中編6
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中学の頃住んでいた街には、そこそこ有名な寺だか神社だかがあった。詳しくは知らなかったが参拝客も多く、皆神妙な面持ちでお参りしていたように思う。そこの息子のAとはよく遊ぶ仲だった。

話は変わって、その頃の我が家での出来事。家はお世辞にも広いとは言えない2DKマンション。一つは自分の部屋でもう一つは両親の部屋になっている。異変に気付いたのはある日の昼間、休みの日でAと出掛けるために一緒に我が家で昼食を食べた時のこと。自分の部屋からギシ、ギシ、と音がする。両親は珍しく3日前から旅行中のはず。

おかしい。

今までこんな事は起きた事が無かった。とりあえず部屋のドア下の2センチほどの隙間から覗いてみることにした。床しか見えなかったがやっぱり誰もいない。Aも気にはなっているようだがキッチンの椅子に座りこちらを眺めている。無言で「何だろね?」とジェスチャーをした後、「Aも居るし大丈夫でしょ。」と少し安心し、依然ギシギシと音がする自分の部屋のドアを勢い良く開けた。

いた。

最初見た時はよくわからなかったが、宙に何か浮いていた。いや、何かではなく正確には人?でもどこかおかしい。手足は力なく垂れ下がり、着ている服には胸から腹にかけてまるで吐いた様な形のドス黒いシミが出来ている。そして何より人間の首はこんなに長く無いはずだ。30センチはある。顔は下を向いていてよく見えないが、多分女の人だったと思う。それが自分の部屋の天井から吊り下がっていた。「あぁ、ギシギシいってたのは足音じゃなくて縄が軋む音か。」とか考えながら5秒ほど呆然と眺めていた。

突然、後ろから抱きかかえられ家の外へ運び出された。Aだ。その間も俺はじっとそいつを見つめていたが、見えなくなる瞬間にそいつは頭を上げこっちを向き始めていた様に見えた。

呆気に取られていると後ろでAが顔面蒼白になり震えていた。それに気づいた今になって俺にも震えが襲って来る。何なんだあれは。自分に霊感なんてないし、罰当たりな事もしていない。なのに何故!?と混乱した頭で考えて居るとAが話しかけ始めた。

「何だよあれ・・・。絶対ヤバイやつだろ。」

「知らないよ。今まであんなの見た事無かったし聞いた事も無い!Aこそ知らないの?」

「当たり前だろ!・・・とにかくここをはなれよう。もう部屋には戻れないな。とりあえずウチこいよ。」

という事になり、Aの自宅に向かった。とにかく対処法なんて分からないし、誰かに言ってもバカにされそうだったからひたすら二人で悩んでた。そして夕方になった頃Aが、

「ウチにある道具、適当に持って行ってお祓いとか出来ないかな。」

と言い出した。

「Aに出来んの?」

「まぁ一応ここの息子だし、見よう見まねでやる。」

と言い、俺の意見を聞く前に立ち上がり本堂へ向かって行ったので俺もついて行った。Aはよく見かける紙のついた坊や盛り塩、そしてお堂の真ん中に置いてあった荒縄?みたいなよくわからない縄を持ってこっちへ来て「行くぞ」と言うと俺の家へ向かっていった。普段は仕切り屋ですこし鬱陶しいやつだがこの日ほどAを頼もしく思った事はなかった。

俺の家に着くとAはまず盛り塩を玄関の両端に置き、棒を何度か振った。そして俺の部屋の前まで少しづつ、静かに歩いて行き、ドアの両端に釘をうち縄をくくりつけ始めた。

その途端、ダンダンとドアに何か打ち付けられる音がし始めた。しかも次第に激しくなるその音に混じって、濡れたタオルを打ち付ける様な「ドチャッ」だか「グチャッ」という音もし始めた。あの異常に長い首を降り頭を打ち付けている様子が頭に浮かび、俺はもう失神しそうだったが、Aは一心不乱に縄を縛っていた。

そして縛り終えた頃、ピタッと音も止み、Aも大きくため息をついた。

「収まったよ。・・・まさか本当にうまく行くとはね。」

と微笑むA。

「で、この後どうするの?」

「いつも通りならこれでおしまい。縄はずして全部撤収。」

「本当に大丈夫?」

「そのはずだよ。俺いつも親父にくっついてお祓い見てるから間違いない。こんなに反応があったのは始めてだけどね。」

というAを疑わしげに見ていると、

「じゃあみてみろよ!」

と部屋のドアを開けた。

すると少し開けたドアの隙間から腐った様なボロボロの手が伸び、Aの襟首を掴み部屋へ引き込み、ドアがバタンと閉められた。そしてイヒャヒヒャという声が中から聞こえてきた。

