長編13
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もう戻れない

あいつにとっては魔のカーブだった。ノー・ヘルでカーブ曲がり損ねて電柱に激突してしまった。あいつ、一度立ち上がったかと思うと、

ウァーッと、断末魔の叫びをあげ、

そして、

カーッ…

カーッ…

二度、三度、大量の血を吐き、フラフラと倒れ、体震わせるとあっけなく逝ってしまった。

即死だった。

それが、あいつ・カオルの最期だったらしい。

その時、事故現場の真ん前の自宅で、庭木に水やりしていたサイトウのおばさんの証言だ。

ドッカーン…

ものすごい激突音が聞こえたから、慌てて道路に飛び出してみたらこの有様だったと。

その後数年間、事故現場で様々な噂話が絶えなかった。

御多分にもれず、その大半がカオルの亡霊目撃談だ。

バイクにまたがったカオルが首をクルクル180度回転させながら現われた…

カオルが自殺した女生徒と口論しながら歩いていた…

散歩していたら、連れの犬が吠えるのを止めない… すると突然、うるせぇ!というカオルの怒鳴り声だけが聞こえた…

そのうち、『カオルの血文字』という看板まで立てて、赤ペンキで『怨』という字を道路に書く不届き者まで現われる始末だった。

あのころは俺たちもずいぶん荒れた。「自業自得だろ!」と笑ったやつらと喧嘩して、俺とトオルは停学処分と、顧問から往復ビンタを喰らった。トオル、ケイゾウと一晩中現場を見張ったことも一回や二回じゃなかった。

だが、現場には花や線香のみならず、野球のグラブ、バット、バイク雑誌、ヘルメットに至るまで様々なお供物がいつもあったし、当時の女生徒たちがお参りする姿もしょっちゅう見られた。

いずれにしても、時の流れは常に平等だ。

全てのことが風化していった。俺たちのカオルへの思いも…

それから二十年…

小中高共に一緒だった幼なじみのトオルとケイゾウ、俺の三人はカオルの実家へお参りすることになった。発起人はカオルと一番仲良かったトオルだ。

カオルは中学まで俺たちとつるんでいたが、俺たちよりちょっとだけ勉強ができたから別の高校に通っていた。それが皮肉にも運命の分かれ目になったのかもしれない。

当時カオルはたまに会うと、俺たちにバイク遊びを勧めた。カオルは寂しがりやだったに違いない。俺たちはワンゲル部活動で忙しく、鬼のような顧問、先輩達から徹底的にしごかれてたからそれどころじゃなかった。

だがトオルだけは、暇を見つけてはカオルのバイクに相乗りして、遠くまでツーリングしてたって言うから、カオルから影響は受けていたのだろう。親にバイク免許の相談をしたそうだ。トオルの親父さんは、

「あぁ、いいよ。その代わり、親子の縁切ってくれ…」

と一言いうと、それから一ヶ月くらい口を聞いてくれなかったという。

俺たちは駅で待ち合わせると、カオルの実家につくまでの間、お互いの近況やカオルとの思い出話をしながら歩いた。ケイゾウは、

「カオルはさぁ…安全運転だったんだよ。俺数えるくらいしか乗せてもらったことないけど、必ずフルフェースのメット、俺の分まで用意してたよ。で、夏場でも絶対に上着を着ろって…いまだによくわかんねえよ… 事故った時、ノーヘル、Tシャツだろ?まあ、たしかに真夏だったから、ってこともあるかも知んないけど、俺の知るカオルはそんなこと絶対しないはずだよ…」

と甲高い声でカオルのエピソードを切り出した。ことの本質に早く迫りたがるのは、いつもこのケイゾウだ。トオルはうん…うん…と、しかめ面しながらうなずいている。このトオルって男は、とにかく無駄口をきかない。いつも黙って俺とケイゾウのバカ話、顧問や先輩の悪口に付き合っていた。そして誰よりもお人よしだ。誰かの頼みは、犯罪以外ならたいがい引き受ける。要は俺やケイゾウとは一味違った、ナイス・ガイといえる。

俺はケイゾウの言葉に納得した。カオルは几帳面だったし、計画性があった。そして確かに俺を誘うようにも聞こえたが、こう言っていた。

『俺、暴走族じゃないから。バイクは大好きだけど、スピードは嫌いだ。だって、恐いじゃん… 俺、将来バイクショップやるって決めてるから、むちゃなことできないよ。バイクって、むちゃすると悪魔になるけど、ちゃんと乗ればほんと楽しいから…』

