弟が包丁を持って私の寝顔を何時間も無言で見つめていたのがわかった時は私が狂いそうでした。

死んだほうがマシだと考えるくらい衰弱しきっていた頃、家庭内で収まっていた症状が他人に向けられたのです。

勤務中に警察から電話があり内容を聞くと、隣の家に怒鳴り込み小さなお子さんを殴りつけたのです…。

隣の方々は普通に家族の談笑をしていたのですが、弟は自分の悪口を言われたように聞こえ危害を加えに行ったそうです。

弟はそのままパトカーに乗せられ連行されていきましたが、すぐに引き取りにくるよう電話がありました。

心身ともに衰弱していた私達はそこに泣き崩れ、謝罪すらまともにできませんでしたが、隣のご家族が許してくれたのです。

しかし近所の方々にしてみれば、いつ自分の子供に危害が加えられるかわからない人間がいるとなると、不安で仕方ないでしょう…。

そこで家族で相談し、精神病院に入院させることに決めました。

叔父に手伝ってもらい、力ずくで弟を車に押し込み病院まで辿り着き診察を受けました。

そこで先生に今までの経緯を話したのですが、これでも軽い症状なんだそうです。

時間は夜9時をまわっていましたが、迅速に対応してくださり、大暴れしている弟を刑務所の牢獄のような部屋に連れていかれました。

それまでは弟に対する恐怖しかなかったのですが、その様子を見て罪悪感や申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

本人はなりたくてなった訳ではないのに、なぜ家族をこんなところに押し込むのだろうと自己嫌悪になりましたが、普通に戻ってほしい一心でその様子を見ていました。

他の病室にも同じような患者がおり、叫び声や歌声、更にはオマエの目玉をくれとか髪うまそうと言ってる声も聞こえます。

それから夜も遅いので手続きは後日ということで病院をあとにし帰宅しました。

冷酷かもしれませんが、静かで穏やかな家に心底安心したのを覚えています。

それからは母親と交代で仕事が終わったら弟の様子を毎日見にいったのですが、やはり症状はますます凶暴になっているようでした…。

それから一月がたった頃、残業で遅くなったので夜10時に病院に向かい、夜間も数名の先生がいるようで、別の入口から中に入ったのですが担当の先生が忙しいとのことでしたので一人で弟の病室まで向かいました。

牢屋のような病棟に行くための通路の廊下は、夕方にはシャッターが閉じられていて、出入りできないようになっているのですが、その時は開いていました。

そして病棟に辿り着いたときに違和感がありました。

妙に静かなのです。

薄明かりの中、目を凝らして病室を見ると…病室に誰もいません。

そこだけではなくすべての病室に人の気配がないのです。

おかしい…と思いながらも、病院ということや離れてはいますが先生がいるという思いから恐怖は感じませんでした。

弟の病室を確認しても、当然のようにいません。

とりあえず先生に聞きに行こうと足を止め、振り返ると…そこには病室にいるはずの患者達、十数人が無表情で私を見つめていました。

後ろにいたことに全く気づかず、しかもどうやって出たのか…と疑問に感じていましたが、いつも来ているときに見ている凶暴な姿を思い出し、やっと自分の危機的状況に恐怖しました。

殺されるかもしれないと思うと動悸が激しくなり息が詰まり、声もだせません。

続いて腰を抜かしてしまい、近づいてくる彼らを見ていることしかできませんでした。

彼らは私を取り囲み、触れるでもなく至近距離でただただ見ているだけなのです。

相変わらずの無表情、無言での視線の中、弟もいることに気がつきました。

するとその中の一人が、

『僕達のメリットはなんだ?』

と問い掛けてきました。

まともに話すらできなかった人達が普通に話しているし、唐突すぎて問題の意味もわかりません。

そして

『ここから出たらおぼえてろよ』

と言われた瞬間気を失ったようで、気がついた時には先生方の部屋のベッドでした。

最初こそ放心状態でしたが、先程までのことを思い出し、先生に患者さんが病室から出ていますと声を荒げて訴えたのですが、ありえないの一言。

あまりに私がしつこいので一緒に見に行くことになったのですが、そこには寝静まった患者達がいるだけでした。

あれがどうしても夢とは思えず、それから病院に行くことなくなりました。

あれから私は会社の寮に住み、家族とはあまり連絡をとらなくなったのですが、弟は3年前に退院し今では普通に溶接の仕事をしていると母親に聞きました。

異常に見える人も、実はそうでないかもしれないと思うと今でも恐怖が込み上げてきて眠れません。

長文、駄文、申し訳ありません。

読んでいただきありがとうございました。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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