長編9
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Disappeared Rooms

 小学生のころ、私の家族は毎年冬になるとスキー旅行に行くのが恒例だった。

 泊るのはいつも、メイプルハイランドホテル(仮名)という、同じホテルだった。

 何のことはない、私の父は地方公務員で、そのホテルは公務員が共済に加入していると、とんでもなく安く利用できる指定施設だったのだ。

 流行っているホテルならそういった指定を受けて客を取る必要など要らないのだろう。そのホテルは別に古くはないが新しくもなく(建物は見た感じ築15年ぐらいなのだろう)、もちろん豪華なんて言葉は間違っても似つかわしくなかった。しかしこれといって悪い点もなかった。それまでは。

 これは小学5年生の冬にそのホテルに泊まった時の話だ。

 いつもと同じようにチェックインして客室に案内された私たちは、昼間のスキーで疲れた体を休めながら、持ち込んだお菓子を食べたりしていた。

 すると、入り口のドアをノックする音が聞こえ、父がドアを開けるとホテルの従業員が立っていた。

 30歳ぐらいのその男は、申し訳なさそうに言った。

「実はこの部屋には先に別のお客様の予約が入っておりまして、こちらの手違いでお通ししてしまいました。大変申し訳ないのですが別の部屋をご用意いたしますので、移っていただけませんでしょうか」

 ホテルの建物はT字型の2階建てで、中央にエントランスがあり、後ろに伸びる建物は大浴場や娯楽室。その両側に翼を伸ばすように客室が並んでいた。全ての部屋が同じように日当たりを確保するためなのだろう、廊下の片面だけにドアが並んでいて、裏庭に面した反対側の壁には大きなガラス窓が並んでいた。

 客室は、1階向かって右側の棟がフロント寄りの101から112まで(104と110は飛んでいたので)10部屋で、同じように左側の棟が113から125(114と119、124も飛んでいた)までの10部屋。そして2階も同じように201から225の、合計40室だった(どうして知っているかというと、小学生の私は暇をもてあまして探検したからだ。)

 話を戻すと、その時私たちがいたのは109で、その従業員が案内した部屋は隣りの111号室だったので、遠くもないし、仕方なく私たち家族は荷物を運んで(もちろんその従業員が手伝ってくれた)部屋を移った。

 それからまた私たちは、さっきまでと同じようにお茶を飲んだりしていた。

 ところが、またドアがノックされた。父がドアを開けると、さっきとは別の従業員が立っていた。50歳ぐらいのおばさんだった。

 「大変申し訳ございません、こちらの手違いで、間違ったお部屋をご案内してしまいました。この部屋にはすでに予約が入っておりますので、お隣の部屋に移動していただけないでしょうか」

 さすがに2度めは、普段は穏やかな性格の父もカチンと来たらしい。私はテレビを見ていたからちゃんと聞いてはいなかったのだが、少々荒い口調で言い争っていた。

 しかし結局折れて部屋を移ることにしたようで、「また間違いだとさ、移動するぞ」と私と姉に言った。手にはホテルの売店で売られているクッキーの箱があった。従業員がお詫びに持ってきたのだろう。

 そういうわけで、私たちはまた荷物を持って隣りの112号室に移った。

 姉は、何とも思わずもらったクッキーを食べながらテレビをまた見ていた。私はすでにポテトチップスを食べ過ぎていたので、クッキーは食べなかった。

 2度ある事は3度ある、というのは本当らしかった。

 今度は60歳ぐらいの、茶色の制服のジャケットではなく、紺色のスーツを着た男が立っていた。夏目漱石みたいな厚い髭を生やしている。

 「誠に、誠に申し訳ございません、そもそも間違ったリストを見てご案内をしていたようで、こちらのお部屋もすでに先約が入っております。お詫びの言葉もないのですが、今一度、お部屋を移っていただけませんでしょうか」

 

 父はついにキレた。

 「ふざけるのも大概にしろ!何回間違えれば気が済むんだ一体!」

 

 今まで黙っていた母も口論に加わった。

 「そうよ、大体おかしいでしょう、なんでこの部屋じゃなきゃだめなの?その先約の人は。その人に別の部屋に行ってもらっても分からないでしょうよ!大体予約する時に希望の部屋聞いた事なんて無いじゃないの!」

