長編24
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続・ひな菊

だいすけ兄貴へ

こちらは、○山寺三重塔前のもみじの紅葉がとてもきれいな季節になりましたよ。

兄貴はその後お変わりありませんか。

以前よりかなり体調がよくなったと、お母さんから聞きました。

家族みんなでほっとしているところです。

私だっていつもストレスにさらされているけど、今の彼とテニスやハイキングに出かけたりして、適当にストレスをあしらっていますよ。

兄貴は私同様、まだ落葉の年代でもないので、ストレスにどっぷりするより、温泉にでも行ってどっぷりしてきたらどうですか。

兄貴はその点不器用そうだし、生真面目一本やりのような気がして何となく心配です。

さて、太郎くんのことですが、結論から先になってしまいますけど、いまだにわからない、永久に謎のまま。

これが答えだと思います。

でも、悪いけど私は兄貴より詳しいかもしれない、兄貴の文章を読んでまずそう思いました。

そして、兄貴には記憶違いの部分があるということです。

かといって、当時四、五才だった私の記憶が正確というわけではありません。

ほとんどが、“周りの人たち”からの“証言”によるものです。

“周りの人たち”というのは、実は両親もその中に含まれます。

お父さんもお母さんも、この話題には長らく口を閉ざしていたのですが、ひょんなことから一度だけ話してくれたのです。

私にとって、それは驚きでした。

私の記憶自体は断片的でごくわずかなものです。

でも、その記憶の断片はいつまでも私の中にあります。

私のその後に強い影響を与えたからです。

ではまず、私の中にある、太郎くんの記憶の断片を兄貴に打ち明けます。

太郎くんって、ほんとに何でもできる子でした。

私はあの子から本当に多くのことを教わりました。

折り紙やぬり絵だけではありません。

お手玉、トランプ、お絵かき、かかし(昔の外遊び)、ゴムとび、かくれんぼ、鬼ごっこ、お外遊びも全部、あの子仕込みのものです。

私は子供心に、おとなになったら太郎くんのお嫁さんになりたいって、本気で思っていました。

たぶん兄貴が知らないことも多いと思いますよ。

なぜなら、兄貴と太郎くんは違う幼稚園に通ってたでしょ。

兄貴がいないときは、太郎くんは一人でうちに来て、私と遊んでいたのですよ。

太郎くんは私が教師を目指すきっかけを作った人です。

たぶん、あの子がいなかったら私はきっと教師になっていなかったでしょう。

でも、今から思えばあの子はちょっと変わった子供でした。

太郎くんは、とにかくよくひとりごとを言っていたのです。

まぁ子供だから仕方ないと兄貴は思うかも知れないけれど、あれは普通のひとりごとではありません。

今から思えば、太郎くんには形のない別の友達がいる…私は子供ながらにそう感じていました。

ある日、こんなことがありました。

太郎くんがうちで一人遊んでいました。

何をしていたのか憶えてないけど、私は一緒に遊ぼうと思って近づいていきました。

その時、彼はひとりごとを言いながら、私にも気づかぬほど、何かに集中していたのです。

私はいつもどおりに、

「太郎ちゃん何してんの?遊ぼ!」と、声をかけました。

その時です。

あの子がふっと顔上げて、一瞬我に返ったような様子になりましたが、突然今まで見たこともないような恐い顔をして、

「ともっ!あっち行け!」と、どなったと思いきや、私を突き飛ばしました。

私は突き飛ばされたことよりも、太郎くんのあまりの変貌に恐怖を感じ、大泣きしたことをよく憶えています。

そして、お母さんにすがりましたが、意外にもお母さんは、私をひどく叱りつけました。

「太郎ちゃんの邪魔したらあかんでしょ!」って。

でもそんなこと、幼い私からしたら納得できるわけないでしょ?

半年ほど前のことですが、このときの理由を、私は思い切ってお母さんにたずねてみたのです。

答えは、「憶えてない」でした。

長い歳月が経っているのでそれも仕方ないと思いましたが、私は、

「何でやの?自分の子供叩かれたりしたら、普通キレるやん!」

と、思わずお母さんに絡んでしまったのです。

やばいと思いつつ…

兄貴…お母さん何て返したか想像つきますか?