今度ばかりは俺も絶叫し、再び家を飛び出し裸足のままAの自宅に向かった。Aの父親に事情を説明していた俺は半狂乱になっていたと思う。それでも父親はみるみる険しい顔になり、何も言わずお堂に向かって行った。しかしAとは違い持ってきたのは布に包まれた木の包だけ。多分短刀か何かだとおもう。そして「ここで待っててくれ。」

とだけ言ってどこかへ、おそらくは俺の家に行ってしまった。

一時間もした頃、父親が帰ってきた。その腕には俺の部屋にあった毛布でくるまれたAが抱かれていた。唇は紫色に変色していたが生きてはいるようだ。Aを自宅の部屋に連れて行きもどってきた父親は開口一番に

「本当に済まなかった。」

と言った。

「今回の出来事は全部A、しいては俺の責任でもある。ちゃんとあいつにも説明するべきだったんだが、高校になってからと呑気でいた。」

「あの、何の話か訳わかんないです。あとAは大丈夫なんですか。」

「まぁ、一応は落ち着いた。もちろん説明はさせてもらうよ。」

と、話を始めた。

「実はウチはね、自殺者の供養を主にやってきた寺なんだ。そんなに大々的にやってる訳じゃないから、知らない人も多いけど。で、今回君が見たものは恐らく自殺者の霊だろう。あそこまで厄介なのは珍しいけどね。」

「でもなんで俺の家に?関係ないじゃないですか!」

「そう、君は全く関係無いんだ。目当てはAだよ。さっきあいつを部屋に運んだ時に、これを見つけたんだ。」

と言って、手のひらに10センチほどの縄の一部を見せてきた。

「これは本堂の真ん中にあったもの、Aが持ち出したものと同じ縄だ。君も見たとは思うが、実はこの縄、自殺者が実際に使った物なんだよ。」

・・・そう言えば、部屋に吊るされていたアイツの首に巻きついていた縄と色や太さが似ている。

「Aはこれをお祓いの道具と勘違いしたようで、端を切り取って持ち歩いたいたようだが、実のところこれはそれと真逆の、いわゆる呪われた道具なんだ。どっかのアホが実際に使われた縄を現場から持ち出したらしい。そして様々な場所で被害をだし、俺のところへ持ってこられたんだ。実を言うと俺なんかには手に余る代物でどうしようかと悩んでいたところ、これをお祓いに使う事を思いついたんだ。毒をもって毒を制すじゃないけど、そんなに上等なやつじゃなければ大抵はこいつで祓える。それをAは見ていたんだろうな。でもあの霊はこの縄本体のものだ。効果があるはずが無い。それどころか魅入られ、取られそうになった。」

「そんな危険なもの、なんで持っていたんですか!」

「まぁそう言うのも当然だな。なんというか、恥ずかしながら自分の力を過信していた。Aも俺に似たのかな。今回でもうこれを使うのはやめるよ。俺の師匠のところへ持っていく。そして霊はもう君のところへは出ないはずだ。目当てはAだからね。」

そう言うと足を正座にし、

「今回の事は本当にすなまかった。Aに代わってお詫びする。」

と、改めて深々と謝罪をしてきた。それ以上追求する事も出来ず、その日は親が旅行から帰って来る前に家に帰った、と言っても部屋には入らなかったが。夜も親と一緒に寝た。旅行の寂しさと勘違いされたのかわからないが、何も言われなかった。

休みがあけ、一週間後にAが登校してきた。思ったよりは元気そうだ。

「やぁ、この間はゴメンな。」

「もういいよ。それより大丈夫か。」

「なんとかね。あのあと親父に謝られてな。怒られるより怖かったわ。」

その後はいたって問題もなく過ごし卒業した。今はもうAとは会っていない。何処かへ引っ越してしまった。そういえば引越しの日をチラッと見かけたが、何やらみんなあわてているようだった。そしてAの後ろ姿が見えた。顔は見えなかったが、首筋にくっきりと青い縄の跡が見えた。

それを今思い出したのも、理由がある。あの日、Aが持ってきた例の縄。その一部が俺の部屋にある。あの日のどさくさに紛れて切れた物があったようだ。

今度は両親の部屋からギシ、ギシ、と縄が軋む音が聞こえ始めた。

怖い話投稿:ホラーテラー Osh0wさん  

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