中編6
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歌舞伎町

Uさんは落ち着いたと同時に口を開いた。

「先に言っとくけど、アパートには戻らねぇぞ。危ねぇからな。」

そう言うと着いて来いと言わんばかりに歌舞伎町の方へすたすたと歩く。

「まぁとりあえず何があったら教えろや」そう言うとニカッと笑った。

俺とUさんは喫茶店に着いた。

俺たちが初めて会った喫茶店。

俺は全てを話した、何をしたか、何処に行ったか、どこまで話せばいいのか分からなかったから、何を食べたかまで話した。

Uさんは終始無言で聞いている。

話している内に、緊張の糸が切れたからなのか涙が溢れ出してきた。

そして俺の話しが終わるか終わらないかの時、突然携帯がなった。

相手は社長、どうやらアパートの管理人から苦情が出ているらしい。

社長曰く名義がそのままなので連絡が直接社長にきたとの事。

Uさんに事情を説明してもう一度アパートへ行く事に。

アパートの中は異様な光景になっていた。

部屋そのものには乱れは無いものの、先程とは変わってSの様子が明らかにおかしい。

目が飛び出るくらい見開き、眼球が左右別個の動きをしている。そして、

「見てる。見てる。見てる。見てる。見てる。見てる。見てる。見てる。見てる。見てる」

とひたすら絶叫している。

でもその時は確かに俺にも見えた。

5人、いやそれどころじゃない、何人もの奴らが目を見開きSを見下ろしている。

もう俺は限界だった。自分のキャパシティをはるかに越えている。

俺はUさんの方を向き、

「助けて下さい!助けて下さい!助けて下さい!」

となんども床に頭をこすりつけた。

Uさんは「わかった。その最後に行った物件に案内しろ。」と言うと目をキッと細めた。

いつものUさんじゃない。

やっぱりこの人もヤクザなんだと思わされた瞬間だった。

「Sは助かりますか?」と言う俺の問いかけには答えず、代わりに手を頭の上にポンと置いた。

その手の平の大きさに、どこかほっとした感覚を覚えたのをおぼえている。

アパートから物件までは地獄だった。さっきまで見えなかったモノが沢山見える。

形を成しているモノ、かろうじて形を成せているモノ、全く形を成せれていないモノ。

そんなモノがまわりにウヨウヨいる。

顔をひきつらせながら、「Uさんいつもこんなん見てるんですか?」と言った俺に対して、Uさんは「ヘヘッ」と口だけで笑ってみせた。

物件の前に着く。途端に空気が重くなる。

初めて入った時嫌な感じは確かにしたものの、この建物の中に普通に入ったんだなぁと少し自分の鈍さ加減が嫌になった。

Uさんの様子も少し変わっていた。

物件に行く前に不動産屋に鍵を借りにいったのだが、その際Uさんが社員の人に詰め寄るシーンを見た。

会話の内容までは聞こえなかったが、お互い笑っていなかったってのは分かる。

「こりゃ…すげーな…」とUさんが呟いた。

Uさんの両肩がフルフルと震えている。

俺がそれを見ているとUさん自身もそれに気がついたのか、

「武者震いってやつだな…」と言いながらまた口だけで笑ってみせた。

そして2人でエレベーターに乗り込み目的の階へ。

扉が開いた瞬間に2人して嘔吐する。

「なんやこれ…」っていうのが一番いい表現だと思う。

息ができない。胸が苦しい。首を誰かに絞められている感じがする。

多分Uさんも俺と同じ感覚だったんだろう。

しかしUさんは「鍵だけ開けてくれよ」とうずくまっている俺に手を差し出した。

そのままドアの前に行き、カチャンと鍵を開ける。

もう腰が抜ける一歩手前の状態だったが、鍵を開けたついでにドアの取っ手を掴んで一気に手前に引きよせた。

店の中は外以上の地獄だった。

顔、顔、顔…店の至る所に顔がある。

女だったり男だったり、怒っていたり悲しんでいたり、笑っていたり無表情だったり。