お母さんは、

「太郎ちゃんはね、タ○ガースのト○ポに似て可愛かったのよ。

それでかなぁ…」

と、言ったのです。

私は、『とぼけるのもいい加減にしてよ』って、思いましたが、思わず吹き出してしまいました。

兄貴も笑うでしょ?お母さんタ○ガースが大好きで、うちでもよくレコードかけてたそうです。

私の記憶にはないけど、きっと、お母さんがタ○ガースの新曲など、太郎くんに覚えこませていたのだと思いました。

でもお母さんは驚くべき証言をしました。

太郎くんは、兄貴にはもっとひどいことをしていたそうです。

兄貴の原稿には、『一度だけこんなことがあった』と書いてましたね。

兄貴は、太郎くんから叩かれて、けられて泣きじゃくってたことが何度もあったそうです。

兄貴は太郎くんのことが恐くて、夢でうなされて、夜中じゅう泣いてことも、一度や二度じゃなかったと…兄貴はきっと憶えてないでしょう?人間はほんとに恐かったこととか、死ぬほどつらかったことは、脳が勝手に忘れさせようとするそうですよ。

ベトナム戦争のアメリカ兵と同じです。

だから、きっと憶えてないのです。

それでもお母さんは、太郎ちゃんが可愛くてしかたなかったと、当時のことをそう振り返っていました。

また、お母さんが言うには、太郎くん家とうちでは出自に差があったそうです。

出自って…要は元々の身分が違ってたということです。

太郎くん家は、おじいちゃんが元海軍将校か何か、かなり偉い人で、士族出身だった。

それに比べてうちは平民です。

うちのお父さんは、おじいちゃんがそこそこの軍人だったとか言って、よく自慢してるけど、所詮、士族と平民は位が違います。

戦後二十数年ですから、まだそのような意識が残っていたのでしょう。

うちは太郎くん家にちょっと引け目みたいなのがあったようです。

でも、引け目があったからといって、あれほど他人の子を可愛がる義務感が生じるのでしょうか。

それはまったく違うでしょう。

兄貴…私はよく覚えてないけど、太郎くん家にはおばあちゃんがいましたよね?太郎くんはおばあちゃん子で、まだヨチヨチ歩きの時からおばあちゃんの膝の上に乗せられて、お仏壇の前で拝まされてたそうです。

物心ついたときには、太郎くんお経を覚えてて、おばあちゃんがいなくてもお仏壇の前で一人読経してたっていうから、おばあちゃんの太郎くんのしつけは、半端ではなかったと思います、うちに遊びに来た時だって、大きな声でおじゃまします!おばちゃん、おじちゃんこんにちは!ともちゃんこんにちは!って、それは行儀がよかったって、お母さんはそんな太郎くんが大好きだったようです。

でも、おばあちゃんはその分、太郎くんには相当厳しかったようです。

それは今でいう虐待に近いものだったようです。

太郎くんがいたずらやおばあちゃんへの反発が少しでもあったら、蝿たたきで顔を叩く、裸で寒い軒先に立たせる、馬乗りになって首を絞める…など、度を越えた異常な折檻だったと…

そのことは当時近所で有名だったそうです。

もちろん、お母さんは何度もそういう場面を見たと言っていました。

私は当然記憶にありませんが、その光景を想像して背筋が寒くなりました。

兄貴は、太郎くんは春雨(食べ物)が大嫌いだったってこと憶えていますか?おばあちゃんは、それをよく知っていて、太郎くんに毎日春雨を食べさせようとしていたらしく、太郎くんがどうしても食べられなくて、思わず外に逃げ出したけど、おばあちゃんは外まで追いかけてきて、お外で春雨を幼い太郎くんの頭を押さえつけ、口に無理やり突っ込もうとしていたそうです。

しかも手づかみして…

その時、太郎くんの表情が異常で、白目むいて、猫みたいにギャー・ギャー異常な泣き声をあげてた…さすがにそれを見て、いたたまれなくなったうちのお父さんが止めに入ったら、おばあちゃん我に返ったようにキョトンとして、目が覚めたような顔をしていたそうです。

