長編11
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仁王立ち

大正時代、うちのじいちゃんが子供のときの話。

じいちゃんは今はもういないけど、30年位前に話してくれた。

『男が覚悟を決めたら、そこからは何があっても泣いたらいかん』

これが口癖のじいちゃんだった。

話してくれたころのじいちゃんは多少ボケが始まっていたが、

この話をしている間は不思議とはっきりとした言葉だった。

じいちゃん(寅雄)7歳。

母親(ハル)と12歳の姉(八千代)と暮らしていた。

父親は寅雄が3歳のときに病死した。

本当は6人兄弟だったらしいが、時代が時代だけに他の4人は全員

死んでしまったらしい。

そんな家族がハルの妹の子供を引き取ることになった。

3歳の女の子で名前はツル。

ツルの父親は母親がツルを身ごもっている間になくなり、

母親も病気で面倒を見きれないためだった。

それから2年くらいたったころ、ハルがしていた着物を織る仕事を

姉の八千代も手伝うようになったため、ツルの面倒は寅雄が見るよう

になっていた。

ある日、ツルと二人で外を歩いていると、ツルが

『いやや、いやや。そっちは行きたくない』

といって座り込んだ。

寅雄は不思議に思ったが、あまり気にもせず違う道を通った。

数日後、川で石を投げて遊んでいると、

『その石は触っちゃだめ!』

と突然怒り出した。

理由を聞いても『だめ!』しか言わなかった。

結局、石には触らずそのまま帰った。

その夜、ツルが寝た後に、寅雄はハルと八千代に話をした。

『最近、ツルがおかしなことを言うとよ』

『おかしなこととは何ね?』

八千代が聞いた。

寅雄は最近のツルの話をした。すると、

『もっと詳しく言いんさい!他にはないんね?』

八千代は声を荒げた。

『そんな言い方せんでもいいやろ!わしが見たのは

そんくらいじゃ』

八千代はハルの顔を見た。

『寅。よう教えてくれたね。明日、ツルを連れてお父ちゃんのところ

へ行って来るけん、あんたら留守番しときんさい。今日はもう寝るよ』

ハルは優しく言った。

翌朝、寅雄が起きたときにはツルとハルは出かけていた。

掃除している八千代に、

『ツルはどうしたんじゃろか?』

と聞くと

『心配いらん』

『頭がおかしゅうなったんじゃないやろな?』

『あほ!おかしゅうなんかなっとらん!』

八千代は過敏なくらいに反応した。

この頃の寅雄と八千代は、年頃のせいかお互いが素直に接することができず、

言うことにいちいち反発して喧嘩ばかりしていた。

寅雄は八千代に本気で嫌われていると思っていた。

『あほとはなんじゃい!こっちは心配しよるんぞ!知っとるなら

言わんかい!』

『うるさい!何も知らんくせに黙っとれ!』

『分かったわい!もうお前とは口利かん!』

ここ最近の二人の会話はこんな感じだった。

ちなみに、ハルの父親、つまり寅雄たちのじいちゃんだが、

一太郎という名前で、寅雄たちの家から6時間くらい

歩いて山を越えてすぐのところに一人で住んでいた。

嫁である寅雄たちのばあちゃんは早くに亡くなったらしい。

一太郎はきこりのような仕事をしていて、年に数回、仕事ついでに

遊びに来ることがあった。

寅雄の家と一太郎の家は、ちょうど山を挟むような形で一本道の

直線状にある。

寅雄の家を出て正面の山を見ると鳥居があり、鳥居が山道の

入り口になっていた。

次の日には二人は帰ってくるだろうと思っていたが、

2日たっても帰ってこなかった。

3日目にはさすがに心配になった。それは八千代も同じだったが、

電話などないため連絡の取りようがない。

ちょうど台風が通過したのでそのせいだとは分かっていたが、

その台風のせいで余計に心細かった。

寅雄がどうしようかと思っていたとき、

『うちは明日、じいちゃん家に行ってくる。あんたもついて来たいやろ?』

『なんやその言い方は!わしもちょうど行こうと思いよったところや。

先に言うただけで偉そうにするな!』

相変わらずの会話だったが、翌日の出発は決定した。

次の日、台風の影響で風が強かったが、二人は一太郎の家に向かった。

道中、必要最低限のことしか話さない二人は、重苦しい雰囲気の中

もくもくと歩いた。

山道をひたすら歩き日が暮れかけた頃、一太郎の集落の入り口にある

木製の鳥居が見えた。

一太郎の家は鳥居のすぐ先。

(しかし腹減ったなぁ。そういえば、家の裏のこの山道の入り口にも

おなじような鳥居があるよなぁ)

