中編4
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精神病の伝染

果たして、精神病というのは伝染するものなのだろうか。

筒井康隆の『パプリカ』に伝染性の分裂病という病気が登場したけれど、あれは小説だけの話。

人の心を操る寄生虫が出てくる小説(ネタバレになるのでタイトルは言えない)も読んだことがあるが、あれも実際に見つかったという話は聞かないし、

たとえ存在したとしてもそれはあくまで寄生虫病であって、「伝染性の精神病」とは言いがたいような気がする。

実際には、たとえば梅毒のように伝染性の病気で精神症状を引き起こすものはあるけれど、

純粋な精神病で細菌やウィルスによって感染する病気は存在しない。

精神病者に接触しても、感染を心配する必要はないわけだ。

しかし、だからといって精神病は伝染しない、とはいえないのである。

精神病は確かに伝染するのである。

細菌ではない。

ウィルスでもない。

それならなんなのか、というと「ミームによって」ということになるだろうか。

妄想を持った精神病者Aと、親密な結びつきのある正常者Bが、あまり外界から影響を受けずに共同生活をしている場合、AからBへと妄想が感染することがあるのだ。

もちろん、Bはまず抵抗するが、徐々に妄想を受け入れ、2人で妄想を共有することになる。

これを感応精神病、またはフォリアドゥ(folie a deux)という。

Folie a deuxというのはフランス語で「ふたり狂い」という意味。

最初に言い出したのがフランス人なので、日本でもフランス語で「フォリアドゥ」ということが多い。

もちろん妄想を共有するのは2人には限らないので、3人、4人となればfolie a trois、folie a quatreと呼ばれることになる。

なんとなく気取った感じがしてイヤですね。

AとBの間には親密な結びつきがなければならないわけで、当然ながらフォリアドゥは家族内で発生することが多いのだけど、

オウム真理教などのカルト宗教の場合も、教祖を発端として多数の人に感染した感応精神病と考えることもできるし、

こっくりさんによる集団ヒステリーも広義の感応精神病に含めることもある。

この感応精神病、それほどよくあるものでもないが、昔から精神科では知られた現象で、

森田療法で知られる森田正馬も1904年に「精神病の感染」という講演をしている(この講演録が日本での最初の文献)。

さて、そのフォリアドゥ(感応精神病)の具体的な実例である。

まずは精神医学1995年3月号に掲載されている堀端廣直らによる

「Folie a deuxを呈し“宇宙語”で交話する一夫婦例」

というものすごいタイトルの論文から。

鍼治療の仕事を営む夫婦の話である。

夫婦は「温和で物静かな夫婦」とみられていたが、1986年8月中旬から、妻の方が「宇宙からの通信」を受け始めた。

その内容は「病気はこうしたら治る」「宇宙から素晴らしい人がやってくる」といったものだった。

また、それと同時に近所の人々によって嫌がらせをされるといった被害妄想も感じるようになった。

そして、約1ヶ月後には夫も同様の被害妄想をもつようになり、宇宙からの通信を受け始めたのだという。

妄想が感染したのだ。

二人は治療を求める客に対して「あなたは価値のない人間だから」などといって断るようになる。

昼間から戸を締め切り夜は部屋の電灯を一晩中ともして「宇宙からの使者を待つ」生活をして周囲から孤立していった。

そして約二年後のこと。今度は夫の方から「宇宙語」と称する言葉をしゃべりはじめ、半年後には妻も同調して二人は「宇宙語」で会話するようになったのだという。

近所に抗議に行ったり通行人を怒鳴り追いかけるときにも「宇宙語」を発して近所の人々を驚かすこともあった。

宇宙語は中国語やスペイン語に似た言葉のように聞こえたとのこと。

子供が3人いたが、感化されることもなく宇宙語も理解できなかった。

1991年、妻が通行人に暴力をふるう行為があったので妻のみが入院。

妻は、医師に対して「宇宙語を喋るのがなぜいけないのか。人間のレベルが高くなったからしゃべるのだ」と反論し、同席した夫と宇宙語で会話。

しかし入院翌日からは落ち着きが見られ話も通じるようになった。

入院3週間後より夫との面会を許可したが、笑顔で落ち着いた様子で宇宙語は話さなかったという。

退院してからは「あのときは自分は一生懸命だったのです。今となっては過去のことです。通らねばならない過程だったと思います」と冷静に振り返ることができたという。

怖い話投稿:ホラーテラー くっぴっぷぅーさん  

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