その日は太郎くんがどうしても家に帰らないって泣きやまなかったから、お父さんがおばあちゃんを説得して、うちに泊めたと、お母さんは苦々しく語りました。

私は思わず目がてんになり、

「こわ~。

そんなことあったの…」と、言いました。

お母さんは、

「だから、太郎ちゃんはうちによく来てたんよ。

太郎ちゃんにしてみれば、うちは避難所みたいなもん。

私、太郎ちゃんのそういうとこ見てたし、うちに来たときはほんとに嬉しそうでね。

太郎くんのお母さんは家にいない人だったし、私いつの間にか母親代わりのつもりになってしまってた。

よく抱きしめてあげたよ。

」と、遠くを見つめるように回想していました。

さらにお母さんは驚くことを証言しました。

そのおばあちゃんは、近所の人たちからの評判が高く、大変存在感のある人だったそうなんです。

私はそれを聞いて絶句しました。

というのも、太郎くんのおばあちゃんは、戦時中からそこにずっと住んでた人で、夫の帰りをずっと待ち続けていたそうですが、夫が戦死したってわかったときも気丈にふるまっていたそうです。

戦後食糧難のときも、近所の人たちを励まして、行動力も優れていて、みんなの面倒を本当によく見てくれた人だったそうです。

それを証拠に、戦後、あの一角の住民は他の地域と比べて生き残った人が多かったようです。

だからおばあちゃんは住民から、お母さん、お母さん、と尊敬されていました。

当時誰一人としておばあちゃんの悪口言う人がいなかったそうです。

もちろん、うちに対してもとても親切でいい人だったと、おかあさんは、当時のことを淡々と語っていました。

でも、私には疑問が残りました。

なぜ、太郎くんを虐待したかということです。

お母さんは、

「跡取り息子やったからでしょ。

よう知らんわ…」

と、あっさり言いました。

そのことはいまだにはっきりとはわかりませんが、後の“周りの人たち”の“証言”より、私なりに推測することはできました。

それは、のちに話します。

兄貴の原稿にもありましたが、お父さんとお母さんは、太郎をはじめ、彼の家族にかかわる話をすることはありません。

それは今も同じです。

そもそも、何で両親とその話題になったのか、兄貴も知りたいでしょ、不思議でしょう?

およそ半年くらい前だったかと思います。

家族で夕食をとっていました。

私の娘達もいました。

きっかけは、兄貴が元気になってよかったと、みんなで喜んでいた時です。

酔ったお父さんが口を滑らしたのです。

「だいすけが交通事故に遭った場所と太郎が事故にあった場所が同じやった。

あれだけはほんまに不思議やった…」と、あくびをしながらも、目はまばたき一つせず、一点を見つめているようでした。

憶えてると思うけど、兄貴は三、四歳のころに、高架の地下道手前の道で、ミゼット(当時のオート三輪)に轢かれたそうです。

でも、轢かれたとき兄貴は一人しかいなかった、運転手のおばちゃんが『すみません。

実は…』と、悪びれて兄貴に付き添って、家に来たそうです。

兄貴は泣いてたけど、頭から出血しているわけでもなく、すり傷だけだったそうです。

さらにその後は太郎くんと普通に遊んでいたので、大丈夫だろうと病院にも連れて行かないで、放っておいたそうです…

そしたら、夜中に兄貴が突然目を覚まして、食べたもの全部もどしてしまったのです。

お父さんは、こいつはもう死ぬって、本気で思ったと言っていました。

事故の過程は、その日、太郎くんがおばあちゃんと買い物に出かけていて、兄貴は太郎くんの帰りをじっと待ってたそうですが、待ちきれなくなった兄貴は一人で駄菓子屋に出かけて行ってしまい、事故に遭ったそうです。

お父さんは、

「あの辺はとにかく事故が多い。

昔からいわくつきの場所や…空襲のとき、バラバラで焼けこげた死体が山積みになっとったらしい…俺は学童疎開しとったけど、俺の同級生はようさん逝ってしもた…ふだんから、あの辺では絶対に遊ぶな!って、だいすけや太郎にあれほど言っといたのに…太郎は、かわいそうやった…」

