中編3
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憑き物

これは私が小学校の頃の話です。もう30年ほど前になるでしょうか。

うちの家はある地方都市のはずれ、周りには水田の広がるのどかな場所にありました。

すぐ近くにはそれなりに大きな神社があり、春期、秋期大祭はかなり大掛かりなものでした。

なんでも壬申の乱で功績をあげた人物の武勲をたたえるために建立された神社だと由緒されています。

今でも勿論存在します。

神社の先には気さくなおばちゃんが一人で住んでいて、部活の帰りにはよく麦茶やおやつを私たちに振る舞ってくれていました。

ある初冬の日の夕暮れ、当時飼っていたうちの犬がすごい勢いで吠え始めました。

知らない人間には警戒に吠えたりはしますが、それ以上のなにかヒステリックな吠え声だったのです。

普段は滅多に吠えない犬だったので、何事かと父と私で見に行った所、神社のそばに一台のタクシーが。

何だろうと思いタクシーを眺めていたら突然そのタクシーから

「キャキャキャキャ」

という奇声と訳の分からない言葉を発しながら女性が飛び出てきました。

多分20代くらいだったと思います。

私の家から20mほど先ですが、前は田んぼなので遮るものもありません。

日も落ちかけてはいましたが、まだはっきりと見える。服装も髪型も特におかしくは無かった。

ただ気になったのはその表情。笑顔とも泣き顔ともつかない女性の顔。

半開きの口、つり上がった眉毛、下がった目尻、きちんと化粧しているように見えたので、よけいに印象に残るのです。

その女性の後から初老の男性が後を追って車を出てきます。

女性は稲刈りの終わった田んぼへ、奇声を発しながら、尋常じゃないスピードで走っていきます。

タクシーの東にある神社を見て北に避けるかんじです。

それを見た私の父、いきなり女性の方へ向かって猛然と走り出し、初老の男性と一緒に田んぼで女性を組み伏せました。

男二人に押さえられている女性ですが、すごい力らしく、父と男性の手を振りほどいて数メートル進み、また抑えられの繰り返し。

最終的には父と男性がその女性の両脇をがっちりと組んでタクシーへと連れ帰りました。

タクシーの側で何事か話している父と男性とタクシーの運転手。何がなんだか分からない私。

タクシーが神社に続く道を走り去ったのを確認して私と父は家に戻りました。

「憑きもんじゃわ」

と、父は私と母に説明してくれました。昔から私の住んでいる地域を含む広い範囲で「憑き物」が出てくる事。

何故憑くのかは分からないということ。

「犬」「狐」「猫」など憑き物は一定の動物ではないこと。(多いのは犬みたいです)

憑き物付きになった人間は、うわ言を口にしたり、普通では考えられない行動をすること。

それを祓う人物が点々と存在している事。

その一人が、神社の先に住んでいるあの気さくなおばちゃんであること。

「○○社(神社の名前)は位が高いけん、憑きもんも前を通るの嫌がったんじゃろう」

そう父は言いました。

その後何度か父に憑き物に関して質問してみましたが、「知らんでもいい」と答えてはくれませんでした。

母は遠方から嫁いできたのですが、母の田舎にも同様のことはあったらしく、私には何も語りませんでした。

数日後、部活からの帰り道、あのおばちゃんにも聞いたのですが「ウチは知らんよ」と笑顔を見せるばかり。

ただその目や語り口の端々に、子どもながら聞いてはいけないという感じを受けました。

先日、お盆休みをかねて実家に戻った時、あの神社に行ってきましたが、きさくなおばちゃんの家は無く

住宅開発中のようでした。

父に改めて昔話を振ってみると「もうしらん。忘れた」とスルーでした。

あまり怖くはないかもしれませんが、私の子どもの頃の忘れられない記憶の一つです。

一切の虚飾もしていません。

乱文になりました。ご容赦ください。

怖い話投稿:ホラーテラー おだきさん  

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