長編11
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三鑑 (2)

これまでさまざまな憑き神をみてきました。人に似たものから、異形のものまで。

これは、私が最も恐ろしいと感じた憑き神の話。

自分が神兌(カダ:憑き神と対話できる)であることが判ってから三年ほど経ったある日のことです。

中国から依頼が舞い込んで来ました。

山奥にひっそりと息づく村で、次々と人が死ぬらしいのです。

原因は不明。死んだ者は自ら命を絶った形跡があるそうです。それは具体的にどのような形跡ですか、という問いに先方は来てみれば判る、と一言で返しました。

その当時世話になっていた三橋さんと数人の従者をひきつれ共に現地へ赴きました。原因がなんであるか判然としないため、万全を期す必要があったのです。

実はこのときから不審に思っていました。

現地は殆ど未開の地で、秘境といっても過言ではない、ということでしたので村の者が先導することになっていたのですが、そもそもどのような伝手を用いれば私に手が届くのか、いくら考えても得心がいかなかったのです。しかも先方は流暢な日本語をさも当たり前というように使いこなすのです。

神兌に海外から依頼がくること自体珍しいので、その案件に警戒を抱くのも今思えば当然でした。

このような懸念もあり、かなりの大所帯で乗り込むこととなったわけです。

現地は想像を遥かに凌駕しました。

まさに山紫水明の地。

連なる峰々はまるで塔のように聳え、渓谷に湛えられた江水が蒼穹を映じ鏡のよう。

山は山というより巨岩でした。巌の肌に苔が生すように、松の木やらの緑が繁茂しています。

山間には白い靄がたちこめて、その概観を神秘的に覆い隠していました。

流麗華美なその風色は、脈々と途絶えることなくこの地を守ってきた霊験あらたかな神の存在を確信させるに余りありました。

なにもかもが壮大で、圧倒され、奮いたつものを感じずにはいられませんでした。

この地そのものが生命を吹き込まれ躍動しているようだったのです。

舟で河を渡り山の麓に漕ぎつけ、そこから延々道とも呼べぬ道を歩き続けます。

急峻な山道は、人が通るためにあるのでは決してないということを無言のうちに語っていました。

次第に樹々の背丈が低くなり、完全に岩肌のみとなります。苔やらの地衣類が散在しているだけです。

ここまで十八刻ほど歩いてきたでしょうか、皆疲弊の色が窺えますが、まだまだ余力を残しているようです。日々の修行があれば、異国の山であろうと大差はありませんでした。

目前に巨大な巌が反り立っています。

この先をどう進むのだろう。もうかなりの標高に達しているはずで、下方を覗きこむと雲だか靄だかに遮られてよくは把握できませんが、渓谷が細い根のように這っているのが視認できました。

先導者が進む先を見て合点がいくと同時に、唖然としました。

断崖絶壁の中腹に、棚のように桟道が架かっているのです。

まさか、ここを渡るのですか。

木製でここは湿度も低くはない。腐ってはいないのか。というか、どうやって造ったのだろう。

岩肌に杭のようなものが打たれ、それによって橋自体を支えているのは目に見えて明らかでした。

通訳の方にその思いを正直に話したところ、見た目より遥かに頑丈だから心配はいらない、と思っていた通りの返答があったので苦笑するしかありませんでした。

木というのは見た目だけですべては判らないのです。

もしかしたら内から朽ちているかもしれない。そしてもしここから落ちたりしたら、人生を幾度振り返ることができるのか。決して少なくないでしょう。

しかし、ここしか道は無い、ととどめの言葉を突きつけられ、仕方なく一度死んだつもりで渡ろうということになりました。全員気が気でない様子で、それも痛いほどよく解りました。

 三橋「覚悟を決めよ。村人はしょっちゅう使っているというのだから、手入れを怠るはずがなかろう」

ああ…下を見たら駄目だ。軋む音が恐怖を煽りまして。

木の表面は濡れていましたが芯はあるようで、これなら大丈夫だろうと安堵しました。

途中、関所のような所があり、村人らしき者が2人、通る者を監視していました。そこにはしっかり屋根もついていましたが、手に握っているものを見て血の気が失せました。

青龍刀です。

反った刀身が白く光っていました。刀身と柄の割合は3:1ほどで、柄には龍紋が飾られていました。

刃は極端に薄く、殴るよりも斬ることを目的としていることが一目瞭然でした。

先導者となにやら話すと、遮っていた道を開け、両脇に控えました。

横を通り過ぎるときも、不吉な予感は常に纏わりついて離れませんでした。ここで後ろから頸動脈を裂かれたら、抗することもできず息絶えるだろう。

肉体の強靭さなら負けないとしても、武器をもっているとなると話は別です。間合いも違うし、躰の一部を犠牲にしないと抑え込むことすら困難でしょう。この先の村から全員無事に出ることができるのか、というのも怪しいところでした。

