中編7
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僕の町のトンネル

僕には全く霊感というものがない。

霊感という言葉をどう定義するかによっては語弊を招いてしまうかもしれないが、簡単に言えば霊というものを見たことがないということだ。

しかし、そんな僕でも霊というものの存在を信じざるをえないほどの出来事に遭遇したことがある。

僕の故郷は、上を見れば空、横を見れば山、下を見れば田んぼと言ってもいいほどの、ど田舎だ。

町でたった一つの駅は、とうの昔に廃駅になり、バスは一日に三便ほどしか運行しておらず、交通手段はもっぱら自転車か徒歩だ。

そんな廃れた町なのだが、僕はこの町が大好きだった。

周りの町が時を刻んでいくごとに無意味にあか抜けていく中、ずっと変わらないこの町は何だか居心地がよく、落ち着く場所だった。

だが、そんな自然溢れる平和なこの町の中でも唯一異彩を放つ場所があった。

朝鮮トンネル

通称こう呼ばれているこのトンネルは、町から少しはずれた山の中にあり地元の人なら軽々しく近づくことのない、いわゆる心霊スポットだった。

なぜ、近づかないのか。

それは皆知っているからだった。

朝鮮トンネルの名前の由来を。

時は昭和初期。

日本が朝鮮を支配下として従えていた時代。

日本は朝鮮から労働者として多くの人々を連れてきた。

田舎町であるこの土地も例外ではなく、日本の軍人の命令の下、トンネル工事を強制されたと言う。

トンネル工事は順調に進んでいた。

だが、ある大雨の日、地盤がゆるんでいた山の工事現場で土砂崩れが起こった。

しかも、最悪なことに大規模な土砂崩れだったため現場で労働を強いられていたほとんどの朝鮮人は生き埋めになってしまったのだ。

しかし、現場を指揮していた日本人は助けるどころか、二次災害を恐れ労働者を見捨てて逃げ出したのだった。

時は流れ、トンネルは無事開通した。

だが、そのトンネルを通った者に度々奇妙なことが起こると噂になり、町の人々は朝鮮人が生き埋めになった祟りだと信じ、いつしか朝鮮トンネルと呼ばれ恐れられるようになった。

歴史を紐解くと以上のようなことがあり、現在のように心霊スポットと呼ばれる場所になったらしい。

ここで、まず一つ断っておくが、このトンネルの歴史に信憑性は全くない。

どこの誰から伝わった話なのかもわからない。

おまけに、最近ではトンネルの中の側面に生き埋めになった男のシミがあるだの、叫び声が聴こえるだの、どこまでが本当で嘘なのかわからなくなっている。

実際、あの出来事が起こるまでは僕は単なる噂話だろうと考えていた。

いや、もしかしたら今でも信じきれていないのかもしれない。

それは、まだ僕が中学生だった頃に遡る。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

僕の幼なじみの親友は野球部だった。

足がとても速く、なぜか走っている時の横顔が狐に見えて、よくキツネ、キツネとからかっていた。

キツネとは、保育園以来の仲だ。

向こう見ずの性格で、口も悪い奴だったが同じ生年月日という偶然も手伝ってか、すぐに仲良くなった。

僕とは正反対の性格のキツネだったが馬が合った。

性格も趣味も全く違う僕らだったが一つだけ共通して好きなものがあった。

お化けだ。

小学生の頃は放課後になると毎日のように、妖怪図鑑を片手に探検に出掛けた。

隣の家の太っちょのおじさんのビッグサイズの洗濯物を見ては、

「あれは山男の服だ。隣に隠れて住んでいるんだぞ。」

と根も葉もない推測をしたり、

竹藪に入って行き、

「ここには山姥の死体が埋葬されているにちがいない。」

と途方もない言いがかりをつけて遊んでいた。

そんなキツネが朝鮮トンネルに興味を持つのも時間の問題だった。

当然、行きたくても親に反対され、簡単には行くことはできなかったのだが、中学生になったある週の金曜日、彼は密かに実行した。

中学生の頃、総合学習の中で『私達の町を紹介しよう』という授業があった。

四人グループ毎に町の中で紹介したい場所へ行き、実際に調べてくるという内容であった。

キツネはその時間に内緒で朝鮮トンネルへ行く計画を立てたのだ。一人で行くのが怖かったのもあるのだろうが、何よりの強みが彼のグループには普段から霊感が強いと豪語しているA子がいたことだろう。

幸い僕はグループが違ったので免れたが、行く直前に

「たろう。バッチリ写してくるからな。月曜日楽しみにしてろよ。」

と幽霊ポーズを決めて意気込んでいた。

しかし、僕がその写真を見ることはなかった。

月曜日の朝、キツネが離れた街の大病院に入院したということを聞かされた。

足に悪性の腫瘍ができていて命に関わるので最悪切断しなければならないということだった。

そんな…

あんなに足の速かったキツネが、もう走れないなんて…

先生は詳しいことは全然話してくれなかった。

僕にはもう、どうしようもなかった。

お見舞いに行こうと何度も考えたが、キツネに会うのが悲しくて怖くてどうしても行けず、手紙を送ることしかできなかった。

そして、時が経つにつれてキツネとは疎遠となっていった。

いつしかキツネとの思い出は完全に胸の奥底に沈められ、僕は歳を重ねていった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