俺たちの間に沈黙が流れたが、ケイゾウがニタニタしながら小声で言った。

「あと… カオルにはさ、中学のときからいたじゃねえか。親衛隊… 」

俺とケイゾウが朝通学中のことだ。ケイゾウがカオル!って、呼び止めたかと思えば、後ろから女生徒が勢いよく走ってきては、俺とケイゾウを無視して追い抜く、そして、ツカツカってカオルのもとに駆け寄って、「これ、お弁当… 食べてくれる…?」

確かそんな場面に何度も遭遇したことがあった。俺たちは羨ましさと嫉妬が入り混じって複雑だったが、カッコいいカオルに太刀打ちしようなんて考えるほどバカじゃなかった。

俺たちは中学まで野球部だったが、俺はベンチあたためと代打、ケイゾウはベンチのムードメーカー、カオルとトオルはバッテリーを組んでいた。カオルはエースで三番、いつだってヒーローだ。当然追っかけがいた。でもカオルはいつだってクールで、女子と話している場面でさえあまり見たことがなかった。

そんな思い出話をしている間も、トオルは相変わらずしかめ面している。

俺は何か言いたげなトオルを少し問い詰めたかったが、気がつけばカオルの実家の前に到着していた。

カオルは小さな仏壇に親父さんとともに祭られていた。

小さなカオルの遺影は、詰襟に短髪、目鼻立ちのはっきりした顔だが、悲しげな表情を浮べているように見えた。

カオルのおふくろさんは俺たちの訪問がよほど嬉しかったらしく、ハンカチで涙を拭っていた。

「あんたたち、二十年ぶりよね… 憶えていてくれてありがとね。」

トオルが、

「いえ… ほんとにすみません。ちょうど二十年だなぁと思って… もっと何度も来てあげればよかった… 」

「ううん… そうやって思い出してくれるだけで、カオルきっと喜んでるわ。たまにね、キシベ君がよく来てくれてね、いつもカオルに話しかけてくれる… あとね、サトウ先生もよく来てくれるの。あっ、ごめんなさい… サトウ先生って、メグミちゃんのこと。 あなた達と同級生の… 知ってるわよね? サトウメグミさんよ。」

キシベさんは一年上の中学の先輩で、現在駅前で居酒屋をやっている。カオルからすれば小中高の先輩に当たる。サトウメグミは確かに俺たちと同級生だ。おふくろさんの話によると、現在メグミは母校の中学校で教師をしているらしい。俺はおばさんの話を聞きながらも、何でメグミが… メグミとカオルの接点…?仲良かったかな…?記憶がなかった。俺とケイゾウは思わず顔を見合わせた。トオルだけがおふくろさんの顔をじっと見つめていた。

おふくろさんの話によると、カオルの親父さんは、カオルの事故死以来体調を崩し、五年前に他界していた。カオルには二つ上の兄貴がいて、おふくろさんは今もこのお兄さんから何かにつけて支えられていると言っていた。

そしておふくろさんは、当時根も葉もない、いろんな噂が耳に入ってきて、本当に辛かったと涙ながらに話した。

俺とケイゾウはおふくろさんからカオルのこと、メグミのことなど、何かと聞きだしたいのが本音だったが、おふくろさんはとてもやつれているように見えた。残念だが、昔野球の応援に来ていたころの活発な面影はまったくなかった。トオルはそれを察したのだろう、俺に目配せして、俺たちはおふくろさんにお暇を告げた。

外に出ると、夕日で町が赤く染まっていて、真夏なのに涼やかな南風が吹いていた。

トオルは俺とケイゾウに、

「今日はありがとう。」

と言って頭を下げた。トオルのあらたまった態度がなぜか異様で、俺とケイゾウはまた顔を見合わせた。

そしてトオルは駅前のキシベ先輩が経営する居酒屋に俺たちを誘った。ケイゾウは待ってましたとばかりに、「じゃあ…今日は、カオルくんを偲ぶ会ってことで、とことんやりますか!」と、俺たちの肩をポンと叩いた。

居酒屋に着くと、俺たちをキシベ先輩が迎え、個室に通してくれた。キシベ先輩は俺たちの中学野球部の一年先輩で、ポジションはキャッチャーだった。カオルは二年のときからエースだったから、カオルともバッテリーを組んでいた。キシベ先輩は、生ビールを四つ運んできて、

「今日はありがとよ!実はさ、俺がトオルに今日のこと頼んだんだ。俺もあるヤツから頼まれたからよ… まずは乾杯!」

俺とケイゾウは何だかよくわからなかったが、とりあえずキシベ先輩との再会を喜び合った。だが、どうもキシベ先輩とトオルだけが知る何かがあるな… と、俺はにらんでいた。