桟道を渡り切るとそこにはいかにも、といった感じの孤村がありました。

たしかに、村の者が外部と干渉しようとする意志がなかったら人目に触れるはずもないところにあります。食べ物はどうしているのだろう。水はあるのだろうか。

訊いてみると、鹿などの動物を狩って食べる、水はそこら中にある、と返答されました。

言われてみれば道中に巨大な瀑布もあったから水は大丈夫なのだろう。鹿が出るのかどうかははなはだ疑問でしたが、とりあえず棚上げして村の様子を診てみることにしました。

すぐに異変に気付きます。

鼻をつく死臭。おびただしい数の屍が無造作に転がっていました。或る者は掘った穴に頭を突っ込んだまま息絶え、また或る者は口から溢れだすほどの土を呑みこんで絶命しています。首を括って宙に浮いた躰が幾体も遠目から確認できました。首が伸びているのをみても死後かなり経過しているだろうと思われます。中には紐が細過ぎて自重で首が千切れ、頭だけになっているものもあり、まさに惨状でした。

嘔吐する者もいましたが、奥に進むとさらに想像を絶する光景が私たち一行を待っていたのです。

先ほど行く手を阻んでいた巌の裏側にあたると思うのですが、その岩肌に数十体の人間が背をこちらに向けてめりこんでいるのです。全身の皮膚が焼け爛れていました。

岩盤に罅(ヒビ)が入っているのも見ても、尋常ではない圧力が加えられたことが判ります。しかしそれにも関らず、人体に損傷はなくただ皮膚が焼け爛れているだけなのです。

さらに、岩壁にめりこんでいる者たちには、瑕虚(ゲコ:憑き神に喰われた痕跡)が見当たらなかったのです。死因はなんなのだろう。人の仕業でないことは明らかでした。

しかしそれにしても、非情窮まるこの有様には、ただただ茫然とするしかありませんでした。

さらに村を練り歩くと、あることに気付きました。

子供が極端に少ないのです。

これは何か裏がありそうだ、と思った途端、前方に佇んでこちらを睨みつける男に目が行きました。

動悸が激しく、肩を上下させていて、右手には青龍刀を握りしめています。眼を見開いたまま閉じることをしないせいで、眼球は乾いて真っ赤でした。

全員が身構えました。

すると突然男は泡を吹いて卒倒し身悶えし始めるのです。

その男の背中には、見てはならぬ異形のものが取り憑いていました。

地獄の警邏(ケイラ)、『阿鼻砂利(アビジャリ)』です。腕脚は無く達磨状態で、おそらく地獄に繋がれているのだろうと思い至りました。

瓜のような頭をした小僧が、男の背中に手足を喰い込ませて身を捩らせています。もう地獄に堕ちるのは時間の問題だろう。阿鼻砂利の手足の先は無間地獄に直接繋がっているからです。

体色はやや白みを帯びた灰色で、干ばつが起きたときの大地のように罅が走っていました。

そしてすぐに震撼します。あの阿鼻砂利をこの世界に連れ込んだのは一体いかなる神なのか。

―黒貂

黒貂(クロテン)だ。

間違いありませんでした。黒貂の胎は地獄に繋がっています。

喰われた者は永劫、無間地獄で業火をその身に浴び続けることになります。

しかし黒貂は無差別に人魂を喰らうのではない、と云います。いや、私だって知っているだけで見たこともありませんから先人の知恵に授かるしかありません。

魂が穢れているものを選りすぐり喰らう、と云うのです。

ではこの村の者は魂が穢れているのか。それはどのような所業に由来するのか。

これだけ多くの者が息絶えているのを見ても、村ぐるみで相当な悪事を働いているに違いない。そしてそれは、子供が極端に少ないことと関係があるのではないだろうか。

するとにわかに男が上体を起き上がらせ、ものすごい剣幕で地面に向かって吼えると、穴を掘り出すのです。それは常人ではありえないほどの勢いでした。

両手のみであっという間に頭を埋めることができるくらいの穴を掘り上げ、そこに自ら突っ込んだのです。

指はあらぬ方向に折れ曲がって。

息絶えていました。

彼は地獄に堕ちたのです。

正直同情するような余裕はありませんでしたし、黒貂に目をつけられるような輩に同情するというのもどうかと思っていたのは事実です。

その旨を三橋さんに伝えたところ、驚愕して言葉につまってしまいました。

阿鼻砂利は神兌にしか視認できませんから、一種の憑き神なのでしょう。同行した他の者は残らず、目の前で死んだ男を眺めるばかりで、実は背中に地獄が貼りついているとは思いもよらぬようです。

さて、村長は我々がこの村に到着する数日ほど前に自害していました。

それは口に出すとこも躊躇われるような惨い死に方だったらしいのですが、詳細は屍を観てすぐに納得しました。常人でしたらその過程でとっくに息絶えているはずなのです。

それよりも不可解なのは、なぜここの村人たちは屍を埋めるなり焼くなりしないのだろう、ということです。

率直に問いただしました。現在最も権力のある村の男に、です。

その男は、屍は穢れているから触れることはできない、と即答しました。

では、なぜ穢れているのだ。

男は、神に祟られているからだ、と答えました。

よく解っているじゃないか。それを解った上で私を呼んだのなら、救いようのないうつけだ。どうして祟られているのか、と訊く気も失せてしまいました。訊きましたが。

男は、少し躊躇しましたが、おそらく私も三橋さんも相当険しい形相だったのでしょう、ようやく口を割りました。

返答を訊いた瞬間、男に張り手をくらわそうかと思いましたが、それより先に殺意が沸いて寸での所で押し留まりました。

幼子を臓器売買人に売り渡している、というのが男の返答でした。

それで童が少ないのか。それで私への伝手を手に入れることができたのか。

男は子供たちを売り捌かなければならない理由を懸命に説いていますが、そんなことは訊く気にもならない。もし私一人だったら、神にここの村人全員を地獄に堕とすよう懇願した後で、たとえ関所の番人に斬り殺されると分かっていてもここから逃げ出そうとしたでしょう。

