幽霊の日常 俺が死んだ理由

長編12
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幽霊の日常 俺が死んだ理由

廃病院を出た俺は、どこに行くというあてもなく 街中を歩いていた。

久しぶりに見る大勢の人達。

誰もが皆 忙しく歩いていて、それを見ている俺もなんだか落ち着かない気分になる。

この辺りは知った場所だった筈だが見慣れない建物が並び、初めて来た場所のように見える。

もう少し行った所に 大きな公園があったはずだ。

とりあえず そこへ行ってみよう……。

そう考えた俺は 歩みを早めた。

しばらく歩くとさっきまでの喧騒が嘘のように、静かな細い通りへと出た。

目の前には公園の入口がある。

そうだ、ここだ。

この場所は、俺の記憶とはほとんど変わらずに そこにあった。

中へ入ると 子供用の遊具は多少新しくはなっているが、他は俺が生きていた時のままだった。

懐かしいな……。

あの遊歩道。当時飼っていた愛犬とよく散歩したっけ。

俺が子供の頃は、まだ舗装が進んでなくてボコボコしていた地面も、今は綺麗になっていた。

人影はまばらで 小さな子供のはしゃぐ声が遠くから聞こえてくる。

俺は近くにあったベンチに腰をおろした。

そうそう。

今は季節的に枯れてしまってはいるが、ここから見える桜は それは見事な物だった。

春になれば出店も出て、さぞ賑わうだろう……ん?なんだあれ?

少し離れた場所にある一際大きな桜の木に、何かがぶら下がっているのに気づいた。

よく見てみようと近づいてみて、すぐにそれが首を吊った男だとわかり足を止めた。

なんだ、珍しくもない。

デカイ蓑虫だったら面白かったのに。

ベンチに戻ろうと後ろを向いた時、男が何かを呟いているのが聞こえてきた。

見ると男は、苦痛に顔を歪めながら『死にたい』とひたすら呟いている。

ロープが食い込み そんなに首が伸びきってる奴が何言ってんだか。

仕方ない。ここは親切な俺が教えてやるか。

そう思った俺は 男に近寄り

『おい、あんた。もう死んでるから安心しな。』

と言ってやったが、男は聞こえていないのかまだ『死にたい』とブツブツ言っている。

『おーい!あんた!もう死んでるってば!』

再度言ってやったが、男に反応はない。

だから嫌なんだ、こういう奴は。

自分の世界に閉じこもって、人の話なんて聞きやしないんだから。

『なぁ!あんた!あんたはもう』『わかってるよ!』

男はカッと目を見開き、俺を睨みつけていた。

『自分でもわかってるんだ……。しかし、やめられない。

死んでるのは分かっているのに、早く死ななくてはと気がせいるんだ。』

『そんなに苦しんでいるのに、か?』

『そうだ。何度死んでも、死に足りないのさ。だからもう、私の事はほっといてくれないか?』

好きでやってるんなら、俺が口を挟む必要はない。

俺はベンチに戻ろうと歩き出した。

少し歩くと、砂場で遊んでいた一人の子供が近づいて来た。

その子供は俺の足元まで来ると、小さなシャベルを手に持ったまま じっと俺を見つめていた。

年の頃は4歳くらいだろうか。

子供にはたまに、こうして俺みたいのを普通に見る事ができるのがいる。

特別な事ではない。

成長して色んな情報を得るうちに、見えなくなっていくものだ。

この子供もきっと、そういう類いの子なんだろう。

俺はその子に少しだけ手を振ると、再びベンチへと歩き出した。

「お兄ちゃん。」

……俺を呼んだのか?

