中編3
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隣人

学生時代、住んでいたマンションで起こった話。

当時住んでいたのは住宅街の中に建つ五階建ての学生マンションで、俺はその二階の角部屋を借りていた。

直接大きな通りに面していないため車の通行量が少なく、静かだったのが選んだ一番の理由だった。

運良くといって良いのか、近隣の住人とは特にトラブルも無く(隣の部屋を借りていた人がいなかったのもあった)それなりに快適な生活を送っていた。

そのマンションに住み始めてから一年程だった頃、学校が長期の休みに入り実家に帰省していたのだが、休みが終わりに近付いていたため、マンションに戻った。

部屋の前で鍵を探していた時、隣の部屋の扉が開く音が聞こえた。

目をやると開いた扉の隙間から女性が顔を出していた。

「はじめまして」

と、軽く会釈をした。

どうやら俺が帰省していた間に越して来たらしい。このマンションに越してくるという事は同じ学生なのだろう。

どうも、と簡単な挨拶をし、ろくな会話もせず部屋に入った。

女性は可愛かった。

もしかしたらひょんな事から仲良くなって付き合ったりしないかな、とくだらない妄想を繰り広げてみたが、その後、特に関わりを持つ事も無く妄想は妄想のまま終った。

女性と顔をあわせてから更に半年程たった日の夜。

そろそろ眠ろうかと布団に潜り込んだ。

すると、隣の部屋から壁越しに低い音が聞こえた。

よく聞いてみるとそれは声だった。男の低い声だ。

どうやら、隣人の女性が男を連れ込んでいるらしい。

俺も恋人欲しいなぁ、と考えながら目を閉じたのだが、男の声がやたらと響く。更にそこに女性の笑い声が重なり、かなり耳障りだった。時よりいちゃつくような声も聞こえてくる。

次第に俺は嫉妬と惨めさで眠るどころではなくなっていた。

結局、その会話は朝方まで続き、俺が眠りについたのも空が白々と明るくなってからだった。

その会話は毎晩聞こえてきた。いくら眠ろうとしても隣人の会話が耳につき眠れない。しかも、朝方まで続くものだから寝不足になる。かなり苦痛だった。

文句を言ってやろうと思ったが、たかがカップルの会話にいちゃもんをつけるのも情けない。

結局、我慢するしかなかった。

しかし、俺を悩ませていた隣人の会話がある日ピタリと止んだ。

男の家にでも転がり込んでくれたか、と胸を撫で下ろし何も気にせずゆっくり眠れる事を喜んだ。

数日後、学校から戻るとマンションの前に人だかりが出来ていた。

何事かと思い、近くにいた警官にこのマンションの住人である事を伝え、何が起こったのか尋ねた。

「202号室で女性の遺体が発見されました。断定は出来ませんが自殺でしょうね」

警官は淡々とそういった。

身体中が泡立つような感覚に襲われた。

俺の隣の部屋だった。

男の部屋に行ったとばかり思っていたが、女性はいたのだ。声が聞こえなかったのは女性が話せなかったからだ。死んでいたから。

そこである事を思う。

男はどうなったのだ?

後日、警察から事情聴取を受けた。

事情聴取といっても隣の部屋から変な音がしなかったか等の簡単なものだ。

俺は夜な夜な聞こえてきた会話の事、ある日その会話がピタリと止んだ事を話した。

しかし、話を聞いていた警官はただただ首を傾げるばかりだった。

「こちらの調べでは、女性が誰かと付き合っていたという事実はありませんが?」

訳が分からない。

では、あの男の声は何だったのだ?!毎晩聞こえてきたあの楽しげな会話は何だったのだ?!

俺は幻聴でも聞いていたとでもいうのか?!

俺は立ち尽くす事しか出来なかった。

その後、俺はそのマンションを引越し、学校の近くに部屋を借りた。

あの出来事は何だったのだろうか、何故女性は自殺したのか、男はどこに消えたのか、いや、本当に男は存在したのだろうか(確かに男の姿をみた事は一度もない)、今ではそれが気がかりで仕方がない。

ただ、一番気になったのは引越しのさい、立ち会った管理人が、

「これで三人目か…」

と呟いた事だ。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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