中編2
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ミキサー

これは、自衛隊のイラク派遣が憲法9条に反するとして起こされた訴訟のなかで、「平和を求める良心の自由」の侵害を主張するために裁判所に実際に提出されたエピソードです。文章の細部は、原文の意味を変えない範囲で変わっている場合があります。

* * *

控訴人の父は、1992年8月、戦争から帰って46年目の夏、76歳で他界した。

胃癌を患っていた父は、晩年、段々と固形物を食べることが困難になっていった。

そこで、病院は食べ物を砕いておかゆのようなものを作ってくれたが、父はそれを見ただけで吐き気をもよおしてしまった。

そして父は、心配する控訴人に対し、亡くなる3箇月ほど前になって初めて、自らの戦争体験を話した。

父の乗っていた南方行きの軍艦は、44年5月、東シナ海で潜水艦の攻撃にあい沈没した。

幸いにも他の軍艦に救助されたが、ニューギニアに到着するころには、たくさんの仲間の兵士とともに武器、弾薬、食料を失っていた。

父たちは、米軍の空襲から逃げるばかりで、飢えは日に日にひどくなっていった。

食糧確保の責任者だった父は、ある空爆のあと、死んだ馬や牛を食糧にかえようと、工事用のミキサーで肉を砕き、ペースト状にして火を通し仲間に分配した。

食器が無かったので、ヘルメットをお椀がわりに使った。

父が食事をしていると、ヘルメットの底に真鍮の小さな腕輪が沈んでいる事に気が付いた。

その腕輪は、

日ごろ父に懐いていた現地の少年が何時も腕にはめているものだった。

父は食べているものを全部吐いてしまった。

亡くなる直前、

父はこう言った。

「兵隊たちはゴミのようになって死んでいった。あの戦争で死んでいったたくさんの人たちが枕辺に立つ。弔ってやるためにお経をとなえる時間がほしい。命がけで戦ってきたが、国にだまされていたな。」

控訴人は、父が家族にも話せない戦争体験、そして罪の意識を半世紀近くも胸に秘めていた事に大きな衝撃を受けた。

そして、「自分の息子にはこんな思いはさせたくない」そのためには「戦争だけはしてはならない」と強く思うようになった。すなわち、控訴人は「平和を求める良心」を自らの人格的核心とした。

* * *

ちなみに、この訴訟の結末は、分かりやすく言うと、一般市民には自衛隊員がイラクに行くことで具体的な損害が生じたとはいえない、という理由で請求は棄却されました。

しかし、

裁判所は、判決の理由の中で、今回の自衛隊イラク派遣は違憲であると、みとめたのです。

怖い話投稿:ホラーテラー LAMさん  

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