長編9
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ウゴン様

今はもういないが小学校からのツレの『健』には爺様がいて、一緒に暮らしていた。遊びに行くといつもニコニコしながらお菓子なんかをくれたりした。

月に一度くらいは『山歩き』といって、休みの前日の夜中からテント泊まりして、まだ暗いうちから山に入り散策なんかに連れて行ってもらったり、長い休みには爺様の生まれ故郷の山奥に健と一緒に連れて行ってもらった。

小学校6年生の時、毎年の行事のように爺様の田舎に連れて行ってもらった時の事。

長文になります。苦手な方はスルーでお願いします。

毎度のように午前中のうちに爺様の家屋の掃除を手伝い、川遊びに出掛けた。

昼も過ぎた頃、川まで爺様が迎えにきてくれた。片手には瓶を持っている。

爺「おーい、メシだぞ。」

俺「はーい。」

健「爺様、何持ってんだ?」

爺「神酒だ。」

家に帰り3人で婆様の作ったメシを頂いている時、なんで『神酒』を持っていたか教えてもらった。

俺達が川遊びしている間、爺様は昔から縁のある山腹の神社に行っていたらしい。知らなかったが、いつもこっちに来たらその神社に顔を出していたようだ。

いつものように神主と挨拶して世間話をしていると、神主の息子さん(この人も神職)が入ってきて、先日“ウゴン様”を見たと言う。

健「ウゴン様?」

爺「酒の好きな神様だ。昔から云われててな…遭う事ができれば酒をやると喜ぶんだ。息子さんは酒を持ってなくて、道を譲ってお辞儀したら、ウゴン様もお辞儀してそのまま山の中に入っていったんだと。」

爺様も山の中で『ウゴン様』に遭ったら、酒をやるつもりで神社で神酒を譲ってもらったらしい。

爺「ウゴン様は山の守神だからな…遭ったら失礼ないようにな。」

俺達は「ふーん。」て感じで、メシをかき込み山に遊びに出掛けた。

虫カゴに虫とりアミ…カブトムシやクワガタを採ろうと山の中を徘徊してると、少し煤けた柄入りの着物のような物が落ちている。

「なんだ?」と言った健がそれをつまみ上げ、不意に落ちてた地面に視線を落とした。

『…シャレコウベだっ!』

驚いた健はシャレコウベの上に着物を落とすと、俺達は思わず後ずさった。

するとシャレコウベは着物の中を這うように通りぬけると、ゆっくりと浮かび上がってくる。

今思えば着物だと思っていたのは、着流しか浴衣のようなものだったと思う。

シャレコウベが“すーっ”と浮かび上がると、着物も人の形を作るように浮かび上がってきた。

シャレコウベに見えたモノ…正確には骨の上に肉は無く皮が張り付いているようだった。上手く説明しづらいが、頭骨の上に薄く白いシリコンゴムが張り付いたツルっとした人の頭のようなモノ。

目のある場所にはシャレコウベのように大きく穴が穿たれていて、口は真一文字に閉じられていた。顔の表面は皺もなくツルっとしているのに、頭の部分は木のツルが絡みつくように血管のようなモノが浮き出ている…。身体は見えないのに着物が身体を形作るように目の前に浮いている。

それはゆらりゆらりと前後左右に頭を動かしながらこちらに向かってきた。身体はおろか手足も見えないのだが、頭の動きから俺の方へ一歩一歩ゆっくり歩み寄っているのが分かる。

『かぱぁ』っと、大きく口が開くと粘着質の涎のようなものが顎から纏わりついている…気持ち悪い。

目の前に来ると、ゆっくりと俺の目の高さに頭を下ろしてきた。“ひゅーっひゅーっ”と喉で息をするような音が聞こえる。

目玉はないのにジロジロと見られ、品定めされているような感じだ。

恐怖で体が動かない…気味の悪い頭の向こうには俺と同じように、ガタガタと震える健の姿が目に入った。

舐めるように俺の顔を見ると、くるりと振り返りゆらりゆらりと健の方に向かっていった。

俺と同じように健の顔を舐めるように見ると「…いいね。」…ボソリと一言。そのまま元の場所に戻り、すーっと消えていった。

しばらくの間、俺達はガクガクと震えながら立ち尽くしていたが『ウゴン様だ!』…もう遅かろうと思いながらも俺はその場でお辞儀をした。俺を見ていた健もハッと思い出したかのようにお辞儀をしている。