俺は生ビールを一口飲むと、さっきから溜まっていた疑問をここぞとばかりにタバコの煙とともに吐き出した。

「トオル… 一体何があったんだ!?なんかしっくりこねえよ。」

横でケイゾウが目を丸くしていた。トオルはビールを一口飲むと、俺に向かって口を開こうとした。キシベ先輩が右手を差し出して、

「トオル!いいよ… 俺から話すから。」

と、あわててトオルを制した。

キシベ先輩はうまそうに生ビールをゴクリと一口飲むと、話を切り出し始めた。

「あのさ… 俺、人よりちょっと感が働くほうでな… 頼まれたんだよ。」

「誰に…ですか?」

「今日の主役、カオルだよ… 」

さすがに俺とケイゾウは目がテンになった。ケイゾウなんて、タバコを逆さまに吸ってしまった。

キシベ先輩の話は俺たちの知らないことが多かった。キシベ先輩は高校もカオルと同じだったから、カオルの事情はよく知っていた。

カオルは中学のときから、マコっていう同級の女生徒から追っかけられていた。そのことは俺たちも少し察してはいたが、カオルにはそういうのがいっぱいいたから、さして気にも留めなかった。

しかし、そのマコって子は少し異常だった。勉強はいつもトップクラスだったのに、なんと高校までカオルと同じ高校に入学してきたというのだ。レベルを大きく落としてまで… 

そして、それを勘違いした先輩がいた。キシベ先輩と小中高の同級生・シマダさんだ。つまり、シマダさんも俺たちより一年先輩にあたる人だった。

シマダさんは、なんと小学生のときからずっとマコのことが好きだった。シマダさんはマコと交換日記をしていて、ずっと付き合ってるつもりでいた。シマダさんは野球部で先輩だったにもかかわらず、卒業するまでずっとカオルの控え投手だった。プライドの高いシマダさんはいつもそのことを気にしていたそうだ。だが、彼にはマコという心の支えがあったから、野球部での屈辱に耐えることができた。

マコはそんなシマダさんに引け目を感じたのか、カオルへの想いをシマダさんにひた隠しにした。マコはまったくシマダさんを好きではなかったから、付き合ってる感覚はゼロだった。それでも、シマダさんのために自分の高校入学時まで交換日記に付き合ってたというわけだ。

シマダさんはマコが同じ高校に入学してきたことを、マコが自分のためにしたことだと思っていた。シマダさんは中学同様野球部でピッチャーだったが、その当時だけは舞い上がっていて、ものすごい球を投げていたそうだ。

そんなシマダさんにも真実を知る時がやってきた。サトウメグミから連絡があったのだ。メグミは勉強ができたので別の進学校に通っていたが、マコとは親友だった。マコは真実の伝達係をメグミに託したのだった。

メグミは何の躊躇もなく、シマダさんにマコの意思を電話で伝えた。中学のときからカオルのことが大好きだということ、シマダさんと付き合ってるつもりはないし、交換日記もいいかげんやめにしたいこと… もう迷惑だと… 

シマダさんの動揺はきっと尋常ではなかった。驚いたことに自宅で首を吊ってしまった。幸いなことにおふくろさんが自宅にいて、救急車を呼んで一命を取り留めた。

そんなこともつゆ知らず、メグミは次にマコの意思を本命のカオルに伝えた。今までずっと好きだった… どんなことでもするから付き合ってほしい… 

「いやだ!」

カオルは即答して、電話を切った。

メグミは申し訳けなげにそのままをマコに伝えた。マコは思わず手首を切ると言って、メグミからの電話も切ってしまった。メグミはマコの一途な性格をよく知っていたから、やばい!と思い、カオルに再度電話して、大変なことが起こっていると伝えた。

カオルはさすがに慌てて、今からマコの家に向かうとメグミに叫んだ。

マコは手首を切ったが傷は浅く、急所は完全に外れていた。

キシベ先輩はそこまで言うと、ふぅっと一息タバコを吸った。

俺とケイゾウは酒の肴にも手をつけず、ひたすら冷酒をあおっていた。キシベ先輩は、

「たぶん… マコの傷のことも知らず、慌てたカオルはノーヘルでバイクにまたがったんだよ。当時携帯もなかったからなぁ… 」

と言って下を向いた。キシベ先輩の目が少し潤んでいた。俺は、

「先輩!でも、カオルはそんなドジ踏むヤツじゃなかったと思います。『俺はどんなことがあろうとむちゃは絶対しない。バイクは悪魔だ。』って、ずっと言ってました!」

と、むきになって声を荒げてしまった。キシベ先輩は俺の荒れ球を軽く受けるように、

「だろ… ここからは、俺しかわからないことなんだけどよ… 」

と何気なく言ったが、目は鋭く光った。

俺は息を呑んだ。ケイゾウは先輩を凝視して冷酒を飲んでいた。トオルはさっきから目をつむって腕組みしたままだ。

「俺もおかしいと思ったから、事故現場に行ってみたんだけど… カオルはよぅ… 誘われちまった… 電柱に激突するように… 」

「誰にです…?」

「シマダだよ… 俺にはよく見えた。シマダの生霊だよ… サイトウのおばさんが言ってたんだ… でかいクラクションの音が聞こえたって… 目の前にシマダが現われたんだ… 信じられねぇだろ…? でもそうさ… 間違いない… 俺には見えた。」

