中編3
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奈々の人形

奈々がその人形を貰ったのは二年前の誕生日だった。

叔父が人形師をしているという友人Fからのプレゼントで、

一点物や手作りのものに目がない奈々は非常に喜んだ。

その人形というのは、フランス人形のように彫りの深い顔立ちでありながら

髪型や服装は日本人形といったような

どこか不思議な感じのする人形だった。

それはまるで、フランス人の母親を持つ奈々のような容貌で

そこもまた彼女が人形を気に入った理由の一つである。

奈々は高校を卒業してからというもの、大学進学はせず

かと言って働くわけでもなく

親の財産を食いつぶす日々を送っていた。

彼女の両親は既に死んでいるのだ。

寂しいと言えば寂しいが、一人でいるのも気楽だった。

何より、好きなときにボーイフレンドを連れ込める境遇を友人たちから羨まれていた。

しかしながら、最近はなぜか男が寄ってこない。

厳密にいえば二年前からだ。

「あんたが私の魅力を吸い取っちゃったのかしら?」

玄関に飾られた人形にそう言うと、奈々は合コンへ出かけた。

自分の容姿には自信のある奈々だったが

少しわがままな性格が災いしてか、女友達は少ない。

今回も数少ない友人のFが誘ってくれた合コンなので

以前から楽しみにしていた。

「奈々、久しぶり」

場所は洒落たイタリアンレストランだった。

Fは美人ではないが、性格がいいので真面目な男にもてる。

奈々は内心、それが羨ましかった。

「久しぶり! 今日はありがとね」

「こっちこそありがとう。奈々が来てくれると心強いよ」

楽しい時間を過ごして、奈々は知り合ったばかりの医大生Aと共に帰宅した。

「すごい家だね、もしかしてお嬢様?」

「そんなことないけど、親の遺産があるの」

家の前でいちゃつきながら玄関のドアを開けると

Aは突然「やっぱり帰るよ」と言い出した。

「どうしたの?」

「なんか、気分が悪くて…。ごめん。また今度」

Aは逃げるように帰って行った。

いったい、どうしたというのだろう。これで何度目だろう。

奈々は意気消沈した様子で玄関沙希にしゃがみ込んだ。

「あ~あ…。久しぶりのヒットだったのになあ」

『バカオンナ』

「え?」

一瞬、耳を疑った。

確かに聞こえた。

静まり返った空気を裂くような高い女の声で、

「馬鹿女」と。

「ちょっと…。誰!? 誰かいるの…!?」

咄嗟に電気を点けたが、人のいる気配はない。

酔っているからだろうか。幻聴だったのかもしれない。

でも、はっきりと聞こえた。

念のため奈々は全ての部屋をチェックしてからベッドに入った。

「ん…」

浅い眠りに入ったころ、不意に目が覚めた。

廊下で物音がする。

ゴト…

ゴト…ゴト…

「なに…」

枕元にあるリモコンで明かりを点けようとして手を伸ばすと

フサっとしたものに触れた。

「きゃああああ!!!!!」

それは明らかに人の頭の感触で、奈々はベッドから飛び上がった。

部屋の電気も点けずに暗い廊下へ飛び出すと、

何かにつまずいて倒れ込んでしまった。

『フフ…フフフ…フフ』

背後から、先ほどの女の声が聞こえた。

やはり誰かがいたのだ。

「誰…なの…?」

『フフ…ユルサナイ…カトウナナ…カトウナオキ……』

「加藤直樹って…、私のお父さんの名前…」

そう呟いた瞬間、奈々の足元にあった黒い塊がゴトゴトと音を立てて動き出した。

暗闇に慣れ始めた奈々の瞳に映ったそれは、

玄関に置いていたはずの人形だった。

青い目をかっと見開き、口の両端を吊り上げ、にっと笑っている。

「…ど…どうして…」

恐怖のあまり腰が抜け、立ち上がることさえできない奈々に

人形はゴトリゴトリと近づくと、髪をするすると伸ばして奈々の首に巻き付けた。

「へえ、それでその子は死んじゃったわけ?」

「死んでないけど、あまりの恐怖に気が狂っちゃって…精神病院にいるんだって」

「可哀想に…」

「当然の報いよ。その子の父親は妻と娘を捨てて愛人と結婚して、その子供と幸せに暮らせちゃうような最低な男だったんだもん。

だからその父親も愛人も娘も、不幸になって当然ってわけよ」

「見かけによらず怖い女だな、お前って」

「ふふ、だったらあなたは良い父親になってよね」

怖い話投稿:ホラーテラー ボウモアさん  

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