いつの間にか太陽も傾きかけている。俺達は急いでその場を後にして家路についた。

もうすぐ家に着く…その時健の足が止まり倒れるようにその場にうずくまった。

俺は「どうした?」と言って健の背中に手を置いた。そこで初めて健の異変に気付く…背中は汗でシャツがべっとりくっつき、顔には大粒の汗…熱でもあるんじゃないか!?って程、真っ赤になっていた。

健は「うえええ…」と腹の中のものを出しぶるぶると震えている。

俺はパニックになりそうになった。その時ちょうど向かいの家のおじさん…健にとっては親戚のおじさんなのだが、そのおじさんが通りかかり「どしたー?」と声を掛けてきた。

おじさんは健の様子を見るなり「爺様呼んでこいっ!」と言うと健を担いだ。俺はすぐ家に帰り玄関先から爺様を呼ぶ。何事かと爺様と婆様は玄関に来ると、すぐに健を担いだおじさんが家に入ってきた。

爺様は健の様子を見ると、ナニをした?ドコに行った?と俺に聞いてきた。俺はさっきあった事を話した。気味の悪いシャレコウベの事…なるべく詳しく話した。

爺「それはウゴン様じゃねぇっ!…電話借りるぞ。神主に電話してくる。しばらくの辛抱やぞ!待ってろよ。」

そう言うと向かいのおじさんの家に走っていった。

玄関先でうずくまり、もう腹の中のものも出し尽くしたのだろう…それでも嘔吐をくり返している。そんな健の背中をさする婆様…俺はただ見てるしかなかった。

すぐに爺様が帰ってきた。向かいの家の爺さんと婆さんも何事かとやってくる。小さい集落である。ご近所は知り合いばかり…夕暮れの騒動に皆集まってきた。

爺「今から神社に行って憑き物を祓ってもらう。神主がウゴン様を迎え入れる準備してくれるそうだ。皆、すまんが手伝ってくれるか?」

爺様と向かいの家の爺さんとで健を担ぎ、向かいのおじさんの車に乗り込んだ。俺も婆様に連れられ車に同乗する。

しばらく走ると山腹の神社についた。神社では神主さんと息子さんが出迎えてくれ、健を拝殿に連れて行く。俺と婆様は敷地内の神主さんの母屋に案内された。

神主さんと爺様達が母屋に入ってくると、俺はシャレコウベの事を詳しく説明させられた。神主さんは少しの間考え込むと「おそらくは“オン(怨かな?)”の類…大昔の参拝者が行き倒れて憑き物になったのだろう…普通はこんな事にはならんのだが…。」

この辺りには昔から“〇〇詣で”とかの街道が今でもある。おそらくは目的も叶わず無念の死を遂げた参拝者が長い年月の後、目的も忘れた憑き物になり果てた…そして運悪く健は魅入られたのだろう…そういった事を神主さんは話した。

向かいの家のおじさんが母屋にきて準備ができたと神主さんに伝える…すぐに皆で拝殿に向かう。

外は既に暗く静まり返り、拝殿の前には松明が灯っている。“ジャリジャリ”と玉ジャリの上を歩く音だけが響いた。

俺は言われるまま拝殿の壁際に婆様と座る。爺様は拝殿の入口で柱を背にして俯き加減で立っている。

拝殿の中では注連縄で四角く囲われた中心…薄い布団、もしくは分厚い布の上に寝かされている健の姿が目に入った。

注連縄の向こうには祭壇…その上にはいくつかの神具が並んでいる。それに向かうように神主が祝詞か祈祷を歌を唄うかのように詠みあげ祭祀が始まった。同時にその脇では神主さんの息子さんとお手伝いであろうか…祭りで聞くような囃子を“ピーヒャラ、ドンドン”と奏でている。

俺は初めて見る祭祀…何が始まるんだろう…と不安でしかたなかった。

どれくらいの時間が流れただろうか…未だ続けられる唄と囃子…それを微動だにせず眺める大人達…そして爺様。

いきなりの出来事がその場の空気を一瞬で引き裂いた。

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙…っ!!」

いきなり健が吠えたっ!?