 「そもそもさっきの若い男と女性はどうした、謝りに来るってのが筋じゃないのか!」

 男はひたすら謝った。

 「申し訳ございません、お部屋代は、はじめの部屋の料金の半額とさせていただきます。当ホテルで一番広い部屋をご用意させていただきますので、何卒ご了解いただけませんか」

 残念なのかどうなのか、父も母もかなり庶民的な感覚の人間だった。一応、ここで簡単に手の平を返しては癪に障ると思ったのだろう、まだしばらくグチグチ文句を言っていたが、結局部屋を移ることに承諾した。

 

 新しい部屋は、1階左側の棟の、廊下の突き当たりで、124号室だった。

 これまで少なくとも6回以上このホテルには泊まりに来た事があったが、全部の部屋は同じか線対称の間取りになっていると思っていた。

 

 しかし、この部屋は普通の部屋の5倍以上の広さで、しかもカーペット敷きの洋間だった。照明もプラスチックや木ではなくガラスづくりで、壁には間接照明が並んでいた。壁紙は他の部屋の無地のベージュとは違い、縦にストライプの入った深い緑色で、子ども心にも、かなり西洋風の造りだと思った。

 父と母は怒ったフリをしていたが、内心はホクホクものだったのだろう。明日の夜は別の(ちゃんとした)ホテルのレストランでステーキでも食べようか、などと話していた。

 

 大広間のテーブルの上には、バスケットに盛られたフルーツも用意してあって、高級感ばっちりだ。姉は早くもカゴから夏ミカンをとって食べ始めたが、私は冷えていない果物は食べたくないので食べなかった。

 2つある寝室にはそれぞれベッドが2つずつあり、片方の部屋に私と父が、もう一方に姉と母が寝ることにした。

 夜中。隣の寝室から女の子の泣く声が聞こえてきて目が覚めた。勘違いしないで欲しいが、その声は姉のものだった。隣のベッドに父はおらず、すでに起きていたようだ。

 母たちの寝室に行くと、姉はお腹を押さえてベッドにうづくまっており、母が背中をさすっていた。父はフロントに病院に連絡するよう言いに行ったのだという。

 それから5分ほどして父は帰ってきた。

 ところが、何故かホテルの従業員と思しき男が3人もついてきている。さっき見た従業員とは3人とも違う人だった。

 

 3人の中で一番年かさの男が言った。

 「いちばん近い診療所の医師に連絡がとれまして、あと20分ほどで来て下さるという事ですので、とりあえず、隣りのお部屋でお待ち下さい」

 なぜここで待っていてはいけないのか分からない。

 しかし父はただ真面目な顔で「隣りの部屋に行こう」と言っただけだった。母は何も言わなかった。

 隣りの部屋で母と姉と私は、医者が来るのを待っていた。父は従業員たちと出て行ったきり、医者が来るまで戻らなかった。

 姉の腹痛は急性神経性胃腸炎で、一日寝ていれば大丈夫ということで事無きを得た。(なぜちゃんと覚えているかというと、姉は以前にも、そしてその後も何度か同じ症状で同じ診断を受けた事があったから)

 

 スキー旅行は2泊3日の予定だったが、そういうわけで翌朝私たちは家に帰った。

 ホテルの料金は結局全く払わなくてよい事になったらしいかった。

 それから先、家族でスキー旅行に行く事は何度かあったが、泊まったのは違うホテルだった。

 

 しかし話はこれで終わりではない。

 この出来事から10年程たった、私が大学3年生の時、サークルの冬の旅行でスキーに合宿に行くことになった。

 そのとき泊まったホテルが、ほかでもないメイプルハイランドホテルだったのだ。決めたのは私ではない。単に安かったからだ。やけに。

 旅行の計画は、昼間はスノーボードで、夜は飲み会というサークルの合宿の典型。

 もともと気心の知れた仲間同士だ。ビールにウィスキーに缶チュウハイと、たっぷり酒が入ったあとは、枕は飛び交うわ野球拳を始めるわのどんちゃん騒ぎになった。

 

 別に大人ぶる気は無いが、私はバカ騒ぎは嫌いだ。まだ夜の9時ぐらいだったから、ほてった頭を冷やそうと散歩に行くことにした。

 特に目的は無かったが、とりあえず私は道路沿いの200メートルぐらい先にあるコンビニに行くことにした。

 