ふて腐れたように、八千代の後ろをだらだら歩きながらそう思っていたとき、

『寅!走れ!』

八千代が叫んで、寅雄の手をつかみ走り出した。

『なんや急に!』

『ええから走れ!はよ鳥居をくぐりんさい!』

『いやじゃ。命令するな!』

寅雄は、従いたくないという思いから足を踏ん張った。

『言うこと聞いて!急いで鳥居まで走るよ!』

『勝手に一人で行けばいいやろ!』

『そんなこと言いよらんで早く!間に合わんようになる』

『間に合わん?何のことや?』

ここで寅雄は八千代の様子がおかしいことに気付いた。

呼吸が荒く、何かに怯えているようだった。

それを感じた寅雄は、訳が分からなかったがとりあえず全力で走った。

二人で鳥居をくぐった時、鳥居に張ってある注連縄が外れた。

すると、八千代は立ち止まり、来た道の方を振り返った。

『おい、どうしたんね?走れ言うたかと思えば急に止まってから。

じいちゃんの家はすぐそこやろ?何かに間に合わんのなら急がにゃ

いかんやろ?じいちゃん家まで走れば1~2分やぞ』

寅雄が言うと、

『いや、もう遅い・・・。寅雄。うちはここに居るけん、あんた

じいちゃんと母ちゃんを呼んできなさい』

『えっ?何で?』

聞きながら八千代の顔を覗き込むと、何か決意に満ちた顔で、

瞬きもせず何かを見据えており、小さく震えていた。

『お願いやけん!早く行って!』

震える声で言う八千代にただならぬものを感じ、

『よ、呼んでくりゃいいんやろ』

と、強がりながら走りかけた寅雄に、

『寅雄!』

『今度は何や?』

『今までありがとう。あんたはいい弟やったよ。母ちゃんとツルを頼んだよ。』

『何や・・・急に変なことを言うな!すぐ呼んでくるけん待っとれよ!』

寅雄は言いようのない不安に襲われながら全力で走った。

一太郎の家が見えたときには、声を上げて泣きながら走っていた。

『じいちゃん!母ちゃん!何処や?何処におるん?』

一太郎の家の玄関を入るなり寅雄は叫んだ。

『あら寅雄!心配したんやろ?ごめんね。台風が来とったから

帰れんやったんよ。』

『おっ!寅か。慌ててどうしたんじゃ?』

ハルと一太郎が驚いてたずねた。

鳥居の手前で八千代が走れと言ったこと。

鳥居をくぐったら注連縄が外れたこと。

八千代が鳥居の前に立ち、二人を呼んでくるように言ったこと

を話した。

『まずいぞ!』

一太郎はそう言うと、神棚のひょうたんを取り、裏庭にある石臼の

中の水をひょうたんに詰めた。

次に、横においてあった桶で、頭から石臼の水をかぶった。

『ハル!急げ!』

ハルは神棚の塩を袋に詰めていた。

塩を詰め終わり裏庭に出ると、一太郎がハルの頭から水をかけた。

『行くぞ!』

一太郎はひょうたんと塩の入った袋を持って家を飛び出した。

ハルは、

『心配いらんからね』

と寅雄に言った。

『母ちゃん、ツルは?』

『隣のおばちゃん家で寝とるから心配いらんよ』

それだけ言うと一太郎の後を追って走り出した。

寅雄はついて行こうか迷ったが、八千代のことが心配だったので後に続いた。

寅雄とハルが鳥居に着いた時、一太郎は八千代をかばうように前に立ち、

何かブツブツ言いながら八千代の足元に塩をまいていた。

その時の八千代は仁王立ちで、両手を渾身の力で握り締め、

大きく見開き血走った両目から涙を流し、食いしばった歯がガチガチ

音を立てていた。

鼻と口から血を流し、『うぅーっ、ひゅーっ、うぅーっ、ひゅーっ』という

うめき声のように聞こえる呼吸をしていた。

『ハル!ええぞ!』

一太郎の合図で、ハルは八千代を抱きかかえて静かに仰向けに寝かせた。

そして、硬直した八千代の全身に、これも何かブツブツ言いながら

ひょうたんの水をかけ始めた。