足を止め そっと振り返ってみる。

「ねぇ、お兄ちゃん!」

その子はニコニコしながら俺に近づいて来た。

「あのね、あのおじちゃんとこには、行っちゃダメなのよ?」

そう言いながら、俺の手を握ってくる。

さすがにこの展開は予想していなかった。

まさか、いきなり触れてくるなんて。

この子供は、どこにでもいる ちょっと感受性の強い子、ではないようだ。

『えっと……、そうだね、うん。』

なんだかドギマギしてしまう。

『君は……俺の事、怖くないの?』

あまりに無邪気に接してくるこの子に、俺は思わず聞いてしまった。

「うん、お兄ちゃんは怖くないよ。

だけど あのおじちゃんはちょっと怖いの。

だから近づいちゃダメなのよ?」

なんと、この小さな女の子は、俺の事を心配してくれているらしい。

ちらっと 母親らしき人がいる方を確認する。

母親達は井戸端会議に夢中らしく、こちらには気づいていないようだ。

『どうしてあの人は怖いの?』

俺はしゃがみ、小さな女の子に聞いてみた。

こんなに小さくても、幽霊を区別できると言うのだろうか。

彼女は少し考えてから、

『パパに教えてもらったの。』

と答えた。

「あのね、色があるのよ。黒くなってる人は近づいちゃいけないんだって。

あのおじちゃんは少し黒いから、ダメなの。」

『じゃあ俺は?』

「お兄ちゃんは大丈夫。とても綺麗よ。」

そう言うと 女の子はにっこりと微笑んだ。

別に顔の事を言われたわけではないんだが、なんだか少し照れくさい。

『あっ!パパだ!』

女の子は父親を発見したのか突然駆け出し、こちらに歩いてきていた男に抱きついた。

男と目があった俺は 思わず『あっ!』と驚きの声を上げてしまった。

相手も同じらしく、やはり驚いた顔をしている。

それは大人になった颯太だった。

『まさか颯太の子供だったとはな。』

俺と颯太はベンチに座り、女の子は颯太の足元で遊んでいる。

「僕もまさか、公園であなたに会うとは思いませんでしたよ。」

颯太は懐かしむように目を細め、少し笑った。

颯太は中学生の頃によく俺の元へ通って来ていたが、高校へ上がる頃には自然と来なくなっていた。

信用のできる友達ができたら そっちの世界で頑張れ、と言った俺の言い付けをちゃんと守ったんだろう。

「もう僕の方が年上ですね。あなたは22、3にしか見えないけど、僕は今年26になりますから。」

『ずいぶん早くに結婚したんだな。

子供はいくつだ?』

「もうすぐ4歳に なります。」

そう言って颯太は、子供を抱き上げた。

子供は不思議そうに、俺と颯太を見比べている。

「パパのお友達なの?」

「そうだよ。」

颯太は、子供から俺へと視線を移し

「僕は そう思っている。」

と言った。

「ふ〜ん。ねぇ、お兄ちゃん。

お兄ちゃんはなんで死んじゃったの?」

子供のいきなりの問いに、ドキリとした。

『え、俺?俺はその……』

俺は……俺はどうして死んだんだっけ……?

病気?事故?それとも自殺?

気づいた時には、自分が死んでいる事を理解していた。

それは何故だ?

誰かを恨んでいるわけでもないし、苦しい思いをしたようにも思えない。

それなら、なんで俺は死んだんだ?

