中編5
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稲荷様

実家には仏壇くらいの大きさのお稲荷様を祀った、石造りの祠?みたいなものがある。ばあちゃんはお稲荷さんと呼んでいて、そこにお供え物を持って行くのは御曹司の仕事だ!ッと言って、何か行事とかがあると、赤飯やら、新米やらを俺に持って行かせた。

俺が隣県の大学へ通うようになるまで、3歳くらいから、正月、お盆、そして新米が取れる季節や、柏餅なんぞを必ず俺がお供えに行っていた。

じっちゃま、ばっちゃまにはキツーく言われていたので、お供えをした後には必ず、こういう文言を言わされていた。

「お稲荷様、お稲荷様、おいでください、今年もお稲荷様のおかげで良い米がとれました。少しではありますが、どうぞお召し上がりください。」

これは米がとれたときで、正月とか暮れには、

「お稲荷様、お稲荷様、おいでください。今年もあと少しで暮れます。1年安泰だったのもお稲荷様のおかげです。どうぞお召し上がりください。(無事、新年を迎えることができました、どうか今年もよろしくお守護りください。)」

なんてことを言った後に、心の中で欲張らない願い事をしろと言い聞かされてきました。

金が欲しい!とか、ゲームが欲しい!とかそういうことはご法度だぞ、病気にならないようにだとか、成績が良くなるとかそういうことをお願いしろい!

とこれはじっちゃまの教え。

私は忠実にそれを守り、高校3年の春まで続けました。

高校も卒業し、春になりました。

18年間暮らしてきた家族ともしばしのお別れです。

私の足は自然とお稲荷様に向かいました。

「お稲荷様、お稲荷様、おいででしょうか?私も今日から数年お暇いたします。

離れていても私の事を見守っていてください、正月やお盆はできる限り帰ってお稲荷様にお供え物を差し上げに参ります。わずかですが私の握った握り飯です、気持ちを込めて握りました。どうぞ、お召し上がりください。」

そして私は片道4時間かけて母と父と入学式のため車で大学へ向かった。

お稲荷様のご加護か、私はそれまで大病を患ったこともなければ、大した怪我もなかった。

しかし、大学2年のころ、私は病気にかかってしまった。

私はソロツーリング先で、急に熱を出し、震えが止まらないのに、体は火照り、吐き気と激しい頭痛に襲われて、熱を測れば、40℃近いという悪夢のような状態に陥った。

そんな状態で長いことバイクを運転できるわけもなく、徐々に速度を落とし、エンジンを切りなんとかスタンドを立てると同時にバイクから転げ落ちた。

運が悪いことにそこは興味本意で入った旧道で、しかも景色のよいところへそれていたため、かなりの脇道で、地図に載っているのかも分からない場所で、当然車は全くと言っていいほど通らない。

初めての一人暮らしで初めての病気で、自分で言うのもなんだが、死にかけていた。

意識は断続的に途切れ、節々の痛みと寒気と頭痛で目が覚める。これの繰り返し。救急車を呼ぼうにも、腕すら伸ばせない。

携帯をつかむことができない。

(もう、死んでもいいや・・・)

私はそう思って目を閉じた。

どうせ、いつかは死ぬんだし、俺と同じ若さで死んだ人なんて、ごまんといるしな・・・

そんなことを思いながら、これが最後と覚悟し眠りに落ちた。

そして、夢を見た。

真っ白な世界で目の前を何かが通り過ぎる。

狐だ。

動物の狐というよりかは、抽象画なんかで神様と崇められている狐のように切れ長の目をしていて、真っ白だ。

狐は切れ長の目でこちらを凝視し、脳の中に語りかける感じで言葉を送ってきた。

「あの握り飯は美味かったぞ。

さぁ、力を貸してやる。目を覚ませ。」

そういうと俺の目を覚まさそうとしたのか、その白狐は「コーン!」と高く吠えた。

俺は目を覚ました。

若干体が楽になっている。携帯を鷲掴み、119をプッシュする。

すぐにつながり火災か救急か聞かれるが、もう気力がない。

「たすけて・・・」

それだけ辛うじて伝えると、私の意識はそこで完全に落ちた。

気づくと私は病院で寝ていた。

当たりを見回すと個室のようで結構静かだった。

窓の外を見る限り3階か4階のようだった。

窓から見える近くの小さな建物の屋根にあの狐が見えた。

そしてまた高く吠えるとピョンっと建物から飛び降りていなくなってしまった。

私はどうやら、バイクで走行中に海外では多くの死者も出たあのインフルエンザが発症してしまったらしい。

携帯の電波を頼りに救急車とパトカーまで動員して旧道付近を探してくれたらしい。それにしてもよく見つけられたものだ。

しばらくして警察が入ってきて、軽く質問を受けた。当て逃げじゃないのかとか、自爆じゃないのかとか。

すべて否定し、スタンドを立ててそのまま倒れたと伝え、バイクは病気が直ったら警察署で保管してあるから引き取りに来てほしいという話をされた。

病気が治って、警察署へバイクを引き取りに行った際、自分を見つけてくれた白バイの兄さんが案内をしてくれたのでお礼を述べ、その時の状況を聞くと、こんなことを言っていた。

「僕がねー、旧道付近を探してたら、急に狐が飛び出て来て、意味ありげに何回か吠えて走って行ったんだよねー。

不思議なんだけどそのあとをついて行ったら君がバイクの近くで倒れてたもんでさー、驚いちゃった!

君、もしかして狐に取り付かれちゃってない?お払いにでも行ったら?(笑)」

俺は、胸を張って誇らしげに答えた。

「いえ、お稲荷様が守ってくれたんです。おにぎりのお礼に。」

しばらくして夏休みになり、お盆に実家に帰省し。

真っ先にお稲荷様に、お赤飯とおまんじゅうを備え、

「お稲荷様、お稲荷様、おいでください。

ご無沙汰しておりました。命のお礼に今日はおまんじゅうをお持ちしました。どうぞお召し上がりください。ありがとうございました。」

真夏の日には場違いな涼しい、さわやかな風が吹いた。

その夜、久々にみんな揃った家族が奇妙なことを言い出した。

「塩のたっぷり効いた握り飯が喰いたいなぁ。何故だか、、、」

そんなに俺の塩握りが美味かったのかぁ、お稲荷様は。

私は声を出して笑った。

怖い話投稿:ホラーテラー カインさん  

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