中編6
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お迎え

作業現場の2階から落っこちて、

足首を骨折して入院していたころの話だ。

病院の喫煙所で、通称よねさんという初老の棟梁と、

医者や看護師の悪口言って盛り上がっていたんだ。

俺はよねさんから、「ぼくちゃん」と呼ばれていた。

目上の人に向かって、「オレ」は失礼かなと思い、

ボク、ボクと言っているうちに、

俺の通称は「ぼくちゃん」になった。

しばらくすると、ほおがこけて青白い顔した男が点滴ぶら下げながら

やってきて、俺たちの正面のイスに座った。

男はよねさんにおじぎすると、タバコを取り出して吸い始めた。

よねさんは誰にでも話しかける人だから、

患者の間でとにかく顔が広い。

よねさんが、

「先生でもやっぱタバコやめられねえか?」

ヘッヘッヘッヘッヘと、笑いながら男に話しかけた。

男は、

「やめられない。食えない。よくならない。眠れないの

グランドスラムっすよ。」

と、情けなげに答えた。

よねさんは、

さっきと同じように笑っていたが、

突然真顔で

「眠れねぇのはきついじゃねえか!睡眠薬は飲んでるのかい?」

と、男を気遣った。

俺はよねさんのそんなところが何となく好きだった。

男は何だか知らないが、先生と呼ばれていた。

その先生は、

「おとといから出してもらってますけど、なんかダメですね。」

と、歯切れ悪そうだ。

「そいつぁこまったよなぁ」

と、よねさんは親身になっていた。

俺はよねさんと先生の会話を何気なく聞いていたが、

先生は何だかもじもじした中途半端な表情を浮かべ、

「いや…あのぅ…部屋にね…来るんです…」

「来るって…何が⁉」

「こどもが…夜中に…」

「先生は独身だろ?」

「はい。もちろん僕には子どもはいません。知らない子たちが…です」

「……………」

「たぶんですね…」

よねさんはタバコを深く吸って、大量の煙を吐き、

自分の煙に顔をしかめながら、恐る恐る先生にたずねた。

「ゆ、幽霊かよぅ…?」

顔色の悪い先生は、こっくりとうなずいた。

先生は、

「そりゃ私も一瞬幻覚だと思いました」と前置きして、

「夜中トイレから戻ってくると、部屋の片隅に白いモヤみたいなのが二体ありまして、

そのモヤがそのうち人の形になったんです。二人いました。

白い浴衣のような着物を着て、部屋中を動き回るんです。」

よねさんは指にタバコをはさんだまま、目を細めて話に聞き入っていた。

先生は続けた。

「それを見ていた間、体が動かないんです…

言葉もまったく出ない。立ったままずっとです。」

よねさんも微動だにせず、

「その子供らって、どんな顔してた?」

と、先生に聞いた。

先生は間髪入れず、

「影です…影…顔はありませんでした。

真っ黒な影だけ…

そして、下半身は見えませんでした。

なんか宙に浮いてる感じ…二人ともです。」

俺はしばらく二人の会話を聞いていたが、

気味が悪くなり、ちょっとスミマセンと言って、

その場から退散した。

松葉杖ついて病室へ帰る途中、

あの先生は内臓がだいぶ悪そうだと感じていた。

それから二日後、俺は退院した。

よねさんと最後にあいさつをかわし、

携帯番号をお互いに交換した。

よねさんは、

「ぼくちゃんまたな。元気でな!」

「仕事のことは気にするな。だめなら俺が世話してやっからよ」

と、うれしい贈り言葉をくれた。

「よねさん一日も早くよくなってくださいね。」

「退院後は二人で快気祝いしましょう。楽しみにしてますよ!」

と、俺は心の底からよねさんに返した。

「ありがとよ。きっとだぜ。ちょっと待っててくれよな!」

よねさんと俺は握手して別れた。

退院後俺はすぐに仕事をやめ、