大学に進学した僕は、故郷の町を出て、他県で一人暮らしをしていた。

季節は巡り、大学の長い長い春休みに入ると僕は思い立ったかのように帰郷した。

そして、そこでキツネと再会することとなるのだが、あの入院について思いもよらない真相を聞かされることとなるのだ。

キツネと再会を果たしたのは町で数少ないバス停だった。

特に予定もなく暇をもて余していた僕はなぜだかわからないが、ふとバスに乗ろうと思った。

まだ春には程遠い陽気の中、僕は白い息を吐きながら寒空の下で一日にたった三回しか通ることないレアなバスを待っていた。

すると、前から松葉杖をつきながら、少し左足を引きずって歩く若い男性が見えた。

…キツネ

僕は知らぬ間に大声で叫びながら、走っていた。

およそ五年ぶりの再会をした僕らだったが、やっぱりキツネはキツネだった。

「たろう。…おまえ太ったか。」

…会って第一声がこれだ。

だけど僕は変わらないキツネが嬉しくて、お見舞いに行けなかった自分が情けなくて人目もはばからず泣いてしまった。

「バカだなお前。なに泣いてんだよ。…恥ず…かしいわ。」

キツネは言葉と表情が全く合っていなかった。

「うう…キツ…ネ今まで…ごめん。あ、あ…し…足はだい…じょうぶなの?」

僕の言葉にならない言葉を聞くとキツネは昔と同じ悪戯っぽい笑顔でこう言った。

「ガキの頃に、お化け、お化け言ってたら自分がゾンビみたいになってしまってやがんの。ははっ…」

左足を引きずりながら面白おかしく言うキツネだったが、

それとは裏腹にキツネの真っ赤な鼻と潤んだ瞳が僕の涙の勢いを一層強くした。

キツネは本当はもう松葉杖なしでも歩けるんだと言った。

運動はさすがにもう無理だけど、日常生活には支障はないらしい。

僕らは五年の月日を取り戻すようにひたすら話した。

どちらかが息を着いたら、また片方が話すというように何から何まですべてを話した。

そう。

あの朝鮮トンネルに関するおぞましい出来事についても…

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

以下、キツネの話。

あの日、自転車で一時間ぐらいかけて朝鮮トンネルへ行ってな、実際に中を歩いて見たけど本当に何にもなかったんだよ。

まぁ確かに中は電気も無くて真っ暗だったけど、別に顔のシミもないし、落書きばっかだし、何てことない普通のトンネルだったよ。

んで、山はすぐ暗くなるし長居は無用ってことで一枚写真を撮って帰ることにしたんだけど…

A子が写りたくないって言うんだよな。

しかも、何か本気で大声で言うんだよ。

いきなりだぜ。

他の二人もビビッちまってよ。

結局おれ一人、A子のカメラで撮ってもらったんだわ。

それでな、その日の深夜、左足にものすごい激痛が走って目が覚めたんだよ。

その後は痛みに耐えきれずに気絶しちまって、気がついたら知らない病院のベッドの上だったんだけど、親によると大声で

「手が…手がぁー」

って呻き声出してたらしいんだわ。

足を押さえながらな。

もうそっからの毎日は脱け殻のような毎日送っててよ。

そんなある日、お前らからの手紙が届いてな、最初は全くと言っていいほど読む気にはなれなかったんだけど…読んだらすごく元気もらったよ。

でもな、その中にA子の手紙もあったんだ。

見るからに不気味な封筒にあの写真と一言。

“あたし、見えてたんだ…”

って。

何のことかわかんないまま写真を見たら、全身の血の気が一気に引いたよ。

おれの左足にこれでもかってぐらい白い物体が絡まってて、それが見ようによっちゃあ手に見えるんだよ。

この時にやっと、なんで病院に運ばれるとき自分が無意識に“手がぁ…”ってわめいてたかがわかったんだ。

そんで、ここで初めて気づいたんだよ。

自分が霊にとり憑かれていることに。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ゴクッ

僕は思わず息をのんでしまった。

「それで…だいじょうぶだったの?」

キツネは呆れた顔で僕を見て答えた。

「お前はアホか。んなもん追い祓ってもらえてなきゃここにはいねぇよ。」

キツネは続けた。

「でもな、その霊が結構厄介でな。和尚様によると、もの凄い怨念がおれの足には宿ってたらしいんだよな。だからあんだけ長い年月入院して処置して、挙げ句の果てにはトンネルの近くにでっかい墓まで造ったんだぜ。」

何故なんだ。

どうしてそこまでキツネを恨んでいたのか。

この疑問は次のキツネの言葉によってすぐに解決された。

「おれも気になって和尚様に聞いてみたらゾッとしたよ。

…おれの死んだじいちゃんがトンネル工事の総司令官だったことが憎悪の根源だったようだからな…。」

ここで再会を果たして以来、僕らはまた昔のような親友に戻った。

キツネが言ったように左足の病気が霊が原因かどうかは定かではないけれど、

…僕は思う。

僕の町のトンネルには近づかない方がいい。

ただそれだけのことだ。

怖い話投稿:ホラーテラー アルファロさん    

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