『お父ちゃん、終わったよ。ここではこれまでや』

水をかけ終わったハルが言うと、

『よし!代わってくれ』

今度はハルが一太郎が立っていた場所に立ち、ブツブツ言い始めた。

一太郎は鳥居の隣の木を登り、その木から鳥居に飛び移って、

外れた注連縄をしっかりとくくり直した。

鳥居から降りた一太郎は、

『戻るぞ』

と言うと、八千代を抱えて家のほうへ向かった。

八千代は、硬直は解けたようだがぐったりしていた。

寅雄は目の前で何が起きているのか理解できなかった。

その場の出来事は非現実的で、そこにいるのはいつもの祖父と母ではなかった。

そして、寅雄には八千代が生きているのか死んでいるのかも分からなかった。

一太郎は家に戻ると、八千代を裏庭に運んで全裸にして寝かせた。

そして、石臼の中の水を全身にかけ始めた。

そこへハルがかみそりを持ってきて、八千代の髪の毛を剃り始めた。

ハルは髪の毛を剃り終ると、今度は八千代の全身にかみそりを

這わせ始めた。

『終わったよ』

とハルが言うと、一太郎は再びブツブツ言いながら、

八千代の全身に石臼の水をかけ始めた。

100回以上水をかけて、

『よし。もう十分や。大丈夫や』

と言って、八千代を家の中に運び、浴衣を着せて布団に寝かせた。

『ねーちゃんは?』

寅雄が聞くと、

『大丈夫。今は眠っとるだけじゃ』

一太郎の言葉に、寅雄は涙があふれてきた。

そこへ、

『にーちゃんおるの?』

と、隣のおばちゃんがツルを連れてやってきた。

隣のおばちゃんは一太郎の妹だ。

『あらっ、寅雄。えっ!この寝とるのは八千代ね?何でこんなに

なっとるの?ひょっとして・・・・憑かれた?』

『おお、そうじゃ。八千代はよう頑張った』

一太郎はそう言うと、おばちゃんに話すついでに、さっき起きたことに

まつわる話をしてくれた。

昔は、男尊女卑が強く、馬車馬のように働かされて死んでいった女性や、

口減らしのために殺された子供、食べ物の奪い合いで起きる

殺人なども多かった。

そして、それは事件になることもなく、こともあろうか

寅雄と一太郎の家の間の山中に捨てていたのだという。

一太郎の祖先は、その山に捨てられたものたちの霊が、街中で人々に

障ることがないように、山道の両側を鳥居で守っていた。

鳥居と注連縄とお札で結界を張り、寅雄たちの住む町と一太郎が住む町に

入ってこないように、また、山道で活発な動きができないようにしていた。

寅雄は、一太郎が山の中で仕事をしていたので、勝手にきこりだと

思っていたが、実は祈祷師で、厄除けなどのお祓いをする仕事で、

山の中に入っていたのは、結界の見回りや、張り直しをするためだった。

寅雄の先祖は代々特殊な力を持っていて、霊や魂とかが見え、

悪さするものを沈めることができた。

寅雄の先祖の特殊な力がいつどのようにして現れたのかは分からないが、

女性にしか現れず、それも隔世遺伝なのか、女性全員に現れるわけではないらしい。

近親で力を持っていたのは、ハル、ハルの母親、その曾祖母・・・・

そして八千代とハルの姉の子であるツル。

寅雄が感じたツルの異常な言動は、見えないものが見えたから

ということだった。

おそらく、霊が道をふさいでいるように見えたり、

何らかの魂が宿った石だと感じたりしたのだろう。

それが力の始まりとなるのだが、そのままにしておくと、

己の意思とは関係なく、常に際限なく力を発揮してしまうため、

精神が病んでしまうらしい。

そのため、力を持っていると分かったら、丸1日、護摩焚きの業を行い、

自然に力をコントロールする能力を養う。

それには一太郎の力と、裏庭の石臼の水が必要だった。

石臼の水にどういう効力があるか分からないが、

