中編7
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ドッペルゲンガー

怖いというより、不思議な話です。

長文ですが、お付き合いいただければ幸いです。

一昨年前の正月に地元での、同級生達との新年会から始まった話。

女三人、男四人での新年会になった。

七人の中で、JとM子は結婚しており、俺とJ夫婦が地元を離れ、生活している。

近況報告やら昔話やらで盛り上がった。

みんなそれなりに年齢を重ね、俺を含め外見は随分変わった者もいるが、当時の話をする表情はそのままだった。

その中でM子はほとんど、いや全く変わってない。

俺は、M子が五年ほど前に大病を患ったと聞いていたから、ひと安心した。

M子は高校時代から可愛い系の外見と気さくで明るい性格から、男子の注目の的であった。

だから結婚が決まった時、Jは男子から羨望の眼差しで見られいた。

『お前、若いままだなぁ。二十代でも十分通じるんじゃね?』などと集まった仲間からも言われ、M子自身もまんざらではないようだ。

ただJだけは浮かぬ顔をしていた。

『おい、嫁さんが若さと美貌を保っているのはいいことじゃないか?なぁ、J?』と俺は声を掛けたが苦笑いするばかりだ。

なんだかんだと盛り上がり、解散時間もだいぶ遅くなった。

帰り際Jから、改めて二人で飲まないか?と誘われた。折居って話したいことがあるとのことだった。

正月休みが明けの週末に会う約束をして別れた。

幸いJと俺の職場は同じ沿線にあり、仕事帰りに落ち合うには都合がよかった。

店に入り、再会の乾杯の後Jは不思議な話を始めた。

M子は五年ほど前に大病を患い、手術をした。

それが元で、子供を授からない体になってしまった。

術後の治療で頭髪が抜け落ち、顔に浮腫が出た時のM子の塞ぎようは大変なものだったらしい。

Jは誠心誠意M子を支えた。

その甲斐あって、M子は快方に向かった。

しかし、退院した後もM子は一度抜け落ちた頭髪が生え始めるまで、一切鏡を見ない―というより鏡を受け入れない生活をしていた。

そしてその反動からか、頭髪が生えはじめると一転、鏡ばかり見る生活になったのだという。

それ以降、M子の自身の美に対する思いは加速するばかりだというのだ。

『いいんじゃねぇの?だれかに迷惑かけてるわけじゃないし。

それだけ、元気になった証拠だろう。

いつも身奇麗にしてる女房なんてお前にとっても幸せなことじゃないのか?』

と俺が言うと

『ああ、確かに元気になってくれたのは嬉しいんだが、…何かをものすごく意識して抵抗している感じなんだよな。』

Jはうまく説明できないもどかしさで顔を軽く歪ませていた。

恐らくJはM子が意識しているものは―Jが決して口に出したくないもの―死だと思っていたのではないだろうか?

『多かれ少なかれ若さにはみんなこだわってるんじゃないのか?

深く考えすぎだって!』

俺は、長い間M子と共に大病と闘ったことの疲れがJを神経質にさせているのではないかと心配になった。

『そうだよな…。考えすぎかもな…』Jは力無く呟いた。

『なぁ、J。もちろんM子が元気でいるのが何よりだが、お前も体、大事にしろよ。』

『ああ、俺の方がマイっているのかもな…』

そう言いながらJは酎ハイを飲み干した。

そして、ため息まじりに

『なぁ、池尻。

俺、やっぱり神経質になりすぎてるんだろうなぁ。

最近、変なモノを見るんだよ…』

と話し始めた。

それは去年の11月あたりから、Jの周りに姿を現すようになったらしい。

それはM子―いや、正確にいうと闘病時の、五年前のM子なのだそうだ。

頭髪が抜け落ち、顔に浮腫がある化粧っけの全くないM子を見かけるのだ。

最初は通勤途中の商店街やコンビニなどだったが、12月に入ってからは自宅でも見かけるようになった。

もちろん、本物の?M子はそこには居ない。別の場所にいる。第一、頭髪も生えそろっているしスッピンでいることもない。

『やっぱり俺の見間違えだよな?そうだよな、池尻?』

そんなに飲んだ訳でもないのに、Jはしつこく俺に聞いてきた。

『おいおいJ、お前、酒癖悪かったっけ?(笑)

何度でも言ってやるよ(笑)

ああ、そうだよ、J!

お前の見間違えだ!』

するとJが不意に涙ぐんだ。

『俺、怖いんだよ。

退院する時に医者に言われたんだよ。

五年間再発しなければ、完治だって。

今年が五年目なんだ…。』

一呼吸おいてJが続けた。

『笑わないで聞いてくれよ…池尻、お前、ドッぺルゲンガ−って知ってるか?

もう一人の自分が現れて、ソイツに会ったら死ぬってヤツなんだけど…』

『J、お前まさか?

お前が見えているのがM子のドッペルゲンガーだと?』

俺は酒を吹き出しそうになりながら言った。

正直、Jの精神状態の方が心配になったが、真面目にM子を心配しているJには言えなかった。

『俺が見ている髪の毛のなかった頃のM子がドッペルゲンガーで今のM子が鉢合わせしたら…。』

なおも続けるJに俺は

『しっかりしろよ。

何も起こりはしないよ、きっと。

もし、何かあったら連絡しろ!