と、なぜかぼんやり、ひとりごとのようにつぶやいていました。

お父さんの目は赤くうっすら涙目になっていました。

それをきっかけに、お母さんが突然言いだしました。

「太郎ちゃんが最近よく夢に出てくるの。

おばちゃんごめんな…って。

私、息苦しくなって、夢の中でオイオイ泣いてんのよ。

それで目が覚める…そんな感じよ。

と、テーブルの上を片付けながら、あっけらかんとしていて、お父さんの表情とは全く違っていました。

お父さんは、ある一言をひとりごとのように言いましたが、会話はそれで途切れました。

それ以来、家族で太郎くんにかかわる話をすることはありません。

お父さんの最後の一言、

「あいつやっぱし成仏できてないんやろか…?」

私は、それはちょっと違うと思っていました。

兄貴は憶えてないかもしれないけれど、私は約5年前にあの近くの小学校に赴任していたことがあるのです。

兄貴は驚くかも知れませんが、私は太郎くんのお母さんに何度か会ったことがあるのです。

それというのも、生徒があの当たりに住んでいて、家庭訪問したことがありました。

生徒の住所を見て、

『私が生まれ育ったとこやん』って思ったら、急に懐かしくなってきました。

家庭訪問が終わって、兄貴のようにキョロキョロしながら探索してしまったのです。

そしたら、太郎くん家の表札があったから、『おばさんまだここにまだ住んでる…』と思い、思わず佇んでいました。

そしたら…おばさんがちょうど家から出てきてしまったのです。

私びっくりして、どうしようかと迷いました。

おばさんは私の顔をみましたが、まったく気づいてない様子でした。

それで私、思い切っておばさんに声をかけました。

兄貴はよくそんなことできたよ、と思うかもしれません。

でも、私には確証がありました。

私は小さい頃の写真を何回も見たことがあって、中にはおばさんと一緒に写ったものもあったのです。

おばさんの顔はぼんやり憶えていたと思います。

『おばさんに違いない』って思いました。

おばさんは、昔の山○陽子みたいにきれいな人です。

白髪だったけど、昔の写真とそんなに変わらないくらい清楚で上品でした。

だからこそ…少し意外に感じたのです。

私は、おばさんはもっとやつれていて、老け込んでいるものと思い込んでいたからです。

おばさんには大変なことがたくさんあったし、しかも、うちのお父さんと同い年でしょ?おばさんには悪いけど…兄貴はどう感じましたか?

私は明るく笑って、

「こんにちは。

おばさん、昔近所に住んでた○○朋です。

ご無沙汰してます!」

と、ごあいさつしました。

おばさんは驚愕した表情で私を見て、一瞬固まっていたようでした。

おばさんは買い物に出かける様子だったけど、軒先で人目もはばかりなく、突然泣きだしました。

それはもう、大変な喜びようでした。

でも、おばさんは兄貴のことばかり私にたずねました。

「たっちゃん今どうしてる?たっちゃんの写真持ってない?たっちゃんの奥さんはどんな人?お子さんは?幸せかな?」

兄貴の私が知る限りのこと、全部答えました。

とにかく、おばさんはお外で大泣きしてたから、そのうち、斜向えに住んでたたまちゃんが怪訝そうな顔して家から出てきました。

出てきた家の表札は間違いなかったし、たまちゃんは私の幼なじみで幼稚園も一緒だったから、すぐにわかりました。

たまちゃんにもあいさつしたら、おばさん同様ビックリして、すごく喜んでくれました。

たまちゃんは今も独身で、ここに住んでると言っていました。

でも私、次の生徒の家に行く時間が迫ってたから、おばさんとたまちゃんに、

「ごめんなさい!近いうちに必ず会いましょうね!」と言って、お互いの連絡先だけ伝え合って別れました。

そして、後日私はおばさんの家に招待されました。

たまちゃんにはその前に駅前の喫茶店で会い、話しました。

まず、たまちゃんの話からですが、当時のことはたまちゃんも憶えてないそうで、たまちゃんのお母さんからのまた聞きって言ってました。

でも太郎くん家は…太郎くんが亡くなってからやっぱり大変だったそうです。

それというのも、まず、おばあちゃんがちょっとおかしくなってしまって、近所を徘徊するようになりました。

亡くなった太郎くんをずっと探していたそうです。

昼夜かまわず…

おばさんだけじゃ手に負えなかったから、近所の人たちも協力して、おばあちゃんを介抱してたっていうから、相当だったらしく、それから間もなく入院して何年も経ってから亡くなったそうです。

おじさんはやっぱり太郎くんが亡くなったときを境に、容態が悪くなって、おばあちゃんより先に病院で亡くなったとのことでした。

以前私たちが住んでた家は隣の空き家と一緒に壊されて、アパートが建ったそうです。

兄貴の原稿には“小奇麗なマンション”と書いていましたが、それ以前に、まずアパートが建ち、5部屋くらいあったそうです。

駅から近くて便利なためか、すぐ全部埋まったそうですが、兄貴…大家さん誰だったと思いますか?

