長編10
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激安物件にはご注意を

今回は俺が10代の頃の、とても印象に残っている出来事を書こうと思う。

俺が18歳の時、父親に耐え切れなくなって家を飛び出した。

昔から酒癖が悪かったが、俺が13歳の時母親が脳梗塞で他界してからというもの、更にそれは激しくなった。

毎日暴力を振るう、怒鳴り散らす、仕事から帰ってきては酒に溺れていた。

そしてとうとう父親は1年前に仕事を辞め、残った金をパチンコやら競馬やらで使い、それに勝った金で酒などを買い生活してた。

ただ、それでも俺の学校の学費だけは出してくれてたかな。

その部分と、いままで育ててくれた部分には父親に感謝したい。

出て行った理由としては、毎日の理不尽な暴力と罵声、そして最後のこのセリフ。

「もうお前なんて息子でもなんでもねえ!縁切るからとっとと出てけ!」

普通に家で勉強してただけなのにこんな事言われたら、たまったもんじゃない。

ここで何かがふっ切れたのかもしれない。

高校卒業して数日たったら荷物まとめて家出たよ。

祖父は俺が2歳、祖母は俺が5歳の時に既に亡くなっている。

だから実質、俺は18歳にして家族という存在を全て失った。

当然、一人っ子だから兄弟もいない。

高校卒業という「最低限」の学歴はあったけどね。

それに元々俺はアルバイトはしていたから、月7、8万という収入があった。

しかし家を出たは良いものの、住む場所が無い。

その日の内に不動産屋に相談しに行ったよ。

とにかく安い家賃のアパートにこだわってたから、一番安いところはないか聞いた。

「それなら・・・」

と見せられたのが「家賃3万2000円!」と書かれた比較的キレイなアパートの写真だった。

でも月の収入が7、8万しかない俺にはなかなか痛い出費だ。

無理を言って、もっと激安な物件はないんですかと問い詰めた。

すると不動産屋は少し顔を曇らせながら、ウチで紹介できる最も安い物件は・・・。

と言って、今まで俺に見せていた新品同様のキレイなカタログをしまうと、本棚?の隅からくたびれた一枚の茶色い紙を取り出した。

「ここになります」

そう言って俺が見せられた紙の表には「家賃7000円、敷金、礼金0」と書かれた文字とアパートの写真。

家賃にも驚いたがそのアパートにも驚いた。

アパート全体が何だか分からない緑色の植物に覆われている。

玄関もベランダも窓も、その「ツル状」の植物に覆われ、2階建てのそれは「緑の館」と化していた。

「すごいっすね・・・」

俺がその写真を見た時最初にでた言葉がそれ。

「最も安いのがここで、これより上となりますと先程紹介した物件になりますが・・・」

迷ったが背に腹は変えられない。

「ここに決めます」

俺は渋々承諾するしかなかった。

このアパートはその日の内に住むことが可能とのこと。

ざっと書類に記入やらサインやらをして、不動産屋にそこへ案内してもらった。

そのアパートは写真で見たとおり、得体の知れない植物に覆われていたが、実際に見ると更に迫力があった。

今から住むものを拒もうとする、そんな迫力というかオーラみたいなもの。

植物を掻き分けて何とか2階の俺の部屋となる入り口の扉にたどり着いた。

不動産屋が伐採用の大バサミでツルやら葉っぱやらを切り裂いて扉を開けた。

むわっと湿気とも臭気とも熱気とも似つかないものが一気に漏れ出した。

だが中を見た俺は拍子抜けした。

そのアパートの見た目とは裏腹に、部屋の中は悪くないのだ。

もっと言えば、少しホコリっぽいがごく普通のアパートの部屋といっていい。

呆気にとられている俺を見て察したのか、不動産屋が口を開いた。

「かなり前に住人が出て行って清掃されてから、もう誰も住んでいないんです。それにしてもここまでキレイとは、私も驚きました。」

キッチンなどは勿論、トイレと共同だが風呂もついている。

それに加えて八畳半の広さ。

部屋の中の設備も悪くない。

なのに家賃7000円とはどう考えても納得がいかなかった。

不動産屋に別れを告げると、俺のその部屋での生活がスタートした。

ちなみに、アパートへ向かう途中このアパートの大家さんにはすでに会っている。

夏だったせいもあるが、白いランニングシャツにトランクス1枚で、うちわを扇ぐメタボリックな中年男だった。

「ああ、住むの?そうか

・・・まあがんばって」

それだけ言って、その男は欠伸をしながら奥へ下がっていった。

アパートの大家以外にもちゃんと仕事はしているらしく、ごく普通の家に住んでいた。

腹が肥えているのが何よりの証拠だ。

(こんなヤツが大家とは・・・あんなアパートだということも頷ける。ていうか頑張れってなんだよ!)