なぜか枯れることなく湧いてくる不思議な水だったらしい。

では一太郎の能力はというと、一太郎は家系の能力とは別に、

祈祷師として自ら修行して得た力だった。

一太郎は養子で、もともとは寺の次男。

親同士が遠縁だったことが馴れ初めらしい。

『じゃあ、ねーちゃんはあん時何しよったん?』

寅雄は聞いた。

八千代もかつて、ツルと同じように護摩焚きの業を行った。

そして、ハルから少しずつ聞かされ、自分のこと、先祖のことを

すべて理解していた。

当然、注連縄の意味も理解していたので、外れたらどうなるかも分かっていた。

寅雄と鳥居をくぐるとき、台風の影響で注連縄が外れた。

注連縄が外れると山にいる霊が動き出し、災いが起きてしまう。

八千代は注連縄が外れそうになっていることに気付き、

外れる前にくくり直そうと思って走ったが間に合わなかった。

だから、八千代は渾身の力で霊を抑えようとした。

が、もともと八千代はそこまで強い力を持っていなかったため、

一部に取り付かれてしまったのだった。

霊が憑くときというのは、身体の穴から入り込んでくるらしく、

例えるなら、耳、鼻、口、肛門、女性であれば膣口・・・・

そこから、大人の腕くらいあるムカデが入ってくる様な感じらしい。

『八千代は本当によう頑張ったんよ。ひょっとしたら、憑かれたのは

わざとかもしれんよ。跳ね返せないと思ったから取り込んだんじゃ

ないかねぇ』

『そうかもしれん。4体入っとったからのぅ』

『どういうこと?ねーちゃんの中に幽霊がおるん?』

『いや、大丈夫や。出して流した。憑いたやつらは体毛に集まり宿る。

やけん、八千代の髪の毛や体毛を全部剃って清水で流した。

怖かったろうなぁ。寅、お前を守ろうとしたんじゃろうよ。

お前も早く大きく強くなって、母ちゃんと八千代とツルを

守ってやらにゃいかんのぅ』

あの時、意地を張らずに走っていれば・・・・。

寅雄は後悔した。自分に対する悔し涙が止まらなかった。

決意に満ちた八千代の目。震えながらの仁王立ち。細い身体で守ってくれた。

髪の毛を剃られ、力なく布団に横たわる姿。

何も知らなかった自分、何もできなかった自分が悔しくて思いきり泣いた。

泣いた後に、石臼の水を頭からかぶった。

そして、

『俺はこれから先、何があっても絶対に泣かん!みんなを守る!』

そう誓った。

家の中を見てみると、5歳のツルが涙を流しながら八千代の頭を撫でていた。

そして月日がたち、戦争、病気、老衰・・・・理由はそれぞれだが、

みんな天寿を全うした。

八千代さんとツルさんは戦争でなくなった。

じいちゃんと八千代さんは娘を持たず、ツルさんは嫁ぐ前に亡くなったため、

代々の特殊な能力はツルさんで最後となった。

が、二人が亡くなったのは大きな空襲時で、大勢の人が一度に

犠牲になったため、じいちゃんは八千代さんの亡骸は確認したが、

ツルさんの亡骸は、八千代さんの隣に寄り添っていた真っ黒な、

元は人間だったであろう遺体をツルさんではないかと見せられただけで、

実際に亡くなったかどうかは分からない。

確認する方法もなかったと言っていた。

あの注連縄で封じられた山も、その後どうなったのかは分からない。

どこにあるのか知らないし、聞いたこともない。

本当にあるのなら話題になりそうなものだが・・・・。

となると、じいちゃんの作り話とも思うが・・・・

もしかすると、生きながらえたツルさんが娘を持ち、その娘、

その孫娘が今でも鳥居や注連縄を守っているのかもしれない。

俺はそう思うことにしている。

怖い話投稿:ホラーテラー リコウさん  

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