俺が何とかするから…な?』

と根拠のない力付けをするしかなかった。

それでもJは少し気が晴れたようで、帰り際には

『付き合ってくれて、ありがとな。

また、連絡するよ。』

と言って帰って行った。

それから数週間が過ぎ、俺も日々の仕事に追われ―

Jの話も記憶の片隅に押しやられてしまった頃のある日曜日、Jから電話があった。

ついに、ドッペルゲンガ―?とM子が会ってしまったというのだ。

しかもJの目の前で…

その日の朝、M子に起こされたJは寝起きのボンヤリした頭でトイレに向かった。

何気に扉を開けたそこには例のM子?が立っていた。

Jは思わず声を上げてしまった。

その声にM子が駆け付け、ソイツと鉢合わせ…

なんとM子はソイツに近づき何かを怒鳴ったのだそうだ。

Jは動転していたこともあって、しばらく立ち尽くしていた。

気が付くと、M子のドッペルゲンガーは消えていたのだ。

『どうしよう、池尻…』

『その後M子はどうしてるんだよ?』

『それが…普通どおりなんだ。』

『M子とちゃんと話をしてみろよ。』

俺はすべてJの思い過ごしだと思いたかった。

とにかくそう思うことでM子に何事も起こらないと信じたかった。

それから一週間ほど過ぎ、Jから会いたいとの連絡があった。

俺達はまたあの店で落ち合うことにした。

『ようJ!待ったか?』

先に店に着いていたJは軽く手を挙げ、俺にも座るように促した。

『池尻、心配掛けて悪かったな。』

Jの落ち着いた表情に、俺はホッとした。

『何も起こらなかったんだな?』おしぼりで手を拭きながら聞くと

『ああ。M子は元気にしている。定期検査でも異常はなかったよ。』とJは答えた。

『そりゃ、よかったなぁ。やっぱりJの見間違えだったんじゃねぇのか?』

『いや、ドッペルゲンガーはやっぱりいたんだ。

M子もちゃんと見てる。』

『はぁ?じゃ、鉢合わせしたのか、M子と?』

『ああ。だが、M子はソイツを自分だとは思っていないんだ。』

『どういうことなんだよ?』

『ん―ん、うまく言えないんだが、そのドッペルゲンガ―をM子は自分とは別人?っていうか、別人の幽霊かなんかだと思っているんだ。』

『だって、Jには五年前のM子に見えたんだろ?』

『ああ。でもM子自身はあの頃、自分の姿を鏡で見ようとしてなかったし、あの姿の自分の記憶を消してしまったらしい。

つまり、M子にとっては自分の姿ではなかったんだよ、そのドッペルゲンガー』

『??よくわかんねぇ…

つまり、主観としてソレが自分だと認めてないからドッペルゲンガーと会ったことにならないってことか?』

『おそらく。

それと、M子が怒鳴ったって言ったろ?

あれもよかったみたいだ。』

俺に打ち明けた後、Jはドッペルゲンガ―の対策を調べたらしい。

その中にドッペルゲンガーに会ってしまったら、罵声を浴びせるっという対策があったらしい。

『なんだか笑い話みたいだな…にわかには信じれん(笑)』

『そうだよな。

M子、ソイツに向かって

《早く出ていけ!》って怒鳴ったんだ。

俺なんか声さえ出なかったのに…

それっきりドッペルゲンガーは出ないんだ。

んでさ、俺、M子に今までのこと話たらさ…

M子が笑いながら言うんだよ

《私ね再発を怖がるのを止めたのよ。

だって、元気な人だって明日交通事故で死ぬかもしれないじゃない。

私は子供を産むことはできなくなっちゃったけど、他の人が子供と作る思い出の数と同じくらいの思い出をJと作ろうと思っているの。

Jとの思い出の中でいつまでも綺麗でいられるように頑張ってるんだから!

J、心配して生きるより、楽しい思い出沢山作って生きていこうよ!》ってさ。

俺さ、もう大丈夫だって思ったんだよ。

M子にこんなに《生きる力》があるなら。

俺も心配しすぎないでM子のそばで一緒に笑ってようて思ったんだよ。』

『さすがM子だな…』

俺は妙に感動してしまった。

J夫婦の前に現れたものがM子のドッペルゲンガーだったのか、別人の幽霊だったのか、俺にはわからない。

でも、ソレがどんなものであったとしてもM子の《生き抜く意志》に敵うわけなどないと確信した。

今年また、二人の笑顔の年賀状が届いた。

読んでいただいた方、ありがとうございました。

怖い話投稿:ホラーテラー 池尻大橋さん  

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「死ぬ」「死にたくない」「死なんて怖くない」
と「生=死」意識している間は「死」は別次元にあるような気がするんです。
「生=死」を意識しなくなる「もう生きてなくていいや」と
「生=死」を考えなくなった時、思考停止した時に人は
「死」を迎えるのではないかと思います。

「死」を頭の隅に置いておきつつ生きる事を楽しむそれが一番ですね。

M子さんかっこいいなぁ…。こういう生き様は憧れます。