中編3
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半世紀待ちの患者

私が小さい頃通っていた、古くで小さな小児科医院の話。

寡黙ながらも見立てが良いその先生を慕う人は多く、私と母も、長い距離を歩いて通い、待合室はいつも子どもたちで溢れていた。

木造平屋建ての古い病院で、小さな庭に古井戸があった。

周りには新しく綺麗な病院が沢山あったが、私が大きくなって通わなくなってからも、病院は人の足が途絶えることはなかった。

大学生になった頃、ひょんなことからその病院の噂を聞いた。

大学で同じ学科になった子のお母さんが、その病院で看護師として勤めていたそうだ。

その子曰わく…その病院に女の子の幽霊が出ると。

おかっぱ頭で、血の気のない顔、赤い着物……

その子の特徴を聞いていて、ふと私の記憶が蘇った。

私、その子と病院の庭で遊んだことがある……

何の遊びをしていたか、どんな会話をしていたかは全く覚えてないが、確かに遊んだ記憶がある。

今思えば、先生に子どもはいなかったし、何よりそんな古めかしい格好の子どもがいること自体おかしい。

当時は何も思わず一緒に遊んでいたが。

「で、女の子は結局なんだったの?」

「あそこはね、戦後すぐに先生のお父さんが、安く買った土地と建物なのね。

建物は少し修繕したけど、井戸と庭はそのまんま。

前の持ち主の娘が、井戸に落ちて亡くなってたみたい。」

「井戸壊せばよかったのに……」

「それがね、先生のお父さんの代の時には、女の子は出てこなかったらしいの。

だからそんな話知らずに、そのままにしておいたんだって。」

「何で数十年経ってから出てきたわけ?」

前の持ち主の娘さんは、重い病だった。

医者に見せても治る見込みがなく、結局家に閉じ込めて死ぬのを待つしかなかった。

そのうち、親が目を離した隙に、故意か過ちか、井戸に転落してしまった。

先生自体には全く霊感がないため女の子の姿は見えなかったが、病院に来る子どもが怖がるので、知り合いの住職に頼み込んだ。

先生は井戸のことや娘さんのことは全く知らず、病院を建てて騒がしくしてしまったため、成仏出来なかったのかと心配していた。

しかし、住職の答えは以外なものだった。

「先生、この子は先生に診て貰いたいみたいですよ。

半世紀の間、先生みたいな腕のいい医者を待っていたみたいです。」

娘さんは、自分が井戸に落ちて死んだという自覚がないが、自分の病気のことは分かっている。

生きていたうちにはいい医者に恵まれなかったが、先生に診てもらって沢山の子どもたちが元気になっていくのを見て、不意に現れてしまったのだと。

庭の井戸で亡くなったためにそこからは動けず、半世紀以上の間、名医を待ち続けていたというのだ。

先生は「そうかぁ……」と小さく呟いた。

そして、住職に女の子が今どこにいるのか聞き、その方向に向き直った。

先生には何にも見えないため、ただ住職が「ここにいます」と言った場所を見つめることしか出来なかった。

そして、

「ごめんね、先生には君のことは治せないんだよ。

でもこのおじさんが(住職のこと)、お父さんとお母さんの所に連れて行ってくれるからね。

そうしたら、苦しいの治るからね。」

と、優しく語り掛けた。

その場には友人の母も同席していたのだが、住職の読経が終わる瞬間、

ほんの一瞬、女の子の顔が見えたという。

看護師さんのうちの何人かは、泣いていた。

それから女の子は現れることはなく、やがて本格的にお祓いをしてもらってから、井戸も壊すことにした。

相変わらず先生は、寡黙に淡々と、しかし的確な診察をして忙しくしているという。

そして、井戸があった場所が見える窓辺には、毎日新しいお菓子とお水を備えているのだとか。

怖い話投稿:ホラーテラー ローレライさん  

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