中編2
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『ちょっと!』

僕は突然のその言葉が自分に向けられたものだと判断するのに数秒を要した。

『何シカトしてんの!?』

目の前の女が僕を睨み付けてそう言い放つ。

『…はい?』

僕にとって、いつも通りの仕事帰り。

家路を走る電車の中で、それは起こった。

『あなた、次の駅で降りてください。』

『なんでですか?僕何かしました?』

女の態度に少し腹が立ち、僕は眉間にシワを寄せた。

『…痴漢よ!』

…は?

電車の中の乗客が一斉にこちらに目を向けた。

その日、電車は半満員状態。

女がこちらを睨み付ける直前まで、僕は扉の前にぶら下がったつり革に掴まって扉側を向き、顔の前で左手薬指の逆剥けを気にしていた。

女は僕の目の前、こちらを振り向くまで僕に背を向けるような形で扉側を向き、座席のパイプにもたれていた。

勿論だが、僕は痴漢など全く身に覚えが無い。

『冗談は止めてください!僕は帰ります!』

『何言ってんの!?ナメてるの!?逃がさないよ!』

『はあ?逃げるとかじゃあ…』

僕がそう言いかけたとき、横から大学生らしき茶髪の男が肩を掴んだ。

『おっさんドンマイ。』

『誰だよ…』

男は女に笑いかけ、

『あ、俺手伝いますよ?』

と言った。

『ありがとうございます。助かります。』

女は僕を睨み付けたまま、男に応える。

おいおい勘弁してくれ…。

僕の額には薄らと汗が滲んでいた。

痴漢の冤罪を特集していたニュースやドキュメンタリー番組の映像が脳裏をかすめる。

口論しているうちに電車は『次の駅』に到着した。

扉が開き、女が僕の手首を掴んで電車を降りようとする。

男は僕の後ろに立ち、生意気な笑みを浮かべていた。

僕は背中から首筋にかけて熱いものが走っていくのを感じた。

ちょっと待て。

ちょっと待て。

僕には家で待ってる彼女が居る。

話を聞いて、彼女はどんな顔をするだろうか?

というかまず、僕の言う事を信じてくれるのかが心配だ。

仮に冤罪で捕まって、仕事はどうする?

仕事場に知られて、冤罪だなんて言い訳が通用するのか?

前科は付くのか?

僕は社会的に犯罪者となるのか?

いや、痴漢の冤罪率が高いとはいえ、まだ冤罪で捕まると決まった訳ではない…が。

それにしてもだ。

何でこんな状況に…。

頭が真っ白になった。

僕は本当に、何もしていない、のに。

家で料理を作って待ってくれている『はず』の彼女の姿がふいに浮かぶ。

僕は何もしていない。

僕は何もしていない。

のに!!

ふつふつと怒りの感情が僕を支配する。

『離してくれ!僕は何もしていない!!』

その日、僕は傷害罪で捕まった。

怖い話投稿:ホラーテラー 納豆オムレツさん  

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