中編4
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夕闇の女子トイレにて

これは私が小学生の時に体験した出来事です。

もう20年くらい前の話ですが、

記憶が非常に鮮明に残っており、

今思い出しても身震いがするのです。

季節は忘れてしまったが、

冬ではなかったと記憶している。

学芸会の準備をしていたことから、

初秋だった気がする。

その日はもうすぐ開催される学芸会の準備で、

10名くらいの生徒が教室に残っていた。

私は大道具係で、劇で使用する、ダンボールで作った背景の木や草に、

ポスターカラーで彩色していた。

時刻は17時くらいだったと思う。

日が落ちかけて、外は薄暗くなっていた。

私は尿意を催して、一人トイレに向かった。

女子トイレももちろん薄暗く、

私は入り口にあるスイッチを押して点灯させた。

個室は左右に三部屋ずつあり、

特に理由はないのだが、

私は左側の一番奥の個室を好んで使う癖があった。

例に漏れずそこに向かう為に歩を進め、

二番目の個室の前に差し掛かったとき、

私は仰天した。

左の列の真ん中の個室の中に、

女の子が立っていたのだ。

個室に入って突き当たりの壁の方を向いて、

便器と壁の間のわずかなスペースに立ち、

首をうな垂れている。

髪は背中の真ん中くらいまであり、

暗い色をした膝丈のスカートを履いていたと思う。

向こうを向いているのでもちろん顔は見えなかったが、

学校では見たことがない子のような気がした。

何をしているのかと奇妙に思ったし、

不気味でもあったが、私は尿意に負け、

そのままいつもの個室に入り、

用を足した。

個室を出て、再び真ん中の個室の前を通ると、

彼女は先ほどの体勢から微動だにせず、

まだ佇んでいる。

さすがに気味が悪くなった私は急いで手を洗った。

その最中、衣擦れの音がしたので顔を上げると、

手洗い場の上に掛かった大きな鏡に、

後ろの個室が映っており、真ん中の個室から、

彼女がゆっくりと出てくる所だった。

やはり見たことのない顔だったのだが、

それよりも私が戦慄したのは、

その『目』だった。

強い斜視であるらしく、

片目の瞳が目じりの際まで寄っている。

焦点の合わない両の目はカッと見開かれ、

今まで見たこともないほど、

真っ赤に血走っていたのである。

そして私の姿が見えていないかのように一瞥することもなければ、

瞬きもしなかった。

すらりとした長身を重そうに壁に預け、

寄りかかりながら、ずる・・・ずる・・・と、

ゆっくり移動している。

私は蛇に睨まれた蛙よろしく全く動くことが出来ず、

彼女が女子トイレを出て行くまで、

息を殺して見守るしかなかった。

彼女がトイレを去ったあと、

恐る恐る廊下に出てみると、

彼女はまだ廊下を進んでいた。

相変わらず半身を壁に這わせ、

ゆっくり、ゆっくり・・・。

照明が消され、闇に吸い込まれつつある体育館に続く廊下に、

彼女の影も溶けようとしていた。

猛烈に恐怖がこみ上げてきて、

私は文字通り一目散に教室に逃げ帰った。

準備に勤しむクラスメイトたちに、

懸命に今トイレで見たことを説明すると、

数名の男子が面白がってその女の子を捜しに行こうと言い出した。

恐ろしくて気が進まなかったのだが、

嘘をついていると思われたくなかったのと、

仲のいい友人Aも付いていくと言ってくれた為、

私はもう一度トイレに見に行くことを承諾した。

私を含めた5人の生徒がぞろぞろと連れ立って現場に向かったが、

案の定既に彼女の姿はなかった。

非常口の緑色のみが灯る夕闇に飲まれた体育館の捜索は、

さすがの男子生徒たちも怖気づいたと見えて、

全員が手前の廊下で立ち止まってしまった。

その時Aが、「・・・あっ!」と声を上げ、

体育館の壇上を指差した。

私たち5人は、はっきりと見たのである。

壇上に掛かる左右の緞帳の右側、

ほとんど天井近くといっても過言ではない高さに、

長い髪を垂らした少女の首が真横に突き出しているのを。

掛け布団を首もとに引き上げる仕草と同じように、

顔は真っ直ぐこちらを向いて、

緞帳に掛かる二つの白い手が見えている。

もちろん脚立などないし、あったとしてもあんな体勢でいられるわけはない。

そもそも、人が横に寝て収まるほどの奥行きは、

そのスペースには存在していないはずだった。

人ならざるもの。

私たち5人はパニックに陥り、

何か叫びながら教室に逃げ帰ったのだと思う。

教室に帰り着くまでの記憶は曖昧で、

私は恐ろしさのあまり一人で帰宅することが出来ず、

Aの家まで一緒に向かい、

自宅に電話し迎えを頼んだのだった。

あの少女がなんだったのか、

知るすべはもうありません。

一連の記憶の鮮明さもさることながら、

20年経った今でも私を苦しめるもの。

それは緞帳から突き出した彼女の口元が、

薄暗がりの中でにーっと歪んだ笑みを作るのを、

見逃さなかったからなのです。

今でも緞帳の掛かったコンサートホールや映画館に行くと、

右の天井近くを注視してしまいます。

そこからまた彼女の首が突き出して、

血走った目を見開いて笑っているような気がして・・・。

怖い話投稿:ホラーテラー 水蜜桃さん  

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