なんと、太郎くんのお母さんでした。

私たち兄妹は何も聞いてなかったから仕方ないけど、うちって、太郎くん家の土地・家屋を借りて、あそこに住んでたってことです。

私はまったく知らなかったから正直驚きました。

だから両親が太郎くん家に遠慮があったのかなと思いました。

しかしです…そのアパート半年たたないうちに、住人が全員いなくなりました。

太郎のおばあちゃんの霊が毎日のように現れるようになったことが原因のようです。

いろんな目撃談があったそうです。

たとえば、住人の子供が毎日夢にうなされて夜鳴きして、母親がどうしたのって聞くと、黒っぽい着物着たおばあちゃんがあそこにすわってる…という話、部屋のドアをドンドンドンってたたくから、住人がでてみたら誰もいなくて、おかしいなと思って、ドア閉めたら、後におばあさんがたたずんでたとか、何しろ、住民全員がおばあちゃんの霊を目撃したそうなのです。

たまちゃんのお母さんは、たぶんおばあちゃんは、いまだにたっちゃんちに太郎がいると思って、たっちゃんち跡に建ったアパートに限って出るようになったかも…って、たまちゃんは証言しました。

そのことは、まずご近所の噂となり、噂がとなり町にまで飛び火していきました。

当然太郎のお母さんが知ることになり、おばさんもかなり悩んでいたようです。

部屋の借り手がいなくなったからです。

おばさんは悩んだ末、古くなったお仏壇を新しく買い替え、菩提寺の僧侶を数名招いておばあさんの霊を鎮めようと供養しました。

それでも、おばあちゃんの霊はおさまりませんでした。

あの細い路地にも現れるようになりました。

たまちゃんのお父さんが目撃したから、間違いないとのことでした。

たまちゃんのお父さんが、夜遅く帰宅しようと路地に入ったとき、後ろから足音がするので、何気なく振り向いたら、真後ろに黒っぽい着物を着たおばあちゃんが立っていて、目を血走らせながら、

「たろう…たろう…たろう…」と、むせび泣いていたというのです。

目撃者はお父さんにとどまらず、真夜中、路地におばあちゃんのむせび泣ような読経が聞こえるとか、『死の階段』をおばあちゃんが上って行ったとか、多くの目撃談が跡をたたなかったそうです。

