中編4
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秋の山中にて

 これからお話することは実話であるが故にオチらしきものもありません。

 むしろ単なる気のせいで片付けられてしまうかもしれないような、そんな些細な話です。

 些細な話なので、なるべく細かく記述した結果、思いの外長くなってしまいました。短い話や派手なお話をお好みの方は飛ばしてもらえればと思います。

 私が大学生だった頃、当時学園祭の時期に大学が休みになると、仲間同士数人で連れ立ってハイキングに毛が生えた程度の山登りをしたものでした。

 私は大学を卒業すると、そんなアウトドアな遊びからはすっかり足を洗ってしまいましたが、仲間の何人かはより本格的に山登りにハマるようになりました。

 後にそんな友人の一人から聞いた話です。

 当時大学を卒業したばかりの友人は、いよいよ山登りが楽しくなってきた事もあり、それまで何人かでしていた山登りを、一人ででかけるようになっていました。

 その年の11月のある連休の日も、関東近県の山に、朝早くから一泊二日の日程で出掛けたのだそうです。

 午前中、昼が近くなった頃に目標の尾根に辿り着いた友人は、別のもう一つの稜線を目指して一度山を下りかけると、暫らく山中を歩き続けました。

 少し標高を下げたルートを取ったせいで、時折初心者向けの多少整備された登山道が交差し、山歩きに近い登山は、なかなか快適だったようです。

 11月の日中とはいえ、山ではかなり気温が冷え込みます。それでも用心のため厚めに着込んだ登山服が、歩きながら汗ばむのを感じながら歩いていたのだそうです。

 山登りをしたことのある方はご存じだと思うのですが、山では行き交う人が見ず知らずでもお互いに「こんにちは」「お疲れさま」と声を掛けるのがルールなのだといいます。

 その時も、道すがら向こうから時折すれ違う登山客に声を掛けながら友人は歩いていたそうです。

 さっきまで汗ばんでいた体も、午後3時を回り日が陰ると、一気に冷えていくのが分かりました。さっきまで時折すれ違っていた登山客も、その頃には殆ど姿を見かけなくなっていました。

この時期の山は、平地の感覚ではもう冬に近いのです。

 そうして次第に山深くなる山道を歩いていた友人は、視界を遮る枝の間から、ちらちらと白い影が見え隠れするのに気が付きました。

 それは、男の子と両親の3人連れの後ろ姿でした。

 男の子の背中にはテレビで見かけたことのあるキャラクターものがプリントされていて、そのせいか背格好は小学校低学年位に見えたといいます。

 一人で歩いていたためペースが早く、程なく追いついてしまった友人は、今日何度目かの「こんにちは、お先です…」と声を掛け、背後から3人を追い越して行きました。

 それから暫らく何事もなく歩き続けていた友人は、ふと、自分が何か違和感らしきものを感じていると思ったそうです。

 ただ、それが何なのか自分でも分からない。

 それからまた少し歩き、疲れた顔を洗おうと沢に降りかけた時、彼は唐突に、ほとんど何かに頭を殴られるようにそれに気が付いたと言います。

 さっきの親子連れは殆ど手ぶらだった。

 ここは最寄りの入山口からほぼ半日以上入った山中です。

 今からでは日のあるうちに山を降りることも難しい筈。ましてや小学校低学年位の子連れでは。

 …いや、でもそれじゃない。そうじゃなくて…

 父親のポロシャツの袖は短かったし、母親の帽子はまるで強い日ざしを避けるような幅の広いものだった。

 そして、何より男の子は半ズボンだった。

 つまり彼らは夏としか思えない格好をしていたのでした。

 自分の背後を、11月の山中の夕方近い午後遅く、彼らは軽装というより、到底ありえないような格好でこの山道を歩いている。そう思い至った時、彼は心底ぞっとしたそうです。

 勿論、自分の見間違いなんだと彼は何回も考えようとしました。

 でも、同じ方向を歩いていた分、視界に入っている時間も一瞬という訳ではなく、考えれば考えるほど見間違いとは思えなくなっていたと言います。

 どうにも我慢が出来なくなった友人は、そのまま予定を変更して一番近い登山口を目指して下山したそうで、そんな無茶な事をしたのは後にも先にもこの時だけだった、と何とも言えない表情で煙草の煙を吐き出しました。

 彼が追い越したという、その親子連れは一体現実の存在だったのでしょうか。それとも。

 それでは長々と失礼しました。

怖い話投稿:ホラーテラー folia a deuxさん  

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