中編4
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棺の中で溺れる遺体

皆さんは「水難の相」という言葉をご存知でしょうか?きっとどなたでも一度は御神籤の文言などで、見たり聞いたりした事があるかと思います。ですが実際に水の事故に遭われたご経験で無い限り、その信憑性について疑問を持たれている場合が殆どではないでしょうか?

ごく普通のマンションでお亡くなりになった、とある息子さんのお話です。直接の死因とは関係無いのですが、“水”との因縁を感じずにはいられないエピソードなのです。

「飽食の時代」という言葉に従い、私達の世界でも最近は肥満体形の仏様が増えている気がします。

今回お話しする息子さんもかなり大柄な方でした。

私は葬儀の依頼を受けそのご遺体の体形を拝見するなり、一番大きいサイズの棺を用意するよう手配しました。

やはり力士並みの体格ともなりますと、ちょっとした運動でも体力を消耗するのでしょうか。息子さんの部屋には、異様なまでに大量の『水』の入ったペットボトルが並んでいた事が何より印象的でした。

もともとあまり日当たりの良くない場所で、かつカーテンを締め切っていた事もあり、薄暗くどこかカビ臭い部屋でした。

不思議なもので突然死や自殺した仏様のいた部屋というのは、共通した独特の暗さがあるものです。

部屋にはベッドを囲む様に大量のペットボトル、それとお菓子やパンの包みが散乱していました。そして畳んでいない洗濯物の山、かなり傷んだ古い漫画や雑誌の束、それらが随所に積み上げられ、足の踏み場は殆ど無い状況でした。

日頃から人目を気にしてカーテンは閉め切りにしていたそうです。

息子さんは生まれつき体が大きく肥満体質だった為、いじめられる事も多く、自分に自信が持てないまま引きこもりがちな生活を続けていました。

お母さんの話によれば、息子さんは運動不足で、血圧も高くなりがちだった為、健康を気にしてガブガブと水を飲むようになったとのことでした。

しかしやはりその大きな体が、心臓への負担となったのでしょう。ある日、お母さんがお昼になっても起きてこないので様子を見に行くと、息子さんの体は完全に冷たくなっていたのです。

事前にご遺体を部屋から出したりする際など、いろいろと手間取った面もありましたが、葬儀自体は滞りなく順調に進んでおりました。

しかしお通夜を終え、翌朝の読経も終わり、さあ出棺前の最期のお別れというその時です。

「アァ・・・ノドがかわくでしょうに・・・、ウゥ・・・水をたくさん飲ませてあげるからね・・・、ワァァ・・・」

お母さんは鳴咽しながら遺体に駆け寄り、ペットボトルの水を棺の中に注ぎ込んだのでした。

そこは悲しみの場面。私自身もよくある事だと、最初は静観していられたのですが、だんだんとお母さんの行動が異常でない事に気付きました。

「ワァァ・・・、ウゥゥ・・・、お水だよ・・・」

ペットボトルの水を1本、2本、3本、4本、5本・・・。

泣き叫びながらお母さんはありったけの水を棺の中に注ぎ込んでいきました。

「お母さん、もうやめて下さい・・・」

流石に入れ過ぎだろうと思い、私は水を注ぎ続けるお母さんを制しようとしました。

「お願い・・・ワァ・・・お水を飲ませてあげて・・・、ウワァ・・・ギィヤァァ・・・」

親戚の方の手を借りてようやく、ノドがちぎれそうなほど泣き叫び、もはや発狂寸前だったお母さんの気持ちを静める事が出来ました。

しかしもう棺の中には既に、遺体全体が軽く浸かってしまう程の水。ただでさえ大きな体格の息子さんの棺は、大量の水が注がれて更に重くなっていたのです。

「ガゴンッ ザァ・・・」

出棺すべく棺を持ち上げた瞬間、棺の底が抜け、中から大量の水が流れ出しました。出棺は一時中断し、新しい棺を用意し、水浸しになった床を掃除しなければなりませんでした。

ですが実は、出棺の際に「棺の底が抜ける」という事自体は、葬儀屋である私達にとってそう珍しい事ではないのです。あるお坊さんの話によると、この世に未練があったり心配事が多い魂は、何とかその場にとどまろうとして、なかなか成仏しようとしないのだそうです。

ですから家から離れたくないが為、棺の底を抜かしてしまう様な事は、この世界ではよくある事なのです。

ようやく水浸しになった部屋を掃除し、棺を取り替え、遺体を移し変え、改めて出棺の運びとなりました。

しかし息子さんの体は、お母さんが大量の水を注いでしまったが為に、パンパンに膨れ上がり、もはや土左衛門の様な姿となっていました。

お母さんは取り乱して以来、力が抜けてしまった様に座り込み、親戚に肩を抱かれたまま、項垂れ鳴咽している様でした。参列者の雰囲気もその騒動が為に、どこか重く落ち込んでしまっていました。

「まったく、婆さんの時と同じだよ・・・」

ある参列者で初老の男性が呟く声が聞こえました。私が然り気無く尋ねると、その男性はこんな話を教えてくれました。

息子さんが亡くなった同じ家で、そのご家族は昔、おばあさんと同居していたそうです。そしてある日、おばあさんはお風呂場で湯船に浸かったまま心臓麻痺を起こし、溺れた様な格好で亡くなってしまったのだそうです。

その時もやはり少し発見が遅れてしまい、顔や体は水分を含んでパンパンに膨れ上がり、水死体の様なご遺体だったというのです。

先祖に振りかかった苦しみは、運命的苦しみとして子孫に受け継がれていく事が少なくありません。もし貴方のご親戚に水の事故等で亡くなっている方がいらっしゃる場合は、ガンや脳卒中等の成人病に気を付けるのと同じ様に「水難の相」にも十分お気を付け頂く事をお勧め致します。

怖い話投稿:ホラーテラー CRYSTALさん  

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