長編8
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病院の足音

小さい頃からの親友タカシと久しぶりに飲み会った。タカシと知り合ったのは小学生の頃で、同じ病院に入院していたのが始まりだ。周りの患者、同年代の子供とすら親しくなれない、いや自分の方から打ち解けようとしなかった俺に、何の気がねも無く接してくれた。そんなちょっとお節介な奴がタカシだった。

「最後に会ってもう1年ぐらいか?ユウヤ、お前は何も変わってねーな(笑)」

「うるせーよ。タカシもその様子じゃ1ミリも成長してないようだな。」

そんなことを話つつ、近況報告、くだらない話や昔話に花を咲かせていた。お酒もだいぶ入ってきたころ、突然タカシが気まずそうに口を開いた。これは俺達が会う度に決まって出る話題だ。

「ユウヤさぁ、病院でのあの事件…覚えてるか?」

「ん、あぁ…。覚えてるよ。忘れる訳ねーだろ…。」

多くの人を巻き込んだ、あの忌まわしい事件。タカシが俺に対して一生負い目を感じることになった、出来事。当時の記憶が俺の頭の中に蘇ってきた…。

当時、俺ことユウヤ11歳は入院生活を送っていた。周りに打ち解けられない俺といつも一緒にいたのはタカシだった。そんなある日

「なぁユウヤ。ずっと思ってたんだけどこの病院、雰囲気あるよな?何か、出そうって言うかさ…おっと!何かは言わないけどな…!フヒヒ!」

「いや別に怖くねーよ(笑)俺はタカシよりココ長いからな。この病院にはもう慣れたし。最初はよく病院内を迷ったもんだけどよ、今じゃこの病院は俺の庭だぜ。ていうかフヒヒってお前(笑)」

「ほぉー、庭ねぇ…」

「何だよ?」

「ユウヤ、知ってるか?ここの病院出るって噂。」

「噂?」

「ナースの幽霊が出るんだよ!噂によると、夜な夜な廊下を徘徊して、人を見つけると、『大丈夫ですかぁ…?痛い所はありませんかぁ…?私を…見てえぇぇ…』って言って寄ってくるんだってよ!キャアアアア!!」

「何じゃそりゃ、くだらねーな。別段怖くもねーし。そもそも見てえぇって何だよ。」

「いや、何やらそのナース、何やらせてもダメなナースだったらしくて同僚からも患者からすらも無視されてたらしいんだ。それを苦に自殺したらしくてな。それで私を見てえぇってことだろ。」

「ふーん。」

「で!探しに行かねーか?そのナース。」

「は!?マジか!?」

「マジマジ(笑)心配すんなよ、何かあっても俺が守ってやるからよ!」

「コラァァァ!!!!!!!」

「「!!??」」

「子供だけでなに企んどるんじゃ!そんな危ないことするんじゃない!!そんなこと、ワシが絶対させんからな!」

発狂したのは隣で話を聞いていた腰痛じいさんだった。このじいさんも中々馴れ馴れしく、よく俺に話しかけてくる。けっこう長いことこの病院にいるらしいが年は不明。聞いても教えてくれない。何の意地だよジイサン。

「何で!?いーじゃんかよ!!」

「ダメなもんはダメじゃあああああ!!!!」

「ちっ、しょうがねぇ諦めるかユウヤ。」

そう言ってタカシは少し荒っぽく扉を閉め自分の病室に戻って行った。しかし俺は確かに聞いた。タカシが俺の耳元で小さい声で今夜決行!そう言ったのだ。それはそうとタカシの息がかかって気持ち悪かった。