さすがに、おばさんはこのときやつれて見え、かわいそうだったと、たまちゃんは言っていました。

そして、遂にはアパートを取り壊し、大掛かりな地鎮祭が行なわれ、しばらくの間更地だったようですが、約15年前にあの小さなマンションが建ったのです。

あのマンションの一室は、おばさんのセカンドハウスになっているとの噂もあるようです。

たまちゃんは最後に意外なことを口にしました。

兄貴の原稿によると、近所の年長さんは自分たちをまったく相手にしなかったと、書いていましたよね?それは真逆です…

あの当時、確かにたまちゃんのお兄さんなど、五、六人の年長さんがいたそうです。

なんと、その子たちは太郎くんを見ただけで逃げていたというのです。

もちろん、私はたまちゃんの記憶違いじゃないの!?と言って、驚きました。

たまちゃんは、私に前髪をあげてうっすら残る傷跡を見せました。

太郎くんにつけられた傷だと…

兄貴や私には想像もつかないことですが、

太郎は…

相手が年長さんであろうが、何人いようがお構いなしに、

その子らを見つけては、理由もなしにケリやパンチを浴びせる…

ラムネの瓶を叩き割り、割れた瓶や中のビー玉を投げつける…

そして、

カエルや蛾の死骸、犬のフンの入った袋を見せつけ脅す…

逃げる子たちにそれをぶつける…等、

太郎くんはその子たちに度重なるいやがらせや暴力をふるっていたというのです。

たまちゃんの両親はじめ、近所の人たちはずいぶん悩んでいたというのです。

だって、太郎くん家は格式ある良家だし、

おばあちゃんの存在があまりに大きかったこと、

そして、私たち同様、住民にとっては大家さんでした。

住民が出した答えは、

太郎とだいすけには近づくな、いたら逃げろ…

だったそうです。

兄貴…信じられないかもしれませんが、既成の事実のようです。

そして数日後、私はついに太郎家を訪ねました。

小さな家ですが、おばさんらしいというか、上品というか、でも…おばさんは半端な女性じゃないことは確かだと思いました。

おばさんは私の訪問を心から歓迎してくれて、ポロポロと大粒の涙を流していました。

私は兄貴の原稿にもあったように、太郎くんのアルバムとか、ポートレートをみせていただきました。

あと、ギターのおもちゃも…錆びてボロボロだったけど。

まぁそれは兄貴が見たものとそう変わりはありません。

私は太郎くんのお参りをお願いし、おばさんは快く仏間に通してくれました。

おばさんは、私のお参りが終えるのを待っていたように、

私にきんつばようかんとお茶をすすめました。

しばらくの間、太郎くんと兄貴の思い出話、太郎くんが亡くなってからの苦労話…二人でずっと泣いていました。

兄貴のときと同じです。

うちの話にいたっては、もちろん私の近況も話しましたが、やはり兄貴のこと、そしてお父さんのことに話が戻っていきました。

しばらくして、おばさんは意を決したかのように、こう切り出したのです。

「お向かいのたまちゃんに会った?」

「はい。

先日駅前の喫茶店で」

「太郎の話になったでしょ?」

私はこの時点で気分を落ち着かせるのに必死でした。

平静を装うことだけ考えました。

「太郎くんが亡くなってから、おばさんは大変な思いをされてたって、聞きました。

おばさんは苦笑いを口元に浮かべながらたずねました。

「あらそう…太郎の悪口言ってなかった?」

私は初めて聞いたような表情をわざとつくりました。

「えっ………!?  いいえ…何でですか?」

おばさんは、そんな私の胸中に気がついていない様子で、

「太郎はね、たまちゃんをよくいじめてたみたい。

太郎が亡くなったときにね…

たまちゃんが大声で叫んでた言葉が今も耳に聞こえるわ。

「何て言ってたんですか?大きな声で…??」

「やった!やった!太郎が死んだ!って」

「えっ!…」

「いや。

あのね…ともちゃんはぜんせん知らんことやし、たまちゃんもきっと憶えてないわ…太郎が悪いことやから…びっくりさせたわね…ごめんね。

いやな話して…」

「いえいえ…そんなことがあったなんて、つゆ知りませんでした。

おばさんはあえて笑顔を浮かべて、ガラッと話題を変えました。

「ともちゃんは何年生の受け持ち?」

「今4年生の担任をしてます。

今の子供は昔の子みたいに外で遊ばないんです。

こないだも、私が家庭訪問に来るからと言って、家にいなくてもいいのよ!と、言っておいたのに、やっぱり家にいました。

昔の太郎くんや兄はほんとによくお外で遊んでたこと、よく思い出します。

「私ね。

何でもっとあの子のそばにいてあげられなかったんやろって、ずっと、ずっと後悔してるんよ。

40年間ずっとよ…何であの子あんな場所に一人で行ったのか、誰と行ったのか、結局はわからずじまいよ…でもね…」

おばさんは少し間をあけた。

「でも…何か?」

「苦い思い出やけどね…あの子、幼稚園でも他の子供らをよくいじめててね…先生からよく連絡がきてたのよ。

だからね、幼稚園の子どもらには友達がいなかったんよ。

ほんまにたっちゃんだけが友達やったの。

不思議なんよ…わたしね、太郎を叱る前にいじめる理由を聞いたのよ。

そしたらあの子、何て言ったと思う?…そんなん知らん!って、まじめな顔して言ったのよ。

何でそんなうそ言うの!って、今度はあの子のおしりたたいて叱ったらね…ほんとに知らんって、ワンワン泣き出したんよ。

私この子はうそついてないと思って、幼稚園の先生にもう一度確かめたの。

先生は私もしょっちゅうそんなところ見てますから、間違いありませんって…私悩んでね…どうもねぇ、太郎はほんとに憶えてないみたいだった。

あの子のことは私よくわかってるつもりだったから…」

おばさんは、また大粒の涙を流しました。

『あっ!?………………』

私は衝撃を受けました。

教え子に同じような子供がいた…今の時代なら解明されている。

ましてや、約40年も昔のこと、きっとわからなかったのだ!

私は即座に思いました。

太郎くんは多重人格、つまり『解離性同一性障害』だったかも!?

多重人格は幼児期に発症することが多い。

私の教え子は、まず猫や学校のウサギを殺し、問題が表面化した!私も当時眠れぬほど悩んだ…食事ものどを通らなかった。

髪の毛も抜けた…原因は大事故や大災害の被害によって引き起こされるトラウマ、

そして…

幼児期の虐待だ!

