ヒビだらけのボロアパートで、私は、我ながら、毎日毎日ぐーたらな生活を送っていた。
洗濯はしないし、風呂も面倒、恐らく、私は近所の人からは変人扱いされていた。
臭い汚いは、慣れれば気にならない。
はたから見れば、部屋もゴミ置き場かもしれない。
要は、仕事をしたあと、そこで寝られればよかった。
そんな自分にも、ある転機が訪れた。
頭に、馬鹿でかい10円ハゲが出来た。
流石に、自分をどうにかしようと思うようになって、
私は、頑張って風呂に入り、ファッション雑誌を買うようになった。
とにかく何かから、抜け出したかった。
そして、密かに、彼女が欲しいと、真剣に悩むようになった。
その日からだ。
知らない女が、夢に現れるようになった。
目がクリクリした、髪の長い女。
葛藤の日々が、脳内に、仮想彼女を作り出したのだ。
正直、自分で、自分の想像力に、感心した。
女と道端で出会う夢。
次は、すれ違いざまに挨拶。
その次には、公園で立ち話。
女の夢は、毎晩続いた。
これぞまさに、今実現させたい、『THE夢』というような夢。
女と私との距離は、着々と接近して、ついには買い物や食事までするようになった。
回を重ねる度、より親密な関係になっていくが、これ以上うまくなりようがない。
そのうち、私はこの女が、運命の人なのだと、思うようになった。
いや、真剣に。
ある晩、夢を見ないまま、夜中に目が覚めてしまった。
喉が渇かわいていた。
(ホント、かなり渇いていた)
目を開くのも面倒で、ほぼ眠ったまま、キッチンの冷蔵庫を目指した。
真っ暗な部屋で、色んなものを、蹴り散らし、
壁をつたって、つたって、つたった場所。
これだ。
冷蔵庫と思わしきトビラを、バコッと開く。
オレンジ色の、光が溢れ出し、眩しくて顔をしかめる。
トビラのポケットにあるはずの、ミネラルウォーターを、手でまさぐる。
見つからない。
目がズキズキ痛いのを我慢して、冷蔵庫を覗き込むと、
仕切りと仕切りの間に、リアルなマネキンの頭のようなモノが挟まっていた。
唇やまぶたが、のっぺりと垂れて、肌がベタベタにテカって、髪の毛がそれに絡み付いている。
慌てて、冷蔵庫のトビラを閉めた。
本物?
今のは本物?
私は、暗闇の中で動けなくなって、自分の心臓の音だけ、バクバクと高鳴って、どうにもならない。
近くで物音がした。
キュ、キュっという、流しの蛇口を締める、小さな音だった。
誰かいるのか?
神経をどからせて、周りをキョロキョロ見回す。
視界がまだ、オレンジ色の残像で、暗闇しか見えない。
私はゆっくり壁のスイッチに手を伸ばし、キッチンの明かりをつけた。
カチカチっと蛍光灯の光が、時間差で照らし出した。
くの字に折れ曲がった、下着の女が、流しのシンクに頭を突っ込んで、死んでいた。
思わず、叫びそうになった。
右腕がまな板の上に、転がっている。
頭が付いて無い。
蛇口から水が垂れて、女にダラダラ当たっているが、よく見ると、重力を無視して、蛇口の中に水が逆流している。
訳が分からない。
このままではまずい、頭がおかしくなりそうだ。
キッチンのすぐ横は玄関で、逃げ出すにはベスト。
私は、気付かれず、ゆっくり、ゆっくり、後退りをした…
つもりが、あるはずのない壁に手が当たった。
ひぃ
思わず、声が出た。
キッチンだけの四角い空間に、死体と一緒に閉じ込められた。
流しの首のない女が、モゾモゾ動きだした。
女の背筋がゆっくりと伸び、そのまま、ゆらゆらと揺れだした。
壊れたメトロノームのように、徐々に、徐々に、大きく、大きく揺れて、
尋常しゃない勢いで、私の方に、すっ飛んで来た。
うわぁ!
っと、私は飛び上がった、はずが、そこは布団の中だった。
訳が分からないが、とにかく眩しい。
朝日が部屋に差し込んで、丁度顔に当たっていた。
朝だ。
それで、さっきのは、要するに、夢だった?
まだ、少し心臓がバクバクしている。
こういう時は、深呼吸。
深呼吸。
駄目だ。
何より、キッチンが気になる。
寝起きにしては、軽い身のこなしで、キッチンを覗き込む。
誰もいない。
冷蔵庫も隙間なく、詰まっている。
途端、無駄に早起きしてしまった時の、脱力感にさいなまれ、重力が10倍に感じられた。
部屋にある水道は全てレバー式。
冷蔵庫のライトは、元々壊れて切れている。
色々、夢には間違えがあった。
仕事にはまだ早いし、何も考えず、布団に潜り込んで、私は二度寝した。
しかし、その後見た夢の中で、
女は、謎の男に殺され、首をキッチンで切断されるのだった。
女の夢は、終らなかった。
女の悲惨な日々をひもとく様に、毎晩夢は続いた。
『とにかく何かから、抜け出したかった』
という話。
抜け出すべきは、この部屋なのでした。
おわり
怖い話投稿:ホラーテラー ハミーポッポーさん
作者怖話