中編6
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昔話

これは、亡くなった俺の曾祖母(以下ひーばぁちゃん)が昔教えてくれた怖くて悲しい話。

まさに戦争真っ只中で当時、看護婦だったひーばぁちゃんに従軍看護婦として中国で戦う日本軍からの招集命令が届いた。

最初はお国のために戦場にいける事を喜んだが、いざ日本を離れると不安と馴れない土地ですっかりまいってしまいそうだった

だが幸運な事に招集された部隊の中に看護学校の友人、A子と久しぶりの再開を果たし2人は学生の頃の様に戻り辛い戦場で支え合っていた。

特にひーばぁちゃんが驚き喜んだのは、A子は既婚で子供もいたという事だった。

同時に産まれたばかりの赤子を残して異国の土地にいなけばならない事をとても悲しく思った。

しかしA子は気にするそぶりをみせずとても明るくひーばぁちゃんや落ち込んでる他の看護婦さん達を励ましてすっかりみんなの人気者だったらしい。その姿にひーばぁちゃんもすごく元気をもらったって、とても悲しそうにいってた。

それから半年程たつと、A子に別の部隊への移動命令がきてしまった。

2人は必ず無事に国に戻る事を約束して離ればなれになった。

その後、従軍看護婦としての軍務は、更に辛く激しいものになり、それどころか最前線で味方の重傷兵を安楽死させる事までも命令され罪悪感なんかでボロボロだったらしい。

それでもあの約束が心の支えになり、なんとか毎日耐え続けてた。

それからまた半年程たつと今後は、ひーばぁちゃんに移動命令がきた。

ひーばぁちゃんの他にも三人いて半日程輸送車両に揺られ前線とは遠く離れた山奥の病院につれていかれた。

隊に合流すると、移動でくたくただったひーばぁちゃんは一気に元気になった。

そこには別れたA子がいたのだ。

ひーばぁちゃんはA子のもとに駆け寄ったが

半年前のA子とはまるで別人のようだった。

目に落ち着きがなく話す事も支離滅裂、その変わりようにとても驚いたとひーばぁちゃんははなしてた。

それからあまりA子と会話もなく2、3日たつと、薄暗い手術室のような所によばれた。

そこにはA子と一緒にきた三人の看護婦もいた。

しばらく待つと兵士が四人、二人一組で大きな麻袋をもって部屋にはいってきた。

麻袋は、がさがさ暴れて中から中国人の声がきこえる

新しくきたひーばぁちゃん達四人は最初意味が分からず唖然としていたが、すぐに状況を理解した。

その中国人達...多分農民達は手術台に体を固定されるとなにをされるか察したのか一層激しく抵抗し、大声をあげだした

看護婦達は体をおさえるように命令され押さえ込んだ。

すると軍医は鋭利な手術刀をとりだし一人目のノド下に深く突き刺し下腹部まで一気に切り下げた

切られた男から鮮血がシャワーのようにほとばしり、全身を大きく悶えて苦しがった

鮮血が看護婦達の顔や服やらあちこちに飛び散り恐怖で流れ出た涙や鼻水でぐちょぐちょだった

軍医は気にせず冷静に頸動脈を切りその男を殺害すると、左右の肋骨を切り取り二つの肺を取り出した。

その後、赤褐黄混合の生臭い臓器を次々とりだし看護婦に軍医は説明していった。

その間、看護婦達は何度も何度もはいた

そこで行われていたのは日本軍による生態解剖実験だった。

ひーばぁちゃんはいってた、あれはいくら戦場で負傷した人間をみなれてても耐えられるもんじゃない。

あんなの悪魔のすることだと。

その後、軍医はもう一人を看護婦達におさえるように命令した。

もう一人の男をみると、泣き喚き失禁している。

無言でまた軍医は男と首に手術刀をつきさした。

ずっと心の中で謝り続けた。

そんな時ふいにA子にめがいった。

そこで、ひーばぁちゃんはまた戦慄した

薄暗い照明だがA子の表情は確かに笑っていた

暗く茶色に照らされた血まみれの顔は