「…………」

「そもそも、俺はカオルがうちの高校に入学してきた頃からいやな予感がしてな… あいつが野球部には入らないっていうから、何すんだよ?って聞いたら、バイクが好きだから、とりあえず免許取りますって言うじゃねえか… こりゃ、やばいって思ったよ… でもさ、あいつにしてみりゃ、シマダと一緒に野球なんかやりたくなかったんだろ… 中学のときからさぁ、嫌がらせ受けてたんだぜ、きっとよぉ… ひと月くらい前によぉ、カオルが俺の枕元に立ちやがってよぉ… 『先輩… みんなと会いたいっす… 』って、血の涙流しながら言ったんだよ… そしたら、次の日タイミングよくトオルが店にきてよぉ… なあ、トオル!」 

キシベ先輩の声は涙で震えていた。トオルも目を硬く閉じて腕組みしながら、こっくりとうなずいた。トオルの目からも涙が流れていた。

俺とケイゾウも目頭を熱くしながら先輩の言葉に聞き入っていたが、ケイゾウが、

「シマダさんは今どうしてるんっすか?」

と尋ねた。ケイゾウの表情が珍しく険しかった。先輩は涙を拭きながら、

「あいつの実家本屋でよ。店番やってるよ。あいつ首吊ってから後遺症で、学校も辞めちゃったし、外もまともに歩けねぇってよ。あいつ生き地獄だぜ。」

と言って、またオイオイ泣き出した。

サトウメグミはこの事件後、強度のトラウマで登校拒否になり自宅にこもっていたが、メンタルケアをしながら復学し教員免許を取ったらしい。そして、いまだに月一回のカオルへのお参りを続けているとのことだ。そして、あれだけ仲良かったマコとは絶縁したらしい。というより、マコ自身音信不通になった。

そして、キシベ先輩が俺たちの気を落ち着かせるように言った。

「マコはさ… あいつ、この事件があってからこの近くに居れなくなって、家族全員で引っ越したんだよ… 学校も辞めちゃってさぁ。それからまったくわかんない… 当然だが、メグミでさえ知らない。でもな… 俺には見える。あいつももはやこの世の人ではないな… 」

俺は大人気ないと思ったが、

「あの世でも男心をもてあそんで喜んでるんすよっ、きっと!あのクソ女!死んでもゆるさねえ!」

思わずテーブルを叩いてしまった。ケイゾウは冷酒をくっと空けた。トオルも手酌でさっきからかなりの勢いだ。

キシベ先輩は、もうかなり落ち着いていた。さすがは先輩だ。

「まぁ、落ち着けよ… もう過去には戻れないし、カオルだって戻ってこれないんだ。カオルが枕元に立ったら、お前らのこと、よろしく言っとくぜ… そうだ… もう… 戻れねぇ… 」

キシベ先輩には俺たちにはない独特の感がある… 俺も、カオルに会いたい… 俺は今日この席にカオルがいて、一緒に泣いているような気がして仕方なかった。そして、この場が妙に静かになった気がした直後だった。

バン!と強い音がしたかと思うと、トオルが両手をテーブルに叩きつけ、深々と頭をたれていた。トオルは、

「そう!もう戻れません!キシベ先輩、お前ら、すまない!戻れないんだ!俺とマコも!マコは俺と一緒にいます。そして…俺、マコと結婚します!来月!」

「はあっ… !?」俺とケイゾウが同時に叫んだ。

先輩の感って…?

ト、トオル…?

キシベ先輩、俺とケイゾウは何も考えず、思わずテーブルを殴打した。倒れた徳利から冷酒がタラタラとこぼれた。気がつけば先輩がテーブルを蹴り上げて、テーブルは土下座するトオルの背中に乗っかってしまった。さらに二合徳利でトオルに殴りかかろうと、暴れる先輩を店員が慌てて押さえつけていた。

客が気を利かしたのだろう、駅前の警官が店に踏み込んで来た。

トオルは俺とケイゾウにほんの仲間内だけの小宴に出席してほしいと土下座した。

これが本当の呪いってやつだろうか…

俺は白いネクタイか黒いネクタイのどっちにしようか、

今、悩んでるところだ。

(おわり)

怖い話投稿:ホラーテラー 工務員さん  

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