中編4
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THE

ヒビだらけのボロアパートで、私は、我ながら、毎日毎日ぐーたらな生活を送っていた。

洗濯はしないし、風呂も面倒、恐らく、私は近所の人からは変人扱いされていた。

臭い汚いは、慣れれば気にならない。

はたから見れば、部屋もゴミ置き場かもしれない。

要は、仕事をしたあと、そこで寝られればよかった。

そんな自分にも、ある転機が訪れた。

頭に、馬鹿でかい10円ハゲが出来た。

流石に、自分をどうにかしようと思うようになって、

私は、頑張って風呂に入り、ファッション雑誌を買うようになった。

とにかく何かから、抜け出したかった。

そして、密かに、彼女が欲しいと、真剣に悩むようになった。

その日からだ。

知らない女が、夢に現れるようになった。

目がクリクリした、髪の長い女。

葛藤の日々が、脳内に、仮想彼女を作り出したのだ。

正直、自分で、自分の想像力に、感心した。

女と道端で出会う夢。

次は、すれ違いざまに挨拶。

その次には、公園で立ち話。

女の夢は、毎晩続いた。

これぞまさに、今実現させたい、『THE夢』というような夢。

女と私との距離は、着々と接近して、ついには買い物や食事までするようになった。

回を重ねる度、より親密な関係になっていくが、これ以上うまくなりようがない。

そのうち、私はこの女が、運命の人なのだと、思うようになった。

いや、真剣に。

ある晩、夢を見ないまま、夜中に目が覚めてしまった。

喉が渇かわいていた。

(ホント、かなり渇いていた)

目を開くのも面倒で、ほぼ眠ったまま、キッチンの冷蔵庫を目指した。

真っ暗な部屋で、色んなものを、蹴り散らし、

壁をつたって、つたって、つたった場所。

これだ。

冷蔵庫と思わしきトビラを、バコッと開く。

オレンジ色の、光が溢れ出し、眩しくて顔をしかめる。

トビラのポケットにあるはずの、ミネラルウォーターを、手でまさぐる。

見つからない。

目がズキズキ痛いのを我慢して、冷蔵庫を覗き込むと、

仕切りと仕切りの間に、リアルなマネキンの頭のようなモノが挟まっていた。

唇やまぶたが、のっぺりと垂れて、肌がベタベタにテカって、髪の毛がそれに絡み付いている。

慌てて、冷蔵庫のトビラを閉めた。

本物?

今のは本物?

私は、暗闇の中で動けなくなって、自分の心臓の音だけ、バクバクと高鳴って、どうにもならない。

近くで物音がした。

キュ、キュっという、流しの蛇口を締める、小さな音だった。

誰かいるのか?

神経をどからせて、周りをキョロキョロ見回す。

視界がまだ、オレンジ色の残像で、暗闇しか見えない。

私はゆっくり壁のスイッチに手を伸ばし、キッチンの明かりをつけた。

カチカチっと蛍光灯の光が、時間差で照らし出した。

くの字に折れ曲がった、下着の女が、流しのシンクに頭を突っ込んで、死んでいた。

思わず、叫びそうになった。

右腕がまな板の上に、転がっている。

頭が付いて無い。

蛇口から水が垂れて、女にダラダラ当たっているが、よく見ると、重力を無視して、蛇口の中に水が逆流している。

訳が分からない。

このままではまずい、頭がおかしくなりそうだ。

キッチンのすぐ横は玄関で、逃げ出すにはベスト。

私は、気付かれず、ゆっくり、ゆっくり、後退りをした…

つもりが、あるはずのない壁に手が当たった。

ひぃ

思わず、声が出た。

キッチンだけの四角い空間に、死体と一緒に閉じ込められた。

流しの首のない女が、モゾモゾ動きだした。

女の背筋がゆっくりと伸び、そのまま、ゆらゆらと揺れだした。

壊れたメトロノームのように、徐々に、徐々に、大きく、大きく揺れて、

尋常しゃない勢いで、私の方に、すっ飛んで来た。

うわぁ!

っと、私は飛び上がった、はずが、そこは布団の中だった。

訳が分からないが、とにかく眩しい。

朝日が部屋に差し込んで、丁度顔に当たっていた。

朝だ。

それで、さっきのは、要するに、夢だった?

まだ、少し心臓がバクバクしている。

こういう時は、深呼吸。

深呼吸。

駄目だ。

何より、キッチンが気になる。

寝起きにしては、軽い身のこなしで、キッチンを覗き込む。

誰もいない。

冷蔵庫も隙間なく、詰まっている。

途端、無駄に早起きしてしまった時の、脱力感にさいなまれ、重力が10倍に感じられた。

部屋にある水道は全てレバー式。

冷蔵庫のライトは、元々壊れて切れている。

色々、夢には間違えがあった。

仕事にはまだ早いし、何も考えず、布団に潜り込んで、私は二度寝した。

しかし、その後見た夢の中で、

女は、謎の男に殺され、首をキッチンで切断されるのだった。

女の夢は、終らなかった。

女の悲惨な日々をひもとく様に、毎晩夢は続いた。

『とにかく何かから、抜け出したかった』

という話。

抜け出すべきは、この部屋なのでした。

おわり

怖い話投稿:ホラーテラー ハミーポッポーさん  

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