眼を見開き、1m程はなれたひーばぁちゃんに聞こえる位歯をギリギリ食いしばって顔はプルプル震えていた

気がつくと朝、ベットの上でひーばぁちゃんは、目を覚ました。

A子の顔をみてその直後自分が気を失った事を聞かされた。

一緒にきた看護婦の一人も倒れて横のベットで寝ていた。

すぐに食事だったが、その場でも記憶が鮮明に蘇り何回も吐く

A子は、精神に異常をきたしてると判断されてベットに拘束された。

A子にすごく同情したしあんな実験に半年も関わってしまったら、気がふれて当たり前とも思ったが、あの時の表情を思い出すとA子に近づけなかった。

夜中にA子とその子供の将来をあんじて

それと悔しさで布団の中で毎日一人で泣いていたらしい。

それでも実験には、ほぼ強制的に参加させられた。

時には、内臓をほとんど取り上げた人間を無理矢理延命させたり、意識のはっきりある人間の頭がい骨を取り外し直接脳をいじくったりするのをみせられた。

二ヶ月もたつと病院に共にきた看護婦達の内、一人は自殺した。

ひーばぁちゃん含めて残りの三人も悪夢にうなされ、食事もほとんど取れない程だった。

ひーばぁちゃん自身も自殺を考えたが、A子とその子供の事が頭をよぎって、絶対A子を日本につれて帰るという思いでなんとか毎日をいきていた。

その日も、軍医に呼ばれ実験室にむかっていた。

突然空から中国軍の爆撃機があらわれ、病院とその周りの軍事施設に空爆をはじめた

病院は何ヶ所も爆弾の直撃をうけて天井や壁はそこら中倒れて、炎も院内にすぐ広まった。

軍医や看護婦がパニックになって逃げ惑う中ひーばぁちゃんは煙と炎でごったかえすA子が拘束された病室にむかった。

顔に濡れた布をあててなんとか病室に入るとそこには...

そこには爆撃て吹き飛び滅茶苦茶になったベット下に固定されたままのA子がいた

無事だったとほっとしてA子の拘束具を外そうとしてベットのしたに潜った時に、ひーばぁちゃんは涙がとまらなくなった。

A子を確認できた上半身こそ、無傷だったが、本来あるはずの足腰...下半身はベットの半分の部品とともに吹き飛んでいた。

A子は痙攣しながらも、自分の子供の名前を呼び続けている。

ひーばぁちゃんは、A子を力一杯抱きしめてごめんね

ごめんぬ

と謝り続けた。

本当涙が止まらず自分もここで死んでしまおうと思った時、おかしくなってしまったはずのA子がひーばぁちゃんの頬にそっと手をやって

「みっちゃん(ひーばぁちゃんの名前)私の娘に幸せになれと伝えて」

って一言いって動かなくなった。

ひーばぁちゃんは、馬鹿って何度もいいながら一段と強く泣いたそうだ。

声をあげて泣き喚いた後にA子に

「絶対に伝えてやるから安心しなさい」

とだけいってそこからは生きるために無我夢中で病院をでて山の中で2日間逃げ続けたが、最後は中国軍に捕虜として捕まった

それから、収容所で実験についての拷問まがいの事をされたりしたが、いつもA子との約束がひーばぁちゃんに生きる気力をくれたらしい。

それで戦争が終わって日本の土を踏めたのは1956年..あれから10年後だった。

かえってすぐ連絡先を調べ、実際A子さんの子供に直接あいにいった。

当時3歳くらいときいた赤ん坊はすっかり可愛い女の子になっていて、それをみたひーばぁちゃんはまた泣きそうだったが、

笑顔をがんばって作ってA子さんの伝言を伝えた。

A子さんの母親も必至に笑顔を作っていた。

はじめ娘さんはキョトンとしていたが、

すぐにニッコリ微笑んで頷いた。

ひーばぁちゃんはそん時の事をすごく優しい顔で

「中国で辛い時にみんなや私を励ましてくれたA子の笑顔そっくだったよ」

っていってた。

怖い話投稿:ホラーテラー みんすけさん  

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