長編15
  • 表示切替
  • 使い方

誤解

二十歳前後の頃、俺の趣味は廃墟探索だった。

今でこそ霊の存在を信じ恐れもするが、その頃は一人で廃病院を探検しても全然平気だった。

実際何も起きなかった。

まあ、老朽化して今にも崩れそうな廃校なんかは別の意味で恐かったが。

行先はいつもネットで探した。

全国には廃墟マニアが意外と沢山いるのを知り益々のめり込んだ。

そして、興味深い廃墟を調べようとすると、必ずと言って良いほど〈心霊スポット〉という単語がついて回る事に嫌でも気付いた。

一人でうろついても何ともなかった炭鉱跡地が、実は、全国でも屈指の心霊スポットだというのを知り大笑いしたのを覚えている。

自分が実際に目で見、触れた物がホラーサイトに画像付きで紹介されている。

でも、決して馬鹿にしていたわけではない。

夜行ったら確かに怖いかもな・・・・という感覚は十二分にあったから。

俺は好奇心から、ホラーサイトの廃屋潜入レポートなる物を片っ端から読み漁るようになった。

そのサイトを知ったのは閉鎖される直前だった。

なんとそこの管理人、初期の頃は深夜たった一人で廃屋に忍び込み屋内を探索していたのだ。

画像と共にアップされる彼のリポートは臨場感に溢れ、俺は完全にそのサイトの虜になった。

俺に出来るか?

常に自問自答しながらむさぼるように読んだ。

彼は決して大胆不敵というタイプではなかった。

恐怖に押し潰されそうになる自分と常に戦っていた。

そして、弱い自分を隠す事なくありのままにさらけ出していた。

恐る恐る階段を上がる。踊り場の手前で足が止まる。何かいそうで、死角が怖くて堪らない。よく考えたら懐中電灯が照らす所以外は全て死角なんだと気付く。何でこんな事してるんだろ、と泣きたくなる。