そして深夜1時ぐらいにタカシはこっそりと俺の病室までやって来た。あまりにも音を立てないもんだから肩を叩かれた時ビックリしてしまった。忍者かお前は。

「ようユウヤ。じいさん寝てる?」

「あぁ、イビキかいてるぜ。」

「よし!んじゃいっちょ探検に行きますか!」

「本当に行くのか?」

「あれ?柄にもなくビビってんのかユウヤ(笑)大丈夫だって!それに昼間のじいさんの怒りよう…これは絶対何かあるね。間違いない。」

そう言うタカシに半ば強引に連れられ、俺も覚悟を決めて探検することにした。

「でもよ、どこ行けば会えるんだ?」

「あ~…それ何だが考えてなかったな。まぁ歩いてりゃ見つかるんじゃね!?とりあえずナースセンターの近くはダメだ!」

そういい途方もなく歩いていく子供二人。数分歩いて早くも眠気が襲ってきて、タカシのほうも同じようだった。

「こりゃ出ねーな。帰るか。」

付き合わせて結局それかよ。後でジュース3本は奢らせてやる。そう考えてた時、眠気も吹き飛ぶような音が廊下に響いた。

カツ…カツ…カツ…

体中に鳥肌がたった。温度が急速に下がっていくような感覚がする。

「お、おい!タカシ!何の音だよこれ!おい!」

「お、お、落ち着けよぅユウヤぁ!み、見回りゅの看護師さんだよ!」

お前も落ち着け。見回りゅって何だ。タカシのおかけで少し冷静になった俺。聞くと足音はこっちに近づいているようだ。

「み、見回りの看護師さんか…見つかったらヤバ」

「う、うわああああああああああああああ!!」

タカシが叫びだした。

「タ、タカシ!?」

「顔が…!顔がぁ…!うわあああああああああああああぁぁぁぁぁ…!!」

タカシの叫び声と共に遠ざかっていく激しい足音。って、え……?あ、あの野郎…!オレを置いて逃げやがった!!俺が守るから!とか調子いいこと言ってたくせに!ジュース5、いや10本だ!

カツ…カツ…カツ…

ハイヒールの音で我に返った。さっきより確実に近づき、まっすぐ俺に向かってきている。しかしここで問題が…。足音は聞こえるのだが肝心の霊の姿が見えないのだ。足音だけが響いている…。逃げたってことはタカシは確実に見たはずだ…!一体何を、どんなものを見たんだ!?俺も逃げないと…そう思ったが膝がゲラゲラ笑っていた。自分の意思とは反対に動いてくれない。暗闇のなか足音だけが聞こえる。見えない何かが、近づいている。その時…声が聞こえた。

「こんな夜中にどうしたんですかぁ…。具合…悪いんですかぁ…?」

女の人の声。生気がまるで感じられない。悲しさだけが詰まっているような声。体はガクガク奮えた。

「どうして…無視するんですかぁ…。返事してくださいよぉ…………お願い…私を………」

無視されたのを苦に自殺したナース。タカシの言葉が頭をよぎる。そういや事の発端の張本人であるタカシ逃げたんだよな。畜生、ジュース1000本奢らせてやる…。でも…それも無理そうかな…。

カツ…。目の前で足音が止まる。見えないけれど目の前にいると分かる。死ぬのかな…痛くないかな…。たいして面白い人生じゃなかったな…あ、でも、タカシがいたか…。今までの人生に思いを巡らせていた時、冷たいものが頬に触れる。人の手だ。すると悲しそうな声でソイツは信じられないことを言った。

「…………ごめんなさい…」

ブチッ。俺の頭の中で確かに音がした。血が頭に上って息が荒くなる。

「…ふ、ふざけんじゃねー!!!ご、ごめんなさいだと!?何で謝るんだよ…!ふざけんじゃねーよ…!霊のくせに同情してんのか!?俺に…。俺に…。お前なんか…サッサとどっか行っちまえ!消えろ!!二度と来るんじゃねー!!!」

さっきまでとは、違う感情が心を支配していた。怖いんじゃない、悲しいんじゃない。悔しいんだ。ハァハァ、荒くなった息が落ち着いてきた時、そこにはもう何の気配もなかった…。そして俺の意識も薄れていった…。

その後、看護師に発見され朝方に起きた俺だが看護師から聞いた話に絶句してしまった。タカシがテンパって一人で俺の病室に逃げ帰った後、俺を置いて来てしまった重大性に気づき、しかし怖くて戻ることも出来ずワンワン泣いてしまったそうだ。それに目を覚ました腰痛じいさんが慌てて話を聞くと、

