中編7
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動物園(怠惰)

ふと気付くと俺は檻の中にいた

檻の中には木が1本立っているだけで他に何もないが

4辺のうち1辺は扉がついた鉄の壁になっている

ちょうど動物園の檻のようだ

ただし

もちろん檻の外に客がいるわけもなく

霞がかった深く白いもやが広がっている

一体ここがどこなのかはわからないが

こうなる直前の記憶を辿ってみた

俺はいわゆる「ヒモ」だった

とは言え

そんな俺だって元はヤクザをやっていた

自分でも悪いことをしてきたと思うし

そのお蔭でけっこう上まで登り詰めていたつもりだったが

あるとき大ポカをやらかしてしまった

組自体の存亡に影響するようなことだ

そのせいで俺は組から追われるようになった

本当にギリギリで

命からがら逃げ延びたことだってあった

そんなとき俺を匿ってくれたのが

ずっと付き合っていたカタギの彼女だった。

大ポカの前から

「組を抜けて」

と彼女は俺にずっと頼んでいたのだが

俺はそんなこと気にも留めていなかった

しかしいざこうなると彼女の存在は有り難かった

彼女との関係は組にもばれていなかったし

本当に献身的に良くしてくれた

最初は俺も相当警戒し

彼女の家から一歩も出ないで

「なんとしても逃げ延びてやる」

なんて張り詰めた生活をしていた

しかし日が経つに連れてそれも当たり前となり

いつしか彼女への感謝も忘れ

何もしないでただダラダラと過ごす

完全なる「ヒモ」へと成り下がった

心のどこかで安心し

「ここにいればもう逃げ回らなくても大丈夫だろう」

とさえ思って油断していた

そんなときだった

どこでばれたのかわからないが

突然組の連中が家に乗り込んできた

その時は俺も彼女も家にいたのだが

俺は逃げるのに必死で彼女のことを考える余裕がなかった

そして俺はベランダから1人で逃げようとしたところで

後頭部に衝撃を受けて………

そして気付けば檻の中だ

組の奴らに監禁でもされたのかもしれないが

あたりは異様な雰囲気で現実感がない

それに

彼女はどうなったのだろうか

俺がこうなったからには

彼女だって無事で済んでいないだろう

そう思うと

急激に後悔の念が吹き出してきた

なぜ俺はあんなバカなことをしちまったのか

なぜ彼女の言うことを聞いてやれなかったのか

なぜ彼女への感謝の念を忘れちまったのか

なぜ彼女を置いて逃げようとしたのか

なぜ………

いてもたってもいられなくなり

檻の格子をつかんで揺すってみたり

壁のドアを叩いてみたり

がむしゃらに叫んでみたりしたが

何も変わる事なんてなかった

どうしようもなかった

ふと見上げてみると

檻の外側の格子にプレートのようなものがついていることに気付いた

外側こそ向いているが

透かしてみると外側に書かれている文字がわかった

怠者

「…………ナマケモノ…?」

どれくらい時間が経ったろうか

何時間も何十時間も経った気がするが

正しい時間の感覚なんてなかった

なんの冗談かは知らないが

「怠者」とは檻に入れた奴もうまいことを言ったもんだ

確かに捕まる直前の俺は怠者そのものだった

しかし

今はこんなにも彼女のことを心配し

いてもたってもいられなくなっている

それなのにどうしようもなく

ただ檻の中で「怠け」るしかない生殺しのこの状況は

「地獄そのものだよ」

「そうここは地獄なんです」

何気なく声になって出た一言に返答があり

驚いて振り向く

見るとビクともしなかった扉から

作業着を着た男が入ってきている

久しぶりに人間を見たので安堵すると同時に

すぐに組の者かと思い直して身構える

「貴様!彼女をどこへやった!!」

「彼女?

 何のことだかわかりませんが、そんなに警戒なさらなくても大丈夫ですよ

私はただの飼育員ですから」

「飼育員?

…じゃあ一体ここはどこなんだ!?」

「だから今ご自分でも仰ったじゃないですか

ここは地獄です

もっとも、あなたはまだ説明されてないからピンと来ないかもしれませんけどね」

「地獄って……

じゃあ俺は死んだのか!?」

「そうです

そしてあなたは生前の行いが悪かった

だからこうして罰を受けている

それだけのことですよ」

あまりに理解し難い内容だったが

この異様な雰囲気を説明するにはそれしかないという

妙な説得力があった

「だったら、飼育員さん

あんた、俺の彼女がどうなったか知らねぇか?」

「さぁどうでしょう。

私もここでずっと仕事をしているだけですから

生きているか、それとも死んでいるか

私だってすべての地獄を見ているわけではないので、もしかしたら地獄に来ていることだって十分考えられます」

「…そもそもあんた、なんでこんなところで飼育員なんかやってるんだ?