こんな感じで、読んでいるこっちまで逃げ出したくなるような緊迫感がひしひしと伝わってくる。

俺はその頃、気に入ったサイトがあると管理人によくメールを送っていた。

殆ど返ってくる事はなかったが、ちゃんと返信してくれる管理人がひとりいた。

前の投稿話の中に出て来る管理人がその人だ。

俺は彼に、一度ひとりで廃屋探索がしてみたい旨を伝え、物理的には安全で(床が抜けたりすると危険なので)、いわく的には最恐の物件はないか尋ねてみた。

彼は、廃屋といえども家の持ち主というのは必ずいる。不法侵入になるから止めた方が良い、と最初全く相手にしてくれなかった。

それでも俺はしつこく食い下がった。通報されても貴方には絶対に迷惑をかけないから!とか何とか言いながら。

そこで渋々紹介されたのが、父親が家族全員を鉈で惨殺し、自分は喉を包丁で突いて自殺したという、凄まじい過去を持つ廃屋だったんだ。

初めて彼がその廃屋のいわくについて触れた時、俺はてっきりジョークだと思った。

毎日毎日、それこそ片っ端からホラーサイトを漁っているのに、そんな廃屋見た事もない。

第一彼自身のサイトにも載っていない。

そんなに恐い物件ならもっともっと有名になってていい筈だし、他人に紹介する前にまず自分が行かないのはどう考えても不自然だったからだ。

意外にも彼は、既にその家の探索を済ませていた。

「アップしたくても出来ない事情があんのさ」

彼の言うには、ホラーサイトの世界はまさに足の引っ張りあいで、人気が出て浮かれているとすぐに足元をすくわれるんだとか。

彼がもし、その廃屋の内部を公開すれば、妬みからその家の所有者にチクる奴が必ず出てくる。

そうやって、探索リポートを売りにしているサイトはどんどん閉鎖に追い込まれたらしい。

「更地になるまで待つさ。何ならいつでもアップできる画像、下見がてら見に来るか?」

俺は即断った。

「あそこはヤバい!真っ昼間なのに足がすくんで、いっそのこと止めて帰ろうかと思ったよ。その時の感じじゃ、俺より前に侵入した奴はいない。完全に施錠されてたし、ガラスも割れてなかった。中はおそらく当時のまま。仏壇も、飛び散った襖の血痕もそのままだ。所々にゴザが敷いてあるのは血を隠す為だろう。あの様子じゃ、人の出入り自体殆どないな。意外に埃が溜まってなかったから、掃除はたまにしてるんだろうが。まあ、夜中あそこに忍び込めるのはウサギぐらいだ」

俺は、自分が褒められたような気がして凄く嬉しかった(分かる人には分かるよね)。

「あの廃屋、厳密にいえば廃屋でもなんでもない。ただの民家だ。いつ持ち主が掃除にくるかも判らん。絶対に証拠を残すな。仏壇を開けたら必ず閉めろ。指紋も駄目だ。万が一そこに死体があったら犯人にされちまうぞ。あの家の事教えたのは紛れもなく最恐だからだ。中途半端だとまた、紹介しろ紹介しろってうるさいからな。憑かれようが怪我しようが責任は持たん。これだけは言っとくが、あそこに行ったら二度と廃屋探検なんかしようと思わなくなるよ」

9月も半ばを過ぎた頃、俺は廃屋の場所が詳しく書かれた手書きの地図と懐中電灯をバッグに入れ飛行場に向かった。

侵入の際必要だと言われたマイナスドライバーは、見付かるとまずいので現地で調達する事にした。

俺は結局、真夜中に侵入するという計画を最後まで彼に言わなかった。話したとしても冗談だと思われ笑われるに決まっているから。

それ程までにヤバいと思っている家に、俺はひとりでしかも深夜に乗り込もうとしている。

正直怖かった。

でも、俺は知りたかったんだ。

あのサイトの憧れのあの人が一体何の為に心霊スポットに足を運ぶのか。

何故そうまでして恐怖に身を委ねるのか。

彼の言葉の端々に、スポット探索が単に恐いもの見たさでやっているんじゃないという、何か、使命感のようなものが感じ取れた。

時折見せる、霊たちに向ける真摯な眼差しや深い愛情は、他サイトのリポートとは明らかに一線を画している。

しかし、恐怖の中に身を投じる事が生活の一部になっているような彼の生き方は、端から見たらやはりまともじゃない。

もちろん彼はサイトの中で、自分がオカルトに傾倒していった経緯を告白していた。

しかし、普通に怖がりの彼が、どんなに恐い思いをしても探索を止めない。その説明にはなっていないんだ。少なくとも俺には。

深夜廃屋で怖い思いをしたからといって一体彼の何が解るというんだ、という気持ちは確かにあった。

でも何か、彼の生き方を理解できるヒントが見つかるかも知れない。

そして何故にあの人に、これ程までの憧れを抱くのか?という理由も。

究極の恐怖のその先に果たして何があるのか?