しばらく通院していた。

ひと月くらいたったある日、

診察の会計を待っている時だった。

目の前によねさんが現れた。

「よっ!ぼくちゃん。なんか会う予感がしてたよ。久しぶり!」

よねさんは黒いハンチング帽を被り、レザージャケットを着ていた。

俺は私服のよねさんをはじめて見た。

「お久しぶりです!退院したんですね。元気そうなんでうれしいっす!」

と、俺は心から喜んだ。

よねさんと俺は、病院近くのコーヒー専門店に寄った。

よねさんは、俺より1週間ほど後に退院したようだった。

退院後は何かと忙しくて大変だったらしい。

理由の一つを聞いたら、驚いてしまった。

先生が亡くなったというのだ。

あれから、先生とよねさんはよく喫煙所で顔を合わせていたが、

先生はやっぱり怖くて毎晩眠れないと言っていたそうだ。

よねさんの話によると、入院中先生はこんなことを言っていたらしい。

「僕の部屋は4人部屋なんですが、

例の子供たちはどうも僕にしか見えてないようなんです。

だって、ほかの患者さんたちはよく眠ってる様子で、いびきも聞こえてきますしね。

で、もう我慢ならなくなって看護師に部屋変えてくださいって、頼んだんですよ。

そしたら意外なことにすぐ対応してくれましてね…

その日のうちに一番端っこだけど、同じ4人部屋に変わりました。」

と、その日は先生はかなり陽気だったという。

ただ、よねさんはあることを知っていた。

以前、子供たちの霊を見て、部屋変えを頼んだ患者がいたそうだ。

ただ、その患者は心も少し病んでいたから、

看護師もまともに取り合わなかったという。

その患者は、容態が急変しそれから1週間後くらいに亡くなってしまったというのだ。

先生が見たその子供の霊と、亡くなった患者が見た霊がまったく同じだということをよねさんは言っていた。

「だから、先生が見た子供らって、どんな顔してた?って聞いたのさ。

先生の話聞いたとき、こりゃあ、やばいって思ったよ。

でもそんなこと先生にいえねえだろ?なぐさめようがなかったぜ。

それからしばらくの間、部屋変えたら出なくなったって、先生喜んでたよ。

でもよ…次の日だったかな?よく覚えてねえけど、先生がっかりしててなぁ…

部屋変えたのに子どもらの幽霊が出てきて、そのうちの一人から、

『もうすぐだから…』って耳元でささやかれたらしいんだよ。

それからが早かったよ…急変しちゃってさぁ、ICUに運ばれて、そのまま逝っちゃったって、

病棟にいるちょっと太めの看護師長からきいたよ。」

俺は黙ってよねさんの話を聞いていたが、さらによねさんは、

「先生の葬儀に出たらさぁ、先生の親御さんやら親せき、知り合いはもちろんだが、

教え子とかその父兄たちもいっぱい参列しててよぉ…

みんな泣いてたぜ。先生の人柄だよな。別に金なんか無くたって、

まっとうな人生歩かねえとなぁ…なんて思っちゃったよ。」

よねさんは、涙目になっていた。

義理堅いよねさんは先生の告別式に出たそうだ。

俺はそれからもよねさんと軽く飲んだり、よねさんちに遊びに行ったりしていたが、

よねさんの工務店に再就職させてもらえることになった。

よねさんは、引退して息子さんが棟梁になった。

新しい棟梁もよねさんに似て、面倒見のいい人だった。

俺はここで骨を埋めたいと思った。

もう2階から落ちまい、もう仕事はやめまいと。

しばらくして、よねさんがまた入院することになった。

よねさんもそんなに先は長くないと、自分から言っていた。

よねさんは、

「ぼくちゃんよぅ…おれんとこに子供らがこないように祈っててくれや」

と、青白い顔をして病院に向かった。

怖い話投稿:ホラーテラー 工務員さん  

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