おばさんは怪訝な表情で私を覗き込みました。

「と、ともちゃん…私なんかともちゃんの気にさわるようなこと言うてしもたやろか?顔色悪いよ…ごめんね。

私は取り繕いに苦労しました。

呼吸が荒くなり、苦しくなってきました。

「だ、だいじょうぶです…お、お茶いただきます…ちょ、ちょっと、最近疲れ気味で…」

さらに、おばさんは衝撃の事実を明かした。

「亡くなった義母もね…おんなじやったのよ。

寝る前私にいやみ言うわ、ビンタするわ、あれだけいじめておいて、一晩寝たら180度違ってたの。

前の晩のこと、ぜんぜん覚えてなかったんよ。

涼しい顔して、ニコニコして私に朝ごはん作ってくれてた…いつもご苦労さんとか言って…あれ、なんでやったやろ?って、いまだに思い出すわ。

私の心臓は張り裂けそうでした…

多重人格者が太郎をしつけたのだ!

こんなことがあっていいの!

私はお手洗いに立ち、中で声をころして泣きました。

涙が止まることを知りません…

あまりのショックに、めまいもおこってきました。

私はトイレに座り込んだまま、どれほどじっとしていたでしょう…

しばらく意識が遠のいていたのかも知れません。

あの時は死にそうでした…

そして、私は平静を装い再び仏間に戻りました。

おばさんは、つめたいお水とおしぼりを用意してくれていました。

「ともちゃん…ほんとに大丈夫?今日泊まって帰る?」

おばさんは、親身になって心配してくれました。

おばさんは本当にいい人って思いました。

おばさんは、私の気分転換のために、一階の居間に私を誘いました。

私はこれ以上長居することはできないと思い、丁重にお断りしましたが、

寝室以外のお部屋をひととおり見せてもらい、結局は居間で少しくつろがせていただきました。

そして、おばさんはお父さんの話を少しだけしました。

帰りの電車の中での私は、死人のような顔だったと思います。

太郎くんのこと、おばあちゃんのこと、

そして、おばさんの生活そのものに強い違和感を感じていました。

あんなに辛く悲しいことがあっても、こうして普通以上の豊かな暮らしが送れる…

太郎家がたとえ資産家だとしても…

私の疑問はそこにありました。

たぶん、兄貴が訪れたときは兄貴に気持ちの余裕はなかったでしょう。

私は、おばさんの家を見た瞬間に、おばさんって凄い!とは思いはしましたが、同時にとてもあれは一人で住む家ではないことも感じていました。

兄貴の原稿には、仏間にいれてもらったことが書かれていました。

私は人の家とか庭を見ることが好きなので、つい見てしまいます。

そして、私はあることに気づいてしまいました…

兄貴は気づきませんでしたか?

たぶん…おばさんが大泣きしたことと、兄貴自身の気持ちが一杯で、そんな余裕はまったくなかったのではないでしょうか?おばさんとの再会にあまりに長い歳月が必要でしたから、当然と言えば当然です。

私が思ったのは…たぶんだれかが、あの家に来てるってことです。

兄貴に向かっておばさんは、太郎くんがあんなことになってから、夜遊びもお酒も止めたって言ってましたね?おばさんは私にも同じことを言いました。

でも置いてあったのです…ビールが。

それだけじゃない。

ウイスキーもワインも…

そして、タバコの匂いもかすかにありました。

あと………

私がお訪ねした日は、太郎くんのちょうど月命日の次の日でした。

私は太郎くんへのお供え物も持ってきていたので、お仏壇の横に置こうとした時です…

すでに誰かのお供え物がありました。

どこかでよく見る包装紙に包まれたお菓子の箱がそこにはありました。

兄貴…あそこに…あの家に…よく来る人がいます…

それは…

お父さんです………

うちのお父さんがおばさんの家に来ています。

それも、頻繁に…

兄貴は冗談じゃない!妄想だと言って怒るかも知れません。

でも私、今まで伊達に女してきたわけではありません。

私の離婚の原因も前夫の浮気…というか本気。

お父さんの匂いはちゃんとわかる…しかも、あのお菓子の包装はお父さんの御用達みたいに、どこに行く時にもおつかい物にしていた店の包装紙、ビールも好きな銘柄、たばこも…お父さんのよく吸う変わったやつです…どうぞ見てください、みたいに…テーブルの上に……私見てしまいました!お母さんは前から…だいぶ前から、お父さんは毎月11日に限って帰りが遅いって、私に言ってました。