何としてでも知りたかった。

我ながら不思議だった。

幽霊の存在などそれ程関心のなかったこの俺が、何故かその廃屋には、血まみれの家族が必ずいると信じきっていたのだ。

これから話す内容は全てフィクションだと思って下さい。

書いている事が全て事実だとは限りません。

それに、もうその家はこの世に存在しません。

草ぼうぼうの荒れ地になっていると聞きました。

あまり深く詮索されないよう、心よりお願い申し上げます。

それでは始めます。

降り立った○○空港の上空には雲ひとつなく青い空がどこまでも広がっていた。

俺は空港を出るとすぐに廃屋へ向かった。

明るいうちに場所を確認し、そこから最も近いビジネスホテルを探すつもりだった。

途中ホームセンターを見つけマイナスドライバーを買う。

接続の悪い電車やバスを乗り継いで、俺は何とか問題の家にたどり着いた。

その廃屋は想像していたよりはるかに綺麗で、何よりでかかった。

高価な木を使っているのが素人目にも判る。

ふと、豪農の二文字が頭に浮かんだ。

雑草も、伸び放題だと思っていたのに案外きれいだ。小まめに草を刈る人物がいるって事だろう。

気を付けなきゃ逮捕されるな・・・

近くに民家がないから、見付かる可能性は低い。

紹介した理由のひとつらしかったが、確かに近くに家はないが、二百メートル程先はもう国道で、多くの車が行き来していた。

遠くにコンビニの看板が見える。牛乳ビンのようなシンボルマークがひどく間抜けに見えて恐怖心を少し和らげてくれた。

俺は裏に回り、勝手口の鍵がドライバーで金具ごと外せるのを確認する。

大して怖くない。これならいけそうだ。

俺は、その日泊まるホテルを探す為、一旦その場を離れた。

ホテルを出たのは夜の11時、途中までタクシーを使い後は歩いた。

着いたのは0時過ぎ。

夜の廃屋は昼間とは全く別の顔で俺の前に姿を現した。

昼間見た家と同じ家だとはとても思えない。

月明かりにボーと浮かび上がるその家は生気が感じられず明らかに死んでいた。

打ち捨てられ、何年も野ざらしにされた死体。

そんなのを連想させた。

夜中眠っている普通の民家とはやはり全然違う。

しかし、死んでいるのに死んではいない。

じっと俺を見ている。

そんな気がした。

その家はもう家そのものが幽霊のように思われた。

俺は思わず振り返る。

深夜だというのに車が何台も行き交っていた。

コンビニの看板も昼間より近くに見える。

視線を廃屋に戻す。

何なんだこの暗さは。

闇にできた影のような暗さ。

止めるか…

くそ!ここまで来て後に引けるか!

俺は廃屋の横を通り裏に回った。

明るい時は全く気にならなかった裏山が異常に怖い。

何でこんな事してるんだろ?

あの人の言葉が頭をよぎった。

懐中電灯で照らしながら、震えるドライバーで金具から四本のネジを抜き取り鍵を外す。

俺は静かに勝手口の扉を開け、素早く中に入ると戸を閉めた。

閉める際、一瞬視界の端が何かを捉えた。

そこにライトを当てた瞬間、身体中を冷たい電流が走った。

御札だ!

俺は家を飛び出し国道に向かってを走った。

無理!無理!無理!無理!絶対無理!!

心の中で叫び続けた。

あんたはあの中に入れるのか?たったひとりで??冗談だろ?全く理解できねーよ!理解しようとも思わねー!ばっかじゃねーの?単なる変わり者じゃん!

俺は国道に出るとコンビニに向かって走り続けた。

誰でもいい。普通の人間に会いたかった。

コンビニの店内を眩しいと感じたのは初めてだった。

深夜に突如現れた、汗だくの、呼吸が異常に荒い男に、店員は普通に明るく「いらっしゃいませ!」と声を掛けてくれた。

あんなに長い距離を走ったのはいつ以来だろう。

俺は少し恥ずかしかったのと、苦しくて立っているのが辛かったので取り敢えずトイレで休むことにした。

便座に座って少し楽になった。

血まみれの霊どころか、たった一枚の御札で腰が抜けそうになった俺だが、別に情けないとは思わなかった。

だってそれが普通だろ?

深夜あの中にひとりで入って行ける人間がこの世に何人いるっていうんだ。

あの人が異常なんだ。おかしいだけなんだ。

それが分かっただけでも来た甲斐があったという事にしようか・・・

あの人に憧れたのは多分、恐怖に立ち向かう彼の姿が勇気ある男の姿に見えた―ただそれだけなんだ。

勇気とは関係ねぇ。

ただ物好きなだけだ。

ニシキヘビを好んで首に巻くおかしな女と大差ない。

俺は蛇女に憧れていたわけか…

あのくそ暑い中、日雇いの土方までして旅費を作ったのに…

ったく何やってんだろ…こんな遠くまで来て・・・

俺はふと孤独を感じバッグから携帯を取り出した。

Sさん(廃屋を紹介してくれた管理人)、もう寝てるかなぁ〜?

