母親はその日パートを休み家にいた。小学生の長女が体調を崩したからだ。高熱を出し、嘔吐し続けている。医者の診立てでは風邪とのことだった。
長女は次女に比べ体が丈夫で活発な子だったが、突然嘔吐したりすることがあった。
娘『母さん、苦しい…気持ち悪いよ。』
母『よしよし、さぁさ、頓服も飲んだし、寝んちゃい。』
娘『母さん、そばにいてね。怖いけぇ。』
母『はいはい。』
(ただ風邪よね?◇◇(娘)がこんなに怖がるなんて…)母親は少し気になったものの、具合が悪くて心細いだけだと自分を納得させた。
母親はしばらく娘の側にいて様子を見ていた。やがて薬も効いたのか娘は寝息を立て始めた。
母親は次女が幼稚園から帰るまでにしあげでしまおうと家事にとりかかった。 家事の合間に娘の様子を見ていたが娘は静か寝ていた。
―ピンポーン…
母『は〜い』
やって来たのは《キッカのおばちゃん》とみんなが慕っている雑貨屋の店主だった。
キ『奥さん、◇◇ちゃん熱だしたんだってぇ?具合はどんなん?』
母『ご心配かけて…すみません。』
キ『これ、◇◇ちゃんに…。』
―ギャーッ!!来るなぁ!!―娘の声だった。
母・キ『!!!』
キ『奥さん!早く…』
―バタバタバタバタ…
母親が行くより早く、娘が必死の形相で走って来た…
母『◇◇!何があったん!どうしたん!』
娘『大泣)怖いよ。来るよぉ!…オバケ…(泣)じゃけ、ゆうたやん!ナンか居るって…(大泣)ずっとゆうとったのに…父さんも母さんも信じてくれんけん…来たんじゃ(大泣)』
キ『◇◇ちゃん!もう大丈夫じゃよ。……奥さん、抱っこして、あっち(居間)にいこうや…』
居間で母親に抱きしめられ娘は徐々に落ち着いた―
キ『◇◇ちゃん、ほうれ大丈夫じゃろ?お母さんに話してみんちゃい。』
キッカのおばちゃんの優しい言葉に促されて娘はポツボツと話しはじめた。
―娘がふと目をさますと、母親は側にいなかった。
『母さん…?』
娘が母親を呼ぶと押し入れの襖がスーッと開き、中から女が出てきた。
娘はただ不思議でその女を見ていた。
娘『…ん?とおる君のお母さん?』
その女は同級生のお母さんに似ているような気がした。
女『違うよ…。』
女はうっすら笑っている。
娘『おばちゃん、誰なん?』
女『アンタのお母さんよ。』
女はニタニタ笑いながら近付いて来た。
娘『ちがう!ウチの母さんは向こうの部屋におるけん!』
女は更に近づく。その顔はもう笑っていない。
女『アタシがお母さんだよ。あっちがニセモノだよ。さぁおいで…』
娘『違うっ!違う―!!』
女の顔はドロドロと崩れはじめ、ポッカリと開いた穴のような目で娘を見ている。
娘は後ずさったが、にじり寄る女が遂に娘の足首を掴んだ!!
―それで叫んだということだった。
母『……すみません。◇◇が変なことゆうて…昼間からオバケなんて…熱が続いたけぇ……』
キ『…奥さん、……分かっとるけぇ。私は大丈夫じゃけん。驚かんけぇ…』
母『……』
キ『ほいで、◇◇ちゃん、どうしたん?』
娘『あんね、足掴まれたけぇ…。その人んこと何度も何度も蹴り飛ばして来たんよ。』
キ『……蹴り飛ばしたん?…(微笑)よう頑張ったねぇ。ねぇ奥さん!』
母『…ほうじゃね。』
キ『◇◇ちゃん、ほいじゃが、そりゃ夢よね。熱が出とったけぇ怖い夢みたんよ。ね、奥さん。』
母『…ほうよ、キッカのおばちゃんのゆう通りじゃけ。怖いんじゃったら、こっちの部屋に寝んちゃい。』
キ『ほいじゃ、おばちゃんはソレがもう居らんか見てくるけぇ。』
―暫くしてキッカのおばちゃんは居間に戻り母親に目配せした…。
ソレは娘の夢ではなかった。その部屋の押し入れの襖は開いていた。そして娘の足首にはソレが握ったと思われる手形がクッキリと残っていた。
キ『…大丈夫じゃよ。ナンもおらんよ。』
まだソレについての理解が及ばない娘に対してのキッカのおばちゃんの心遣いだった。母親は無言でキッカのおばちゃんに頭を下げた。
そして、キッカのおばちゃんは《見えること》についてこの娘に教える時期が来たことを察した。
キ『奥さん、この間の話じゃけど…。やっぱり、◇◇ちゃんは分かる子なんじゃね。ウチも何か役に立てるかもしれんけぇ、一人で悩まんでウチにゆうてきて。』
母『ありがとうございます。お願いします。』
翌日、キッカのおばちゃんの紹介で宮司さんが来た。祝詞が奏上され、家中祓われた。その後、その娘の家では毎年決まった時期に宮司さんが来て祝詞を奏上することとなり、それは今でも続いている。
―その娘というのが俺の母ちゃんです。ここから母ちゃんとその最大の理解者キッカのおばちゃんとの親交が始まったそうです。
―最後までお付き合いいただきありがとうございましたm(__)m―
怖い話投稿:ホラーテラー B級グルメさん
作者怖話