中編4
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独逸国異憚

どこかで聞いたドイツの話。

「1・2・3・4…」

ジャガイモが4つ。コレで来週乗り切らなければ為らないかもしれない。

痩せっぽちの少女が月明かりの下、

つぶれかけた家の中で、

少女と同じように痩せこけたジャガイモを数えている。

戦争が終わり、荒廃した国土だけが残った。

少女にとって失うことのみ多い戦争であった。

両親も暖かい家も、戦争が持っていってしまった。

残されたのは、幼い妹と弟。

ガレキと表現する方が正しいような家の二間。

それと、パン工場の仕事。

徴用で働いていた工場が占領軍に摂取され、

そのまま、仕事に就いた。

彼女は、仕事が嫌いではなかった。

なぜなら、働いている間は嫌なことを考えずにすんだから。

工場では、毎日昼食にパンが2つと薄いスープ、

週に一回わずかばかりの給料が支給された。

今週の仕事が終わり給料が支給された。

食べていくための大切なお金だった。

食料品を買いに闇市に入る

ふと、ある品物が目に付いた。

軍用の大きめな布団だった。

安い。今持っているお金でぎりぎり買える。

軍の放出品・横流し品を扱う店先にソレはあった。

今までは、衣服を重ね着して、3人寄り添って寝ればよかったが

これから冬に向かい、寒さが厳しくなる事を考えると

是非、手にいれておきたい品物だった。

来週は、食事が厳しくなる覚悟をして

その布団を買った。

彼女は、いつもパンを半分だけ食べ、残りを家に持って帰って3人で分けて食べた。

ささやかな晩餐が終ると、彼女は布団を取り出した。

妹弟は大喜びした。

「お姉ちゃん、コレで温かく眠れるね」

重ね着して寝ると苦しい、

なにより人肌の温もりが伝わらない。

久しぶりに、寝間着だけでベットにに入る。

両親が使っていた、この家に残る数少ないまともな家具だ。

はしゃぐ弟妹を寝かしつけながら、彼女もうれしかった。

夜半もすぎただろうか、すすり泣くような声で目が覚めた

妹か弟がが泣いているのかと思ったが、

二人とも小さな寝息を立てて、彼女に抱きつくように眠っている。

気のせいだと思い直し、又、寝ることにした。

明日は休日だから、朝早く協会の飢民救済の配給に並ばないといけない。

左右に妹弟の温もりを感じながら、

この布団を買って、ホントによかったと思った。

「1・2・3・4…」

何回数えてもジャガイモは増えない。当たり前だ。

先週から眠れない日が続いている。

体は疲れきっている。

しかし、神経は研ぎ澄まされていた。

「1・2・3・4…」

だから、何の意味も無い行動を繰り返している。

あれから彼女の睡眠は、毎晩、正体不明の声によって邪魔をされていた。

最初は弟妹のイタズラや自然の音ではないかと疑った。

しかし、啜り泣きだけではなく、悲鳴・怒号といったものも聞こえる。

複数の男女の声のときも有り、日に何度も聞こえることもあった。

睡眠不足で仕事にもミスが出た。

占領軍の工場長に、ミスをしたときは昼食のパンを減らされた。

常に空腹なのでミスが増える。

ミスをすると、食事と給料が減らされる。

弟妹には、自分の食事は住んだと偽り、全てのパンを持って帰っていたが、

これ以上減らされたら弟妹の分も無くなってしまう。

さらに焦燥感がつのり、眠れない。

砲撃の音、機銃掃射の音、迫り来る軍靴の音。

物理的破壊を伴う音に比べれば、

正体不明の声は、それほど恐ろしくは無い、はずだった。

しかし

諦めたすすり泣きに、

繰り返される嗚咽に、

激しい怒号に。

押し殺していたモノが否が応にも掻き立てられる。

明日はどうなるのだろう。

私が倒れたら、弟妹はどうなるのだろう。

焦り、悲嘆、絶望

押し殺していた感情に彼女の心は蝕まれていった。

「1・2・3・4…」

何回この無意味な行為を繰り返しただろう。

ふと気がつくと寝室のドアが開いて、弟妹がこちらを覗いている。

寝室で先に寝かしつけたはずだが…

「あのね、お姉ちゃん…お姉ちゃんと寝てないと、怖い声がするの」

「お姉ちゃんと一緒じゃないと、怖くて眠れないの」

弟妹も聞いていたのだ。

あの、啜り泣きを。あの、嗚咽を。あの怒号を。

ずっと我慢して、姉に言い出せなかったのだ。

姉がとても嬉しそうだったから。

姉に抱きついて眠るのが、何より心地よかったから。

怒りが彼女の心を塗りつぶしていく。

フォークを握り寝室に向かう。

アイツだ、アイツが悪いのだ。

彼女はフォークを布団に突き刺すと一気に引き裂いた。

彼女は泣いた。

恐ろしくて、悲しくて、泣いた。

買ってきた布団の中身には髪の毛が、

何人もの、何種類もの髪の毛が、

綿の換わりに使われていた。

怖い話投稿:ホラーテラー プラハさん  

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