メールしてみた。

寝てます?

今寝ようかなって思ってたとこ。なに?

実は今、例の廃屋の近くのロー○ンにいるんですけど(笑)

???何してんのそんなとこで???

勝手口の戸の内側、御札貼ってあるの黙ってたっしょ〜心臓止まるとこだったすよ〜

お前、夜中に行ったの???頭おかしくね?それに、中の様子一切話すなって言ったのお前だかんな

結局その御札一枚でノックアウト!まじ死ぬかと思ったすよ。ちょっとチビったかも。

どうでもいいけど鍵はちゃんとしたか?

それがしてねぇっす・・・怖くて(泣)やっぱまずいすか?

当たり前だ!さっさと戻って元通りにしてこい!手袋はしてたろうな?

・・・・汗

俺電話代払うの嫌だからかけてこい!

仕方なく電話する。

「やっぱりお前に教えたのまずかった!あそこには金目の物も当時のまま残ってる。他の奴に盗られてもお前が犯人だ!多分あの家の持ち主は、家族が平和に暮らしてた頃のままにしときたいんだ。殺された子供の絵日記がある。それ読むと父親が狂う直前まで結構幸せにやってた事がわかる。さっさと戻って元通りにするんだ。怖いのはわかるが、このまま話し続けてやるから」

「・・・わかりました」

俺はSさんと携帯で会話しながらコンビニを出、廃屋に向かった。

意外だった。

元ヤンキーだったというSさんが、亡くなった御家族の成仏を心から願っていたのだ。

「不法侵入した人間が言うのもなんだが、あの家だけは荒らされて欲しくないんだ。俺が言っても髪の毛ほどの重みもねえけどな。何で父親が突如狂ったのかわからんが、遺されたあの家族の写真には笑顔が溢れてた。俺はお前を信じてあそこを教えた。失望させないでくれ」

「・・・・・」

Sさんの話を聞きながら、俺は、今あの家に棲んでいるであろう、もはや人間ではない家族に対する気持ちが少しずつ変わっていくのを感じていた。

今更ながら、元々は自分と同じ普通の人間だったんだよなぁ、という思いが込み上げて来て、この世とあの世との境目が次第に曖昧になる。

もしも、かつてあそこに住んでいた家族が自分とすごく親しい間柄だったら、俺はあれ程の恐怖をあの家に感じただろうか。

ましてや殺された子供がもしも自分の子供なら、あの家に入る事に躊躇なんかしないだろう。

どんなに暗くても、一目でも会いたい!と屋内を探し回る筈だ。

「Sさん、俺、あの家にもう一度入ってみたい」

「お前な!」

「馬鹿だと思われても俺は行きます。出る時はちゃんと元通りにして出ます。子供が描いた絵、見てみたい。じゃあ電話切ります。電源も落とします。Sさん、俺、Sさんの事勘違いしてました。ありがとうございました」

「ちょっ・・・」

俺は再びその家の前に立った。

その家はもう俺にとって、廃屋なんかじゃなかった。

だって今は例え幽霊でも、昔は人間だった家族が住んでるんだ。廃屋のわけないじゃないか。

両手に軍手を嵌め、開きっぱなしの勝手口から再び屋内に侵入する。

言うまでもなく目的は潜入リポートなんかじゃない。

殺された子供の描いた絵を見たい。

ただそれだけだった。

当然子供部屋以外には用はなくどんどん部屋を素通りして行く。

なんてでかい家なんだ。

下手すりゃ迷子になるかも・・・

ふとそう思ったあたりから、忘れかけていたSさんの言葉が気になり始める。

血痕が残る襖、血を隠す為のゴザ、などが嫌でも脳裏に浮かんでくる。

しかし、もう逃げ出そうとは思わなかった。

俺の中で再びあの人への強い憧れが蘇っていたのだ。

頑張ってみるよ!あんたの事、俺、やっぱ好きだ!