 ホテルは道路に対して直角に立っているので、玄関を出て道路に出るには、右側の棟と平行に歩いて行くことになる。

 その途中で、私は変な事に気が付いた。

 シーズン真っ最中の今は、はやらないホテルでも賑わうようで、ほとんどの客室の窓から明かりが漏れている。

 しかし、右側の棟の端の2部屋だけ明かりが付いていない。しかも、暗くてよく見えないのだが、単に明かりがついてないのではないようだ。

 昼間の日光で溶けた雪は氷になり、普通の靴でも沈み込まずに雪の上をザクザク歩くことができたので、私は窓の近くに行ってみた。

 その二部屋の窓は、大きな木の板で覆われ、しかもその上から細長い板が米印のように取り付けてあった。

 それまでほとんど忘れていた10年前の出来事が蘇る。

 私たちが移動させられた先の、1部屋目と2部屋目だ。

 私はほとんど走るような足取りで、ホテルの反対側に向かった。

 

 それは異様な光景だった。

 左の棟の端の部屋は大きく、窓も普通の部屋の4倍の数はあったのだろう。

 森に接した建物の1階の端から20メートルほどに、大人の背丈の倍近い高さの金網がかかっていて、その下はさっきの部屋と同じように板で覆われている。

 単に真冬の夜のせいではなく私は全身が寒くなり、ホテルの中に駆け戻った。

 

 そして廊下を走って左の棟の1階の奥に向かった。

 ところが、最後の部屋の番号は123だった。

 1階には、4のつく数字と110、119を除いた、101から125の20部屋があるはずだった。なのに。

 私は気付いた。廊下の側面の壁紙と、突きあたりの壁紙の色が微妙に違う。もとは同じ壁紙のようだが、こっちの方がかなり新しい。

 手で壁を叩くと空洞の音がした。

 私には霊感なんてものは何もないが、完全にいやな予感がした。

 

 フロントの前を通り過ぎて、廊下の反対側に向かう。

 案の定、右の棟の突き当たりも、新しい壁紙だった。

 廊下が短くなっている。何のために…。

 私はその場で実家に電話をかけた。ちょうど父が電話に出た。

「突然だけどさあ、昔スキー行くときに泊ってたメイプルハイランドホテルってあるでしょ、最後にあすこに泊った時、何回も部屋移らされたじゃん。あれって、なんかあったの?」

「なんでさ」

 

「サークルの旅行で、実は今そこに泊ってるんだけど、あの時移った部屋が、3つとも閉じられてるみたいなんだけど」

 父は10秒ぐらい、あーとか、うーとか言っていたが、思い直したように話しだした。

「あのなあ、部屋を移るように行ってきた従業員は、いないんだと」

「意味分かんないよ、全然」

「だから、あの時部屋に来た若い男とおばさんと、スーツの髭の男は、誰なんだかわからないんだとよ」

「じゃあ誰さ。ホテルの制服まで用意して、何しようとしてた人なわけ?」

「それがなあ、他の2人はよくわからんけど、どうも最後に来た髭の男ってのは、先代の支配人のようだっていうんだわ。ほら、リサコ(私の姉。仮名)が腹痛起こした後、ホテルの人に話聞いたんだよ。その先代の支配人っていうのが、ホテルの創業者で、廊下の一番奥のあのでかい部屋に住んでたんだと。あの時にはもう死んでいたっていう事だって言ってたが」

「死んだあとはその部屋を客室に使ってたってこと?」

「俺もそうなのかって確かあん時に聞いたんだよ。だけどなあ、どうも客室として使った事は無いんだと。死んだあとはずっと締め切ってたっていうんだよ」

「…もういい。いいや。切るね」

 

 詳しい事情なんて知りたくなかった。

 それに、何らかの理由で、あの時の私達が死者に呼ばれたのだとしたら、今同じ事が起こらない確かな理由は本当にあるだろうか。

 

 私は部屋に戻った。

 鍵は開けっぱなしだったが、誰もいなかった。ごちゃごちゃの布団と枕と荷物が床に放り出されたままだった。

 靴箱の上に書きおきがあった。

「リョウスケ(私の名。)へ  ヨウジが急に熱を出したのでみんなで病院に連れて行きます。鍵はフロントに預けておきました」

 要するに、それがこのホテルの安い理由なのだろう。

怖い話投稿:ホラーテラー Suuさん  

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ぞっとする怖さ!!

文章力もすごく引き込まれて行きました(^∇^)!

あの、従業員は…ひいいいっ!