その様々な顔達が皆一様に口をあり得ないスピードで動かしている。

しかし声らしきものは何も聞こえない。

俺の精神は完全に限界に達した。

意識はあるものの身体は硬直し、失禁していた。

その時後ろからUさんが俺を押し退けて店の中にはいっていく。

「お前達の上司はどこにいんだよ?」とそういうモノに対して変な言葉を使いながら、スタスタと中にはいっていく。

そして三歩、四歩くらい進んだ時だった。

「ゴギギッ」

そんな音が聞こえた。

Uさんを見ると、左腕が関節を無視して曲がっている。

「ンゴォッ」と声にならない声を出してUさんが崩れ落ちる。

「親玉の野郎。やっと出てきやがったな。」と膝をつきながら奥のキッチンを睨み付けている。

俺もUさんの視線を追うようにキッチンを凝視する。

「なんやアレ…」って言葉が自然と口から出た。

その女はキッチンの下から這い出るように出てきた。いや、厳密に言うと女では無いかもしれない。

ただ長い髪という事から女だと決めつけていた。

そいつの顔は、もはや顔と呼べる代物では無かった。

まず顎と呼ばれる部分は無い。

普通目がある所には棒状の物が所狭しと刺さっている。

本来鼻がある場所は平らになっている。

手足の関節は全てあさっての方向を向いており、胴体はどちらを向いているのかさえ分からない。

そんな化け物が「ヒューヒュー」といいながら俺達に近付いてくる。

俺は相変わらず硬直したまま。

心のどこかでもう駄目だと諦めていたが、Uさんは違った。

左腕を庇いながら俺の方に歩いてくると、「ちょっと仕事してくるわ」と言い、まだまっすぐな右腕で俺をポンと押した。

ドスンと廊下側に尻餅を着く俺。

締まっていくドアの向こうに見た最後の光景は、

「生きてる人間の怖さ教えてやるよ。」と言いながら奥に向かって力強く歩いていくUさんの後ろ姿だった。

この話しはこれで終わりだ。

後は何も無かった。

一時間後くらいにやっと動けるようになった俺は奇声を上げながら店内へ。

そこには何も無かった。誰も居なかった。

その後Sの元へ行くと普通になっていた。

その時の奇行から薬物中毒の疑いをかけられ、検査と取り調べを受けていたが、問題は無く後日すぐに釈放された。

俺は起こった事の大きさが受け止められずに、アパートで1ヶ月ほど引きこもっていた。

Uさんが在籍する事務所では、Uさんが突然居なくなってしまった為に内部でパニックが起こっていたようだ。

でも俺にはまだやらなければいけない事があった。

それをするためにUさんの自宅に向かう。

インターホンを鳴らすとお子さんを抱いた奥さんが出てきた。

奥さんはそこでは何も言わずに「どうぞ」と中へ入れてくれた。

部屋につき、早速話しを始める。

起こった事を事細かに全て話した。

目に涙を貯めながら最後まで話しをした俺に、

「怖かったでしょ?頑張ったわね」と労いの言葉をかけてくれた。

奥さんは全てを理解していた。

極道の妻として、いつ起こりうるか分からない夫の身の上に関して、覚悟を決めていた。

最後に奥さんは、

「あの人は最後に仕事をして、T君をちゃんと守って居なくなったんでしょ?ウチの旦那に守られたって事、誇りに思ってあげてね」

と言う言葉で締めくくった。

その後俺達は大阪に戻った。

Sは退社して実家のペンキ屋を継ぐ事に。

俺は担当を経理に回してもらい、二度と現場に戻るつもりは無い。

最後になってしまったが、来週でUさんの忘れ形見が二十歳の誕生日を迎える。

一緒に酒でも交わしながら、大切な話しをするつもりだ。

お前の父ちゃんは偉大な人だったって。

最後まで付き合ってくれてありがとな。色んな意味ですっきりしたよ。

感謝する。

怖い話投稿:ホラーテラー たこ焼きさん  

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