俺は心の中でそう思った。

出来る限り安いもので家具やら何やらを揃え、何とかそのアパートの部屋に自分の生活空間を作りあげた。

バイト先からそう遠くないという事もあり、外観は最悪だが内心良い所に住めたとその時は思っていた。

住み始めて数日たったある日、冷蔵庫の中の異変に気づいた。

昨日買ったばかりの牛乳パックの中身が、妙にドロドロになっているのだ。

まるで、日光の下で何日か放置させたかのように。

冷蔵庫は別段壊れている様子は全くなかった。

その証拠に、他の食材は新鮮そのものだった。

首を傾げながらも、もうその牛乳は飲めないため捨てるしかなかった。

それからまた数日後、バイトから帰ってきた俺は飲み物を飲もうと冷蔵庫を開けると驚愕した。

冷蔵庫の中の食材が、腐って白とも紫とも赤とも似つかないような得体の知れないカビに覆われていたのだ。

肉はパックの中に入ったまま白いサンゴ礁のようになっていた。

それらは昨日買ってきた食材ばかりだった。

これは一体・・・。

しかし冷蔵庫が壊れているという事はなく、開けると冷気が体を包んだ。

仕方が無いので、その日はコンビニで弁当や飲み物を買って食事とした。

冷蔵庫の中の物は腐りきっていたため、全て処分した。

その翌日はバイトが休みだった。

快晴だったこともあり、ベランダを掃除して敷布団を干そうと持ち上げた俺は、強い吐き気を覚えた。

まるで何年も敷布団をそこから動かさずに放置していたかのように、裏面にはビッシリとカビが生えていた。

黄色いシミのようなカビ、黒いカビ、赤いカビ、緑のカビ・・・。

それが敷布団の裏面全体を覆っていた。

思わず俺はその敷布団をベランダから外へ放り出してしまった。

そしてライターで火を点け燃やした。

もう泣きそうだった。

その日は新しい敷布団を買いに行くため出かけた。

もうあまり金の無い俺は一番安い煎餅布団を買う以外なかった。

そして部屋に帰り着き扉を開けた瞬間、あまりの腐臭に軽い目眩を覚えた。

部屋全体を覆う、カビ、カビ、カビ。

冷蔵庫の中からは薄く黄色がかった透明な液体が滴っていた。

余りの異様な光景に、俺は放心状態になっていた。

その時、黒色とも緑色とも思えるカビ部屋と化したその空間に、1箇所だけキレイな場所がある事に気づいた。

部屋の隅にある目立たない押入れだ。

その押入れの戸だけが妙にキレイなままなのだ。

越してきてから一度も開けた事のなかったその押入れが、この凄まじい腐臭の原因の様に思えた。

俺は靴を履いたまま部屋に入ると、その押入れを躊躇なく開けた。

だが、そこには何もなかった。

床の中心部分が紫色に変色している以外は。

床板の中心部分だけが楕円形に変色している。

俺は意を決してその板を接がした。

板は腐っていたため簡単に接がれた。

凄まじい腐臭が鼻を突く。

そこにあったものは、大量の動物の骨。

とにかく、沢山の動物の骨が床下にしきつめられていた。

何故骨がここまでの腐臭を放つのか分からなかったが、俺にはそれが死んだ動物達の怨念のように思えた。

冷静になって考えて確かな事は、俺はもうここには住めないという事。

そして前の住人の動物虐待、虐殺。

このアパートの家賃が安いのも納得だが、理由がこんな事だと知っていたら1000円でも御免だった。

何とかまだ生きている荷物をまとめ、俺はこのアパートを後にした。

しかしこのアパートについて何も知らないまま去るのも何となく嫌だったため、大家さんの家へ行き直接、部屋であった事を詳しく話した。

すると別段驚く様子も無く、「そうか・・・」と言って大家さんは語り始めた。

以下、大家さんの話。

今から6年前は、このアパートも新築同様で、住民も沢山いたんだ。

家賃も他の普通のアパートとほとんど同じだった。

俺もアパートの大家っていう仕事に生き甲斐を感じていたし、自分なりに色々頑張っていたよ。

ある日、一人住民が引っ越して別のアパートに住む事になったもんで、部屋に一つ空きが出来た。

空きが出来てから数週間後に、その空き部屋に女が越してきた。

その女は異常なまでの動物愛好家で、アパートの部屋で猫やら犬は勿論、どこから拾ってきたのか、兎やタヌキなんかも飼ってた。

分かってたら最初から住まわせなかったけど、ある日突然急に飼い始めてな。

俺も大家として最初のうちは注意したよ。

「ここで動物を飼ってもらっては困ります」

「どうしても飼うというなら出て行ってもらいますよ。」ってね。

でもその女、俺が注意する度に「じゃあこの子達をどうすればいいんですか!捨てるんですか!?そんな事するくらいなら死んでやる!!」って怒鳴り散らしてね。

手に負えない訳よ。