今までも その事を考えた事がないわけではない。

けれどいつも、自分の死因だけが まるですっぽりと記憶が抜け落ちたように思い出せないのだ。

死んでからだいぶたつのに、今もこの世界をうろついているのは……どうしてなんだろう。

俺が答えられないでいると、颯太は子供に友達と遊んでくるように促し、俺へ向き直った。

「すみません、疑問をすぐに口に出してしまうものですから……。」

『いや、いいんだ。気にするなよ。』

俺は自分の動揺を悟られないように、わざと明るく話した。

『子供なんてそんなもんだろ。

俺が子供の時なんてさ、ハゲたオッサンに なんで髪の毛ないの?って聞いてたらしいぜ。

それに比べれば可愛いもんだよ。』

俺がそう言うと、颯太は声を上げて笑った。

「それは洒落にならないですよ!僕があなたの親だったら……あ、そういえば。

僕、あなたと出会ってから、ずっと『あなた』としか呼んでいませんでしたね。

あんなに一緒にいたのに、なんか変ですよね。」

そう言って颯太は、また笑った。

「今さらで何ですが、もし良かったら あなたの名前を聞いてもいいですか?」

『俺の名前か?俺は……。』

俺 の 名 前 は

『俺は……ゆうやだ。松井ゆうや……。』

そう……俺の名前は松井ゆうやだった。

自分の名前を口に出した時、パズルのピースが一つ パチリと音をたててはまった気がした。

俺の中で何かが繋がり始めている。

そう感じた。

颯太達と別れ、俺も公園を出た。

行かなくてはならない場所があった。

死んでから 何故か一度も立ち寄らなかった場所。

それは俺が生まれた家、実家だ。

どうして今まで行く事がなかったのか、俺にもわからない。

だけど そこへ行くのを無意識の内に避けていたような気がする。

そこに、俺が死んだ原因の手掛かりがあると思った。

ここからさほど遠くない場所に、あの家はあるはずだ。

行きたいけれどやっぱり行きたくないような……そんな複雑な気持ちのまま、俺は足を速めた。

商店街を抜け駅近くの踏切を渡ると、少しして住宅街に入る。

俺の家は、生きていた頃と何も変わらず そこにあった。

懐かしさに胸が痛くなる。

家に入ると、懐かしさは一層強くなった。

あの頃は気付かなかったが、『自分の家の匂い』ってやつが どれほどの安らぎと安心感を与えてくれていたのかを痛感する。

帰ってきた。

そう、実感させられた。

玄関に入り、壁に貼ってあるカレンダーを見てみる。

俺が死んだのが22歳だとして……それからもう20年以上過ぎている事になる。

父さんと母さんは元気なのだろうか。

居間に行ってみると、母親がソファに横になっているのが見える。

ドキッとした。

白髪やシワが増えた母親は、なんだか小さくなったように見えた。

ごめんな母さん。

一人息子なのに 親孝行もしないうちに死んじゃってごめん。

旅行に連れて行ってやるって言ったのに……約束破ってごめん。

知らないうちに、涙が頬を伝っていく。

母親の手に自分の手をそっと重ねてみると、幼かった頃の自分が どんなにこの手が大好きだったかを思い出した。

見られているわけでもないのに顔を隠して、袖で涙を拭い2階の自分の部屋へ向かった。

かつて この2階部分は俺のテリトリーだった。

両親はめったに2階には上がって来なかったし、この部屋で毎日楽しくあいつらと……。

あいつら?

あいつらって誰だ?

俺は一人っ子だ。友達は何回かしか 俺の家には来てないはずだ。

それなのに、いつも誰かと一緒にいたような気がするのは何故だろう……。

ダメだ、思い出せない。

頭の中に霞みがかかったようになって、ズキズキと痛んだ。

部屋のドアを開けると、そこは俺が生活していた時のままになっていて、長い間放置されていたはずなのに綺麗に片付いていた。

机に埃一つないのは 俺がいなくなってからも母親が掃除してくれているからだろう。

本棚には俺のお気に入りだった漫画が並べられている。

よく見てみると、そこに白い封筒が挟まっている事に気づいた。

なんだ、これ。

手に取って確かめると、封筒には何も書かれていないが 中に3枚の写真が入っていた。

1枚目は、湖のような水辺と右側に雑木林が写っている。

2枚目はその林の中なのだろうか。鬱蒼とした木々だけが写されていた。

3枚目は暗くて見づらいが、何か小屋のような物があるようだ。

なんだろう、これは。こんな場所 俺は……。

次の瞬間 心臓がバクンと跳ね上がり、強い目眩が俺を襲った。

目の前がグルグルと回り、気持ちが悪くて立っていられない。

脳裏には、まるで時間を巻き戻すように様々な場面が浮かんでは消え、一瞬だが俺がその水辺に立っていた事を思い出した。

俺はこの場所を知っている……?

『行かなくては……。』

俺はフラフラと頼りない足どりで、部屋をあとにした。

この辺りには海や湖はない。

しかし、俺には思いあたる所があった。

貯水池として使われているのかは知らないが、かなり広い沼がある。

その隣には深い森が続いていたはずだ。

俺の考えが正しければ、写真の場所はここで間違いない。

どれくらい歩いたのか、辺りはすっかり暗くなっていた。

沼に着いた俺は、写真で見た景色と目の前の景色を重ね合わせてみると、それはピタリと一致した。

『うん、やっぱりそうだ。』

やはりあの写真は ここから撮ったものだったんだ。

確かに俺は、ここに来たらしい。

だけど何故、わざわざこんな所まで来て写真なんて撮ったんだろう。

少し考えてみたが やっぱりわからなかった。

先に進んでみよう。

答えはこの先にある。そんな気がする。

俺の家は街の中にあるが、そこを抜けて少し車を走らせれば 山だったり森だったりと 人気のない寂れた場所がいくらでもある。

ここもそんな場所だ。

普段は人も寄り付かないだろうな。

森の中は真っ暗で、これといって何かあるようには思えない。

道と言えるようなものはなく、あるとすれば獣道くらいか。

暗さは俺には関係ないが、わざわざここに入る意味があるんだろうか?

