中編4
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ブルワーカー

これは父から聞いた話です。

ブルワーカーという筋トレ器具があります。

中高生の男子には高価な物で、運動部だった父(K)も欲しかったそうですが、自分の小遣いでは買えず、かといって親にねだることもできず我慢していたそうです。

ところがこれを、Kは友人から借りることになりました。高校三年生の時です。

その友人(N)は小・中学の同級生でした。柔道部の主将をやるほどの実力で、そのブルワーカーも「俺は散々使ったから」と筋肉自慢をしつつ貸してくれたそうです。

しかし、学校は違うし、互いに運動部だったので帰りが遅く休日も練習となれば、珍しく遊ぶ機会に恵まれて借りたものの、返す機会がないまま時が過ぎました。三年生でしたから進学なり就職活動に精を出したりで、部活を引退後もそれぞれ忙しく、やはり返す機会がないままでした。

ある日Kは、Nが入院したらしいぞと他の友人から聞きました。

ですがその情報をくれた友人も又聞き状態で、どっか悪くしたのか?と尋ねてもさぁ?という感じでした。とはいえ、Nに深刻な病気のイメージなんか微塵もなく、いちおう後から電話を掛けたものの、「ああ、ちょっとな~」と明るい様子だったので、やんちゃして怪我でもしたんだろうくらいに思っていたそうです。

ブルワーカーを返さないまま、時間は過ぎました。季節も変わり、進学を目指していたKの受験勉強も佳境に差し掛かっていました。借りっぱなしのブルワーカーのことは気になってはいたものの、Nも返せと言ってこないし、気の置けない友人同士だったので、いずれ遊ぶ機会でいいだろうと思い、勉強の合間に息抜きで使用したりしていました。

そんなある日の夜。

その日もKは2階の自室で遅くまで勉強していました。襖を隔てた隣室では弟がとっくに寝静まり、母も階下の部屋で寝ていました。父だけは飲みに行ったまままだ帰宅していませんでした。

カリカリカリカリ、と自分の鉛筆を走らせる音しかない中で、バタン、とドアの開く音がしました。次いで、階段をゆっくり上る足音。父が帰宅し、自分の様子を見に来たのだとKは思いました。父はよく「やってるか~?」とこうして冷やかしにきていたからです。

足音は階段を上り、やがて部屋の前で止まりました。Kはせっせと鉛筆を動かして勉強を頑張っているポーズをとりました。ところが、部屋の扉の前に立ち止まったまま、父は入って来ません。

身構えていたKはあれ?と思いつつまだ机に向かっていました。部屋の前にたたずむ気配は相変わらずあります。鉛筆を動かすのを止め、ドアを振り返りました。静かです。でも、気配はドアの向こうにやっぱりあります。

「これはオヤジじゃない!!」

ゾワッと背に駆け上る悪寒に、Kは急いで隣室と自室を隔てる襖を開け、弟を叩き起こしました。ぐっすり眠っていた弟がようやく起きて人心地がついた時には、気配はもう無くなっていました。

夜中に一人でいると妙な気配を感じたり、後ろに何かあるような気がするのは、読んで下さっている方々も経験ありますよね?Kも、あれは気の所為だったんだと思って済ますことにしました。ドアの開く音や足音は確かに聞きましたが、怖がっていては今後、勉強を深夜までやることができなくなるからです。

そうやって恐怖を頭の隅に追いやった数日後、電話が掛かってきました。Nの母からです。

「K君の所に、Nのブルワーカーないかしら?」

「すみません、次会った時には返そうと思っていたのですが…」

「Nがね、後輩達に使わせたい、部に寄付したいって言い遺していったものだから……」

「………え?」

Nは亡くなった。今日が通夜だから、よければ線香をあげにきてくれないか、と言われました。

急いでブルワーカーを風呂敷に包み、香典を親から貰って、KはN宅へ向かったそうです。

「アイツは『ちょっとな』なんて言ってたけど、今思えば、癌とかだったんだろうなぁ……」

ブルワーカーを借りて以来、姿を見ていなかったNは、自慢していた筈の筋肉もすっかり削げ落ち、痩せ細っていたそうです。

「あれはきっと、ブルワーカーを取りにきたんだろうな」

そう話すK(私の父)の腕には鳥肌が立っていました。普段は幽霊なんかいない、宇宙人なんかいないと、私や兄弟を驚かせては楽しんでいましたから、その鳥肌は、怖がらせるための作り話ではないのだと私が信じるのには十分でした。

ちなみに、Nが死んだのはKが怖い思いをした日ではないですが、意識不明に陥ったのはまさにその日だったそうです。飲みに行った父(私の祖父)が帰宅したのは翌朝でした。

大学に上がってから購入したブルワーカーを、私の父は今でも持っています。使用もできます。

Nが寄付したブルワーカーも、もしかしたらまだ、後輩達に備品として受け継がれているのかもしれません。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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