当時の俺は甘かったせいもあって、隣の住民から苦情が出たら強制的に出て行ってもらおうとか考えてた。

まあ案の定、その女が越してきてから三週間と経たないうちに苦情が出てな。

あんだけ動物飼ってりゃ、まあ当たり前だ。

約三週間ももったのが逆にすごいよ。

で、すぐに出て行くよう説得に行ったよ。

今度はかなり厳しくな。

「出て行かない場合は法的手段を取らせてもらう」って。

そしたらその女、発狂してのた打ち回ってね。

しばらくしたら静かになって「分かりました」って言ったんだ。

「3日経っても出て行かない場合は、分かってるね」って念を押してその日は女の部屋を後にした。

でも3日経っても、女が出て行く様子が全く無い。

んで、また部屋に押しかけた。

でも鍵が掛かっててドアが開かないから、合鍵で無理矢理開けた。

そしたらどうなってたと思う?

その女、部屋で首吊ってやがった。

あんだけ沢山いた動物も逃がしたのかしらないけど、キレイさっぱりいなくなっててね。

女の死体の足元に遺書みたいなのがあって、俺に対しての悪口やら、隣の住民の悪口やら色々書いてあった。

まあすぐに警察に通報したよ。

大家として結構事情聴取されたけど、まあ死体を見れば自殺だって一目瞭然だわな。

女のこれまでの行動とかも細かく話して、警察も隣の住民や俺に同情してたな。

まあ特に大層な事も無く、キチ○イ女の自殺ってことで終わった。

大量の動物の行方については警察もちょっと調べたらしいけど、結局分からんままでな。

君の話を聞いてようやく分かったよ。

まさか押し入れの床下だったとはね。

警察もまさか床下に大量の動物がうまってるなんて思わなかったのかな。

まあ実際、動物についてはどうでも良い感じだったし。

板張り替え前と後で全く同じ様にするなんて、あの女も手の込んだ事するなー。

んで、女が死んでから一週間後くらいに、アパートの住民全体から不思議な苦情があってな。

何でも、冷蔵庫の中の食材なんかが、買って来たばかりのものまですぐに腐っちまうらしいんだ。

原因不明。

まさにこの言葉がお似合いだった。

そんな事が何度も続くもんだから、住民がどんどん出て行ってね。

最終的には住むもんがいなくなった。

住むもんがいないって事は、アパートの経営が難しいって事。

家賃を相場よりも馬鹿みてえに安くして、何とか経営を続けさせようとしたんだがな。

家賃に目がくらんで来る奴は沢山いたが、みんな二週間と経たないうちに出て行きやがる。

皆がみんな出て行く前に言うセリフは「腐る」「カビが・・・」これがほとんどだったね。

そう、今の君みたいにな。

ちなみに余談だが、君が住んでたのは、その女が自殺した部屋な。

まあそれで、いくら安くしても出て行かれる。

そのうち本気で生活が苦しくなって、アパートの大家以外に仕事を探さないといけなくなった。

何とか職探しして、今はパチンコ屋の正社員さ。

給料もそこそこ良い。

現役で大家してた頃よりは少ないけど、充分に暮らしていける。

ま、そんな感じだな。

ただアパートに人が全然住まなくなってから、変な植物が沢山生えやがって、今じゃ全体を覆い尽くしてる。

これもあの女や動物達の怨念かも知れん。

それにしてもやっぱり、人の死体ってのは恐ろしいもんでな。

あの女の死に顔、忘れられんのよ。

舌だらっと突き出して、目が完全に白目剥いててな。

トラウマもんだぜありゃぁ。

まあ、結局自業自得だけどな。

そう言い終えて、大家さんは笑った。

俺は大家さんに「まだアパートの大家続けるんですか?」と聞いた。

「たぶんもう君が最後の住民だろうし、辞めようと思う。何より、儲からんしな。」

そう言って大家さんはまた笑った。

そして最初会った時と同じ様に、うちわを扇ぎながら奥へ下がっていった。

俺はその後、少し苦しかったが初めに紹介された家賃3万2000円のアパートに住む事になった。

20歳になる頃には、ある会社の正社員にもなり、安定した収入が得られるようになった。

現在24歳。

まだ家族はいないが、頑張って生きている。

仕事の帰り、通勤電車に揺られながら、時折大家さんの事が頭をよぎる。

あの出来事から6年たった今でも、喉に刺さった骨のように、折に触れてあの記憶がよみがえる。

笑いながら奥へ下がっていった大家さんの後ろ姿。

その背中に寄り添うようにして、しがみついている女。

大家さんが後ろを向く時、確かに目が合った。

その女の目には、黒目が無かった。

怖い話投稿:ホラーテラー 達人さん  

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