あんた、霊をただ霊としてじゃなく、元々人間だった者として見てたんだろ?

幽霊に体温を感じてたんだよな。

何となく解ってきたよ、あんたの事。

御札が勝手口の他にも何ヵ所か貼ってあった。

でも俺はいつの間にか、見て見ぬ振り、いや、見ても見なかったつもりという心の操作が出来るようになっていた。

見た物を以前に見た物と重ね合わせる事で恐怖心を軽減させる。

つまり新たに御札が現れても、最初に勝手口で見た時の記憶と同一化し、目前にあるものを過去の物だと思い込む事で無かった事にしてしまうのだ。

一階の最後の部屋。一番奥の和室に仏壇があった。

俺は瞬時にそれを自分の実家の仏壇だと脳内で処理し見なかった事にする。

Sさんの言ってた襖もゴザも一階には無かった。

二階か・・・

俺は記憶を辿りながら階段のあった場所に引き返した。

やっぱ・・・こえ〜よ・・・・

二階へと繋がる階段はこの世とあの世との境界線のように思われた。

下から徐々に上の方に向けライトを当てる。

見なかったつもり作戦は見た事もない物には通用しないよなあ・・・

ライトの明かりが一番上の段を通り過ぎて、一瞬二階の天井が照らし出される。

御札だらけだった。

俺はたまらず携帯を手にする。

四桁の暗証番号が、軍手をしているうえに、手が震えてうまく打てない。

ライトが照らす所以外はみんな死角・・・

ふとあの人の言葉が頭をよぎり、俺は思わず階段を見上げた。

上から何かが飛びかかって来そうで再び携帯に目をやる。

何とか画面が立ち上がった。

Sさんはすぐに出てくれた。

「Sさん!今階段の所にいます。子供部屋って二階のどこら辺ですか?もう探す勇気なんかない」

「んな事いいからさっさと家出ろ!馬鹿かお前!」

「こうなったらもう意地っす!頼んます!簡単に教えて下さい!」

「・・・殺されたのはまだ六歳の男の子だ。子供部屋なんかない。絵日記があったのは確か、上がってすぐ右の洋間だ」

「ありがとうございます」

俺は電話を切ると階段を駆け上がった。

うわあ!

所々なもんか!!

二階の廊下にはゴザや新聞紙などが敷き詰められていた。

頭が真っ白になりそうになるのを何とかこらえ、すぐ右にあったノブを掴むと一気ドアを開ける。

一瞬で洋間であること、床にはゴザも新聞紙もない事を確かめ後ろ手にドアを閉めた。

あった!

【よいこのえにっき】は分厚い絨毯の上に落ちていた。

いちねん くらたみのる(仮名)

拙い文字は、この家に昔、男の子が確かに生きていたという証だった。

俺は絨毯に座り込み右手で懐中電灯を持つと、左手で表紙をめくる。

夏休みの絵日記だった。

きょうおとうさんとおかあさんとおばあちゃんとゆきちゃんとかっちゃんとおじちゃんとおばちゃんとうみにいったよ

きょうはおとうさんとかわでざりがにをとったよ。

海で遊ぶ様子や父親がザリガニを捕まえる様子が、クレヨンで、下手なりに一生懸命描かれている。

3ページのうち1ページは必ずお父さんが登場する。

お父さんが好きだったんだね…

読み進めて行くうちに、父親が何故、可愛くて仕方がなかった筈の自分の子供に手をかけたのか?という思いが込み上げてくる。

そのうち涙を拭わないと読めなくなってきた。

突然だった。

ピシッッ!!

空気を切り裂くような音が部屋中に鳴り響いた。

何か、いる!

俺は怖くて絵日記から目が離せなくなった。

ピシッ!