いや、これは健の声じゃない!人とは思えない雄叫び…きっと健の中に留まれモノの声なのだろう。

それが合図だったかのように唄と囃子が鳴り止む。神主さんは疲れた表情で健の方に向き直ると、少し横にズレ平伏すように額を床につけた。

周りの大人達もそれを合図に同じように床に額を押しつける。何も分からず俺も周りの真似をした。

周りの大人達が頭を上げる気配に俺も習い同じように頭を上げてギョッとする。

拝殿の入口に影が…すぐにその姿はウゴン様なのだと分かった。

背丈は子供の俺と同じくらいであろう…高くはないが大きく感じる。

頭は大きく、動物的な黒く光る小さな眼には感情が伺えない。対称的にカエルのように少し前に出ている大きい口は微笑んでいるようだ。

少し赤みを帯びた顔…その回りを黄銅色の毛が覆い、波打ちながら天を差している。

膝まで延びる異様に長く太い腕と異様に短く太い足…それらにも黄銅色の毛が覆っている。

藍に近い青く光沢のある衣…それよりもさらに淡い色の帯。

衣を纏っていなければデカい猿か熊にしか見えなかっただろう。

今にして思えば『猩猩』と云われるモノではないかと思う。

人の手に似た大きな足でのそりのそりと拝殿の中に入ってくる。俺の前を通る時夏場にも関わらず山桜の匂いがした。

シーンと静まり返った空間を音も無く進み、健の横たわる注連縄の中に入っていく。未だに健の中にいるモノは時折奇声を出すが、その声は怯えているように感じた。

ウゴン様は健の顔を覗きこむと、徐に健の口の中に太い指を突っ込んだ。そのまま口の中にゆっくりと手…腕とずるずると入れていく。

『健の口の中にあの太い腕が入る訳ない!』

そんな事を思ったが、すでに人の世の常識は通用しないと分かった。

肘まで入った太い腕は直に引き出されていく。音はしないが“がぱぁ”っと健の口から出てきた手には、ドロリとしたものに覆われたシャレコウベが掴まれていた。

ウゴン様はシャレコウベの穴が穿られた暗い両の眼に指を引っ掛け高く上げると、大きく開けた口の中に押し込んでいった。

悲痛な声を発していたシャレコウベも、ウゴン様の喉元をボコリと動かしながら通る頃には静かになっていた。

「ぐぁがぁ…」

ウゴン様の一声に何人かの大人が注連縄の中を見た。

後から分かった事だが、ウゴン様の姿を見れた者もいれば、声だけ聞けた者…何も感じなかった者もいたようだ。

ウゴン様は注連縄を潜り抜けると元来た道をのそりのそりと拝殿の外に消えていった。

神主さんは立ち上がり祭壇に向き、勺を手に祝詞を詠み上げる。

注連縄の中の健は何事もなかったかのようにスヤスヤと寝ているようだった。

翌日、早朝から神社の裏手にある階段を登る。

神主さんと息子さん、爺様、婆様、健と俺。

山の中の少し開けた場所に祠があり、その周りを葉桜が囲っていた。

持ってきた供物と祝詞を奉る。

爺様の目にうっすらと見えた涙が印象的だった。

爺「桜の季節になったら桜見に来ような。」

そんな事を言いながら、瓶の中の神酒を大きな椀に注いでいた。

結局その約束は果たせないまま爺様は逝った訳なのだが…

車に乗れる年になり健と大学仲間数人で、春にこの地を訪れた。

桜見の最中にこの話を皆に披露した…健は「ウゴン様を見れて良かったな。」等と笑って言う。

俺「こっちはどんだけお前の事心配したか…。」

健「まぁまぁ…あの時はシャレコウベ見た瞬間から朝まで記憶ねーんだ。」

仲間の一人が「ウゴン様ってのは訛りかね?」と言いながら、桃色に花咲く満開の染井吉野…その傍らに一本だけ黄色く芽吹く六部咲きの桜の木を指差す。

「『鬱金(ウコン)』って品種の珍しい桜だ。」

なるほど。

桜の木には神様が宿ると聞きます。

『きっとこの桜の木にはウゴン様が宿るのだ。』…鬱金桜の下でウゴン様と爺様が酒を交わしている…。

そんな事を勝手に思いながら夜まで続いた宴を楽しんだ。

最後まで長文、思い出話に付き合ってくれた皆さんに感謝します。

怖い話投稿:ホラーテラー 八百草さん  

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