物心がつく前に母はすでに亡くなっており、父は男手一つでわたしを育ててくれました。
どんなに仕事が忙しくても、父が保育園まで迎えにきてくれたのです。
ところがその日、父はなかなか姿を現わさず、幼い私は不安で一杯でした。
すでに皆、お迎えがきて帰ってしまい、教室も庭もなにやらよそよそしい。
薄暗い夕闇のなか、保母さん達も気を揉んでいるのがわかります。
あたりが完全に暗くなった頃、ようやく外灯に照らされて長くのびた影法師とともに父がやってきました。
「遅いよ。怖かったよ」
わたしが走って父のもとまで行くと、大きな手で頭をなでてくれました。
ほっとしました。
父のお腹に頬を付つけ、ぬくぬくとした気持ちを噛みしめていると、何かとろりとしたものが目に入ります。
とても滲みて
「痛い」
というと、
「すまなかったなぁ」
と父が謝りました。
見上げると、父の身体という身体から血が吹き出してきて、
服が赤黒く染まるところ。
まるで苺ジュースの噴水のよう。
父は私を見つめると
「元気でな。体を大切にするんだぞ」
といったような気がしますが、さだかではありません。
父の血が全身に降りかかってきてからは記憶がないのです。
わたしがいきなり駆けていって、立ち止まったと思ったら急に倒れたと、
跡から保母さんにいわれました。
父はわたしだけに見えたのですね。
お金のことで逆恨みされ、父は知り合いに刺されたのです。
私が保育園で待っていた頃、
身体に五十カ所以上もの傷をつけられて殺されたのでした。
あれから遠く時がたってしまいました。
今は笑顔の父しか思い出せません。
わたしは女にしては身長があって、男性の目線はわたしとほぼ同じ高さなのですが、
父だけは思い出の中で、ずっと上のほうでわたしを見守り笑っているのです。
怖い話投稿:ホラーテラー まめたさん
作者怖話