「ユウヤが、ユウヤが殺されるううう!うわあああああん!」

それを聞き緊急事態だと感じたジイサンが急いで現場に向かおうとした途端に、ギックリ腰を再発。変な姿勢のまま動けなくなってしまった。タカシが押したナースコールで来た看護師さんは現場をみて仰天したそうだ。号泣してる小学生に変な姿勢のジイサン、そりゃビックリするだろうな。これは後々「じいさん心霊ギックリ事件」として語られることになるのだが、それは置いといて。

「ユウヤああああ!無事で本当に良かったああ!俺、俺、怖くてつい逃げちゃって…目の見えないお前を置いてっちゃって…最悪だよな…本当にごめん…。」

「…いいって。あの場合はしょうがないよ。まぁでも、負い目を感じてるってんなら…」

「ジュース1000本って言われた時にはたまげたけどな!(笑)」

「お前、そんぐらいは当たり前だろ?俺を置いてった薄情者なんだからよ(笑)」

「そう言うなよ~。マジで怖かったんだって。だってお前、顔が半分潰れて目玉飛び出してたんだぜ!?ありゃ逃げるよ~。にしても霊にキレるお前にもビックリだけどな!」

「あー…なんだろな?思わず声が出ちゃってさ。まだ子供だったしな。同情されたり、特別扱いされんのがたまらなく嫌だったんだよ…。まぁあん時は見れなくて逆にラッキーだったけどな(笑)」

「見えてたらおまえ絶対チビッてるって!だって俺がそう…お、そろそろいい時間だぜ?あんまり遅くなると嫁さんに怒られっぞ!」

「もうそんな時間か。それじゃあボチボチ帰るか…。……あ、タカシ!」

「ん??」

「会計、よろしくな!」

1000本終えるのはいつになるやら。苦笑いしてるタカシの顔が瞼の裏に浮かんだ。

「そうだユウヤ…実はお前に、まだ言ってないことがあるんだよ…。」

「何だよ?改まって。お前がションベン漏らしてたことか?それなら知ってるぞ(笑)」

「真面目に聞けって!実はあの看護師の噂さ、噂通りじゃねーんだよ。」

「噂通りじゃない?どーゆうことだ?」

「その前にユウヤ。お前オレ達がいた病院が潰れたのは知ってるよな?」

「あぁ。残念だったけどな。確か経営が回らなくなった…あれ?職員不足で潰れたんだっけか?」

「違うんだよユウヤ…。あの病院は奇妙な事件が続いたから潰れたんだ。」

「奇妙な事件?」

「たくさんの変死体だよ…。患者やさらには看護師まで、死んでいったんだ。どうにも死因が掴めない変死体、何かの感染病かとも疑われたみたいだが違ったようだ。」

「そうだったのか…。怖い話だな。そんなの誰も話してくれないもんだから全然知らなかったよ。ん?で、結局それがどうしたんだよ?」

「いやな、オレあれは心霊現象…あの看護師がしたんじゃないかって思ってるんだ。」

「何バカなこと言ってんだ。そもそもあの看護師の霊は、俺との一件以来もう出なくなったんだろ?そんなことあるわけ」

「出てたよ。」

「は?」

「あの後も噂はやまなかったし、色んな人が目撃してたらしい。」

「な、何で…!お前もうあの噂は消えたって、俺にそう言ったじゃねーかよ!!」

「言いにくかったんだよ…。」

「はぁ!?」

「噂の話さ、看護師が無視され自殺した。って言ったじゃん?本当の事件は違うんだ。看護師、自殺するまえに患者を殺してるんだよ…」

「殺し…」

「ごめんなさい…ごめんなさい…そう言いながらな。」

それを聞いた瞬間、俺の中で何かが崩壊した気がした。

「ごめん、ユウヤぁ…。オレお前にこんなこと話すつもりなかったんだけどよ…。最近こえーんだよ。何かいつも変な視線を感……………

タカシの声はもう俺の耳には入って来なかった。殺した?ごめんなさい、と言いながら?んじゃ俺に言ったのは?あれは同情じゃなかったのか?何で今?ふと、気づく。周りの空気が違う。ここは…この場所はあの時の…何も聞こえない世界で、冷たい何かが頬を触った。

「…ごめんなさい…」

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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