私の住んでいる町には、『なしかさん』と呼ばれるホームレスがいます。
『なしか』というのは、私の町の独特な方言のことで、意味は『何故か?、どうしてか?』といいます。
よく町の子どもたちから、無茶ぶりをされたときに『なしか? なしか?』と返すので、それがあだ名の由来になったらしいです。
町の子どもたちは、『なしかさん』を全く怖がっていません。
それどころか、子どもたちのみならず、大人たちからも愛されています。
『なしかさん』は町のパトロール係みたいなものでもあります。
かつて、この町で登校時の女児がどこかのロリコンに拉致されそうになった事件がありました。
その時に、経緯は知りませんが、血だらけになりながらも『なしかさん』は女児を助け出したそうです。
その他にも、『なしかさん』は色んなことで人助けをしていたようで、様々な人から様々なエピソードが聞けます。
『なしかさん』の好きなものは、新聞と甘い物らしく、その二つをプレゼントすると方言なまりで「ありがてぇ、ありがてぇ」といって、手を擦り合わせる動作をします。
友達がプレゼントしているのを遠くで何度か見たことがあります。
私は彼を遠くで見ることしか出来ません。
なぜなら、私は今では『なしかさん』に対して恐怖を抱いていますから。
今日は誰にも相談できなかった『なしかさん』との出来事を話させてください。
小さい頃は私も彼を好いていました。
いつものように私たちの鬼ごっこに混ざる『なしかさん』を皆で集中的に鬼にして、「なしか、なしか」と息切れさせていたのも良い想い出です。
恐怖心の切っ掛けは高二の時でした。
私は少々遠い所の高校に通っていて、自転車で駅まで行き、学校まで電車で方法を取っていました。
その日は年末で、部活納めの部室掃除のせいで帰るのが遅くなってしまいました。
自転車置場に着いたのは午後10時前くらいでした。
私は物寂しい駐輪場を背にして、自転車をこぎだしました。
途中で小学校に繋がり、かつ車が猛スピードで来る直線があり、そこはよく町で「デスクールゾーン」と呼ばれてます。
帰るときにそこを必ず通らなげればなりませんでした。
その日も例外なく通って帰っていました。
ちょうど中腹に差し掛かったとき、黒い塊が道の真ん中で街灯に照らされていました。
猫でした。
それもまだ生と死を彷徨っている猫で、体はピクッピクッと動いておりました。
しかし、右頭の方を轢かれたのか、右目は飛び出していました。
この道で動物が轢かれることは珍しくもなく見慣れたものなので、私はそれほど動じて無かったと思います。
私が埋めてやろうかと迷っていたら、横のよく鬼ごっこをしていた公園から何かが出てきました。
『なしかさん』でした。
しかし、いつもの温厚そうな『なしかさん』ではなく、目を見開いている印象がありました。
「たつきちぃ………」
恐らく猫の名前だったのでしょう。
ゆっくり、ゆっくりと黒い塊に『なしかさん』は近付いていました。
私は、彼の猫であれば埋葬を手伝おうと思い、声を掛けようと彼に近付いた時でした。
『ズチャ』
猛スピードで私の後ろを車が過ぎて行きました。
勿論、黒い塊の上を。
私が事態を把握するより早くに、『なしかさん』は仮称たつきちの黒い塊のもとへ駆け出しました。
「なしかなしかなしかなしかなしか…」
と何度もいい、『なしかさん』は腕に結んでいたタオルで、もはや完全に息絶えた黒い塊を懸命に拭こうとしていました。
その『なしかさん』の言動は、夜の暗さとあいまってとても不気味でした。
私はその場に凍り付きました。
その後、ようやく落ち着きを取り戻した私は、熱心に拭き取ろうとする『なしかさん』に
「また車が通るかもしれないから、あぶないよ」
と声を掛けました。
私の勝手な予測では、『なしかさん』には聞こえておらず、懸命に拭き続けるものだと考えていました。
「ひっ」
私は思わず声を上げてしまいました。
予想に反して、『なしかさん』が手を止めて、こちらを見てきたからです。
それだけではありません。
無表情に虚ろな目。
その口からは……
『う゛っ』
私は思わず吐いてしまいました。
防寒着で寒くないのに震えが止まりませんでした。
私はタオルで拭いているとばかり思っていました。
『なしかさん』の、白い息を吐く口に咥えられたものをみるまでは。
私は何かを叫びながら、自転車に乗ってダッシュで帰りました。
何度か自転車のチェーンが外れて、焦りながらチェーンに手を突っ込んでケガをしたのを覚えてます。
次の日の学校を休みたかったのですが、進学校のため休むことは許されなかったので、しぶしぶ登校しました。
昨日の道に差し掛かった時に、怖いもの見たさというか、なんとなくチラッと見てみました。
そこには『なしかさん』は勿論、猫もいなくてかわりに黒いシミだけありました。
私は、『なしかさん』の人柄の良さゆえに、あんな話は誰も信じてくれそうもないので、ずっとだまってました。
数ヶ月後、偶然『なしかさん』に遭遇しました。
ちょうど友だちと久しぶりの試験休みを町で満喫していた時でした。
私は横で凍り付いていましたが、友達が
「はい、あげる♪」
といって、コンビニのデザートを渡すと、
「ありがてぇ、ありがてぇ」
と手を擦り合わせて受け取り、去って行きました。
『なしかさん』はいつもと変わっていませんが、私はもう昔のようになしかさんに自分から近付けません。
あのあと、『なしかさん』がたつきちをどう処理したのか知る人は誰もいません。
何故『なしかさん』はたつきちの一部を口に含んでいたのかが、未だに理解できません。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話