そもそも写真にあった小屋のような物が、この森の中にあるとは限らないし……。

入口付近でうろうろとしていると、足元に何か柔らかいものが触れた。

『うわっ!なんだ!?』

驚いて見ると猫が、甘えるように 俺の足に擦り寄っている。

生きている猫ではない。霊体だ。

黒猫だが足の先だけ白くて、何故か尻尾がない。

『なんだよお前、ずいぶん人懐っこいなぁ。』

思わず猫の頭をなでてやると、黒猫は嬉しそうにナーと鳴いた。

そして森の入口らしき場所へ走って行って立ち止まり、俺の方を見つめている。

それはまるで、ついて来いとでも言っているようだった。

仕方ない、あまり気は進まないが行ってみるか。

この森の中に、3枚目の写真に写っていた物があればいいんだが。

猫の後を追い森の中に入ると、そこは想像通り道はなく、とても人が入るような場所ではないように思えた。

しかし本当に俺がここに来たんだとしたら、何の為に来たんだろう。

はっきり言って、ただ草木が生い茂っているだけで何もないような……。

引き返そうかとも考えたが、その度に先を行く猫が俺の方を振り返るのでなんとなくついて行ってしまう。

なんだか、俺の考えている事がわかっているような感じだ。

『なぁ お前さ……もしかして俺の事知ってんの?』

後からついて来る俺を待ち、立ち止まっている猫に聞いてみた。

すると猫は ちょっと俺の顔を見てから、プイと向こうを向き 再び歩き出してしまった。

……何やってんだ俺。

普通に話しかけて 猫が答えるとでも?

今日の俺はどうかしているらしい。

なんだか笑いまで込み上げてきた。

今こうして猫の後をついて行ってるが、これだって何も意味がないかもしれないんだよな。

もう引き返そうか、そう思った時 小さな鳥居のような物が建っている事に気がついた。

高さは1メートルくらいだろうか。

それが森の奥へと、数えられただけで8つ程続いている。

かなり古い物らしく 壊れて崩れてしまっている物もあり、元は朱色だったのかもしれないが 塗装ははげ、今は茶色の部分がほとんどだ。

これは一体……。

俺の足が止まるのと同時に、猫も歩みを止めた。

そして体を低くし、ジリジリと先へ進んで行く。

それはどう見ても『何かに見つからないように』している動きで、俺も慌てて体勢を低くして 地面に四つん這いになった。

何故か必死に 猫の後を追ってしまう。

胸がもやもやとして、嫌な予感がする。

引き返すなら今しかない。

本能が俺に、そう何度も告げているのがわかる。

しかし俺は、後をついて行くのをやめられなかった。

この先に何があるのか、俺は確かめなくてはならない。

そしてそれが、俺の知りたい事を全て解決してくれるはずだから。

しばらく進むと猫が動きを止め、俺の方を振り返った。

ここだ、と言っているようだ。

俺もズリズリと這うようにして猫に並び、木々の間から猫が見つめる先を覗いて見る。

途端に俺の心臓が、バクバクと激しく暴れ始めた。

おかしいだろ、心臓なんてとっくの昔に止まっているはずだ。

なのになんでこんなに苦しいんだよ……!

俺は胸の辺りのシャツを握りしめながら、なおもそれを見つめ続けた。

それはまさしく、異様な光景としか言いようがなかった。

小屋のような物が建っているのがわずかに見えるが、その周りには黒い霧がグルグルと渦巻いている。

今は夜で、街灯などあるわけもない森の中はもちろん真っ暗だ。

なのに黒い霧がはっきりと見える。

夜の闇より黒い霧……。

それが小屋を取り囲むように廻っている。

その霧の中心は小屋の手前のようだが、余りにも闇が濃すぎて見えない。

そこに何かある。

いや、何か『いる』のか……!?

ギギ……ギ……ギィ……

静かな森の中に 嫌な音が響き渡る。

目だけを動かし小屋の方を見ると、その扉が少しずつ開き始めていた。

『駄目だ!』

俺はとっさに猫を抱え、その場所から逃げ出していた。

怖い話投稿:ホラーテラー 桜雪さん  

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