11日は太郎くんの月命日なんです。

少なくとも毎月その日にお父さんはお参りしていました。

少なくともお参りだけは…

お母さん、全部お見通しかもしれません。

兄貴も昔見たんでしょ?おばさんとお父さんが腕組んで歩いてたとこ…おばさんね、お父さんのこと好きなんですよ…いくら、同級生だからって、夜更けに腕組んで歩くわけないでしょ。

うちのお父さんって、中学のときから往年の池○ ○に似てたから女の子から人気があったって、おばさんは私にわざわざ言いました!それはね、自分の男をよく思われたいがための遠まわしな自己主張です。

少しだけでもね…私に気づいてほしかったのですよ。

ばれたかったのです。

女ってね、そういうところがあるのです。

ずっと好きだった、お互いに…相思相愛です。

太郎くんは、あの子は鋭い子でしたから、全部知ってたのかも知れません。

だからお母さんの夢に出てくるのかも…たっちゃんのおばちゃん、ごめんね…うちのお母ちゃんのこと…って。

兄貴ごめんなさい。

結局のところ、真相は不明です…

たしかなのは、太郎ちゃんを亡くし、夫を亡くしたおばさんは絶望の渦中に一人ぽつんといたことです…そんな人をお父さんが救おうとしたのなら、それはそれで私たちは誇れることとして考えたらいいと思います。

お父さんにかかわらず、おばさんが誰かから救われたという事実があれば、そのことを素直に喜んであげることが、太郎くんの供養になると思います…これだけの長い歳月をこれ以上蒸し返すのはよくないと思います。

真相がはっきりせず、迷宮入りしている以上…

不確実なことをあれこれ言うことじたい、教師、親、人として許されるとは思いません。

ジグソーパズルは、一個たりともパーツが欠けてるだけで完成にはならないのです…

兄貴…私らの親が触れたくない理由がぼんやり程度でもわかったでしょ?

だから、私達も触れてはいけないのです。

知らぬ振りしてそっとしておきましょう…

実は兄貴には、おばさんと会ったこと、両親と太郎くんの話題になったこと等、

今まで伝えてきています。

あの頃の兄貴は、仕事が忙しく気持ちに余裕がありませんでしたね。

私の話を適当にしか聞いていませんでした。

たぶん、私の話を今回始めて聞いたように感じていることでしょう。

兄貴は、おばさんのことはおろか、太郎くんのことまで、きれいさっぱり忘れていたはずです。

私の言うこと違ってますか?おそらく、九分九厘正解でしょう。

兄貴…

今いい機会ですよ。

何で太郎が今頃出てきたのか?って、兄貴は不思議そうにいうけれど、太郎が出てきたのではなく、お兄ちゃんがあえて太郎くんを呼び寄せているのです。

太郎が成仏できてないじゃなくて、太郎くんから言わせれば、それは逆なのです。

兄貴にこそ、迷いがあったからなんですよ!太郎くんは兄貴のこと、たっちゃんやばいよって、心配だったのです。

兄貴のこと、あの世に行く前に存在した、たった一人の友達だったからです。

兄貴は太郎くんとお別れしても、方々で友達や彼女や先生や先輩や後輩や同僚や上司、そして今の家族、数え切れないほどたくさんの人たちとめぐり合ってきました。

太郎くんは、兄貴と出会って、お別れして終わってしまったのです。

兄貴が太郎くんのこと忘れたとしても、太郎くんはひと時もお兄ちゃんを忘れることができないの。

私には亡くなった人の思いを読む能力なんてないけど、事実、太郎くんが出てきてくれたおかげで、兄貴はよくなりました。

太郎が来てくれなかったら、今頃うつ状態で、動けるような状況ではなかったでしょう?

兄貴自身、そう受け止めることが、太郎くんへ本当の供養になると思います。

普段兄貴が忘れても、兄貴のこと蔭で想ってくれてる人がいるってこと、いつも覚えておいてくださいね。

私もそのうちの一人です。

「たっちゃん…ごめんね…」

太郎くんの最後の言葉ですよね…

太郎くんは頭を強く打ったとき、もう一人の人格がお先に逝ってしまった…

兄貴へのいじめをそこで初めて自覚した…

だから、

兄貴に謝ったのかな…なんて思っています。

そして…

太郎くんがなぜ、階段を上ったのか、私にもわかりません。

永久の謎です。

高架の上に咲き揺れていたひな菊だけが知っていたかもしれませんね。

またね。

【終】

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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