ピシッ!

何かが近づいてくる!

顔を上げる事が出来ず、ひたすら絵日記を読み続ける。

きょうはおとうさんにさんすうおおしえてもらったよ

きょうはおとうさんとおかあさんとかやでねたよおもしろかったです

はなびおおとうさんがかってきたよ

きょうはおとうさんとおふろであそんだよ

ふうりんおおとしたからおとうさんにおこられたこわいかった

ピシッ!

おやさいおたべないからおとうさんにおこられたごめんなさい

ピシッ!

俺の中で何かが切れた。

「何で殺した?」

暗闇に目を向ける。

ピシッッ!!

完全にぶちきれた!

「テメエ!自分の子供、何で殺したんだ!!」

ピシッ!

「一人で死にゃあいいじゃねえか!何で周りを巻き込む?出て来るなら出て来い!卑怯者!根性無し!ぶん殴ってやる!」

ピシッ!

怒りが恐怖をなぎ払う。

「テメエみてぇなイカれた野郎、そばにいねぇ方が周りの為だ!!一人で死んでくれたらどんなに人の為になったかわかんねぇ!!オメエ!自分がいねえと家族が困るとでも思ったか!!うぬぼれんじゃねえ!!いねえ方が息子の為だったんだよ!!」

・・・・・・・

音が鳴り止んだ。

俺の中に、恐怖心はもう微塵も残ってなかった。

父親が現れたら本当に殴ってやるつもりだった。

俺は怒りにまかせてドアを開け部屋を出ると、叩きのめす勢いでドアを閉めた。

足元を照らしながら階段をおり、勝手口の方に歩き出した時だった。

タタタタ・・・

子供の足音?

近付いてくる。

みのる君?

振り返ろうとした俺の右手に何かが触れた。

「いて!!」

右手に痛みが走った。

何かに噛まれたような感覚があった。

ライトで右手を照らす。

傷はない。

俺は暗闇に目を凝らす。

何も見えない。

でもすぐ近くにみのる君がいるのを強く感じた。

「そうか…」

・・・・・・・

「みのる君、許してるんだね…お父さんのこと」

・・・・・・・

「そうだよな…たった一人のお父さんだもんな…」

・・・・・・・

「お兄ちゃん言い過ぎた、ごめんね。みのる君、お父さんの事大好きだったもんな・・・」

・・・・・・・

「・・・今も、好きなんだね・・・」

・・・・・・・

「また、遊びに来てもいいかい?」

・・・・・・・

ふいに、俺の心に言い様のない悲しみが込み上げてきた。

やり場のない、家族全員の心の痛みが乗り移ったかのようだった。

次々に押し寄せる深い悲しみの波動。

俺は素直にそれに身を委ねた。

みんなが泣いている。

家そのものが泣いている。

俺も泣いた。

泣きながら思った。

子供が父親を許さなかったら、この家族のどこに救いがあるというのか。

心の中で叫んだ。

みのる君!俺は君に何もしてあげられない!

一緒に泣いてあげる事しか!

ごめんね・・・

そうなんだ!あの人も、きっと!

子供は天使

ふと頭に浮かぶ。

この家族、まだ手遅れじゃないのかも知れない・・・

帰りの飛行機に乗り込む時、俺はふと上空を見上げた。

来た時と同じ。青空がどこまでも広がっている。

あの家族も、あの暗い家を出て、こんな空が見られるようになったらいいな。

いや、そんな日がきっと、必ず来る。

そんな気がした。

合掌

この話はホラーサイトに詳しい方なら既にお気付きでしょうが、私が廃屋探索リポートで唯一泣いた○○の第三の目(閉鎖中)様の話を参考にしています。

怖い話投稿:ホラーテラー 蟹鍋さん  

Concrete 59189e6fb4d79119a63e92183ffb92aeb8f46031afd97d5db060811ce15c35e6
閲覧数コメント怖い
3020
4
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