そもそも地獄の飼育員って何なんだ?」

「理由は色々なんでしょうが、私の場合は罰として飼育員をやっています

 仕事内容は簡単です。皆さんに罰を与えることです

 これが思った以上にきつい仕事で

 けっこう長くやっていますが、罰を与えられる方がよっぽど気が楽だと思うこともありますよ

まぁそのお蔭で、ようやく自分が犯した過ちを、最近は少しだけ感じられるようになってきました

そういう意味では、これほど天職と言えるものもないでしょうが、これほど地獄もないでしょうね」

そう言って皮肉っぽく自嘲気味に笑う

言っている意味がよくわからないが

今はコイツに賭けるしかない

「俺はいつしか彼女に甘え、彼女にすがり、怠け、現実から逃げていた

だがもうそれも終わりだ

こんなところでダラダラと過ごしていることはできない!

とにかくここから出してくれ!」

「この檻から出たところで、この世は地獄です

オススメはしませんし、彼女がどうなったか知ることさえできないかもしれませんよ?」

「それでも構わない!

こんな檻の中で彼女を心配しながら、何もできず、怠者のように過ごすよりはよっぽどマシだ!!

地獄だろうが何だろうが、俺はもう逃げない!

なんだったら、あんたを殺してカギを奪ってでも、ここから出てやる!」

そう言って男に対して身構える

「…そこまで言うのならいいでしょう

この檻から出してあげます」

そう言ってカギを差し出してきた

カギを半ば奪い取りながら受け取り

急いで檻を飛び出した

後ろを振り返るも

どうやら追ってくる気はないらしい

しかし

とにかくここから離れようと

白いモヤが立ちこめる中を

あてもなく走り始めた

どうしていいかわからないが

これでほんの少し彼女に近づけたかと思うと

希望が湧いてきた

かなり歩いただろうか

相変わらず時間感覚はないが

やがて別の檻が見えてきた

相当大きい檻のようで

天井はモヤで見えない

何か手がかりはないかと

檻の中を見渡す

すると

モヤの中から人の良さそうなオヤジが現れた

「なぁあんた、ここから出る方法とか、現世を覗く方法とか知らねぇか?

何でもいいんだ、俺にはまだこの世界のことはよくわからねぇんだ」

「何でも?

そうですねぇ…私から言えるのは、ここが地獄だということ

それと、この檻が「鷲」だということくらいですかね」

ワシ…?

天井の高さはそのためだろうか

プレートは見当たらないが

不気味な笑みを浮かべているオヤジは

別段「鷲」には見えない

「鷲?

一体どこが鷲だって言うんだ?」

「そうですか、まだ見ていないのですね?

………あ、ほらちょうど来たみたいですよ?」

そう言った直後だった

妙な風切り音がしたかと思うと

視界に妙なものが一瞬よぎった

だが

確かに見た

上から猛スピードで降りてきた何かを

それは特大の釣り針のようなもので腹のあたりを刺されて吊されていて

そして足首から下が無く

その代わりに足の骨でも削ったのだろうか

白いかぎ爪のようなものがついた人間だった

それがバンジージャンプのような要領で滑空し

俺の右腕を切りつけていった

一瞬のことで何がなんだかわからないが

右腕からは激痛が走る

そこでようやく理解する

目の前のオヤジが鷲の檻に入っているんじゃない

俺が怠者の檻ごと鷲の檻に入っているのだ

「あ、それと言い忘れましたが、私はここの園長です

本当なら檻に入る前に色々とご説明するのが普通なんですが、あなたの罰の場合は特別でして

動きたいけど動けないという先ほどのあなたの状況を考えれば、生前のあなたの怠けるということがどれだけ罪深いことなのか、わかって頂けたのではないですか?」

また風切り音がする

今度は左足から激痛が伝わる

立っていられずにその場にしゃがみ込む

「それとご存じですか?

ナマケモノは普段は見つからないよう安全なところでジッとしているのですが、死因のほとんどは、鷲などに見つかって攻撃されることなんです

あなたの入っているその檻の中の鷲も、もちろん現世で罪を犯した者達ですが、少しでも罪を償おうと、必死で怠者であるあなたを狙ってきます」

「ただ、安心して下さい

どんなに傷ついても、あなたは死ぬことはありません

なんたってもう死んでいるんですからね

ただ、痛みは感じる

ひたすら逃げ回り、安全な怠者の檻の中でジッと怠けていること

それがあなたに課せられた地獄です」

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名(偽物)さん  

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