しかし、そこでふと、思い直すのです。

子を産む母はどのような気持ちなのだろう。胎を痛めて産んだ我が子を売り飛ばされ、身を切るような思いではないのか。

母が子を産むときの痛みは、男には一生わかりえぬ辛さです。しかしその辛さに一本だけ、たった一本だけ足せば、幸せになる。そう私の母は言っていました。

必ずしもここの村人全員が悪に加担しているわけではない、そう思ったのです。

それはそうでしょう。心ある人間ならば、消えゆく子供たちをみて胸が痛まないわけはないのです。

さて、どうしよう。黒貂に慈悲を乞おうか。どう出るだろう。もしかしたら我々も地獄に堕とされるかもしれない。

三橋さんと従者に話したところ、満場一致でした。

慈悲を乞おう、そして、我々も松尾さんと共に祈ろう。どうやら三橋さんもまったく同じ考えだったようです。

こらえ切れないものがありました。が、まだことは終わっていません。

そうだ。悪業を企んだ長は既に地獄に堕ちたのだ。

意見する権利のなかった村人たちに罪はないではないか。いやしかし。中には大金が手に入ることで、母の、子供らの無念を歯牙にもかけない輩もいるのではないか。

衆生救済を名目に立てながら、その葛藤に苦しんでいる自分がどうしようもなく情けない。

そんなこんなで、いつのまにか夜を迎えていました。この日は満月。

 松尾「今日とは対照的だった。月明かりが冴えわたっていた」

まずは元締めの黒貂を探さなければなりません。

しかし意外にも、すぐに発見できました。

例の巌の天辺に、満月を背にして腰をかけていたのです。すぐに共の者には動かず喋るな、と命令しました。

肩に黒貂の毛皮をかけています。髪はなく坊主で、月明かりに浮かぶ輪郭は、極端に頬から下の肉がなく、まるで鬼灯(ホオズキ)のような顔立ちでした。上半身はおそらく裸で、下半身には動物の毛皮だろうか、斑点の入ったものを羽織っていました。体色は月明かりのせいもあるかもしれませんが、白みを帯びた灰色でした。

眼窩は落ち窪んでいて暗く、鼻筋が異常に細い。

あれが地獄を司る神、黒貂か。

拍子抜けしてしまうほど力を感じませんでした。どちらかといえば憔悴しきっているようだったのです。

意を決して巌の真下まで行きそこに坐って、対話をするため黒貂の精神の中枢を探ります。

しかし、神経を研ぎ澄ましても黒貂に触れることができないのです。堅く殻を閉ざし、もう対話などする気もないのだ、ということを瞬時に悟りました。

幼子は、持っている力からして人より神に近いと云いますが、その子らを無下に扱われ怒り狂っていたのです。

この村は、神の逆鱗に触れたのだ。よりにもよって、地獄の覇者の。

すぐ後ろから荒い息遣いが聞こえてきたので振り返ると、従者の何人かが失禁していました。三橋さんも口を開けたまま上方を凝視し息をすることも忘れているようです。

つられて上を見ました。すると、黒貂がこちらを睨んでいました。

窪んだ眼窩の奥で、煮えたぎる憤怒の焔が揺らめいていました。さきほどの覇気のなさが幻のようで、地獄を支配する神の怒りが、ほとばしる熱波となって岩壁を滑り堕ち、一瞬で私を呑みこみました。息をしたら肺が焼ける、それほどの炎熱でした。

それだけではありません。月を背にした黒貂の落とす影から、凄まじい熱と、舞い上がる火の粉、のたうつ焔が、這い出てくるのです。いまや岩壁は真っ赤に染まり、地獄の入口さながらでした。

しかし、従者の目線はそこにはありませんでした。黒貂の足元から、一本の巨大な杭が反り立っているのです。その杭の先の方と根元の方に、更に一回り小ぶりな杭が一本ずつ打たれている。

呆然としている三橋さんの元へ急いで駆け寄り肩を揺らすと、ぐるんとこちらを向いて言うのです。

 三橋「あの杭がみえるか」

はい、と答えました。

 三橋「では、その杭に磔にされているものは」

いいえ、と答えました。

 三橋「……」

わけがわかりません。一体なにがいるというのですか。

ほんとうはわかっているのに、そう問うていました。

 

 三橋「…………八禁(ヤゴン)だ」

怖い話投稿:ホラーテラー 1100さん  

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