付き合っていた彼の家に初めて行った時のこと。
お酒が入っていたこともあり、私の方が先に眠りに落ちた。
空襲の夢を見た。
戦闘機のものすごい轟音が耳をつんざき、もうすでに焼き爛れた大地には、人がもののように転がっている。
すでに炭化している遺体もあり、まるで胎児のように体を丸めた姿勢のものや、苦しさに耐えきれず両手を上に突っ張ったまま固まってしまっているものもあった。
ふと足元を見ると、まだ息のある人が転がっている。
若い女性だった。
上半身が酷く焼け、衣服が炭になっているが、まだ荒く呼吸をしている。
「●●、大丈夫?今お水持ってくるから!」
●●は女性の名前のようだが、覚えていない。
夢の中で、私は女性の知り合いという設定のようだが、現実では見知らぬ女性だった。
「○○(男性の名前だったと思うが覚えてない)は…どこ…?大丈夫なの…?」
血が滲み割れた唇から、呼吸音に交じったかすかな声が聞こえた。
私はその○○という男性の安否を知っているらしく、
「大丈夫、無事だから。」
と答えた。
女性はそれを聞くと、焼けただれた顔にうっすらを笑みを浮かべてこと切れた。
私は泣いた。
そして大きな音で目を覚ました。
目尻には涙が浮かんでいた。
ふと隣を見ると、爆睡している彼の口元から、大きなイビキの音が。
まるで戦闘機のエンジンの音のようだった。
この妙な夢はこれが原因か!
脱力感を感じつつも安心した私は、彼の顔を押して横向きにさせ、再び眠りに就いた。
次は妙な夢を見ることはなかった。
それから数回彼の家に泊まりに行き、イビキは相変わらずやかましかったが、空襲の夢を見ることはなかった。
強烈な夢だったにも関わらず、記憶が薄れかけてきた頃。
秋が近付き、朝晩寒くなってきた。
いつも通り彼の家に泊まり、眠りについた。
夜中、ふと目が覚めた。
トイレに行きたいわけではなかったので、何故目が覚めたのだろうと不思議に思った。
壁にかかっていた時計の日時を確認しようと視線を宙にさまよわせると、ベランダへ続く窓のカーテンが目にとまった。
膨らんでいる。
寝ぼけた頭で、こんなに寒いのに窓を開けて寝て、風が入ってきてるのかとも思ったが、
その膨らみは微動だにしなかった。
風ならば、膨らんだり萎んだりを繰り返し、カーテンが波打つはずだ。
しかし、あまりにも異質な膨らみを残したまま、全く動かない。
不審者でもそこにいるのか?
カーテンの裾を見る。
そのカーテンは、彼が前の部屋で使っていたものをそのまま持ってきたものだ。
サイズが合わないらしく、20センチほど下が空いて窓ガラスが見えてしまっている。
そこには、何もない。
でもカーテンは膨らんでいる。
そこに不審な男の毛だらけの足でも見えてくれればよっぽど良かった。
私は息を殺し、目玉をひんむいて窓を凝視していた。
見たくない、見なければいいのに、何故が瞳を閉じることができない。
瞳を閉じた瞬間、カーテンの向こうの人ならざぬものが、こちらに向かってきそうだからだ。
部屋の中は無音だった。
戦闘機のエンジン音かと聞き間違えるほどの彼のイビキは聞こえず、寝息も聞こえない。
水槽のポンプの音や流水音さえも。
無音の中でしばらくカーテンを凝視していたが、
カーテンがかすかに描いた。
分かれ目から、長い髪の毛がわずかに覗く。
焼けてチリチリに茶色く変色した髪。
無音だった部屋に、ゼイゼイと苦しげな呼吸音が響く。
ああ、出てくる…
と思いつつ視線が離せない。
カーテンを掻き分け、焼けただれた顔が出てきた。
「イキテタ」
そこで気を失ってしまった。
目が覚めた時はすでに朝だったが、私は大きな悲鳴を上げてしまった。
隣で寝ていた彼が驚いて飛び起き、ひたすら喚く私を宥めてくれた。
しばらくして落ち着いたところで、以前の夢と、昨夜の出来事を彼に話した。
彼はオカルト関係を全く信じない人なので、夢だと思われると思っていた。
しかし、話をした瞬間、さっと彼の顔色が変わった。
彼によると、彼のおばあさんは、彼の父親を産んですぐ空襲で亡くなったそうだ。
彼の父親はたまたま別の人に預けられていたので、難を逃れた。
おばあさんの最期を看取った人によると、息を引き取るまで息子を案じていたとか。
私は、彼のおばあさんがそんな悲しい最期を迎えていたことを全く知らなかった。
彼は私より10歳年上の上に末っ子なので、ご両親は共に戦争を経験している。
自分の親と同じく考えてしまっていたので、まさか戦争に関係しているなどと思いもよらなかった。
彼のおばあさんは、自分の孫が生きている=息子が生きていたことを確認しにきたのだろうか。
彼の父親も家族もそんな体験をした人はいない。
何故私の夢に現れ、そしてあの夜カーテンの隙間から現れたのか。
いまだに謎だ。
怖い話投稿:ホラーテラー ローレライさん
作者怖話